第二部 風の城
◆ 登 場 人 物 ◆
河井タケル 機動騎兵部隊小隊長 MAO第三型『リンクス』に搭乗 ホーム出
身の四人の少年パイロットと共に、チトセ基地より機動騎兵特別部隊『デスペラード』に合流する
千早葉月 MAO第二型『サイベリアン』に搭乗機 機動騎兵特別部隊『デス
ペラード』に所属する 初期実験用操縦者として天才的な技能を有する
カスガ・ソメユキ 河井小隊に所属するホーム出身の少年
ウィリアム・ボーナム 河井小隊に所属するホーム出身の少年
ミン・シャラット 河井小隊に所属するホーム出身の少女
ジョゼッタ・マリー 河井小隊に所属するホーム出身の少女
グラ・シャロナ 国際連合軍機動兵器システム統合部特別補佐官付
ゲオルグ・シュミット 国際連合軍機動兵器システム統合部特別補佐官
ジョン・プラント 機動騎兵特別部隊『デスペラード』隊長 階級は中尉
オリバー・ロシェ 訓練所の古米教官 シュミットの推挙により、チトセ基地での機動
騎兵訓練の任にあたる
サラム・サイモン 国際連合軍技術開発部技術官 新型機の整備担当として『デスペ
ラード隊』に合流
チェ・ソンド 『デスペラード』隊 戦車部隊長 階級は曹長
カシム・ゴンザレス 『デスペラード』隊 砲兵部隊長 階級は曹長
ジョアン・ペイス 『デスペラード』隊 通信兵 陽気な通信兵
ウォルフガング・オットー 『デスペラード』隊 整備兵 サイモンの良き部下
アキ・ユキザネ 南太平洋オルファン国際訓練所で訓練中の十歳の少年
ダイアン・ジェラルド チトセ基地所属軍事システムオペレーター
ティモ・ニサ チトセ基地所属兵器 老整備長
小出泰司 チトセ基地最高責任者 階級は中将 奇襲された基地から河井小隊
を脱出させようとする
ガスパール少将 豪州中央司令部所属 新型核兵器による『堕天使作戦』の命をくだ
す
グレッグ参謀 豪州中央司令部所属
月形半平 国際連合軍機動兵器システム統合部欧州本部に所属 シミュレータ
上のMAO模擬戦で河井と対峙する
ピサロ隊長 豪州戦線連合部隊第六突撃部隊長 身勝手な行動により戦線を崩壊
させる
ロニー少尉 豪州戦線南亜細亜連合部隊長 危地をプラントのMAOによって救
われる
第一話 「マリオネット」
(一)
ほんの一週間前の出来事であった。
ナンディにある南太平洋オルファン国際訓練所の窓に大きな雨粒が打ち付けられ、椰子の木々は強い横風になされるがまま、折れんばかりに幹をきしませた。
ようやく夕方になって西の水平線がわずかに明るくなるきざしを見せ始めたが、昼夜を通した訓練に明け暮れる子供たちにとっては、まるで別の世界の話であった。
「ねぇ、ユキザネ君、僕ね、昨日ママに会ったんだよ」
次の月曜日から豪州戦線に配属されることが決まった十歳のナツオはおどおどした様子でユキザネの顔を直接見ず天井に向かって話しかけた。
「どこで会ったの、島に来る事なんてできないだろ」
「今日、そのことをね、夜のミーティングでみんなにお話してあげようと思って、ユキザネ君のママは優しかったの」
「ううん、覚えていない……同じホームだもん、ナツオ君もそうなんじゃないの」
「今日みんなに教えてあげるのはね、誰でもママに会える魔法のことだよ、いい、このことは僕がみんなに話すまで秘密だよ、いっぱい教えてあげればみんなも喜ぶってママが言ってたの」
ナツオはそう言って自分の爪を噛んだ。
「わかった、誰にも言わないよ、でも、本当に会えるの、僕……顔だって知らないし」
「うん、僕ね、あの大きなロボットの練習をしていたらわかったんだ」
「いいなぁ、僕はいつになったら乗れるのかな」
「多分、僕の次の次くらいかな、シミュ動かしてるだけでも楽しいんだ、次の人はね、B班のヴィラ君じゃないかな、でも、あの子はちょっと意地悪だから僕は嫌いなんだ……君もだろ」
東洋的な名前をもつ白人の少年アキ・ユキザネは、自分よりも先に大きな人型兵器に乗ることが許されたナツオに嫉妬している。あの映像で見た新型一機に比べたらF五十二型戦闘機はもう古い玩具も同然であった。それが子供であればあるほど、その欲求は押さえきれず、日に日に高まっていった。
夜間訓練が無い日は夜のミーティングが終わってから、就寝するまでの間にほんの少しだけ自由な時間をとることができる。
この日はナツオの話を聞くために子供たちが二十人ばかり部屋の奥にあるソファーのまわりに残っていた。
「ねぇねぇ、早く教えてよ、ママに会うことのできる呪文」
「パパにも会えるのかなぁ、僕、お兄ちゃんもいるような気がするんだ」
ナツオは答えずに、へらへらとその中央で力無く笑っている。
ユキザネはそこから少し離れた場所の長椅子の上に寝そべり、本を読むふりをしながら耳だけはすましていた。
「会いたいよね……僕もずっとそう思っていたんだ……そして、わかったんだ……」
「早く、早く!」
小さな子供らは身を乗り出してナツオに話をせがんだ。
「ちょっと待ってて……」
ナツオは、そう言って記録パッドの入った自分の鞄に手を入れ、ごそごそと中身をさぐった。
「あはっ、あったあった……すぐにこれから教えてあげるからね」
「あっ……」
その場の空気が凍り付いた。
ナツオが手にしていた物は子供でも扱える小さな無反動拳銃であった。ナツオは一番前にいた少女の額に銃口をあて、おもむろに引き金を引いた。少女は撃たれた反動で勢いよく後ろに仰向けの姿勢で倒れると、小さな身体をにじみ出た血の中でびくびくと痙攣させた。
「よかったね、会えたでしょ……本当なんだからね……次はだぁれ」
硬直した子供らは訳のわからないまま、抵抗することもなく次々とナツオの放った銃弾の犠牲になった。
ユキザネは最初の銃声を聞き、反射的に長椅子の後ろに身を隠していた。
「ユキザネ君も隠れていないでこっちに来なよ……きれいな蝶々のお姫様もいる所だよ……みんなママと一緒に僕たちのことを呼んでいるんだ」
ナツオは返り血のあびた自分のこぶしをフンフンと鼻を鳴らしながら舐めた。
「蝶々のお姫様って……ナツオ君、何言ってんだよ、何やってるんだよ」
撃ち殺した子供の死体にナツオはつまづいた。
「あはっ、あはっ、みんな、僕もこれから行くから寂しくないよ……ユキザネ君は一人ぼっちの方が好きなんだね……ずっと、一人ぼっち……ママの顔を知りたくないならしょうがないね……でも、蝶々のお姫様はユキザネ君を待っているみたいだよ……じゃあね、バイバイ……」
うろうろと部屋の端まで歩いたナツオは銃口をほ乳瓶でも吸うような口で咥えると、躊躇無く引き金を引いた。脳漿と赤黒い血がナツオの後ろにある白い壁一面に広がった。
寝室で看守からその報告を受けたグラ・シャロナ嬢は、ヒールを慌ただしく履き、別棟にある宿泊棟のミーティングルームに走った。
「こちらに来て下さい」
血の臭いが充満した部屋の片隅に子供達の死体が折り重なるように倒れているのが見えた。
後から部屋に入ってきたシュミット少尉は、顔色一つ変えずに死体の搬送を職員に指示した。
「こうなることは予想ずみなのでしょう、軽い副作用だって……」
グラ嬢はシュミットにそう言いながら、顔が左半分欠けた少女の見開いた目のまぶたを指でそっと落とした。
「当然だ……グラ、すぐオルファン本部に子供の補充を手配しろ、豪州統合本部にはプラント隊へのパイロット補充は延期と一報だけいれておくように」
「了解しました、でも、これを見ると私たち良い死に方できませんね」
「くだらない、まだ、しがみついているのかお前は」
「そうだったわね……あら、いけない、これお気に入りなのに」
グラ嬢は、ヒールのつま先についた血をポケットティッシュで拭き取り、その紙を近くの金属製のゴミ箱につまんで捨てた。
「少尉のご予定の変更は」
「変更はない、教官と共に明朝、日本へ発つ、グラ、お前も遅れるな」
「子供が亡くなった次の日の朝は、今でもつらいわ」
シュミットは、口をつぐんだまま返事をせずに部屋から立ち去った。
(二)
河井らが乗った輸送機は、細い川のように見える海峡の上から、徐々に高度を下げ、着陸体制に入った。
「あの四角い山、火山なんだな、日本って国は狭いって聞いていたんだけど結構広いもんだな、雪だぜ、うわぁ、あれ湖だ」
吐いた息が視界の下半分を白く曇らせるのも気にせずに、ウィルは輸送機の小窓に額をぴたりと付け外を眺め続けていた。
「カスガ、お前の国だろ、後で案内してくれよ」
「僕、この国にいた記憶があまり無いから」
「けっ、つまんないの」
「あんたも物心付いた時にはホームにいたでしょ。もう私たちに遊ぶ暇なんてないのよ、ウィル」
「余計なこと言うんじゃねぇ、言っただけ、ちょっと言いたくなっただけだろ」
ウィルはジョゼッタ・マリーの言葉に少しむくれ、自身の足元に目を落とした。
(僕にとってのこの国って何なんだろう)
カスガ・ソメユキにとっては今までと同じただの異国であった。
空港に降り立った瞬間、心地よい澄んだ空気が顔をなでていく。レイクレイ基地と雰囲気が非常に似ていることに少年たちは驚いた。しいて言うのであれば、険しく高い山脈が近くに見えない点だけが唯一の違いであった。
「ここ、レイクレイに似ている」
「カスガもそう思った?私も」
「ミンもかい」
「うはぁ、あの山、煙出てるぜ」
ウィリアム・ボーナムは、すっかりと機嫌が直り、初めて見る景色に地に足が付かないほど、心浮かれている。
針葉樹林の向こうに細く煙を上げている平らな山が良く見えた。
なだらかな山裾をもちながらも頂上付近は岩石がむきだしになっている。その変わった形の山を背景に黄色い大型フォークリフトは何台も連なった状態で、北米からのコンテナ貨物を輸送機から運び出そうとしていた。
チトセ基地へと降り立った河井小隊の前に二台の軍仕様のRV車がドリフトをさせながら止まった。
助手席に乗っていた男はジープから飛び降りると河井の方へ近付きながら嬉しそうに言った。
「よう、おもらし犬がいっぱしの顔になりやがって、貴様のヘマは月形より聞いている、しかし、まだ生きているとはな、後ろにがん首揃えているのは馬鹿四人組か」
「お久しぶりです、教官」
オリバーは敬礼する河井の手を下ろさせ、がっしりと握った。
「オリバー教官じゃないですか!なぜここに?」
後ろに並んでいたカスガ、ミン、ジョゼ、ウィルは彼の姿を見て天地がひっくり返るかと思うくらいに驚き、その場で直立不動のまま敬礼をした。急に手を離したため、ウィルのトランクが落ち、開いた隙間からびっくり箱の人形のように中に入っていた物が地面に飛び散った。
「誰がしけた歓迎のクラッカーを鳴らせと言った、小さな犬ども、少しは進化したのか。戦闘機もろくに操縦できないお前らが、ここにいることは、人類にとって大きな間違いであることを理解しろ、荷物を肥だめに入れたら、すぐに実地訓練に入る、猿どもは後ろのジープに乗れ、軍曹、お前はこっちだ」
「はい」
河井は、命令されるままオリバーと同じ車両に乗った。
「噂は兼々、教官より聞いている、オルファン出身のエースパイロットというのを初めて間近で見させてもらった、機動兵器システム統合部のゲオルグ・シュミットだ」
「よろしくお願いします」
眼光の鋭い助手席の男がシート越しに右手を差し出してきたので河井も握りかえした。相手の目は笑いながらもじっと観察しているような印象を河井に与えた。
「軍曹、こいつは、お前という珍獣を見に来た客だ、少尉なんて偉そうな肩書きを付けてはいるが、お前と同じ天才級の馬鹿、いや悪魔だ、実験材料にされないよう適当にあしらっておけ、子犬どもとはナンディ訓練所で面識がある、さぁ、どうする、一度豚小屋に行くか、それとも、例の一物を見に行くか、このことについての決定権はお前にやる」
「教官がしばらく会わないうちに変わったことを驚いています、そのようなことを自分に確かめるなんて」
オリバーは河井の答えに笑った。
「よし、わかった、さすが糞たれ小僧だ、話が早い、ラドリー、後ろの車に連絡しろ、鉄屑を見に行くぞ」
「はい」
運転手のラドリーは、すぐにナビパネルで後続車の運転手を呼び出した。
「ジニー、教官からの指示だ、格納庫へ先に行く」
「サー」
二台の車は急反転し、格納庫エリアへと向かった。
滑走路を隔てた向こうに民間機のボーイングが滑走路をゆっくりと移動しているのが見えた。駐機場にはその他にも並んでいる。米国のセントポールミネアポリス空港にもこれだけの民間機は止まっていない。
重苦しい軍用機とは違う機体のカラーリングを河井は懐かしく思った。
「まだ、民間機がこんなに飛んでいたのですか」
「河井軍曹、戦場ボケがひどいようだ。まぁしょうがない、いつも前線にいるのだからな、ここはいたって平和だよ、あの攻撃の際に無事だった地域の数少ない一つ、だから例のシロモノが搬入されている、しかし、東京は駄目だ、何も残ってはいない、ただの廃棄物の最終処分場だ」
シュミットが前を見ながら二人の会話に割り込んだ。
「シュミット、軍曹はそのゴミための出身の糞犬だ」
オリバーの言葉にシュミットは、さして驚きもしなかった。
「ほう、生き残りか、昔はにぎやかだったそうだな、それだけでも軍曹が悪運の持ち主だということは理解できた」
河井はシュミットの話を上の空に、かげろうの彼方にゆらぐ、民間機をじっと見つめていた。
狂犬のヤマガタが見たらどんなに喜んだことだろう。そう河井は思った。
(おい、飼犬、見ろよ、まだ、空も捨てたもんじゃないぜ)」
懐かしい彼の笑顔が空に溶ける。
(三)
オリバーを先頭に格納庫に足を踏み入れると、見たことのない三機の機体が各整備機材に埋められるような姿で彼らを出迎えた。
「これ、Fシリーズの新型なのか!」
まず、ウィルが嬉しさの混じった驚きの声を上げた。
機首はF五十二型とやや似たシルエットだが、翼は三角翼となっており、後背部の二枚の尾翼の間に特徴的なレーンが備えられている。そして、翼下部のエンジンは通常二基搭載されているのだが、この機は倍の四基もあった。しかも後部ノズルにはさらに二基、機体のほとんどがエンジンと燃料タンクで占めていた。
翼に付いたエンジンの後部は全て可動式となっており、直角に方向を変化させることで、垂直離陸にも対応できるのではないかと河井は考えた。
コクピットの周りには何人もの整備兵が集まり、手持ちの端末でプログラムを打ち込むなど、機能のチェックに余念がない。そのうちの一人がシュミットらに気付き、手を休め敬礼した。周りにいた者も慌てて同じような振る舞いを行った。
「いいから仕事を続けていろ、君たちが一秒休むごとに人間が一人この世界から消えている」
「はっ!」
彼らはまた、黙々とめいめいの作業に戻っていった。
「軍曹、どうだ、この機体は、第一印象を手短に言え」
オリバーが河井を見て言った。
「一見ですが、猪突猛進型、ドッグファイトにはむかない印象を受けます」
「その通り、『猫』を載せる間抜けな『馬』だからな、こいつは、誰よりも先に戦場に『猫』を届けるのが仕事だ」
「馬……ですか」
「力だけは必要以上にある、今までのFシリーズが驢馬のように感じるはずだ、しかし燃費も悪く漏れているガスボンベに乗って飛ぶようなものだ」
