七話
爆発とともに放たれた衝撃波は周囲の建物のガラスを粉々に割った。
颯太がいる少し離れた地下避難所も衝撃によって軽い揺れに襲われた。
「サリーは大丈夫なのか?」
颯太はドラゴンの毒素を吸って苦しんでいる人達にサリーから受け取った魔法薬を飲ませている。
薬を飲むとすぐに顔色が戻り、うなされていた子供達の表情が楽になった。
「これが魔法薬の力、凄い・・・」
ポイズンドラゴンは完全に息途絶えたとしても機械的に自爆することを可能としている。
完全に油断した敵を猛毒ごと一発で道連れにするのだ。
サリーはそのことを忘れ、毒袋を回収するために手を伸ばせば余裕で触れる距離まで接近してしまった。
「し、しまった・・・」
胃袋は一瞬で直径10メートル近くまで膨らみ、サリーは急いで逃げようとした。が、もはやそんな時間は残されておらず、絶体絶命であった。
「我に波動の魔力を与えたまえ!『波動壁』!」
サリーの前に一人の男の背中が立ち塞がり、手のひらを前に突き出して魔法を放った。次の瞬間、直径3メートルほどの半透明な球状のバリアが現れ、サリーを爆発から守った。
大量の赤い血が雨のように飛び散り、肉片が辺りにばら撒かれた。バリアにもベチャベチャと内臓やら何やらが張り付いた。
サリーは自分を助けた男が誰なのかすぐにわかった。それもあり、バリアの中でゆっくりと後退りを始めた。
「逃げるなサリー」
「っ!?に、逃げてないわ」
あくまで強気なサリーだが、背中を向けた状態で自分の移動を完全に察知したこの男に対しての恐怖から、額は汗があった。
(ドラゴンの方が余程マシな相手だわ)
「町にある避難所はあらかた確認し終わった。サリーも怪我とかないかーーって、うん?」
地下避難所から戻ってきた颯太が見たのは、血だらけの道路でなぜか正座をしながら泣いているサリーとなぜかサリーを叱っている金髪の男。
(一体どういう状況なんだ・・・?)
戸惑っている颯太の元にそういえばどこに行ってたという感じの師匠がやってきた。
「なんでアイツがここにいるんだ?」
「師匠、どこに行ってたんですか?」
「町の被害状況を馬で見て回ってきたんだ。幸い、建物の破壊はほとんど無かったみたいだ。怪我人もいないようだし、安心したぜ」
アスファルトの上を馬で走るな、とツッコミを入れたかった颯太であったがそれは飲み込み、とりあえずこの目の前の状況について尋ねた。
「あの金髪の男か?あれはサリーの兄、サーリスだ。さっき馬車で話した通り、大陸最強の魔法使いの一人だ」
「大陸最強!?早速登場!?」
背中まで伸びた長い金髪、緑色に近い美しい瞳、そして超ハンサム。間違いなくサリーと同じ遺伝子を持った人間である。
「俺はお前に何度も説明したはずだ。ポイズンドラゴンは死んでからも十分に警戒しろと。村での修行から逃げ出して、結果がこれか?」
「ご、ごめんなさい・・・でも別に逃げたわけじゃーーー
「口答えをするな。魔法薬製造について学びたいと言うからせっかく後押ししてやったのに鍛錬を疎かにし、最弱のドラゴンにすら殺されかける始末」
「言い訳もございません・・・」
サリーは正座しながら深く頭を下げている。さっきまであった自信満々な調子はもはやカケラもなく、捕食者に怯える小動物のように震えている。
「本人も反省していることだし、今日はその辺にしといてやってはくれないか?」
そう言って叱っている最中のサーリスに声をかけたのは颯太の背後にいたはずの師匠だった。
(いつのまに・・・)
「あ、挨拶が遅れてしまい申し訳ございません、ヘルガレードさん。いつも妹がお世話になっています」
(え、そういえば師匠の本名初めて知ったかも!流れで『師匠』って呼んでたけど)
「サリーも彼女なりに努力はしている。毎晩寝る間も惜しんで研究に没頭して、時間が出来れば片道数時間の場所にわざわざ薬の材料を採取しに行ってくれてる。これでも結構助かってるんだ」
「し・・・師匠」
師匠、いや、ヘルガレードは少し照れくさそうに鼻の下を触った。颯太にはそんな師匠、いや、ヘルガレードの大きな背中が普段よりもさらに大きく見えたのだった。
「そうですね、確かに少し言い過ぎました。鍛錬を疎かにした、と言ったこと、すまなかった。許してほしい」
今度は逆にサーリスが膝をつき、正座になって頭を下げた。二人の男女が道路の中央で正座しているという異様な光景を見た颯太であったが、サーリスが決して悪い人間ではないことをなんとなく感じ取っていた。
「でも真面目すぎる・・・」
「少年もそう思うか?」
「あれ!いつのまに背後に!?」
颯太は再び背後に現れたヘルガレードに驚き、さっきまで彼が居たはずの道路を二度見、三度見した。
「世間では、サーリスは最強の魔法使いと言われている。確かに強者であるのは間違いないだろうな。だがアイツも20歳にもなっていない一人の若者だ。肩の力を抜けと、たまに会うときは言ってるんだけどな」
「そうですね、ってまた消えた!?」
(あの人、一体何者なんだ?)