迷走
「アン・ヘルが陥落だと…?」
エリオットが呆然と呟く。
「兄様すぐに救援を!急げば半日でアン・ヘルに着きます。まだ間に合うわ!」
「そうだな、すぐに救援部隊を編成する。お前は百人長を集めろ!」
「はっ」
伝令が蒼白のまま飛び出していった。
「私が先行します。兄様は部隊編成が済み次第あとを追ってください」
エリスティアが立ち上がって入口に向かう。
『待てって。まず情報の裏をとるのが先だ』
俺は2人の暴走を宥めにかかった。
この手の情報は誤報であることが少なくない。敵軍の情報操作という可能性も否定できないだろう。
「モレロは家族や友人がいないからそんなことが言えるのよ!今も同朋が殺されているかも知れないのに悠長なこと言ってられない」
胸に手を置いて叫ぶようにエリスティアが言い募る。
別に胸辺りに俺の耳があるわけじゃないんだが、まぁ気分の問題か。
『そうだな。だからこそ冷静な判断が出来る。まず第一に陥落が早すぎる。いくら戦力が殆ど残っていないからと言ってアン・ヘルがそんな短時間で墜ちるのか?』
どうなんだ?とエリオットの背中を糸で叩く。
「確かに不自然だな。仮に我々の予想した進路を通ったのだとしても移動するが精一杯だろう」
幾分か冷静さを取り戻したエリオットはエリスティアに座るよう促す。
『そもそも俺達は戦いが終ったばかりで疲弊している。勝ったから士気はそこそこだがアン・ヘル陥落なんて情報が広がればどうなるか』
「じゃあどうすればいいって言うの?陥落が本当で今も同朋が苦しんでいるかも知れないのに…」
『だからこそ情報の裏取りが重要なんだ。斥候を出しアン・ヘルの状況を確認させるのが妥当じゃないか?』
黙って聞いていたエリオットが口を開く。
「モレロの言うことは一理ある。我が軍には休息が必要だ。この事は百人長にのみ伝え箝口令を敷く」
『意外に冷静じゃないか。俺としても今日はこれ以上エリスティアを働かせるつもりはないしね』
「何言うの!私はまだ大丈夫。十分戦える。斥候には私も同行させて」
『我儘をいうな!お前は首長国軍の切り札。最高戦力なんだ。簡単に切れる札じゃないんだよ!』
「うぅっ」
そんな恨めしそうに見るな。エリオットよ、本当ならお前の台詞なんだぞ?なんか言ってやれよ。
「気持ちは分かった。だが今日は休め。お前の力が役に立つ時がきっと来る」
「兄様…」
ずりぃぞエリオット!自分だけ優しい兄でいるつもりか、この駄目将軍め!
『…まぁいい。とりあえず今日のところは休むぞ。情報収集は任せた』
俺はエリスティアを促し女性兵士用の天幕に向かう。
あぁここが戦場じゃなけりゃ色っぽいことも期待するんだけどなぁ