「輸送型の戦闘機……」
「お前に、こいつを操縦させるつもりはない、しばらくは後ろの脳天気な子犬ども専用だ」
後方にいるカスガたちは、先ほどの機体の所でまだ歓声をあげている。
「これは俺が乗るぜ、ほら見ろこのエンジンの輝きを、大きさを、すげぇ、どんな音がでるのか、くぅーっ、すげぇ、すげぇよ」
「あんたが乗るんだったら宝の持ち腐れね」
ジョゼがウィルの言葉に半ばあきれていたその時、格納庫内に重低音を伴ったエンジンの機動音が響いた。
「河井、お前が乗るのはあれだ」
オリバーが指さした方向にガンメタリック色のMAOが至る所から伸びるケーブルを全身に巻き付かせながら二台横たわっていた。ブザーがなると地響きのようなエンジン音がおさまっていく。慌ただしく動く作業員達が機体の近くにいるため、より巨大な印象を河井にもたらした。
前のアラスカでの戦闘で見た機体とは明らかに全体のフォルムが違っていた。
鋭角の突起物が際だつ古代コリュス式に似た頭部、顔にあたる部分は変形がかったY字型の鼻あてが前頭部を覆っている。
「仰々しい顔をしているだろう、古代ヨーロッパ人そのものだ、奴らの子孫が設計したから、こんな仰々しい姿になっちまった、数百年の時を隔て、図体だけこんなにでかくなりやがっただけだ、でも何か足りないと思わないか?」
「足りないものですか?」
「お前のようなジャップだったらサムライのようなマゲを付けたくなるんだろう?」
「敵がひるむのであれば」
「ふはは、それは本気か、冗談か?が、そんな敵だったら殺しがいがある」
河井は視線を胴体の方へと移していった。動力炉が搭載されていると思われる胸部の厚みが非常に特徴的であり、背中には、二枚の放熱板が孔雀の羽根のように大きく開かれ、きらきらと格納庫の照明に反射している。また、肩には、間接を衝撃から守るためのカバーがつき、そこから伸びる上、前腕部は角筒型となっていた。
「五本の指までも付いているのですか」
「そうだ軍曹、防御的には弱いのを承知でな、しかし、どのような武器をも瞬時に装備できる長所がある、でかい彼氏に渡すワイヤー製マフラーを編むことだってできる」
「そう、このデザインは素晴らしいものだ」
シュミットが河井のすぐ後ろに来、オリバーのスラングを遮った。
「いかなる場所でも使用できる機能的な形状は人間だ、空は鳥、海は魚」
「兵器として活用するなら、あえて不安定な二足歩行を選ぶのが解せません」
「軍曹、君は接地面が少なくてすむ程度のものと思ってはいないか……その辺は、開発者達が設計の段階から十分協議しつくしている」
シュミットに続けてオリバーは真顔で言う。
「動き?汎用性?そんなのは後から付けた理由にしかすぎない、これをつくった三月ウサギといかれ帽子屋連中は、この地球にこういう二本足で立つ愛すべき阿呆な生き物がいたということを形として永遠に残しておきたいだけだ」
「人類のアイデンティティー?」
「そんな立派なものではない、俺に言わせると月の王に祝福される腐れかかった墓標だよ」
「人類の墓標……」
少年たちの近付く足音が止まった。
「うぉっ!」
ここにいる技術者達は初めてこの機体を見る者がとる反応が楽しみでならない。
一言叫んだ後、ウィルは口を半開きにしながら声を震わせている。
「そんなにすごいか、坊や」
白髪頭の黒人男性がその場で動けないカスガやウィルに声をかけた。
「クールだ、今まで見たことがないほど……」
「だろう、君たちがパイロットか、若いな、みんなにそう言われないか」
四人は顔を見合わせて笑った。
「よく言われます」
カスガが答えた。
年老いた男はじっと彼らを見つめると涙を浮かべはじめた。そしてゆっくりとかけている眼鏡をはずし、ハンカチで涙をぬぐった。
「すまない、うちのチームが過去に整備してきた中でもこの機体はとびぬけてクールだ」
「ねぇジョゼ、何であの人泣いたんだろう」
ようやくミンが口を開いた。
「孫の顔でも思い出したんじゃない?でも、本当に凄いわ」
「眼鏡のお嬢さん、これがMAO三型『リンクス(山猫)』だ、俺たち技術屋は、コードネームからこいつらを『猫』と呼んでいる、まだ世界に数機しか完成していない、そのうちの貴重な二機がこいつだよ」
「『リンクス』ねぇ」
ジョゼは、その形状から想像してみた。確かに耳のような形をしたパネルは後頭部に付いている。
「エム、エー、オー、マ……オ」
くくっとミンが笑った。
「ミン、何がそんなにおかしいのよ?」
「だって、ジョゼ、私の国の言葉でマオは猫のことなの、すごく発音が似てる」
「だから、猫?軍も整備の人も難しいことをいつも言うわりには単純なのね」
ジョゼはふんと鼻で笑い、肩をすくめた。
ウィルとカスガは、そんな話も聞かず、べたべたと機体を触って、何事かを興奮しながら話し続けている。年老いた男は止めることもせず、哀れみを込めた眼で言った。
「坊や、この猫と馬を大切に扱ってくれよ、それとお前さんたち自身もな」
「ティモ、無駄話はよせ、明日の午後には、こいつらを乗せたい、準備はできるか」
オリバーがティモの話を遮った。
「今からでもできるぞ、お前さん、ここのところずいぶん丁寧になったな、例のシステムの組み込みも終わったばかりだ」
「丁寧?さっきも、この犬に似たようなことを言われたよ、こいつらの棺桶だ、しっかり整備してやってくれ」
「年寄りにできることは限られているからな、心配するな、同じ老いぼれどうし、整備の腕には自信がある」
「老いぼれはお前だけだろう」
河井は、そう言って互いに笑い合う教官とティモがなぜか寂しそうに見えた。
(四)
一時間後、河井達は長旅の疲れをとる間もなく、管制センター塔地下のシミュレーションルームへと向かっていた。
横を歩くカスガに、ウィルはいつものように軽い口調で話しかけた。
「俺たち、いつ、あの機体に乗せてもらえるんだ」
「わかるわけないだろ」
ウィルは、いてもたってもいられず、先頭を歩く河井に質問をした。
「隊長、よろしいでしょうか」
「何だ?」
河井は立ち止まって振り向いた。
「私たちはあの機体にいつ乗れるのでしょうか、誰が乗ることができるのでしょうか」
河井は、ウィルの質問を聞くと、すぐに前に向き直り歩き出した。
「それを調べるために、今、向かっているところだ」
「わかりました」
「ウィル、本当にわかったのか?」
カスガが不思議そうに聞いた。
「う、うるせぇ」
シミュレーションルームは、ナンディ訓練所と異なり狭い部屋に隙間なく、シールドで囲まれた五台のコクピットシートが並んでいる。
小太りの若い女性は彼らの訪問に気付くと、奥の計測席から立ち上がり歩み寄ってきた。
「軍曹、ここのシステム技師をつとめている『ダイアン・ジェラルド』です、もう一人、統合本部から派遣されている者もいるのですが、来てから改めて紹介します。さっそくですが、コクピットシートに座る前に一度、監視ルームに上がってくるように教官から言付かっています、その扉の向こうに階段があるので、そこから上ってください、他のパイロットはすぐに実験を開始します」
「ありがとうダイアン、ただ実験ではなく訓練だ、気を付けてくれ」
「あら失礼。気分を害されたかしら」
河井はそれ以上何も言わず、扉を開け、監視室へと向かった。
カスガ、ジョゼ、ウィル、ミンはダイアンの誘導に従うまま、用意されていたヘルメットを被り、それぞれのシートでコンソールに光る計器類の数値を確かめた。
「四人ともモニターで私の顔が見えますか?」
「はい」
「これから、『ロシナンテ』のシミュレートを行います、操縦系統は従来のF型戦闘機とほとんど同じです、ただし、左前のBタッチパネルを見てください。そう、そこ。この装置でF型戦闘機にはない機能全てをコントロールできる仕組みになっています、はじめは単機でフライトするように設定しています、では、二分三十秒後にシステムをロードします」
監視室に河井が入ると、すでにオリバー教官とシュミット少尉が少年たちの座るコクピットルームをモニター越しに見つめていた。
「軍曹、お前に見せておきたいものがある、ここにいろ」
「教官、どういうわけですか?」
「まぁ、見ていろ、なぜ、このような子供らに新型を託すかその理由がわかる」
「教官も少尉もずいぶんあわてて行うのですね」
白衣をはおりながらグラ・シャロナ嬢がつかつかと部屋に入ってきた。
「目的は違っても、早くこのお兄さんに見せたいのは同じですか、河井軍曹、国連軍特別機動兵器システム統合部特別補佐官付『グラ・シャロナ』です、よろしく」
グラは、二人の返事も聞かず、河井に軽くウィンクして自分の席に座った。
「ダイアン、ノーマル時の波長の記録をお願い、それと少尉がはじめから最深レベルでの訓練を希望しています、ただ途中での中止か継続かの判断は私がします」
「わかりました、実験開始します」
カスガの操縦桿に振動が響く。
シミュレータとはいえ、いよいよ初めての機体を操ることになる。ダイアンの声が聞こえ、スクリーンに見覚えのある景色が鮮やかに映しだされた。
「あなたたちになじみのあるレイクレイ基地のデータを使っています、それではランディングからはじめます、それぞれ滑走路に進入してください」
四人とも、まだ何も問題はない。
「誘導終わり、離陸に入ります」
カスガらは、今までの機体の感覚でスロットルを開けた。
今まで味わうことのなかった加速感覚。ミンとウィルの機体は滑走路をオーバーランし、そのまま基地外の住宅地へ突っ込んでいった。
「失敗した二機はもう一度ランディングから、離陸できた二人は、そのまま加速を続けてください」
「な、何なの、この加速は」
先に離陸を成功させたジョゼのきれいな鼻から、つつと鼻血が流れ出す。
「最高、今度は大丈夫だ、行くぜ」
「離陸します」
ウィル、ミンともようやく離陸した。
「さらに加速させて、先に加速した二機は急減速」
カスガの口の中に苦い胃液が戻される。
「さっそく試したい、彼らに信号を」
監視室のシュミットの指示にグラは静かにうなずくと階下のダイアンに伝えた。
「こんなにGが……」
まだ、訓練が始まってからたった数十秒である。カスガは何とか操縦桿を握っている。
少年たちの頭の中に衝撃が走った。
この感覚は前の戦闘に使った時の薬ではないとカスガは思った。
「何だ……うわぁ!」
急に視界が明るくなった途端、カスガは失禁した。
「教官、何をしたのです」
河井の心に動揺がみなぎる。
モニターに映った四人の少年と少女はまばたきもせず、能面のような無表情な顔つきになった。次第にそれぞれの顔が涙や鼻血、鼻汁まみれとなっていった。
「静かに見ていろ。すぐに理由がわかる、グラ、パックを出せ」
「わかりました」
スクリーンに妖精型の敵が投影された瞬間、見る間に撃破されていく。四人とも瞳孔を開き無言のまま高速度の中での単調に見える複雑な作業を続けた。
「噂通りシステムは完璧だ、我々人類の勝利は見えた」
シュミットが満足そうに言う姿をグラは横目で見ながらつぶやいた。
「馬鹿げている……」
「軍曹、見ろ、これが本当の最終兵器だ、大の大人がコントロールできない機体をいとも易々と無意識化で動かす子犬どもの力を」
オリバーは汚物でも見るような目つきで言った。
「次だ、グラ、そのトランス状態のまま『猫』に搭乗させろ」
シュミットの指示を待つまでもなく、あっさりと、MAOの操縦を始める四人。
「わかるか、軍曹、俺たち老兵の出る幕じゃない、既にあのホーム出身の子犬の脳はプログラムにファックされているんだ」
オリバーの目に怒りの色が浮かぶ。
「私の頭の中にも、それが書き込まれているわけですか」
「お前には、幸いなことにこの刷り込みは間に合っていない、年が少し上だったせいもある、深層意識に刻まれた部分はあるかもしれないがな」
モニターの中の子供たちは意味不明な言葉を絶叫している。
「ああいう狂った兵器には後ろで手綱を引っ張る奴が必要だ、軍曹、お前がその糞な役回りだよ」
グラは計測モニターの数字を確認すると教官の方へ振り向いた。
「彼らの脳波が変調をきたしています、今日の実験はここで終了です」
「子犬どもは、そのまま、シートに寝かしておけ」
シュミットが冷酷に笑いながら河井の方に振り向いた。
「さぁ、河井軍曹、次はお前の番だ……」
(五)
気を失ったミンは、ベッドの中で過去の自分の夢を見ていた。
「お前はここの部屋だ」
下卑た笑みを浮かべる男性に手を引かれた幼女が部屋に案内されると、自分と同じくらいの年齢の子らがベッドの上に座っていたり、絵本を読んでいるのを眼にした。
「聞け、また、新しいペットの入荷だ、名前はミン、姓は不詳、まだ自国の言葉しか話せない動物だ、何かあったらすぐに管理人の教師に教えろ」
ミンを近くで見ようと興味深そうに幼児が集まってきた。
「ねぇ、いくつなの」
ミンは、訳もなく怖くなって泣き出した。
「身体には傷を付けるなよ、こいつの寝床はそこだ」
男性は、そう言うとドアを閉め廊下に出て行った。
「うえぇん」
「うるさい」
「ジョゼ、そんなことを言ったらかわいそうだよ、どこの国から来たの?」
ミンは、女の子の言っている言葉が全く分からなかった。
「あなたのベッドはそこよ」
枕元に薄汚れたテディベアが置いている一番窓際のベッドを指さした。
「そこはカレンの場所だよ」
ジョゼと呼ばれたふくれっ面の少女は、そこに行かせまいとベッドから下りて通せんぼをするように立ちはだかった。
「だって、先生はカレンは違うところに行っちゃったって」
「ダメ、絶対、ここはカレンのところ」
二人のやりとりを聞いていた子らはみんなしくしくと泣き始めた。二人の幼女は窓際のベッドの側で押し問答を続けている。そのうちに段々と大声になり、つられるように周りいた子らの泣き声も高まっていった。
廊下をあわてて走ってくる音がミンに聞こえてきた。
「何やってんの、仲良くしなさいって言われなかったの」
「先生!だって、ジョゼが、そこのベッド使っちゃだめって」
泣きながらその子はジョゼを指さした。
「ジョゼ、だめでしょ!」
「そこはカレンの場所だよ。」
先生と呼ばれる女性は、ジョゼの髪をつかみ顔を引っ張り上げると、パチンと頬を平手で打った。ジョゼは、近くのガラスが割れんばかりの声をあげて泣いた。
「カレンはもういないの、わがまま言う子は向こうの部屋に連れて行きますよ」
ミンはそこでどんな話がやりとりされているかもわからないまま、不安な感情をおさえきれなくなりしくしくと泣いた。
西の空が段々と赤くなる頃、木々に囲まれた狭い公園で二人の幼女を乗せた箱ブランコはキーキーと音をたてながらゆっくりと揺れている。そのすぐ横の砂場では数人の男児が夢中になって砂山にトンネルを造っていた。
ミンは向かい合わせで座っている少女にずっと聞きたかったことをたどたどしい言葉で話しかけた。
「カレン、ダレ?」
「おともだち」
ミンはジョゼの口からよく聞く『カレン』という子のことを知りたかった。
「ドコ、イルノ?」
「知らない、聞いちゃだめって先生から言われたの、あっ、ミン、お花さいてるよ」
