四話
「ただいま師匠。見て見て、今回採れた薬草!質も良いし、量もこの通り籠いっぱい!遠出した甲斐があったわ」
「これは確かに良い回復草だ。市場に持っていけばザッと1500ラリアと言うところか。」
薬草を片手に持ち、ルーペで覗き込むサリーから師匠と呼ばれるその髭面の男。所々が緑に染色された作業服、それをはち切れんばかり膨らんだ胸筋。
その頃、颯太は玄関のドアに空いた穴から中の様子を伺っていた。
(つ、強そうなオッサンだ・・・てかこの家・・・)
5時間かけてたどり着いた家は予想していた『女の子の家』ではなく、木造二階建てのボロ家だった。一階部分には色々な草花と様々な道具が置かれている。部屋の隅にある今にも崩れそうな階段から二階に上がれるようだ。
「実は師匠に会わせたい子がいるの。ソータ、入ってきていいわよ」
「お、お邪魔します」
ギィィィ・・・バタンッ
立て付けの悪いドアをゆっくりと開け、家の中に入る颯太。壁を見るとランプに火を灯しただけの照明が掛けられている。またボロボロの絨毯が敷かれた床は一歩踏み込むごとにギシギシと音を鳴らした。
「ど、どうも」
「誰だ? この少年は」
「彼はソータ、昨日森で倒れているのを見つけて」
「森で倒れていたのか!?あそこは上位種の魔物が出ることで有名な『ヒトヨラズの森』だぞ?」
(人寄らずの森・・・そこの金髪の子、結構堂々としてたし、なんなら夜もしっかり寝たんですけど。というか・・・魔物!?)
「えっと・・・魔物というのは?」
「オークやオーガ、時期によってはトロールとの遭遇する可能性がある。いいか少年、命が惜しけりゃ一人では絶対に近付くな!」
「わ、わかりました」
(あの状況でどうしろと・・・)
「彼は知らなかっただけなの、なんでも結構な田舎の出身らしくて、つい昨日まで創世戦争のことすら知らなかったんだから」
「おいマジか、どんな田舎から来たんだよ!よく見りゃ瞳も髪も黒いし、顔付きもこの大陸の人間とは違う。もしかして他の大陸から来たのか?」
「そ、そうなんです!色々あって隣の大陸からこっちに来て、旅していたら道に迷ってしまって、気付いたら森の中にーー」
(おいコラ何やってんだ俺!嘘を重ね過ぎると後々面倒くさいことになるだろ!)
「にわかには信じられない話だが、見た感じ荷物も何も持ってないようだし、とりあえず今日は泊まっていけ」
「え、良いんですか?」
「そうね、夕飯ご馳走する約束もあるし、そっちの方が都合が良いわ」
「是非泊まらせてもらいます!サリーもありがと、手伝うことがあったら何でも言ってくれ」
「私は大丈夫、だから師匠の方を手伝ってあげて」
「わかった」
「任せたぞ少年、もうすぐ納品の時期で忙しいんだ。少しでも手が増えるのは助かるぜ」
この世界で魔法はその能力や効果によって約15種に分類される。さらにそこへ属性というものが付属することで『魔法』というものが成り立っている。
「草や花なんかの素材を用意して、正しい分量で混ぜ合わせてから魔法をかける」
サリーの師匠は颯太の目の前で実演しながら説明した。粉末状になった葉を数種類と水を壺に入れると壺の側面に両手を添えーー
「我に『調合』の魔力を与えたまえ」
すると壺の中が緑色に発光して始め、しばらくして薬独特の香りが部屋中に広がった。
「す・・・凄い」
壺を覗くと緑色の液体が生成されており、時々キラキラと光を帯びた。
「まぁこんなところだ」
「師匠はこの辺ではそこそこ有名な魔法薬の研究者なの。師匠の作る薬はどれも良質だから、結構色んな所から注文が来るのよね」
「確かにさっきのはビックリしました」
颯太は未だにふむふむと考え込むように壺の中を覗いている。
「これが俺の調合魔法だ。と言っても物質と物質を合成するだけの下級魔法だから、大したことはできないが」
「そんなことないですよ!凄い力じゃないですか!」
「そうか?なんか照れるな。だがな少年、俺なんかを凄いって言ってたらサリーの魔法を見たら腰を抜かすぞ?」
(サリーも魔法が使えるのか)
「ソータに余計な期待させないでよね。魔法なんてただ遺伝で受け継いだだけのものなんだから。それに!お喋りしてると、明日の朝までに商品揃えられないわよ!」
「そ、そうだ危ねぇ!手伝いは任せたぞ少年!」
「はい!」
「少年、手伝いありがとな。そろそろ風呂に入るといい。俺はここから徹夜で調合を続ける・・・」
「が・・・頑張ってください」
小一時間、師匠の仕事を手伝っていた颯太は作業切り上げるとすぐに浴室へと向かった。だが浴室について早々に颯太はとんでもない事態に遭遇する。
「ふん、ふん、ふんー・・・」
木でできた引き戸の向こう側からサリーの鼻歌と思われしものが聞こえてくる。そしてよく見ると、隣の洗面台には上下の白下着が掛けられている。
(こ、これは・・・)
颯太は息を潜めゆっくりと引き戸に近付いた。一歩一歩慎重に音一つ立てずに。
(いいか江口颯太、この世にはラッキースケベというものが存在する。これは、偶然エッチな状況が起きてしまうことを指す。そこで考えてみよう。今の俺の状況は偶然なのか意図的なのか、答えは偶然である。なぜならそもそも異世界転生したことが偶然であるからだ。世論ではラッキースケベは無罪とされる)
「つまりこれは合法なのである」
一人で結論に至った颯太は最後の数歩を進む。
「われにーまりょくをーあたえーたまえー」
突然曲調が変わったような気がしたが、性欲という魔物に取り憑かれた男子高校生がそんな変化に気付けるはずもなく、颯太は引き戸の持ち手を掴んで勢いよく開ーー
「焼却魔法、『炎獄龍の審判』!!!!」
巨大な炎の渦は引き戸ともに颯太を飲み込むと、壁を数枚突き破り、家の外の大地を抉りながら数キロ先まで進んでいった。
「ふんっ、甘いわね!」
バスタオルを巻いたサリーの足元で颯太は全裸で土下座をさせられていた。二人の脇で座っている師匠は腕を組んで笑っている。
「中々タフな体してるな少年、サリーの必殺技を食らって生きているとは関心だ」
「し・・・死ぬかと・・・」
「懲りたら今後覗きはしないこと!」
「はい」
サリーの魔法で服が全焼した颯太は師匠の服を借りたのだが、身長2メートル近い師匠の服が合うわけもなく、ブカブカな服を体に巻きつけて着ることしかできなかった。
「それにしてもビックリ、まさか私の最強魔法を食らって無傷なんて。あのフレイムドラゴンですら、羽を片方捥がれて逃げていったのに」
「じゃあ人間に撃たないでくださいよ」
(てか、ドラゴンとかいるのかよ・・・)
「大丈夫、死なない程度の加減はできるから。細胞が一つでも生きてれば師匠の『超上位回復薬』でなんとかなるわ」
「あれは世界に数本しかない貴重な薬だ!軽はずみに使われたら困る」
「ってことだから、やっぱ即死してもらうしかないみたいね」
そう言ってニコニコと笑うサリーの手のひらから高い火柱を上がる。
(今後サリーに喧嘩を売るのは止めておいた方が良さそうだ)