30話 撤退する。
結城によって、事前に運気の下げられた建物へ、ポル第二王子が移動してきた。
これで、ポルの運気はある程度は、下がる。
また、リサによって、ゼール第一王子の運気は上げられているはずだ。
その上で、ゼールには行動を起こすよう示唆する。
ただし、その行動がどういうものになるかは、結城達には予測できない。
ポルの暗殺かもしれない。
結城としては、もっと穏やかな方法で、王位について欲しくはあるが。
いずれにせよ、結城たちが見届けることはできなかった。
王都の守備隊に追われるハメになったからである。
ただし、ゼールの密告があったためではない。ちょっとした不注意が招いたことだ。
一仕事を終え、ホッとしたのだろう。
通りを歩きながら、リサとエミリーが談笑した。
エミリーはバル語を話せる。
が、リサはバル語を話せないので、当然、母国のアルバ語での会話となった(種族はエルフだが、生まれからアルバ国なのだ)。
そこを偶然にも、守備隊の兵士に聞かれたのだ。
敵国の言語を話している者を見つけた。身許を尋ねようとする。
しかし、エミリーたちは身許を明かせない。アルバ国から潜入している身なのだから。
よって逃走となった。
2人は、なんとか兵士をまいて、隠れ家に飛び込み、事情を話した。
結城はすぐに決断。
「撤収しよう。アルバ国に帰るときだ」
ゼールたちの結末は見届けられないが、ここで捕まるわけにはいかない。
考えてみると、とんでもないリスクを冒してしまっている。
ここには、ギルド・マスターの結城だけでなく、ナンバー2のリサもいる。さらに古株のエミリーまでも。
守備隊に全員が捕まり、処刑されるようなことにでもなったら──。
風水ギルド全体を率いることのできる者は、残らなくなる。
よって、風水ギルドも解体への道を辿るだろう。
(それだけは、避けないと)
結城たちは荷物をまとめ、王都リーベを脱出。
城門を通過するときが、いちばん危なかった。入るときは門衛に通行税を払い、王都に来た目的を話すだけで済んだ。話したのは、もちろんエミリー。
その内容は、ある村を代表して、買い出しに来た、と。
だが今回、怪しい者が王都内にいるという報告が、あったのだろう。
門衛は、かなり厳しく身許などを調べてから、城門の外へと通過させている。
結城は、自分たちの運気を極限まで上げた。
(上手くいってくれるか……)
結城たちの番が来た。とたん門衛が慌てた様子で、持ち場を離れる。急用でも思い出したのだろう。
この隙に、結城たちは城門から、王都の外へと出た。
そのあとは乗合馬車に乗り、国境沿いまで移動。
渡河で苦労したが、どうにかアルバ国土に入った。すると皮肉なことに、アルバ国側の守備隊に、捕まってしまった。
バル国からの潜入と見なされたのだ。
なんとか誤解を解いて、王都ルセウスまで送ってもらった。
「なにはともあれ、最低限のことは達成できたね。生きて戻ってきた」
※※※※
結城は、謁見の間にて、クース王と執政官グランへの報告を終える。
ゼール王子に、風水ギルドの身分を明かした点で、咎められる恐れはあった。
が、その点は追及されずに済んだ。結城としては、一安心だ。
少なくとも、任務に失敗したからといって、罰せられることはない。
ウェンディとしては、それでは不満だろうが。
(さてと、本業に戻るか)
もちろん、本業とは風水師としての仕事だ。
原点に帰ろう、と結城は思う。
出発は、風水師として、風水の力で、人々の役に立つことだった。
それが、知らぬ間に政治的策略で、敵国に潜入するハメになってしまった。
結城も、風水ギルドの勢力が拡大する分には、嬉しい。実際、そのために各地で支部を作っているのだから。
ただ、できるだけ政治とは離れていたいのが、結城の本音だ。
(そうはいっても、今後も、王たちとの関係は続きそうだが)
※※※
時が過ぎた。
バル国はどうなったかな、と時おり思うが、日々の仕事で忙しい。
そのため、ウェンディが笑顔で報告しに来たときも、何のことかすぐにはわからなかった。
「ゼール王太子が、ようやく王位に付いたよ!」
「ポル王子は?」
「不慮の事故で死んだみたい」
結城は皮肉な口調で言った。
「それは、運の悪いことだ」
おそらく、暗殺があったのだろう。