少女は植え込みのかげにタンポポが咲いていることに気付き、ブランコから飛び降りると、花の近くまで夢中で走っていった。
「プーゴンイン」
「プー、何?」
「コレ」
ミンは閉じかけたタンポポの花を指差した。
「お花にはね、妖精が住んでいるんだって、カレンがそう言ってた」
「ヨウセイ?」
「きれいな羽をもっていて、ちいっちゃくって、かわいいの、見てみたいなぁ、カレンもね、この黄色いお花好きだったのよ、これで指輪をつくろうよ」
「ユ、ビ、ワ?」
「まっててね」
少女がタンポポを一輪手折り、ミンの人差し指に巻き付けたが、ゆるくすぐにとれてしまった。
「だめぇ」
落ちた花を拾おうとした時、軍服を着、狐のように眼のつり上がった女性が、校舎の方角からのびる小道を歩いてきた。
「あら、そこにいたの、ユウミちゃん、もう、お医者さんに行く時間ですよ」
「はーい」
「ドコ、イク?」
「お医者さん、頭のお薬もらいにいくの、また、指輪つくろうね、ばいばい」
女性は自分の手をしっかりと握る少女の顔をもう一度確かめると、再び夕日に染まるもとの小道を戻っていった。
はじめてこの施設で仲良くなった『ユウミ』という名前の子は、この時以来、ミンの起居する部屋に戻ってくることはなかった。
(六)
MAOのシミュレータコクピットに河井は座っている。無骨な外観とは違い、内部の計器類は思ったよりも少ないと彼は感じた。
百八十度パノラマ型モニターと正面に操作パネル、左右にサブのB、Cパネルがあるのみで、操縦桿は、左右に一つずつ、そこにいくつものボタンやスイッチが装備されている。装着する専用ヘルメットだけは、いつものフライト用とは違い、一回り大きく複雑な形状となっていた。
「操縦中にヘルメットをはずすな、貴様の脳の信号が途絶えた段階で、詳細な制御ができなくなる。慣れてしまえば捨ててもいいがな、久しぶりにお前の絶望的なトロさを見させてもらう」
「了解」
オリバーの顔が映っていたパネルがグラ嬢に切り替わった。
「あの子たちは、ようやく回復したわ、すぐに睡眠剤で眠らせてあげたけどね、これからここで軍曹のオペレートをダイアンより引き継ぎます」
「了解」
「それでは、まず基本的な動作からはじめます、まずは立ち上がるところから、Cパネルの点滅しているところを触って」
シミュレータ上でMAOが片膝を立てた姿勢からゆっくりと立ち上がる。
「まるで実機に乗っているようだ」
「でしょ、ゲーム機の筐体なら飛ぶように売れると思う」
河井はいくつかの基本的な動作をグラ嬢の指示通りに行った。
「簡単でしょ、軍曹の入力している信号の他に、脳波からの信号も伝えて補完させているの、考えた瞬間にある程度の動きができるよう記憶パターンを増やすことで、もっとスムーズに動作が可能になるはず」
「さぁ、いよいよロシナンテにドッキングしてみて、今、データを送ります」
河井の機体の前に、少年達が搭乗したロシナンテが現れた。
「機体のそばに移動後、今、パネルを点滅させたところを順に押してスロットルを両方とも中に倒す。あとはオートでやってくれます」
巨大なMAOが背部バーニアの推進力によってゆっくりと宙に浮き上がっていった。コクピットモニター上ではシミュレーションなので土煙などはたたず、目標がしっかりと補足できるようになっている。
姿勢制御装置が働き、吸い込まれるようにロシナンテの上部に四つん這いの姿勢でドッキングすると、アタッチメントが伸び機体が固定された。
「このまま最速で離陸させるわ、正常時の子供たちは、ここまでいかなかったけれど……ふふ、最新の実機シミュレータの出来を甘く見ないでくださいね」
河井の全身に非常に強い圧力がかかった。が、彼にとっては白蟻の塔の爆撃で狂犬と味わった成層圏上昇時よりも楽な印象を受けた。
「奴は余裕のようだな」
グラの映像にシュミットの顔がかぶる。
「身体の調子に問題はありません、アドレナリン値も正常、ホーム出身の子はどれも芸術品ね」
グラは短く返答し、次の指示を河井に出した。
「次がこの猫の最も重要な動きになります。高高度からの分離後、突撃体勢のまま落下、目標地点に着地し、ダミーのパックを五体破壊します、標準武器のスナイドルライフルは、右の操縦桿のトリガーで使うことができます。ロックオン仕様はFVのバルカン砲と同じです、いいですね」
「了解」
「子犬ちゃんのように、白目をむかないでね、せっかくの良い男が駄目になるのは見ていてつらいのよ」
空中でロシナンテから放出されると、急激な降下がはじまった。河井は上空に押し流されるような感覚を受けながら、降下速度、姿勢、武器の情報をチェックした。
「姿勢制御を忘れないで、さっきの、要領で指示通りに入力してちょうだい」
「了解」
着地まではよかった河井だが、ターゲットの撃破になると、そう上手くはいかなかった。最初は、五体のターゲットがからみつき、機体ごと爆破された。二回目また三回目も同じ結果であった。
「こいつは予想以上の差だ。もう少しやれると思ったが時間の無駄、出来損ないは出来損ないだ」
シュミットは頭を掻いた。
「でも、彼の頭は正常よ」
その場にいた面々は十分理解することが出来た。
カスガら子供たちの見せた以上なまでの戦闘能力の高さと、脳にコントロールを受けていないエースパイロットとの限界の差を。
「次の訓練に移行します、シミュレーションシステムを欧州の開発本部とリンクします」
岩砂漠の疑似地形が映る河井のモニターの正面に、同じMAO三型『リンクス』が現れた。
「向こうのMAOにも、軍曹と同じ、テストパイロットが搭乗しています、軍曹もよくご存じの方ですよ、月形半平少尉、聞いたことあるかしら?彼はあの『南極の動乱』の生き残りよ」
「『南極の動乱』?」
「生存率ほぼゼロパーセントの紛争地域において、彼がいてくれたおかげで、戦闘システムの概要をアメリカ合衆国は手に入れることができた……でも、彼だったらそんな過去のこと、みんなには話さないわね、だって、軍曹と同じ自慢が嫌いな紳士だもの」
グラの言葉が終わると同時にサブモニターに映ったパイロットは月形本人であった。
「久しぶりだな、河井」
「月形隊長……このようなところで」
「ああ、もう身体はボロボロだがな、だが、今の俺ができるのはこんなことしかない、真の人形つかいが生まれるまでのつなぎだ」
「真の人形つかい?」
「ふ……手加減はしない、お前も全力で向かってこい」
グラの声がかぶる。
「月形少尉、機体には、もう慣れましたか」
「いえ、私の好みではありません、中年の身体には荷が重すぎる」
「あら、はっきり言うのね、『玉梓』が乗っていませんものね、やはり一人ではご不安?」
「その言葉、あなたが上司じゃなかったら、殴っています」
「あなたにだったら殴られてもいいわ、だって、それだけの価値がある男だもの」
「喜んでいいもんだか……さぁ、始めてくれ」
「もっと、少尉とお話したかったのですけど、時間です、それでは始めてもらいます、バックアップは全てこちらで録っています」
「了解」
合図と同時に月形の機体は高速で直進してきた。
河井は左横に機体を移動させながらライフルで牽制するが、地形の起伏を上手く利用する月形は全弾かわしていく。
先ほどのダミーの『パック』とは、まるで異なる予想できない動きであった。
搭乗したばかりの河井であったが、月形の繰り出す弾丸を、移動すると見せかけつつ動きを止め、逆に、月形の機体めがけ射撃する。
しかし、どの弾も致命傷とはならなかった。
(俺はまだ負ける訳にはいかない、彼らを一人前に育て上げるまではな……)
月形は、操縦しながら過去の戦闘機とは異なる兵器の感覚を思い出していた。
「まるで、忍者のようね、補助戦闘システムなしでこれだけの動き、二人ともエース級というだけあるわね、この動きはコンピュータでは予測できない」
二人の戦闘を見るグラは少女のようにはしゃいだ。また、終始不満顔であったオリバーも真剣なまなざしで見ている。
「だが、この相手がホームの子供たちであったら、もう勝敗は決まっている」
そう言い切るシュミットの強い要請もあり、パイロット候補生時代に戻ったかのように夜中まで、河井の訓練は続いた。
(七)
カスガ達は全員治療室のベッドの上で眠ったまま次の日の朝を迎えていた。
この日は朝から昨日の青空とは正反対の雨模様の天気であった。
午後からの実機でのフライト訓練を前に、パイロットルームに置かれた事務用の貧素な長椅子に、ジョゼとウィルが珍しく並んで座っている。
カップからドリップをはずしながらウィルは言った。
「いきなり実機だぜ」
「昨日まであんなに乗りたがっていたじゃない、どうしたのよ、その顔は」
ジョゼは、操作方法が提示されている卓上PCのモニターから目をはずさない。
「俺、途中から全く記憶が飛んでるんだよ、カスガの奴も朝聞いたらそう言ってたぜ。ジョゼはどうだったんだ」
「私は別に……」
ジョゼも口に出してはいないが、全く記憶が消えていた。
「ジョゼ、大丈夫だった?」
そう言いながら、ミンがパイロットスーツの着替えを終えて部屋に入ってきた。
「あれから、ジョゼもずっと寝てたんだってね」
「ミン、余計なこと言わないでよ」
ウィルは、それを聞いていやらしく笑った。
「なぁんだ。ジョゼもかぁ、これで安心した」
「いったい何に安心したのよ」
「いや、別にぃ」
「あれ?カスガは」
ミンはカスガの姿がないのに気付いた。
「隊長に用事があるって言って格納庫の方に行ったわ」
「ミン、コーヒー飲まないか?」
「ごめん、また吐いちゃうかもしれないから、今はいい」
ウィルは、コーヒーを口に運ぼうとしたが、少し考えて飲むのをやめ、机の上にカップを置いた。
カスガがロシナンテとMAOの並ぶ格納庫に足を踏み入れると、河井は、かたわらに一人で機体の整備の様子を見続けていた。
「河井隊長」
河井はカスガの声に静かに振り向いた。
「午後の訓練の前に聞いておきたいことがあって、まいりました」
「昨日のことか、なぜ、それを」
河井はおだやかに答えた。
「何があったのでしょうか、誰も何も覚えていないのです、みんな気付いたらベッドにいました」
「それ以上、知ってどうする?」
「あ、いえ、あの、すいませんでした」
「教えてやろう、お前は操縦しながら失禁していたよ」
その言葉を聞いたカスガの顔が見る間に赤くなった。
「そ、それで私たちはこの機体に乗る資格があるのでしょうか」
河井の脳裏に昨日の半狂乱になった彼らが見えた。
「少なくとも、ここにはお前達しかいない。カスガ、お前は今日はロシナンテではなく猫に乗れ」
「はい、えっ、こっちに乗ってもいいのですか」
「不満か」
「いえ、ありがとうございます、失礼しました」
カスガは嬉しそうにそう言うと、ここに来た時とは比較できないくらいの明るい表情でパイロットルームへ戻ろうとした。二、三歩足を踏み出し突然何かを思い出したように河井の方へ向き直った。
「そうでした、隊長にお話ししておくことが他にもありました」
「何だ」
「レイクレイで、隊長に会いたいと言う女の子と会いました、お会いできましたか?」
「いや、会ってはいない」
「その後、コードCが発令されたので。ご親戚か何かだと思い、気にはなっていたのですが、以上です、失礼しました」
雨の中を走っていくカスガの様子を見て、河井の心はさらに沈む。
「仲間や部下を救えなかった自分はみじめだった……お前にはそうなってほしくない」
昨夜の訓練で、月形が最後に言った言葉であった。
雨あしがさらに強くなっていった。
ジョゼのロシナンテは雨雲を一気に突き抜けさらに上昇を続けていく。太陽の光がキャノピーを通して鋭く差し込み、操縦桿を握る彼女の腕に光のさざ波を描いていった。
「どうしたんだろう、すごく反応速度がいい」
「今日は吐いていないようだな、糞赤毛」
「教官、昨日とは全然違っています、一体どうして?」
「つべこべ言わずに飛んでいろ」
「私が説明するわ」
「グラ補佐官」
「あなたたちの少し鈍い神経パターンを操縦プログラムに組み込んでおいたのよ」
「えっ?」
「昨日のシミュレータの記録を機体制御システムにフィードバックさせた訳、その為に少し荒っぽいことをさせてもらったけれど」
「そんなことができるなんて」
「そう、あなたちは特別だもの」
「馬鹿野郎、グラ、こいつらにそんな難しいことはわかるか!お前たちは機械の力を借りてようやく糞ということだ、間違っても変な自信をもつんじゃねぇ」
きれいにデルタ編隊を組み、上昇、下降を繰り返すロシナンテ。隊長の河井は、地上のMAOのコクピット内からその様子を片時も目を離さずに観察していた。
「軍曹、今日の訓練は順調のようだな」
「システムが補足しているとはいえ、たった一日で、あれほどの技術が身に付いたとは信じられません、これも例のものですか……」
モニターの中のシュミットは冷たく笑った。
貴様の言う通りだ、だが、そこまで補足できるわけがないだろう、彼らの脳の障壁を少しずつ取り払い、埋め込んだ力を解放させることもこの訓練の目的の一つだ」
(やはり……)
「軍曹、モニターに貴様の感情のゆれのパターンが少し見られる、隊長という肩書きをもつのであれば、いいかげんもっと冷静になってくれねば……彼らは兵器になることを喜んでいる」
「了解……」
別のモニターにグラ嬢の顔が映る。
「河井軍曹、昨日のシミュレーション上で行ったドッキング訓練に移行します、ロシナンテとは、あと二十秒で接触」
河井の機体の横に、スナイドルライフルを構えたカスガのMAOが立っていた。
「カスガ、いけそうか」
「隊長、大丈夫です、僕、嬉しいんです、この機体にこうやって乗ることができるなんて」
「お前専用にしたわけじゃない」
「それはわかります、でも、戦闘機よりも乗っていて何だか気持ちがすっきりとします、まるで機体が自分の身体のように感じます」
「ただの気のせいだ、感覚を信じないで、自分でしっかりと考えて操縦しろ、ロシナンテが来る」
「了解」
ジョゼのロシナンテが轟音を響かせ滑走路の地面すれすれに飛んでくる。カスガのMAOは、バーニアを一閃させると、難なくロシナンテの機体上に乗った。
「隊長、俺が行きます」
「ウィルか、頼むぞ」
「飛び込みますよぉ、隊長!」
ウィルの機体も安定姿勢を保ちながら、滑走路に飛び込んでくる。河井の機体は、少しバランスを崩しながらぎこちなく飛び乗った。
「こら、軍曹、何だ、その乗り方は、隊長の肩書きを肥だめに捨てろ!」
オリバー教官の厳しい声が河井の耳に飛び込む。
彼らの実機訓練の様子を見て全ての管制官や軍の関係者は一様に驚きの声をあげた。
「コンビネーションあっさりと成功ですよ、教官」
「あたり前だ、こいつらにいくら金がかかっていると思っている、驚くことでも何でもない」
オリバーは、おもむろに胸ポケットから葉巻を出して火をつけた。
「教官、ここは禁煙ですよ」
「だまれ、グラ」
オリバーはそう言うと大きく満足そうに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「教官、防火装置が作動してしまいます」
