二話
小鳥のさえずりと水が流れる音が聞こえる。肌に当たる風を感じて、軽く目を開く。葉が揺れ、木漏れ日が時折目にかかる。
小川の川辺で寝かせられていた颯太は勢いよく立ち上がる。
「俺はあの扉を開けてからどうなったんだ?」
辺りを見回してみると颯太が寝ていた日陰のすぐ横に、焚き火をした跡と思われる黒い炭が残っていた。
水を飲もうと川の方へ歩いていくと
「やっと起きたのね、黒髪黒目君。」
「うぁぁああっ!?」
バシャーンッ!
誰かに突然後ろから話しかけられ、驚いた颯太はバランスを崩し濡れた石の上で盛大に滑った。そのまま川へと落ち高い水しぶきが上がった。
「ごめんね、まさかそんなに驚くとは思ってなくて。次から声を掛ける時は気をつけるね」
「はぁ・・・?」
颯太は濡れた服を脱ぎ、毛布を体に巻いて凍えながら焚き火に当たっていた。
「とりあえず自己紹介しとくね、私の名前はサリー・フリーア、出身は中央領区のヤンドル村。趣味は魔法研究で今は知り合いの研究所で手伝いなんかをしてるの」
(魔法・・・典型的な異世界産物じゃないか!これは、初っ端から良い出会いくじを引いたのでは!)
「君は?」
「えっと、俺は江口颯太。生まれも育ちも東京、趣味はゲーム。今はまだ学生です」
「ソータか、変わった名前ね。それにトーキョー・・・ごめん、知らない所だわ」
(まぁそうなるよね)
「す、凄い田舎にあるから誰も知らないんだ!家の周りは畑とか田んぼばっかり、アハハハハ・・・」
(ごめんなさいサリーさん。本当は超大都会です。家の周り、巨大ビルが立ち並んでます!)
「ふーん」
(ちょっと怪しんでるように見えるけど、きっと大丈夫、だと思う!それにしても、サリーさん、大人っぽい人だなぁ。それに・・・超可愛ぇぇやないか!)
肩くらいまで伸ばした短めの金髪、どちらかと言うと青よりも緑よりの美しい瞳。紛いもない、正真正銘の美女だ。
胸を強調させる薄い生地で出来た紅色の服と美脚を際立たせるショートパンツ。一般的な「年頃の男の子」である颯太には少し刺激が強い服装だ。
(はっ!何か話題を!)
「あの・・・サリーさんはおいくつなんですか?」
「最近16になったわ」
「16⁉︎てっきり20歳とかいってるのかと」
「つまり老けてるって言いたいの?」
「そ、そんな滅相もない!」
「冗談よ。フフフ、面白い反応するのね」
サリーは慌てる颯太を見て、楽しげに笑った。
「ソータは何歳なの?」
「俺も16です」
「同い年じゃないの!なら最初から言ってよね。敬語は禁止!『さん』付けもね!」
「わ、わかりま・・・わ・・・かった、サリー」
「それでよし!」
すっかり日も暮れ辺りが真っ暗になった頃、ようやく服も乾き、颯太は夕食の準備を手伝っていた。と、言ってもただ野菜を炒めるだけの作業で学校の家庭科レベルのものだ。
「男にしてはやるじゃない。どこかで料理の修行でもしてたの?」
「そうかな?俺の周りの男にはもっと凄い人がいくらでもいたけど」
「へぇー、トーキョーって変わってる所なのね。」
しばらくして料理が出来上がると、サリーは木製の皿の上にてきぱきと盛り付けていった。食欲をそそる良い匂いが辺りに漂い、颯太の腹の虫も限界だった。
「お待ちどうさま、どうぞ召し上がれ」
「いただきます!」
(このスープに入ってる肉!何の肉かわからないけど、超美味い!それにこのスクランブルエッグ!何の卵かわからないけど、超美味い!)
「サリー、料理上手いんだな」
「ありがと!最近、居候中の身だから日々の中で料理をすることが多くて、いつのまにか特技の一つになっちゃった。それに私の家、両親いないから、幼い頃から当たり前なの」
「ご、ごめん!そんな理由があるとも知らず・・・」
「別に気にすることじゃないからいいよ。この大陸にはそんな家庭が数えきれないほどあるし、まだ私は軽い方かもしれない。今も大陸中のあちこちに、戦争の傷跡が癒えることなく残ってるのよ」
「戦争?」
「え、もしかして15年前の戦争について何も知らないの!?」
「う、うん・・・」
「嘘でしょ? 隣の大陸の子供ですら知ってるわよ?」
「ごめん・・・」
「信じられない・・・」
颯太は申し訳なさそうな顔になると、空っぽになったスープのカップに木で出来たスプーンをゆっくりと置いた。