凶報
地図を覗き込みながら別動隊の位置を予想する。
地図はアレイスタ首長国の中央、聖樹アン・ヘルを中心に周囲の13部族の居住地域が描かれている。
居住地域は深い聖樹の森のただ中にあり、外部への道は東と北に向かう2本だけだ。
北の道はノッツ渓谷とダナンの岩壁がある天然の要害で、トートレス砦が築かれ連合軍の進行を阻んでいる。
東の道は絶対防衛線であったバレン渓谷を押さえられ、ペリオット族の居住地域に深く切り込まれていた。
『ペリオット族の避難は済んでいるのか?』
「当然だ。今頃は避難地に辿り着いているだろう」
「私達が来たときには会わなかったわね。アン・ヘルでも見掛けなかった」
「人間でもあるまいし、我々なら普通に森の中を通れる。避難民すべてをアン・ヘルに収容は出来ないのだ。今は西のアトラス山の麓にいる筈だ」
『なるほど、エルフなら森の中を進めるか…』
俺の呟きを聞き付けエリオットが顔色を変える。
「お前は我々の中に裏切り者がいるとでも言うか!」
『可能性としては、ね。でもそれは低いと思っているさ』
エルフの案内があれば森を抜けられる可能性はある。例えば人質を取られ脅されたとすれば…でもなぁ、案内されたとして1人、2人ならともかく軍は通れないだろ。
ん?
そこで俺は一点を指して確認する。
『このバレン渓谷の上流を辿ればワールブ族の居住地に行けないか?』
地図がどの程度正確かわからんけども、この地図通りなら支流を辿ることでかなり居住地に近付ける。
「確かに行けないこともないだろう。しかし、どの支流を辿ればいいかなどエルフの中にも数人しか…」
エリオットは顎を撫でながら考え込む。
「…兄様、バレン渓谷での戦いで行方不明になった人は把握出来ていますか? 特に我らワールブ族の…」
「ちょっと待て」
エリオットは天幕の隅にあった藤の箱を開いて確認しだす。
「あった。これによれば…」
「その中にレミネの名前はありますか!?」
エリスティアが食いぎみに問い質す。
「ん?あった。確かにレミネは行方不明になっているな」
一瞬辛そうな表情をしたエリオットが答える。面識があったのかも知れない。同じワールブ族だしな。
「私はこの支流を知っています。そしてよく遊んでいたレミネも…」
おぅ…面識どころか幼馴染だったのか…
しかし、そうだとすれば連合軍が向かった先は…
『案内があったと仮定して軍がワールブ族の居住地に着くのはどのくらいだと思う?』
エリスティアが真っ青になった状態で指折り数える。
「バレン渓谷の戦場からだと…私1人なら2日もあれば行けるわ」
「では軍だとすれば3日はかかるな」
『確かバレン渓谷での戦いは2日前だったな?別動隊が足の早いやつを先行させれば今頃ワールブ族の居住地を襲っているかも知れない』
「わかっている!!」
エリオットが激昂して地図を殴り付けた。
「いや、すまん。…一先ず急ぎ父上にご報告せねば」
俺達の予想が杞憂に終わればいい。例えばこちらは十分と考えトートレス砦へ援軍に向かわせたとか。
しかし、俺達の予想はそれを超える最悪の形でもたらされる。
「エリオット様!放った斥候が避難民と遭遇しました!アン・ヘルが陥落したそうです!」