黙ったままMAOの一挙一動に集中するシュミットを除き、周りの管制官らは、何とかオリバーの煙草をやめさせようとする。
「そんなくだらない装置は切っておけ」
雲間から光が差し込み、徐々に青空が顔をのぞかせる。時折、MAOを乗せたロシナンテ二機とミンの一機が、その小さな隙間をぬって衝撃波をたてながら横切っていく。
ようやく河井高機動騎兵小隊がチトセ基地の揺りかごの中で産声を上げた。
赤子というものは、自分の生まれ育つ家庭を自らの意志で選択することはできない。この奇妙な鋼の赤子の前途もまた同じであった。
結果に満足したシュミットは、その日、欧州本部へと戻っていった。また、訓練の結果を聞いた月形も自分のことのように喜んだ。
(八)
豪州戦線に投入されるまでの時間は限られている。
河井小隊の面々は、ほとんど休むことなく日本のチトセ基地での調整の日々に明け暮れていた。
オリバー教官は、河井小隊を「糸のからまった傀儡」という言葉で表現した。しかし、それ以上のことは何も言わず、彼らに対して新たな要求もしなかった。あの自我を崩壊させ、ロシナンテ戦闘輸送機やMAOといった機体に適応させる実験も、あの日から全く行われていない。
「データをさらに取りたいので再びシステムを発動させたい」
グラら、この実験に関わりのある者らが直に幾度も要請したが、オリバーは「くだらない」と言ったまま、頑として首を縦に振ることはなかった。この任務上の訓練プログラムにおいてはオリバーに権限が与えられていた。
『風の城』がそびえる豪州戦線の状況が明らかになるに従い各国の基地や施設は重苦しい空気に包まれた。敵生命体の群れによって連合軍の被害がさらに大きく広がっている現実は職員や兵士の心をさらに萎えさせていった。
だが、このことは、少年達には一切伝えられていない。外部の者や情報の接触を断たせている理由、それは今の彼らに必要以上の動揺を与えない為のオリバーの言葉を借りると「くだらない」配慮であった。
隔離されたままの四人が落ち着くことのできる場所は、宿舎廊下の突き当たりにある小さな談話室であった。
「ミン、俺な、いいこと考えたんだよ」
ミンはお気に入りの黄色い机に突っ伏した姿勢で安らかな寝息をたてている。
「おい、ミン、寝ちまってるじゃねぇか、なら、カスガでいいや」
カスガは窓際にあるソファーに寝転がり本を読んでいる。
「ならは、余計だろ」
その本に目をやったままカスガは答えた。
「奴らを倒す方法さ」
「まさか……」
「いや、俺はいつも真剣だ、もうこれしかないと思う、聞いてくれるか」
「うん」
「いや、やめとこうかなぁ」
ちらちらとカスガの様子を見ながら、ウィルは話したくてうずうずとしている。カスガは、面倒くさそうに本を置いて向き直った。
「わかった聞くよ」
「お前がそう言うなら仕方がない」
「まったく」
カスガは苦笑する。
「ゴキブリをとるプラスティックや紙の家があるじゃないか」
「ああ」
「あの大きいのを作る」
「そんなことだと思った。」
あきれながら、カスガは再びかたわらの本に手を伸ばした。
「まてまて、ここからが重要だ」
「何が重要だよ」
「餌にジョゼを使う。ミンには黙っておこうと思ったが、たまにはマニア向けに眼鏡っ娘のミンを使ってみるのも効果的だ、もちろん水着だ、それ以上でもいい」
「で、ひっかかるのはお前か」
「いや、河井隊長だ、ああいうタイプはむっつり系とジェシー軍曹が教えてくれた」
「それだと全く意味が無いじゃないか」
「ここで驚くのはまだ早い、何とメス向きもある」
「餌は?」
「オリバー教官だ」
カスガは、声を上げて笑った。
「何がそんなにおかしいの」
シャワーをあびてきたジョゼが髪を少し濡らしたまま部屋に入ってきた。
「ジョゼ、ウィルが面白い話を聞かせてくれる」
「何、その話って」
首にかけたタオルで、髪をふきながら言った。
「いや、明日の打ち合わせ」
「ジョゼと私が水着を着て餌になる打ち合わせらしいよ」
ミンがゆっくりと机から顔を上げた。
「ミン、お前起きていたのかよ」
「起こされたのよ、二人のくだらない会話に、ほんと、いい迷惑」
彼らの小さな談話室の中の小さな幸せの時間が過ぎていった。
同じ頃、会議に事よせて、オリバーは河井を自室に呼んでいた。
日本酒の入った一升瓶を片手に、溢れんばかりに河井のワイングラスに注ぐ。
「こうしてここでお前と杯を酌み交わすのはこれが最初で最後だな」
「私たちの豪州行きが決まりましたか」
「うむ」
河井は黙っている。
「喰え、日本人の男は皆この臭い食い物が好きだと聞いている」
イカの干した物をそのまま突き出す。
「頂戴します」
「世界を色々回ったが、この国はまた変わっている。酒、食い物、文化、顔、どれも一流とは言えんが、特別だ」
「随分褒めてくれるのですね」
「同じく一流じゃあないお前たちは、猫の糞の木偶だ」
「はい」
静寂で心地の良い沈黙の時間が流れる。その沈黙はオリバーの突然の下手な日本語の歌に破られた。
「敵地に一歩、我踏めばぁ、軍の主兵はここにありぃ、最後の決は我が任務ぅ、騎兵、砲兵、協同せよ」
歌い終えたオリバーは、グラスの酒をぐっと一気に飲み干し、話を続けた。
「月形に調べさせて教えてもらった日本の昔の兵の歌だ、良い歌だろう」
「はい」
「最後の決断を下すのはこの歌の通り人間自身だ、機械に操られる木偶じゃない、特にお前と子犬どもはな」
オリバーの話は続く。
「戦争は、己が虫けら以下の命をかけて、自分の意志で厳しい戦いに臨むもんだ、だから大きな戦果が生まれるんだよ、上の連中の勝手な指示で知らない間に身を戦火にさらしたって、最後は肉塊だ、木偶が何人いたって、ただの木偶だ、奴らを木偶のままにしておくな」
精一杯の教官としての労いの言葉なのだろう。
「言っておくぞ、平和は、この日本のライスワインのように甘美なもんだ、一昔前はその言葉だけに酔っている馬鹿もたまにいたがな、お前らは戦わずして、平和なんて望むな、徹底的に戦って自分たち自身の力で奪い取ってこい……それと、そのイカはお前が喰え、俺はもう歯が痛くなってきた」
「ふっ」
河井の微笑みを最後に、二人ともまた黙り、酒杯を重ねる。
河井が少し酔った足取りで宿舎に戻ったとき、小鳥の鳴き声が、早朝の基地に小さくこだましていた。
(九)
東亜方面基地チトセ所属特殊技術班責任者ティモ・ニサの朝は早い。
この基地では、昼夜問わず運び込まれる多くの機体の整備や修繕で毎日が明け暮れる。その為、余暇や家族の団らんといった個人の幸せの時間は皆無に等しい。
幸運なことにティモには家族はいない。ここにいる幾多の者達と同様、敵の攻撃で街ごと自慢の娘や息子、妻全てを失った。人間というのは不思議なもので、ふと、何かのおりに急に悲しみがおそいどうしようもない時がある。だから、自分の娘が好きだった菓子の袋を見るのを、極力避けている。
そんなニモに、一つの楽しみが最近できた。
実験対象にされているとは知らず、いつも、笑ったりいがみあったりしている少年兵たちとの時間だ。ティモの説明に目を爛々と輝かせて聞き入るあの四人の表情を見る度、自分が機械いじりに夢中になっていた昔のことを少しだけ思い出させてくれた。
そろそろ彼らのやってくる頃だと彼は思った。
はじめに来たのは軍支給の黒いTシャツがとても似合っているジョゼであった。
彼女ほどの美しさがあれば、ミスハイスクールの常連であることは間違いない。天は与えるものに対して二物も三物も与える、これが現実である。容姿と相まって、猫や馬の操作技術も、これが少女の操っているものとは誰も思わないほど、素晴らしいセンスをもっている。
「おはようティモ」
「やぁ、おはよう。今日、発つんだって?」
「ええ、朝のミーティングで聞いたわ、これで思いっきり戦えるのね」
「豪州戦線は地獄だと聞いているぞ」
「そう?今になって、何でそんなことを教えるのかしら、みんな黙っていたらしいわね」
「お前さん方のメンタル面に影響がでるのを懸念してのことじゃないのか」
「馬鹿みたい、隠すことなんてなかったのに、こんな面白い兵器が使えて、虫を殺すことができるのよ、どっちにしたって数の多い方が楽しいに決まってるわ」
「ジョゼらしい答えだな、ところでプラントの『デスペラード隊』のことはもう聞いているか?」
「あの、レイクレイで合流した部隊ね、まだ何も、どうなったの?隠しごとはなしよ」
「私も気になっているのだが、この件については、一切ここまで伝わってこないよ」
「多分、うまくいっていないんじゃない、戦果があれば、大騒ぎで宣伝するもの」
ジョゼは、あっさりと答えた。
「だろうな……おや、お前さんの大切な兄弟が来たようだ」
「あんな、できの悪い兄弟ならいらないわ、でもミンだけは別よ」
カスガ、ウィル、ミンが肩を並べて格納庫に入ってきた。
「うぃっす」
パイロットジャンパーを肩にかけているウィルは右手を軽く挙げた。
「おはようございます」
カスガは、その場で立ち止まり頭を下げた。
「ティモさん、おはようございます」
ミンは、にっこりと笑う。
「ティモ、すげぇ話を聞かせるぜ、驚かないでくれよ」
目をまん丸くさせて、ティモとジョゼの間に飛び込んできたのはウィルだった。
「豪州戦線行きのことか?それなら昨日から聞いているぞ」
「何でそれを!」
ウィルは、大げさに自分の顔に手をやり、後ろによろよろと下がりジョゼにぶつかった。ウィルはジョゼに頭を思いっきり頭をたたかれ、本気でその場に転びそうになった。
「いってぇ」
「ぶつかった相手が悪いよ」
カスガが、あきれながら言った。
「昨日の飛行データをまとめておいた、この分だと機体性能の半分もでないぞ、特にウィル、カスガ、要注意だ」
ティモから彼らに一枚一枚コピー用紙が渡されていく。カスガとウィルは、そこに書かれている数値を見て途端に頭を抱えた。
「あっちゃー、でもスコアは俺の方が二ポイント勝ってるぞ」
「ウィル、よく見ろよ、トータルは僕の方が上だ」
互いに紙を覗き込む。
「さすが、ミンとジョゼはあの二人より安定してるな」
「ティモ、嬉しいけど、あの馬鹿二人と一緒にしないでくれる」
「何!この赤毛女!」
「もう朝から喧嘩はやめなさいよ」
ティモはよく知っていた。
ここにいる四人で比較していると、操縦能力や戦闘能力など差がでていないように見えるが、あきらかに常人の域をはるかに超えていることに。
ここで、子供のように言い争っている四人がそれだけの能力を出す人間と同一だとは誰が信じられよう、ティモは奇跡の一端に触れているような感覚であった。
「豪州戦線には古い私の友人がいるはずだ」
「え?誰なんですか」
ミンが聞いてきた。
「かわうそみたいな髭を生やした口汚いやつだ」
「ジョゼ、かわうそって何だ?」
「動物でしょ、ウィル、あんたそんなことも知らないの」
「え?誰も教えてくれなかったぜ?」
「ティモさん、色々な所にお知り合いがいるのですね」
ミンが感心して、ティモの顔を見た。
「そうだよな、オリバー教官も知り合いだったんだろ、すげぇよな」
ウィルもうなずいている。
「あの、ティモさん、どうしてオリバー教官やシュミット少尉はこの基地にいたのですか、ずっとナンディの訓練所にいると思っていたんですけど」
「この基地は、高機動騎兵兵器の集約地の一つになることが前から決まっていたんだよ、お前さん方が前線に飛んだらすぐに機体はトマコマイシティの工場から、パイロットは各支部の基地や直接ナンディから補充される、いわばこの基地がお前さん方のハイスクールの代わりみたいなものだ」
ティモはカスガの質問に軽く言葉を濁して答えた。
「おはようジョゼ」
「ミン、今日もかわいいね」
「いよぅ、かわいい猫ちゃん、死ぬんじゃないぞ」
そのようなとりとめのない会話をしているうち、続々と交代の作業員が格納庫内に入ってきて少女二人に愛想をふりまきながら、自分たちの持ち場へとついた。
「おいカスガよ、ここの連中は、俺とお前の姿が見えないらしい」
「そうみたいだね」
「そこの坊主二人!早くパイロットスーツを着てこい!最後の調整に間に合わないぞ」
ロシナンテのそばの整備兵が怒鳴っている。
「奴ら、都合の良い時には見えるようだな、おっと時間だ、しょうがねぇ、ティモ、数字にゃ表れないウィル様の技術を見ていてくれ、途中で宿舎に帰るのは無しだぜ!」
「内容しだいだな」
彼らの旅立ちの日だ。ティモは最高の整備をして送り出してやろうと思った。
(十)
連合軍極東支部ハバロフスク基地が緊張に包まれた。
「なぜ、今頃になってそんな情報が入るのだ、観測員達は何をやっていた!小惑星の偽装を見抜けなかった?そんなのが理由になるか、いくらでも見分ける方法があったはずだ!」
ボストンの連合本部から届いた緊急連絡にマカロフ極東軍事顧問の怒りは頂点に達しあらん限りの罵声を本部に返した。
周りにいたオペレーターや士官らも何事かと聞き耳を立てている。
「人為的ミスだと?だから、奴らをただの虫けらだと思うなと言っていただろう、何度も我々以上の知的生命の集合体であると!いい!くだらん言い訳は後で聞く、すぐにデータを回せ、今すぐにだ」
マカロフは、すぐにマハル参謀や司令官を呼び、大型モニターのデータを前に説明を始めた。
「巨大な球体がまた落下してくる……」
「あの初期侵攻時に見られたタイプですか、大きさと落下予測地点は」
「直径百九十四メートル、場所はチトセだ、落下予測時間は本日十三時から十分間の間、仮に虫が詰まっていないにしても、それだけ巨大な物が落下したら、どれだけの被害がでるか」
「!」
「虫共はMAOに気付いていた……そんな馬鹿なことが」
「あの基地のそばには侵攻をうけていない大都市のサッポロシティもある、人間を狩るのに適している場所は見落とさないだろう、偶然か意図的かは現時点ではわからん、確かなことは危機的状況にあることだ、非常事態警報をチトセに、今、ここで貴重なMAOを破壊されることを断固として阻止しなければならん、豪州戦線をこれ以上混乱させる訳にはいかないのだ」
「了解しました、緊急シミュレーションナンバーF七二八で対応します」
数分後、チトセ基地に警報が鳴り響いた。
滑走路脇の揺れる西洋タンポポの陽炎の向こうに、ロシナンテとMAOが格納庫から誘導車の先導でゆっくりと姿を現す。
隣の千歳国際空港の民間飛行機は一斉に離着陸を禁止された。
管制室のグラは、通信兵の脇にいて、現状況をつかむことにやっきとなっていた。彼女の役目は、MAOと人間兵器を豪州戦線に無事納品させることである。
「サッポロシティの避難状況の方はどうなっているの」
「ほとんど進んでいません」
「その方が都合が良いわね、虫がそちらに気をとられている分だけ時間がとれる」
敵と思われる落下物は直に地球の周回軌道へと突入する。
「落下予測位置も面白いようにぴったり……奴らはどこかで観察している」
「観察?まさか……虫が……」
通信兵はレーダーから目を離し、グラの顔を見た。
「豪州戦線で人類がやっているように奴らもこちらのデータを集めている、奴らをただの虫と思ってはだめよ」
窓からは滑走路上にロシナンテ輸送戦闘機が三機直列のまま離陸の指示を待っているのが見える。まだ、MAOは搭載されていない。
「とんだとばっちりだな」
そう言いながら、この基地の最高責任者小出中将が、部下を引き連れて管制室に入ってきた。
「予想外の展開になりました」
「このまま『猫』は出ていくのか」
「戦闘行為を禁じ、一切の破損をさせることなく豪州戦線に向かわせろ、ハバロフスクからそう命令を受けています」
「それでは仕方がないな、君もすぐにここから離れて安全な場所へ避難したまえ、護衛の車両を十分後までに用意しておく、我々の命で猫と少年が助かれば安いものだ」
小出は、腕時計にちらと目をやり、そばの士官に車の手配を告げた。
「つい先ほどまでだったら、ご好意に甘えて、と言いたいところでしたが、彼らの上官の気が変わったようです」
「どういうことだ?」
小出の問いにグラは窓の外を指差した。
「ああいうことです」
スクランブル状態で待機中のMAOを搭載したロシナンテ戦闘機がエンジン音を高め、離陸用滑走路に進入していった。
「糞犬ども、お前らの乗っているポンコツは糞ったれな民を守るためにあることを忘れるな」
「了解、オリバー教官、高機動騎兵小隊長河井、これより接近する敵を補足後、撃墜します」
MAO『猫』には、河井とジョゼが、ロシナンテには、ウィル、カスガ、ミンがそれぞれコクピットに収まっている。そのうち、ミンの機体だけは『猫』を載せず大型ミサイルポッドを搭載している。
「隊長、先に行きます」
エンジンが雄叫びを上げ、ミンの操縦するロシナンテが離陸し、一瞬のうちに白い点となった。
「カスガ、行くぞ」
「はい、隊長」
「へへ、ジョゼ、しっかり掴まってろよ」
「あんたこそ、舌噛まないでよ」
カスガ機を先頭に、『猫』を搭載した二機のロシナンテが空へ駆け上っていった。
ティモとオリバーの二人は、手を振って見送る整備兵達の集団から少し離れた位置で、煙草の煙をくゆらせていた。
「しっかりやれよ」
ティモの言葉を聞いたオリバーは、インカムを外しながらぼそっとつぶやいた。
「当たり前だ……」
ミンのロシナンテ戦闘機は、太陽光を浴びて白色の輝きを増していく。青い地球を眼下に飛ぶその機体は、大海をたった一匹で泳ぐ迷い魚のようにも見えた。
ぼんやりとモニターに映し出された目標となる銀色の球体は、とてつもないスピードで地球に接近している。
「近付いてくる……こんなに速いなんて」
モニター情報をターゲットモードに移行させると、赤い小さな点によって敵の位置が示された。敵とミンの機体の間の距離を示す数字が急激に下がっていく。
「オリバー教官からの命令を伝える。目標の大気圏外での破壊と撃墜。これが俺達の任務だ」
そうパイロットルームで命令を下したときの河井の顔がミンの脳裏をかすめた。
「先行するロシナンテにはミン、お前が乗れ」
「え?私ですか」
「そうだ、残り二機のロシナンテにはウィルとカスガ、MAOにはジョゼと俺が乗る」
「あぁあ、ジョゼに先越されちゃたぜ」
「ウィルが私の先に行ったことなんてあった?」
「おい、そんなこと言ってると彼氏できねぇぞ」
「ウィル、聞いているか」
「え、あ、はい!すいません」
「まず、ミンがスティンガーミサイルによる先制攻撃を仕掛け破壊する、そして残骸及び虫を、成層圏にいる俺たちが、外殻を削りながら排除していく、一匹たりとも撃ち漏らすことはできない」
(私が最初の攻撃なんて……失敗……だめ、やらなくちゃ)
ミサイルの有効射程距離まで、あと三十秒に迫った。
「こちらロシナンテアルファ、敵捕捉、射出速度確認完了、攻撃を開始します」
ミンは大きく息を吸い込んで右手の親指の位置にあるスイッチを押し込んだ。
ロケットポッドから一斉に射出されたミサイルは細い幾重の蜘蛛の糸のように、絡み合いながら宇宙の闇に吸い込まれていく。すぐに弾倉が後退し、新たな弾頭が発射口にセットされた。
ミンはリロードが完了したことを計器で確認した。
闇の中で目標への着弾を告げた大きな発光が重なっていく。ミンの耳には荒い自分の呼吸音しか聞こえてこない。
「次!」
再びミサイルを射出させた。ミサイルの噴出口からは赤く輝く片が、空間に広がっていき、光の雪を暗い空に降らせていく。
「ミン」
MAO専用の保護ヘルメットを着用した河井が映る。
「はい」
「本体はまだ残っている、このまま攻撃の続行を、地上からの迎撃ミサイルの軌道にも目を離すな」
「はい、攻撃を続行します」
赤色の球体は、漆黒の中をゆっくりと回転しながら地球へと向かってくる。
ミサイルが着弾した箇所は、なめらかだった外装がひび割れ、いくつものクレーター状の穴がぽかりと開いていた。
あの球体の中にどれくらいの虫が詰まっているのか。ミンは想像するだけでも全身がそそけ立った。
「あの穴に集中させれば」
全ての着弾予想マーカーの中心を、正面の穴にセットした。分散されていたマーカーの輪が一点に集中し、赤く変色をする。
「行け!」
ミンの機体にミサイル射出時の軽い衝撃が走る。ミサイル全弾が目標に向かって軌跡の糸を細くひいていくのを確認すると、機体を右にロールさせつつ旋回を加え、目標に対し機首を向けた状態を保った。放たれた後にかえって来る閃光は、今までよりも早かった。
「目標はまもなく地上迎撃システムの射程距離に入る、高度を落とせ」
河井の指示と同時に、ロシナンテのモニターに警告が発せられた。
「隊長、目標に新たな動きが確認されました!」
ミンが叫んだ。
沈黙していた赤色の球体が、破壊を目前に目を覚ました。ミサイルによる攻撃で、開いた穴から妖精型の敵パックの大群が風船から漏れる空気のように吹き出されていった。はじき出されたパックは後方に押し流されていく。
「妖精型肉眼で確認」
地上からの迎撃ミサイルの発射を告げるアラートがコクピット内に響く。
「いけない」
ミンはスロットルを全開にし、エリアから急速に離脱した。すぐに巨大なミサイルが、さっきまでミンのいた空域を横切っていく。
「これで何とか。隊長、迎撃成功ですね」
「いや」
とっくに着弾したと思っていたミサイルが、到達する前に次々と爆発し、残骸を散らせていった。パックの放ったプラズマ球が,高速で迫る大型ミサイルを破壊していた。
「奴らだって考えている」
「そんな」
「あらかたの物は大気圏で燃え尽きるはずだ、予定通り残党を狩っていく」
赤い光球が長い尾を引きながら、地上に向かって音もなくゆっくりと落下する。摩擦による熱は、外に出遅れた妖精や虫の命を奪いあまたの塵へと変容させていった。太古から地球を取り巻く空気の層は、どれだけの生命を守ってきたのだろう、ミンは間近で実感した。
地上にいる者たちは、はるか上空で繰り広げられている戦いのことを、ぼやけた映像と燃え尽きる光によってわずかに感じることができた。
「ジョゼ、長距離ミニェーライフル準備」
戦闘機背部のアタッチメントに長い銃身が固定された。
「狙撃準備完了しました」
「生き残りのパックがゆっくりと降下しているのがモニターで確認できるな」
「はい」
「お前は二時の方向から落とせ、いいか、大気の厚さだけはみくびるな」
「はい、これより攻撃を開始します」
「ジョゼ、俺の操縦を信用しろよ!」
「今だけね、ウィル」
二機のMAOがロシナンテ上で降下する妖精達へライフルの狙いを定めた。
撃ち出した弾は、直線上に飛ぶように見えたが無情にも標的となる妖精の遥か下方に弧を描きながら逸れていった。
「これが、空気の厚さなの?こんなに……」
「下手糞、もっと近付くぞ」
「黙ってて」
ジョゼは、ライフルから薬莢を排出させ、すぐに照準の数値に修正を加えた。一方、河井の撃ちだした弾は遠距離から軽々と妖精の頭部を砕いていった。
「今度はしっかりと当てろよ」
「あたり前じゃない」
ジョゼの撃った弾が、ようやく一匹の妖精を倒した。
「こんなんじゃ、だめ、ウィルもっと近付いて」
「了解」
ウィルの操る戦闘機はさらに速度を上げていく。
「ここまで近付けば……」
突然、プラズマ球がロシナンテの翼をかすめて消えていった。
「ジョゼ、こっちに撃ってきたぞ」
妖精は金属棒をライフルのように構え、一斉に発砲をはじめた。
ウィルを追うように、カスガのロシナンテが続いている。河井はライフルを二発撃つ毎にライフルの照準を修正する作業を繰り返しながら、レーダーを確認した。
「すごいノイズだ」
カスガは、敵のプラズマ球が流星のように撃ち出されるたび、計器が異常な反応を起こすことに気が滅入っていた。
「この機体、神経質だな……」
「右だ」
「え?うわっ!」
プラズマ球が機体に衝撃を与えながらぎりぎりの所をかすめ、キャノピーの表面に青い波のような火花を流していった。
「これだけの近距離だ、次はない」
「す、すいません」
(こんなのかわいくない……)
ミンは、河井らのライフルによって脳漿が空中で飛び散る妖精を見て思った。ティンカーベルとは似ても似つかないおぞましい姿。たとえ嘘だとしてもドイルが信用した妖精の写真の方がずっと良いと思った。地獄の妖精は光る鱗粉の代わりに緑の体液を霧のように空に吹きだしている。
「私の戦っているものって一体何なの……」
エンジンの轟音で何も聞こえてこないけれど、断末魔の声があたかもすぐそばで聞こえてくるようだった。オルファンホームからの悪夢はまだ覚めることはできないのだ、あの連れて行かれた子のように、私も違う世界に連れてこられているのだとミンは感じていた。
(どうして……どうして……今、私は空にいるんだろう)
「ミン、このままジョゼと合流しろ」
「はい」
ミンは河井の声に気を取り戻すと、一瞬意識が浮ついた自分を恥じた。
猫たちが遊ぶ季節外れのはるか上空の小さな線香花火は、東アジア一帯の地域からも確認できた。
妖精パックは、ステッキの向きを垂直にさせ、プラズマ球を地上に向けて連続に撃ちだした。しかし、プラズマ球は海面にもうもうと水蒸気を立たせることしかできなかった。
「奴ら地上に目標を変えやがった」
「面白いくらい賢いのね、でも、そこは海、ウィルと同じつめが甘いのよ」
「ジョゼ、今日はずいぶんつっかかるな、そんなに俺のことが気になる?」
「馬鹿言わないで」
ジョゼとウィルは妖精を落としていく。
「あと、残り十二です!」
上空から偵察しているミンから報告が入る。
「絶対に地上には降ろすな、被害は最小限に食い止めろ」
接近戦といっていいほどの距離で、空中戦が繰り広げられていく。
「間に合え、間に合えよ!」
「あと七、ウィル、近付き過ぎです!もっと離れて」
妖精の一匹が、ウィルの戦闘機をめがけ上空から迫ってきた。
「上から?」
すぐにジョゼはライフルを構えた。しかし、気流の揺れが強く照準が定まらない。アラート灯で赤く染まるコクピット。
「だめ、速すぎる!」
ジョゼは、自分の死を覚悟した。
「行け!カスガぁ!」
「!」
カスガのロシナンテが、高速に回転しながらジョゼ機に接近する。河井は自分の乗るMAOのアタッチメントを吹きとばし、飛ぶようにして妖精に取り付いた。
「お前たちに墜とさせはしない」
河井はMAOの右腕を妖精の腹部に食い込ませた。断末魔をあげながら妖精は緑の飛沫の中、絶命した。
「隊長!」
少年らの悲鳴がコクピットに響く。
「大丈夫だ!ジョゼ!残りを掃討しろ」
「了解!」
河井は機体のブースターを全開にし、背部の機体安定翼を広げた。
「いいところあと十五秒か」
「隊長、ロシナンテ、六秒でドッキングします」
「頼む……」
下方に回り込むロシナンテ輸送戦闘機が、赤子を抱く母の腕のように、河井の乗るMAOを包む。その間にジョゼは次々と妖精を撃墜していた。
「隊長、掃討完了です」
ミンのはしゃぐような声が聞こえる。
「よくやったわね、軍曹、見せ場まで用意してくれるなんて上出来だわ」
グラが地上との通信を再開させた。
「予定していたよりもだいぶ手間取りました」
「ううん、結果としては上々よ、良いデータもとれたし、すぐに歓迎の祝宴といきたいところだけど、無理そうね、今回の件で教官は左遷確実、私の次の行き先もどうなるのか、砂漠の乾燥した空気は肌にあわないから苦手なのよ、でも、記念にいいものを見せてもらったわ」
「そうですか……」
「オリバー教官からの最後の命令を伝えるわね、河井高機動騎兵小隊は、このままニューギニアのパラモア空軍基地まで移動、機体を整備補給後、豪州のプラント隊と合流、『風の城作戦』に加われとのこと、いい?」
「了解」
「良いお守り役を期待しているわ」
グラからの通信が切れると同時に待っていたかのような極東司令本部から苦虫走った男の顔がモニターに映る。罵声から始まり、命令から逸脱した行為に対しての尋問を矢継ぎ早にされた。河井は教官に命令されていたとおり、上官の命に従っただけだという返事のみを心苦しく思いながら繰り返すことに終始した。
オリバーは格納庫の横でもう何も見えない静かな空を一人じっと見つめている。
「もう来たのか、決定が早いな」
複数の兵士が背後に立って軍用拳銃の銃口をオリバーに向けていた。オリバーは背を向けたまま、加えていた葉巻に、ライターで火を付けた。
「上層部からの命令です、あなたを重大な命令違反により……」
「上層部?シュミットの命令だろう、こんな良い手際は……一機でも壊れたら自分の決めた実験の進行に遅れがでる、それが本当の理由だろう?奴も堕ちた人形になりさがったか……寂しいものだ」
「失礼します」
滑走路に乾いた銃声が響き、オリバーの身体がアスファルト上に跳ねた。
『猫』を載せたロシナンテ輸送戦闘機は南を目指す。
「いけね!教官やニモに何も言わないで来ちゃったぜ」
「ウィル、大丈夫、また会えるよ」
「そうだよな、あのどなり声をたまに聞かないとな」
少年たちの会話に河井は静かに耳を傾けている。
エンジンの音が心地よく高鳴りを続ける中、雲の合間から見える凪いだ海はイルミネーションのように水面を七色に輝かせ、彼らの行く末を優しく見送った。
第二話 「堕天使」
(一)
古代メソポタミアの大地に、天まで届かんとする大きな塔を建設しようと試みた者たちがいる。
だが、天界の神は増慢する人類の数々の言動や行いを決して許すことをしなかった。その大いなる意志と力はここに混乱を生じさせ、共通の言葉を失い広く世界に散った人類は互いにいがみ、争うことに終始し、彼ら自身の手による塔が完成することは二度となかった。
豪州ウルル地区の砂漠の風で「もがり笛」を奏でる塔があらわれて既に二年あまり。
十六世紀の画家ピーテル・ブリューゲル氏がこの塔を見たらどのような言葉を発するのだろうか。岩と砂、そして兵器の残骸によっていびつな階段状に築き上げられたその塔『風の城』は、言葉をもたない虫によって、創世記のバベルの塔のごとく日に日にその高さを天へと近付けていた。
二十機ものF五十二型戦闘機に護衛されたイトマキエイの群れのように見える重爆撃機編隊が、赤い大地を眼下に北の空域よりジェットエンジン音を響かせゆっくりと目標に迫っていく。
「『風の城』を補足、アルゴス隊各機スマートボム投下」
爆撃機の胴体下部が二つに割れ、大型爆弾が一つずつ吐き出されるように射出されていく。一度空中に放たれた爆弾は後部から短い動翼を伸ばし自身の管制航法装置により風の城へその進路を定めていった。
いつもと異なる振動の異変に気付いた羽虫は、塔の穴という穴から黒くわき立つ入道雲のように群れて空に飛翔した。
「虫は俺たちが引き受ける、さらに爆撃を続けてくれ」
F五十二型戦闘機各機は、いち早く群れの中心に空対地ミサイルを撃ち込んでいく。
「援護に感謝する」
連続して炸裂する弾頭が吹き出す硝煙の固まりから、数え切れないほどの銀色の羽虫が煙を引きずり護衛するFV機に襲いかかっていった。
各爆撃機より射出された誘導爆弾にも羽虫が身体の一部を吹き飛ばしながらびっしりと取り付いていく。推進力が衰えた爆弾に、羽虫が飛びついていく様は、まさに夏のアリが地面に落ちている溶けかけたドロップに集まっていく情景そのものであった。
方向が狂わされ「風の城」の手前に落下した爆弾は、大きな火柱を立て赤い大地を直線上になめるように焼いていった。
「頼むから俺たちの頭の上には落とすんじゃねぇぞ、あぁあ、また墜とされた、まるで安物のロケット花火だな」
ミントガムを噛みながらチェ・ソンド曹長は、自分の乗る戦車のハッチから半身を乗り出し、遥か前方の空で繰り広げられるドッグファイトを気落ちした表情で見ていた。
「この程度の戦力じゃ、多分あの塔は陥ちねぇだろうな。どうにかできねぇのか」
チェが身をよじらせ、後方のウルベリー戦没慰霊碑そばに待機している自分の部隊を眺めた。
MAO重騎兵型『サイベリアン』二機を筆頭に、百三十ミリT七式戦車、装甲歩兵戦闘車、自走二百ミリ榴弾砲らでこの作戦のために特別に編成されたプラント機動騎兵部隊である。そのほとんどの隊員は、命知らずの馬鹿共集団と揶揄された陸軍歩兵部隊『デスペラード』出身の者で占められていた為、皆自然に自分の部隊を『デスペラード(ならず者)隊』と愛着を込めて呼んでいる。
「チェ曹長、隊長から通信です」
ヘルメットに装着したレシーバーから口早なペイス通信兵の声が飛び込んだ。
「チェ、マイクの音声をオンにしたままぼやいていたのは、わざとだろう、いいスーパーボウル実況中継だったぞ」
チェは、自分のマイクがオンになっていることに言われて初めて気付き、掌を顔に当て一瞬天を仰ぎ見た。
「すいません隊長、以後気を付けます、気付いていたら、伝説のパット・サマーオールを越える実況ができたかもしれません」
「名アナウンサーにか、糞笑わせやがる、今のお前への答えは『まず無理だ』だ、見てみろ、計画では最初の爆撃で大方の決着はついていたはずなのに、それがどうだ、爆撃だって満足にいかない状態で、羽虫どころかパックだってどれだけの数が潜んでいるか検討もついちゃいねぇ、虫たちも彼女と寝るベッドを壊されるんで気が気ではないのはわかるがな」
「何匹いるか確かめるために突入してみますか」
「チェ、気持ちはわかるが、こいつは包囲戦だ、お前たちは命令があるまで絶対単独で前に出ていくな、鈍足戦車で無駄に動いても奴らの餌になって終わりだ」
「わかってますって」
衝撃波やにぶい爆発音が響く中、戦闘機が一機、煙を長く引いて落ちていく。最後に塔に下部に激突したその機体は、オレンジ光と共にどす黒いキノコ雲を宙に吹き上げパイロットを火葬した。続けて虫がはりついた爆撃機が空中爆発を起こし、大きな火の玉となって落ちていく。
「またか……やけに悲しい花火だぜ」
チェ曹長は目の前で大きく十字を切った。
「風の城」作戦に投入する兵器・兵員の数は計画当初より相当削減されていた。
各地域にできつつある塔への対処が主な理由だが、真の理由は自国の軍隊温存のため連合軍への供出を断ってくる国が増加してきたことである。
プラント中尉は、この作戦へ参加するにあたり、少数の空挺部隊投入や散発的な攻撃の中止など、作戦の部分的見直しを強く求めた。しかし、現時点に至るまで豪州作戦司令本部はそれらを全て黙殺したまま、無駄な時と犠牲を増やしている。
百式双輪指揮通信車『シキツウ』の周囲の小さな仮設テント五棟がプラント隊の現在の城である。奥に据え付けられた大型モニターには、たった今しがた墜とされた機体番号と所属部隊・パイロット名が速報のテロップのように画面上部に映し出されていた。
「作戦指令本部より通信です、隊長の猫に搭乗する追加のパイロットの件です」
「まわせ」
プラントは右手に持ったジャックダニエルズの入った銀の水筒を机上に置いて、カメラの据えられた画面に向き直った。
「プラント中尉、本日付でMAO二型『サイベリアン』に搭乗予定であったパイロットが死亡したため、作戦の変更を余儀なくされました、パイロットの補充の見込が立つまで、中尉の部隊への一時保管が再度決定されました、破壊されることのないよう、十分気を付けて下さい、MAO三型『リンクス』と戦闘輸送機『ロシナンテ』の編成による河井小隊は当初の予定通り、明後日そちらに合流します、詳細は送信したデータで確認してください」
「だから前から言っていただろう、あのでかいオモチャは俺専用だって、追加のパイロットなどいらん、ガキはこの部隊に一人いりゃ十分だ」
「その件については、私の担当ではありません、続いて先ほどの中央会議で二つの追加作戦の同時進行が可決されました」
若い本部の通信兵は口うるさいプラントとの面倒ごとを避けるかのように返事もろくに聞かず一方的に話を続けた。
「一つは新型爆弾『エンジェルボム』の使用を中心とした『堕天使』作戦、もう一つは中尉の機動騎兵部隊を中心とした『ビーンスターク』作戦です、詳細はデータで……」
「おい、待て、核を使うなんて聞いてねぇぞ、本気か……万が一しくじったらここにいる奴ら全滅だぞ」
「私にその返答をする権限は与えられておりません、作戦をすみやかに実行させるため、現地時間本日二十一時より包囲線を二キロ前進させます、異論は認められません、各部隊は包囲線を維持してください、以上でこちらからの通信を終了いたします」
「夜に移動?糞野郎、夜動くことがどれだけ危険かわかっているのか、お前らは!」
通信が切れて黒くなった画面はすぐに切り替えられ、何事もなかったかのように再び黒煙の中に立つ『風の城』の様子が延々と映しだされた。
「ペイス、本部の送信データを画面に映せ」
「了解」
『ビーンスターク(豆の茎)』と名付けられた作戦の内容は機動騎兵部隊の突入により塔下部に大型爆弾を仕掛け、塔を下部より破壊することが目的の作戦である。が、問題はその後行われる『堕天使』作戦の方であった。塔の破壊もしくは破壊に失敗した場合の両方で戦術核兵器『エンジェルボム』を使用、古来より聖地と呼ばれていた大地を捨て、塔、及び虫を根こそぎ消滅させるというものである。そして、無意味な包囲線の前進。
どれもプラントを唖然とさせるのに十分な内容であった。
「失敗は死、成功しても助かる見込はほとんど無し……こんな馬鹿な作戦があるか」
プラントはやりきれない気持ちを押さえきれず目の前の机を拳で叩いた。倒れた水筒から流れ出たウィスキーは、書類上の手書きの文字をにじませていった。
「隊長、葉月特務兵の姿が確認できません!」
プラントの横で本部とのやりとりを聞いていたペイス通信兵が、何気なく切り替えた画面に映ったMAOのコクピットはもぬけの殻であった。
「何?コクピットには?」
「いません」
「ったく!」
慌てて葉月の乗るMAOの映像に切り替える。この機体は頸椎部の半分が後ろにスライドし、コクピットへの出入りができるようになっているのだが、ハッチは開いたままとなっていた。黙ったまま何かするような彼女ではない。部隊全体に一時緊張が走ったが、次に映った映像を見てプラントは、ほっとため息をついた。
「ペイス、安心しろ、眠り姫発見だ」
葉月は、頭頂部のアンテナの後ろにあるくぼみに身体をしずめ、ヘルメットをぬいぐるみのように抱きながらうたた寝をしていた。
「葉月、いつまで寝てるんだ」
外部スピーカーのボリュームを上げ、プラントは葉月の機体に向かってどなった。
「きゃっ!」
びっくりしてとび起きた葉月を見て、プラントは腹をかかえて笑った。
「起きたか」
「あ、ごめんなさい、空を見ていたら急に眠くなっちゃっ……」
葉月は、思いっきり照れているのを見られまいと、急いで腕の中に抱えていたヘルメットをかぶった。
「これから死ぬか生きるかってぇのに、この娘の図太い肝は、お前たちも見習え」
「うちの部隊の幸運の女神だもんな」
「ああ、最高だ」
岩だらけの砂漠の戦場を目前にしながらプラント隊は笑いに包まれた。
「あ……の……そんなに笑わないでください」
この時間の『猫』はまだ眠っていた。
(二)
西の地平線に夕日が消える頃、この砂漠の情景は一変する。
兵士たちの身体の血は時計の針が進むにつれ、潮のように引いていく。プラント隊の面々も全て車両の中にこもり目だけをぎょろぎょろと大きく動かしていた。
虫は餌をとるために闇と共に彼らの所へ忍び寄る。
砂漠の空気は急激に冷えはじめ、空を埋める星々がより一層輝きを増していった。
「レーダーの反応は無しか」
MAOに搭乗しているプラントは『シキツウ』からリアルタイムで入る情報をモニターで確かめた。
「油断はできません、塔の南部に小さな動きが観察できますが……そろそろ時間です」
「ペイス、地中の音の変化も見落とすなよ、奴らはどこから来るかわからない」
「了解、全滅した第三十三部隊のようにはなりたくありませんからね、なぜ、昼間にしなかったんだか、不思議ですけどね」
「頭に糞がつまった奴らが考えた作戦だ」
「本当の尻ぬぐい……ですか」
「そういう訳だ、舐めるように拭けってな」
ペイスはプラントの答えに顔を少しひきつらせた。
高速で上空を行き過ぎるF五十二型戦闘機から連合軍一斉前進を意味する信号弾が放たれた。
「デスペラード隊、前進!」
夜間のたった数キロの前進は彼らにとって、するどい刃でできた道を進むより危険な行為であった。
「隊長!空間振動、地中ノイズ正面より多数感知、来ます!」
「各隊、戦闘準備急げ、猫以外は前進を止め、ここからは、打ち合わせた通りだ、どんなことがあっても分散、突出だけはするな」
プラントは自軍の全車両にそう告げると、自機のモニターをターゲットモードに移行させた。
「葉月、虫が俺たちの歓迎会を開いてくれるようだ、遅れるなよ」
「了解、葉月MAO『サイベリアン』、進撃します」
葉月の搭乗した猫のバーニアのきらめきがデスペラード隊の戦闘車両をプラチナ色に明るく照らし出した。
濁流のように襲いかかる虫のぶつかり合う音が大地を震わせる。
時間をおくことなく、虫の接近を知らせるアラートが二機のMAOコクピット内にけたたましく鳴り響いた。
前進限界ラインに到達したプラントと葉月は、砂塵を巻き上げながら四対の牙をむき出す虫の姿を間近に見た。
「薙げぇ!葉月!」
「了解」
MAO『サイベリアン』の構える大型ガトリングガンの砲身が高速に回転し、赤く熱せられた銃弾を吐きだした。砂と硝煙が広い星空を瞬く間に濁らせ、二人の視界を急速に奪っていった。
「ブルート!今だ!奴らのケツの穴が破れるくらい榴弾をぶちこめ」
「うぃっす!」
プラントの荒々しい命令を受け、後方で待機していたカシム曹長の率いる自走二百ミリ砲隊が一斉に火を噴いた。弾頭の雨は次々と部隊が進むべき方角の地に着弾し、火と砕けた岩石で作られた壁をより高くせり上がらせていく。デスペラード隊は砲撃を繰り返しつつ、部隊を徐々に敵のエリアに前進させていく安全かつオーソドックスな戦術をあえて採用していた。
「ブルート、隊長を背中から撃つなよ。」
「チェ、鉄の棺桶の中でケツを洗って待ってな、穴めがけて行くぜ」
凄まじい炸裂音が続く中を機動力に優れた葉月とプラントのMAOは自らおとりとなって、虫の群れを翻弄した。別ルートから進撃する他国の部隊も、デスペラード隊の動きに助けられながらレーダーを埋め尽くす虫を気にしつつ攻撃を続けた。
(あと四秒……)
残弾数のカウントがゼロになったのを確認した葉月機は、銃身が焼け付いたガトリングガンを地面に投げ捨て、左背部に装着していた中距離戦用のスナイドルライフルに持ち替えた。
「いけない!隊長、右から来ます、注意を!」
「何?」
葉月の指摘を受けたプラントが右方向を見た時、砂煙の中から彼の乗るMAOの右肩に食らい付くように一匹の羽虫が襲ってきた。
「畜生!」
プラントは異様に高まる動悸と心を無理矢理押さえつけながら、自機のMAOに回避行動をとらせた。しかし、虫は彼の判断の遅れと未熟な技量を笑うようにけたたましく咆哮しながらのしかかっていった。
「隊長、大丈夫です」
葉月のMAOは、離れた距離からライフルでその虫の頭部を撃ち砕いた。首から上部を失った虫はその場で跳ねていたが、やがて、伸ばした六本の脚を空に向け震わせながら絶命した。肩で息をしながらプラントはようやく地面から緑の体液にまみれた機体を起こした。
「隊長の後ろからまだ四匹きます」
葉月はいつもと全く変わることなく自分の四囲に迫る虫を視界がほとんど失われたこの戦場で、レーダーと音だけを頼りに、正確な射撃を続けた。
(このでかい玩具は大人お断りか……糞っ、俺は認めん)
闇が深まるにつれ虫の数はさらに増して、MAOが未配備の多くの陸上部隊は窮地に陥っていた。
特に被害の大きかったのは、塔西部方面から前進を続ける戦車を中心に編成された南亜細亜連合部隊であった。
正面突破を命じられた作戦をけなげにも忠実に遂行した部隊長のロニー少尉は、たちまち自隊が数え切れない程の虫の集団の威容にさらされていることを知った。
「何だ、この虫の数は、報告にはなかったぞ、それにこの動きは何だ!」
ここより遠く離れた司令部の楽観的な推測の生け贄は、いつも最前線に供えられている。このまま進撃を続けたら部隊は短時間で壊滅することは目に見えていた。ロニーは近くで見る敵の動きの速さに圧倒されながら冷えた脂汗を広い額ににじませた。
「ロニー少尉、カルロス第六戦車隊、ケッヘル第十二戦車隊救援を求めています!」
「全部隊、砲撃を継続したまま後退しろ、航空支援はどうした、いつ来るんだ」
「残存の全ての爆撃機、戦闘機は南部方面の支援にまわされています、あぁっ、後方に羽虫多数!囲まれました!」
「落ち着け、落ち着け、救援は必ず来る!」
通信兵の悲鳴のような答えに、ロニーは自分自身に言い聞かせるよう何度も繰り返し叫んだ。防御力を高めるための増加装甲を施した戦闘車両も真上からの攻撃に対しては脆弱である。羽虫は上部から取り付き、砲塔の奥深くまで長く固い脚を差し込み、ハッチを牙でこじ開けた。鞭のようなぬめぬめとした舌に巻かれた乗員は、シートベルトで固定された下半身だけを残し喰われた。
たかだか二キロの前進と軽く考えていた豪州指令本部の司令官は事態の思わぬ展開に狼狽した。包囲網が崩れることを恐れた彼らはすぐに各部隊に伝令を飛ばし、部隊の退却と体勢の立て直しを命じた。
しかし、一度動き出した波を静めることは困難なことである。虫の大群の中に突入した戦闘車両部隊の大半は虫に囲まれ、退路を断たれたままとなった。
あまりの恐怖に我慢できず戦闘車両から悲鳴を上げ逃げ出した兵士は、岩につまずき転んだところを虫によって背中から潰され餌食となった。
「プラント隊長、救援要請が指令本部に殺到しています、特に西部方面の被害が甚大です」
シキツウからのペイス通信兵の声と共に送られてくるデータには、戦闘車両部隊の現在位置が虫を示す光点で真っ赤に染まり、今にも全滅しそうな様子がはっきりと表れていた。
「爆撃機支援は?」
「数が圧倒的に不足、全機『風の城』南部方面で足止めをくらっています」
「腐れ司令部が投入数をけちったんだろう、チェ、ブルート聞こえるか」
「こちらチェ、聞こえます」
「股間が痺れるほど聞こえますぜ、隊長」
「一か所でも包囲網が崩れるとまずい、葉月と俺は西の戦闘車両隊救援にまわる、お前らは砲撃をそのまま続けながら今いる地点の保持を、ここが一番虫の濃いところだ、常に残弾は確認しろ、お前らにできるかなんて聞かねぇ、調子にだけはのるんじゃねぇぞ」
「最高に了解」
チェとブルートことカシム曹長は、機嫌の良い返答で通信を切った。
「葉月!」
「はい、隊長」
「西部の戦闘車両隊の救援に向かう、ライフルのカートリッジはあとどのくらいだ」
「あと六、予備のライフルを含め全部で八です、これで五十匹はいけそうです」
「少ない、お前はすぐに後方の補給部隊と接触し銃弾補給、ライフル交換後、後から合流しろ、予備のガトリングガンも担いでこい」
「隊長は?」
「俺のライフルは悔しいことにまだ焼けつくまで撃っていない、先に行く」
「了解、補給後すぐに追います」
命令を受けた葉月機は、すぐに機体を反転させ、デスペラード隊が展開している場所に戻っていった。プラントも混乱する西部方面に一刻も早くたどり着くため、機体を左方向に滑らせながら、エンジンの出力を徐々に上げた。
周囲の虫は、すぐにプラント機を追ってきていたが、この動きを狙い済ましていたブルートらの放った砲撃に巻きこまれ死んでいった。
プラントにとって最も警戒しなければならないことは、進路上で好きなように暴れている虫の位置であった。
「助けにいったはいいが、自分が囲まれちゃ世話ねぇからな」
プラントは、機体の腰部に装着していた小型接触式グレネードの詰まったカートリッジを後方にふり蒔いた。数秒もたたないうちに接近していた虫が細い前脚部の先を爆発によって吹き飛ばされ大きく金属音の奇声を上げた。
(これだけ敵の数が多いと、かんしゃく玉でも使える)
虫はプラント機を追うのを止め、デスペラード隊が固まる方向に狙いを変更した。
「奴ら、死を楽しむ方を選ぶのか、あいつらは手強いぞ」
プラントの機体が三角帆のような砂煙の航跡を赤い大地に引いていった。
ロニー少尉は退却の途中、虫にのし掛かられた自軍の戦車が砲を撃つことなく、ただ一方的に潰されていく様を見て憤り嘆いた。救援要請について司令部からは新たな返答を何も送ってこない。共に戦う兵士の顔は沈痛の色が濃く浮かび上がり、大半の者達は自分の死にゆく様を想像していた。
「ロニー少尉、ケッヘル戦車隊全滅しました……」
「残った数は?」
「この車両含めて十五台、既に三分の二が破壊されています」
手も足も出ないこの状況の報に心を掻きむしられながら、ロニーは自軍の兵に救援は必ず来るという言葉のみを伝えさせた。
「あっ、待ってください、少尉来ました、来てくれました!デスペラード隊からMAOが救援に!」
通信兵はあえてこの不利な状況の中に単機で救援に来ることが信じられないようであった。そのため、喜びようは半端ではなく、すぐに各車両にその内容を弾む声で伝えた。
「デスペラード隊……まさか……彼らが一番、苦しい所にいるのに」
ロニーの胸の中にとどめることのできない熱いものがこみ上げてきた。
「こちらMAO『サイベリアン』プラント、気休めにしかならんが、構わないだろう?だが、邪魔する糞虫が多いためにあと五分はかかる、ここまでやれているんだ、何とかして耐えろ、追ってもう一機の雌猫がケツに付いてくる」
途中にいる虫に銃弾を浴びせかけながら、プラントは通信回線を開き、人間で言えば瀕死寸前の戦車隊に激励の言葉をおくった。
一方、二機のMAOがいなくなったデスペラード隊への虫の攻撃は予想していた通り激しくなり、戦闘の規模が一気に拡大した。
「後方に抜かすな、砲撃が間に合わなかったら、そのまま棺桶ごとぶつかれ、三番隊砲手、目ぇ開けて撃っているか、よぉし、そうだ、できるじゃねぇか!」
チェ・ソンド曹長は自軍の自走砲を守備するため戦車隊をわずかに前進させた。それを見たカシム曹長はすぐに不快な顔つきとなり、自分の部隊の兵士に大声でハッパをかけた。
「チェの糞野郎部隊だけには良い格好させるな、特に野郎に守られるなんて糞恥だ、奴に負けたり、戦車が一台でも虫に潰された場合にゃ、てめぇらのケツの穴に榴弾突っ込むからな、一匹でも多く遠くに吹き飛ばせ」
榴弾による砲撃に砂漠の大地はぐつぐつと煮えたぎっていく。装甲歩兵車両からは虫が近付いてくるのにも臆することなく、車外に歩兵全員が出て、機敏な動作で無反動砲やロケットランチャーを撃ち込んでいった。
煙のカーテンから突如大きな光球が飛び出し、デスペラード隊の戦車の目前で炸裂した。ペイス通信兵をはじめとした部隊の兵士はすぐにそれが何であるかわかった。
「これはプラズマ球……パック……パックが来やがった」
ペイスはすぐに撃ち出された距離と方角を分析し、そのデータを各砲撃隊、戦車隊に送信した。
「最高だ、ブロードウェイだってこんなににぎやかじゃねぇぜ!」
「ブルート、お前のダミ声じゃ初演で打ち切り決定だ、少なくともここにいる連中はそう思っている」
はしゃぎまくるブルートにあきれた声でチェは言った。
「チェ、この野郎ぅ、うぉっまた来たぞ!」
再びプラズマ球が歩兵のすぐ横で炸裂した。一番近くにいた歩兵二名の身体は一瞬で炭と化した。他の者たちも外気に触れている肌に赤黒い重度のやけどをおい、うめき声を上げその場に伏した。
「各員、負傷者の収容後、車両内に待避、急げ」
手薄になった砲撃を待っていたかのように虫は、徐々に本隊までその距離を縮めてきた。
「戦車隊、下がるな!俺たちに後はねぇぞ、砲弾を残して死んだら、先に逝った奴らの笑いの種だ!砲撃再開、糞パックとの接近戦には絶対させるな」
「撃て!撃て!馬鹿にされたくなかったら撃て!死にたくなかったら撃て!女房と一発かましたいと思ったら撃て!撃て!」
チェとカシムは戦いの中で鍛錬された男達である。彼らの言葉にデスペラード隊の兵士はひるむことなく大きな喊声を轟かせた。
(三)
椰子林を貫いて南に一直線にのびる滑走路に、誘導灯が点々と灯っている。
ニューギニアで整備中の河井機動騎兵小隊に緊急発進が告げられた時は、陸上部隊前進命令からゆうに二時間あまり過ぎていた。
「河井隊長、俺たち間に合うのでしょうか」
MAO三型『リンクス』コクピットにはウィルがいる。彼は心もとない表情で河井に問いかけた。
「間に合わせる、それが命令だ」
そう短く返答した河井はロシナンテを操縦するミンとカスガ、ジョゼに離陸の合図を送った。
前線で激しい戦闘がまだ続いている最中にもかかわらず、オルベリーシティにある豪州中央司令部は、作戦の失敗した穴埋めをどうしていくかが会議の中心課題となっている。参謀本部の意見は、最終的に当初の配置をさらに後退させるべきと主張する派と、『堕天使作戦』を強行させようとする派のせめぎ合いとなっていた。
特に、強硬派のガスパール少将は強化ガラスさえ割れるかと思うくらいの大きな声でどなり散らした。
「この無駄な犠牲者の山は何だ、だから、はじめから『エンジェルボム』を使えと言ったのだ」
周りの士官はその勢いに何も言えずにいたが、一人のカーキ色の軍服を着た男が太った体をゆらしながら、奥の椅子から立ち上がり少将の話を遮った。
「貴様、さっきから聞いていれば簡単に核兵器、核兵器というが使用した後の局地戦はどう考えている、重たい防護服を着たまま兵士に砂漠での交戦を強いるのか、小さな蜂の巣を取り除くのとは違うのだぞ」
「グレッグ、貴様がはじめから反対しなければ、このようなことにならなかったのだ!あの広大な地にMAO数機だけでこの現状を回復できるとでも思っていたのか、全て根こそぎ焼いてしまえば局地戦も必要ないだろうに、兵士の命だが何だが言っているが、できもしない結果を追い求めるのもいいかげんにしろ」
同じく椅子から立ち上がりグレッグ参謀の顔へくっつかんばかりに近付き怒鳴り散らすガスパールだが、グレッグは瞬き一つもしないで、蛇のような彼の目を見つめて言った。
「そういう貴様こそ何だ、軍の投入数削減をはじめに提示してきたのは貴様ら西欧派なのだぞ、その為にどれだけ当初の作戦が変更されたか、そのような行き当たりばったりの思いつきばかりで他国の兵の命が左右されてはかなわん」
「投入できる数が少なくなったのは、グレッグ、お前もわかっているはずだ、奴らのすみかが増えつつあることを、このような所で手こずっていては!」
困惑し黙り込んでいた一番年配の参謀が渋々ながら口を挟んだ。
「お二人の言うことはそれぞれ理解できるが、このままこのような話し合いをしていては前線にさらなる被害をもたらすだけだ、それぞれの意見があるのもわかるが、もう少し敵の出方を見てからでも良いのではないか、今回の戦闘で相手もだいぶ数を減らしているだろうし、何と言っても……」
彼の意見を途中まで我慢して聞いていたガスパールの眼は異様な光を増し、身体をわなわなと震わせながら大声を上げた。
「いつでも後からのこのこと出てきて全てわかっていたかのように言う、そういう人間が貴様らだ、参謀として同じ階級でも、今は私が参謀部の最高責任者だ、貴様らにそれを止める権限などない」
グレッグはそれを聞いても尚食い下がった。
「この作戦は、根本から無理があったことにまだ気付いていないのか、ましてや『エンジェルボム』を使うということはこの地をこの世から消し去るということだ、半永久的に消えることのない放射能汚染が広がるのだぞ」
「まだ言うかグレッグ、岩山と多くの人類の命、貴様はどちらを選択するのだ、反対するお前は人間なのか、虫なのか?人間だったらよもや迷うことなどあるまい」
ガスパールの最後の一言により、静まりかえった参謀室で、デジタル時計の数字が午前零時を示した。
(四)
デスペラード隊の半数の車両は塗装が白く焼けたままの状態で中の乗員諸共、時の動きを永遠に止めていた。
隊の一番左翼で砲撃を加えていた戦車にパックの放ったプラズマ弾が直撃した。
砲塔部分は残った弾頭の誘爆で空高く吹き飛び、無限軌道の鉄の帯が、死んだ二枚貝の舌のように地面にだらしなく垂れた。
南部方面からわずかばかりの戦闘機による応援が入ってはきたものの、空中でのパックの動きを一時的に抑制するだけの効果にとどまっている。
「これだけ明るければ、照明弾の必要もないな」
「そうっすね、この煙さえどうにかなりゃ、もう少し命中率が上がるのになぁ」
「ブルートの野郎に当てるのなら俺にやらせろよ、あいつはまだ生きているのか」
「当然じゃないですか。あの部隊の連中も俺たちと同じゴキブリですよ」
「俺たちの方が地べたを這い回る虫だな」
チェ曹長は自分の車両の砲手に不安な気持ちをもたせまいと、プラントがよくやるように、指示の合間に軽い冗談を交えた。
はじめは潤沢にあった残弾もあとわずかである。
頼みの綱となる後方からの補給支援物資も虫に囲まれた部隊まで送り届けることは現時点で不可能であると上層部で判断されストップされていた。
(いや……虫というより、干上がったケグリ(蛙)だな)
戦場から三十キロ後方の前線基地では遠くに光る戦場を見ながら、サラム技術官が司令部との補給交渉にあたっていた。
「大型輸送ヘリ一機でいいんだ、ともかく飛びゃいい、弾だ、弾がねぇんだよ」
しかし、はじめに返ってきた相手の答えに思わず受話器を地面に叩き付けたくなる衝動にかられていた。
「見殺しにするぅ?奴らをか、ふざけんじゃねぇ、あいつらだからあの場所で耐えられているんだ、あん?これ以上の被害を食い止める?ボケェ、ありえねぇって言ってるんだよ、あぁ、わかったお前らには金輪際、頼まねぇし、お前らの機械の整備なんて二度と面倒見ねぇ、糞野郎」
結局、この通話が終わると同時に、サラムは小さな受話器を接続部から二つに折って作業靴で何度も踏みつけた。
「やっぱり、無理みたいですか親父さん!」
不機嫌なサラムの様子を気遣って、部下のウォルフガング整備士は乗っていたフォークリフトのエンジンを止め、遠くから声をかけた。
「見てて、わかんねぇか、司令部は糞だ、ウォルフ、すぐに現物届けに行くぞ」
「もうトレーラーに積み込み終了しました、整備班の連中も準備できています、二台あるんで親父さんも行きますか」
のっぽのウォルフはにやけながら、格納庫入口の大型トレーラーを指さした。それを見たサラムは、自慢の髭を上下にひょこひょこと揺らし、大げさすぎるほど喜んだ。
「でかした!お前は頭の良い糞だ!俺達が行かないで、誰が奴らの補給や整備をするんだ、この野郎。最新刊のペントハウスも積んだか?さぁ、行くぞ!」
子供のようにはしゃぎながら、サラムは駆け足でトレーラーへと向かった。
西部方面で救援にあたっていたMAO『サイベリアン』の葉月は妙な囁きが、繰り返し無線を通して聞こえてくることに意識をとられていた。
Ding, dong, bell (鐘が辺りに鳴り響く)
Pussy's in the well (小猫は井戸の奥底に)
Ding, dong, bell (鐘が辺りに鳴り響く)
Pussy's in the well (小猫は井戸の奥底に)
(誰の声……?)
一瞬の油断が死に繋がることの多い戦場である。
彼女は気にしないように努めてはみたが、小さな鈴を鳴らしたような澄んだ少女の声が途切れることはなかった。
どのチャンネルからなのか、何度も検索をかけたが発信の出所がはっきりとはしない。
砂の中から現れたゲジ型の虫が、動きの落ちた葉月機の右脚を長い胴体で絡ませ締め付けた。
「いけない」
葉月はライフルの銃口を虫の頭に押しつけ、トリガーを引くと、虫は甲高い悲鳴を短く発し、緑の血を口からぶくぶくと泡立たせながら、地面に崩れ落ちた。
謎の声をかき消すようにプラントの怒号が、通信に飛び込んできた。
「葉月、何を油断している、今までに無いことだぞ」
「すいません、気を付けます、それと……」
「何だ?」
「いえ、何でもありません……あ……」
Ding, dong, bell (鐘が辺りに鳴り響く)
Pussy's in the well (小猫は井戸の奥底に)
What a naughty boy was that (何て行儀の悪い子だ)
To try to drown poor pussy cat (哀れな小猫に罪はない)
(誰なの……)
『何てお行儀の悪い子なのでしょう、あなたは』
少女の囁きがすぐ耳元ではっきりと聞こえた。
(!)
葉月は、自機の周りを見回したが、虫の死骸と破壊された戦車があるだけで、異変は確認できなかった。
戦車のハッチから血だらけの兵士が助けを求めようと、上半身を乗り出し、葉月の方を見ていた。
「今、救助します」
兵士が安堵した表情で、血に染まった右腕を差しのばした時、津波のような土砂と激しい衝撃が辺りを包んだ。傷ついた兵士の姿が消えた代わりに、パックが首を突き出し、葉月の機体をなめ回すような視線でじっと様子を伺っていた。
葉月は、悲しみや驚きさえ感じない孤独になっていく自分を意識しながら、ライフルの狙いをパックに定め発砲した。
逃げるいとまもないパックは血煙の中に自らの臓物を拡散させていった。
プラントは予想をはるかに越えた虫の反撃に今まで味わったことのない深い戸惑いをおぼえた。
(なぜ、奴らはここまで『風の城』を死守しようとするのか、なぜ、これだけの虫の数がここに集中しているのか、もしや……)
心の奥底にしまっておいた彼の悪い予感がいよいよ現実味を帯びてきた。
「葉月、チェやブルートたちも粘っているようだが、そろそろやばめだ、しかし、俺はまだここから離れられん、戻れるか」
「了解しました、ライフルのカートリッジ二つ置いていきます、でもこの敵の動きは尋常じゃありません、何かを守っているように感じます」
「俺も全く同じ感想だ、この『風の城』は奴らの特別な孵化場どころじゃねぇ、この城の奥底には多分、クィーンがいる」
「女王……」
『何てお行儀の悪い子なのでしょう』
葉月は硝煙にけぶる『風の城』に目を向けた。弱々しい月の光が反射し、大きな岩の塔がまた一際そびえ立って威を示しているように見えた。
いくら戦場に慣れた屈強の者達の集まりとはいえ、これだけ長く止まらない猛攻にデスペラード隊の守備はいよいよ崩壊寸前にまで追い詰められていた。
「曹長、砲弾ゼロです、後方の自走砲隊も沈黙しました、自隊の戦闘車両も満足に動けるのは少なくなってきました」
「お前も良い冗談を言えるようになったな、動けるのはほとんどありませんだろ、他方面に展開している部隊の状況は?」
「シキツウからのデータによると、虫がこちらに集まっているため、被害は思ったよりも出ていないようです、まだ、冗談はうまく言えませんね」
「そうか、とりあえず俺たちの任務は完了だ」
来るべき時が来たと、チェ曹長は思った。そして、数の減らないレーダーの赤い点と車外の光景を比較して見ながら悔しそうに唇を噛んだ。
「ちっ、無駄弾撃ちすぎたか」
小高い丘に陣取っていた戦車からの砲撃音が絶えたことで、虫の近付いてくる咆哮とざりざりとした音がよりはっきりと兵士の耳に届き始めていた。
自走榴弾砲隊を指揮していたカシム曹長もその報に緊張の糸が切れ、肩の力が急に抜けたように感じた。しかし、がなり声だけは決して衰えさせることのないまま自隊の戦闘車両に集結を命じた。
その動きに気付いたチェはすぐにカシムの隊に通信を入れた。
「わかっているだろうが、集まった所をパックのプラズマ兵器に狙われたらおしまいだぞ、ブルート」
「お前の部隊の鼻糞車両が一粒ずつ潰されるよりはいいだろ、車両を固め盾にし、車外でアサルトライフルを使用する、まだ、俺たちは生きているぜ」
カシム曹長は腕を組んだまま自信ありげに笑った。
「ライフル?くくっ、最後は生身とおもちゃの鉄砲であの糞虫と妖精に張り合うか、そうか、それなら話はわかった、面白すぎるお前のその馬鹿な思いつきに俺たちものせてもらう」
チェもこの危機的状況を楽しむカシムの言葉に血をたぎらせた。
「チェ、気付くのが遅いぜ、俺とお前とは昔から頭とケツの出来が違うってこった、わかったら早くここまで来やがれ」
どの兵士の目にも死ぬまで敵に向かってやろうという決意の光が一等星の如くきらめいていた。
急に強い閃光が熱気と共にデスペラード隊の車列の前を横切り、辺りを明るく照らし出した。そこにいる誰もがパックによるプラズマ攻撃だと思い、最後の反撃ができなかった自分の運命を少しだけ呪った。
硝煙の陰に浮かんだのは葉月のMAOが背部のアームストロングキャノンの砲口から、砲撃後の排熱蒸気を陽炎のように噴き出させていた姿であった。
「遅れました、葉月『サイベリアン』、これより目前の敵を排除します」
落ち着いた声がデスペラード隊の全車両に響くと、誰もがこの戦場に彼女という小さな天使が味方にいてくれたことに心から感謝した。
葉月は弾丸の消費を極力おさえるためライフルの砲身で虫の急所を刺し貫きながら、少しも迷わず虫の海の中に飛び込んでいった。
「葉月、俺たちも行くぜ」
「ありがとうございます、でも、皆さんがいなくなったら私や隊長の帰る場所が今日からなくなってしまいます、だから、まだ死なないでください、私もやられませんから」
チェの言葉に深く感謝しながらも、葉月は力強い言葉で断った。
狩る本能を刺激された虫の群れは、右に左に葉月の機体を捕らえようと落ち着かない移動を続けたため、大地の上が騒然としたありさまになった。
背部の安定翼を小刻みにコントロールさせながら機体を急反転させた葉月は、チャージが完了したアームストロングキャノンを再度虫の群れの中心に放った。
岩だらけの地面を半分溶かしながら光の帯は闇の中に直進し、虫の身体を閃光のきらめきの中で蒸発させていく。
『使用不可』
オーバーヒートの警告音と共にコクピットのメインパネルにキャノンの再使用ができないことを告げる文字が大きく映し出された。
エンジンの冷却装置が機体の震動をさらに増幅させていく中、葉月はターゲットモニターに機体のぶれの修正値を瞬時に加えた。
目標から外れていた緑色のマーカーがロックオンを示す赤色に再び変わった。
(血まみれのお人形さん、眠っていいのよ、私のベッドで)
また葉月の耳にあの少女の声が聞こえてきた。
「わかった……あなたの正体……」
(気持ちいいのよ、ふかふかのベッドは……お人形さんと寝ると、とても気持ちいいのかしら)
「あなた……虫でしょ」
葉月の問いかけに少女の声がいきなり止んだ。
長いようで短い静寂がパックの放ったプラズマ球によって破られた。機体に直撃した衝撃はシートベルトを葉月の小さな身体に荒縄のように食い込ませていった。
「うえっ」
葉月の口からほとばしった胃液がヘルメットのシールドの内側を少しだけ濡らした。
「葉月!」
大きく右横に吹き飛ばされ、動かなくなった葉月の機体を見て、デスペラード隊の全車両は土煙を上げ一斉に突撃を開始した。
「大丈夫、大丈夫です……すぐに動きます、だめ、来ないでください!」
警告灯の赤い光に染まるサイベリアンのコクピットでは、葉月が冷却装置システムの再起動を必死に試みていた。エンジンの圧力値が急激に上昇し、機体エンジンの炉内は高熱を帯びていった。
「まだ眠っちゃだめ、今は眠る時じゃないの、私のサイベリアン!」
エラーメッセージが消え、システムが再ロードされた。
しかし、復帰したモニターに映ったのはパックが空中からプラズマ球を発するステッキで葉月の機体を狙っている姿であった。
「あと五秒たりなかったか」
葉月はこれから自分の命を奪おうとしているパックを静かに睨みつけた。
「MAO二型のパイロット聞こえますか、こちら河井小隊、カスガ・ソメユキ特務兵、ロシナンテによる援護を開始します」
絡み合ったミサイルの弾頭は異変に気付いたパックの身体に深く突き刺さり大きく炸裂した。
葉月の起き上がりかけた機体に緑色の肉と血がバラバラと降り注がれた。
「河井小隊……タケル君が……来てくれる」
今まで氷のよう冷たく強ばっていた葉月の顔に柔らかい微笑みが浮かんだ。
「予備のスナイドルライフルを落とします、二型のパイロット受け取ってください」
カスガは機体下部に固定していたライフルを低空から落下させた。葉月機は正確に自機の右手でそれを受け止め、兵器の安全装置を外した。
「君は!」
ロシナンテのパネルを見てカスガは思わず口から驚きの声をもらした。
レイクレイ基地の木陰で無邪気に話しかけてきた少女の顔がそこに映っていたからである。
「ありがとう、助けていただいて……」
「何で君が……それもMAOに……」
「あの時は黙っていてごめんなさい、プラント高機動騎兵隊特務兵チハヤ・ハヅキと言います。詳しいことはあとでお話しさせてください、この方面の部隊はすでに砲弾が尽きて攻撃の続行ができません、引き続き支援を要請します」
カスガは、レイクレイ基地で出会った時の葉月よりもやけに大人びて見えていることが自分でも不思議であった。
「えっ……あ……あの、もうすぐ他の機体も合流します、攻撃支援再開します」
カスガは無意識のうちに頬を赤らめていることにようやく気付いた。自分よりもずっと年下に見える少女に対し、カスガの心の中に今までにない感情が芽生えたのはこの時であった。
(僕は……だめな奴だ、こんな時に、しかもあんな年下の子に……)
「ロシナンテの若いパイロット、支援に心より感謝する、しかし、うちの部隊のお姫様に対し、言葉をつまらせるのは納得できないな」
別モニターに映るペイス通信兵は愉快そうにカスガに言った。
「あ、あの……慣れていないもので」
「あははは、その答え気に入った、お前正直でいいぞ、あと、二、三発、大きいのを残った群れにぶちこんでおいてくれないか、今、後方から補給車が来るとの連絡が入った、少しだけ俺たちに時間の余裕をくれ」
「了解」
上昇から降下に転じたロシナンテ輸送戦闘機のミサイルポッドからクラスター式のミサイルが次々と射出されていった。
同時刻、プラントは河井からの通信を受けていた。
「一気に本陣を突くのか」
「はい、その攻撃で散っている虫は『風の城』にまた集中するはずです、司令部の『エンジェルボム』を使用する基本方針はまず変わらないと推測しま。」
「集合をかけてボン!か、確かにこれだけの地域に広がっている全部隊を短時間で救援することは不可能だ……河井軍曹いや昔のコードネームは『飼犬』だったな」
「はい」
「噂通りの賢さで安心した」
「褒められることはあまりありません、では先に行かせてもらいます」
「お前とは早く酒を飲みたい、そう、それにお前に会うことを待ち望んでいる奴がうちの隊に一人いる、無事に戻ってこい」
河井は待ち望んでいる奴と聞き、少しだけ心に疑問符を描いた。
「了解、これより河井小隊『風の城』に突入します」
ジョゼのロシナンテの機上には河井の、ミンの機上にはウィルのMAO三型『リンクス』が固定されている。
「ジョゼ、ウィル、ミンに告ぐ、防衛ラインを通過後このまま『風の城』まで突入する、機体分離後『リンクス』は降下、地表で奴らに陽動をしかける、ロシナンテ二機は、高高度よりミサイルによる援護を、いいな」
「ええっ、いきなりですか!」
河井の唐突な作戦指示を聞き、ウィルが驚きの声を張り上げた。
「ああ、いきなりだ」
「隊長……俺の猫の初出撃のためにこんな晴れ舞台を……最高、最高ですよ」
「馬鹿じゃないの、ううん、馬鹿そのもの」
ウィルの脳天気さにジョゼがあきれた声を出した。
ミンは緊張のあまりまだ一言も声を発していない。
「ウィル、お前の今の能力では生還率五十パーセントを切っている、が、それでもお前ならいけると信じている」
「俺、ジョゼと違って、ほめられて伸びるタイプなんです、隊長にそう言われたら生還率百二十パーセントまであがりますよ」
「あんた、余計なことまで言わないでくれる」
「だって本当だろう、ジョゼ」
いがみ合っている二人をそのままに河井はミンに通信を入れた。
「ミンはジョゼ機より、さらに高度を上昇、広範囲レーダーに核を積んでいると思われる爆撃機を感知したらすぐに知らせてくれ、ダミーの爆撃機が多数飛来することが予想される、飛び方の小さな違いに目を向けろ、お前の感をあてにしている」
「は……はい……あっ、了解」
「隊長、カスガはどうしますか、まだ、防衛線上でうろうろしていますけど、合流を忘れているんじゃないですか」
「ウィル、カスガはお前と違って任務を忘れるようなことはしない」
「ええっ、さっき俺はほめられて伸びるタイプだって言ったばかりじゃないですかぁ」
「私も隊長に同意します、ねっ、ミン」
「たぶん……」
「ミンまで言うかぁ」
二機のロシナンテ輸送戦闘機のエンジン音が馬のいななきのように一際高く星空に響いた。
(五)
滑走路の前に一列に並ぶパイロットらの前に姿を現したのは、この無謀な作戦の牽引役でもあるガスパール少将であった。彼は終始機嫌が良く、階級、年齢を問わず労いの言葉を一人一人にかけていった。、
「『風の城』の不可能な事態を打開する諸君らはマルスの化身である」
最後に短く訓辞をし、毛色ばんだ顔で、彼らの勇気をたたえた。
豪州中央司令部の命を受けた爆撃機隊は一斉に行動を開始した。
核兵器『エンジェル・ボム』を搭載した爆撃機はどの機であるのか前線にいる部隊に対し、司令部より明かされることはなかった。参謀本部は通信のやりとりによって「虫や妖精に大切な堕天使の存在を知られてしまう」ことをたいへん恐れていたからである。
ガスパールをいさめた甲斐もなく、もはや引き返すことのできない所まできてしまったこの現状をグレッグ参謀は嘆いていた。
(テストも満足にしていないサタンの為に何人の命を代償にしなければならないのか、一つの言葉だけで多くの運命を左右させる私はそれでも人間なのか)
彼の憤りは自分自身の情けない態度に向けられていた。
「彼らだっておそらくは助かるまい……」
噴煙を引きながら滑走路を飛び立っていく十機の爆撃機と護衛を司る三十機のF五十二型戦闘機に向かってグレッグ参謀は精一杯の敬礼をおくった。
(六)
鋼の猫を載せた天馬が『風の城』の上空に差し掛かろうとしている。
硝煙でできた雲海から三角帽子を突き出すように城の先端が見えていた。
「河井MAO『リンクス』アルファ、テイクオフ」
ウィルとジョゼよりも先に目標地点に到達していたミンのロシナンテ輸送戦闘機は河井の搭乗しているMAOを分離させた。灰色の雲の中に河井のMAOは翼を広げバーニアを時折輝かせながら消えていった。
「見ろよ、ジョゼ、城どころか、まるで島みたいだぜ、さしずめ隊長のMAOは密漁しているおっさんだな」
「ウィル、気を付けてよ」
「あれぇ、珍しいじゃん、お前がそんなこと言うなんて」
「馬鹿、あんたレーダー見ていないの、真下見てごらんなさいよ、虫だらけよ」
「見ても見なくても数はかわらないだろ、それじゃ行ってくるわ、ウィルMAO『リンクス』ベータ、テイクオフ」
ウィルのMAOが落下体勢に入った。
(怖いと思ったら何でも怖くなる、怖くないと思えば何でも怖くなくなる……訳ねぇよな)
ウィルは手の震えをごまかしながら、ターゲットまでの測定値とマーカーが溢れるくらいに映し出されていくモニターを険しい目で見つめた。
「音が消えていく」
サラム技術官やウォルフガング整備士の運転するトレーラーが荒れ地を越えてようやく前線までたどり着いた。
山のように荷台に積まれた砲弾を運び出していたデスペラード隊の兵士らは前方の闇の中の様子を伺った。
潮が引くように虫や妖精の姿と音が消えていくのを見て、守備隊の誰もが自分の目を疑った。あれだけ充満していた敵の姿が消え、キャタピラの轍が大地を交叉し、所々ぽかりと口の開けた砲弾穴にパックや虫の焦げた遺骸が不快な臭いのする煙を上げていただけであった。
しかし、『風の城』の方から紙風船を破裂させるような乾いた音が断続的に聞こえていたので、戦闘が終わった訳ではないということだけは理解できた。
カスガは、予定のコースを大きく外れ『風の城』に向かった自分の小隊の行方が心配でならなかった。
レーダーの光点は城の中心部から動かず、モニターの片隅には小隊僚機の戦闘中を表すコードが点灯されたままになっていた。
「カスガのロシナンテは守備隊の支援を優先しろ」
そういう命令を最後に河井からの通信は切れていた。
河井との通信を再開させようとスイッチを入れた瞬間、ペイス通信兵の声がヘルメットのレシーバーに飛び込んだ。
「少年、うちの隊長から通信だ、直に受けてくれ」
「了解」
「ジョン・プラントだ、お前たち小隊の支援に感謝する、聞いてはいると思うが、堕天使がこの舞踏会でワルツを踊るようだ、時間がない、都合いいように振り回してすまないが、すぐに原隊に復帰してくれ、俺たちMAOはその間、会場を踊りやすいように広げておく」
「堕天使って……」
「少年、返事は」
「あっ、了解しました」
「少年、戦場での考え事は死神の誘惑と思え」
プラントの言葉の通りだとカスガは反省した。
河井小隊による陽動作戦が始まった。
急勾配の城の壁を滑り降りる河井の機体を横穴から、白蟻のような茶色い頭部と牙をもったハムシの幼生体がぞろぞろとひしめき合いながら襲いかかってきた。河井はスナイドルライフルを乱射しながら駆け続けた。
虫の体液の飛沫が飛び交うそのすぐ後ろを、ウィルのMAOが進んでいく。
「ウィル、正面のクレーター下に空洞を感知、左に避けるぞ」
「了解」
河井の言った通り、何もなかった地面の上を亀裂が縦横に走り、大きく地深くに落ち込んでいった。
そこからゲジに似た『ミリペデ型』と呼ばれる長い胴体の虫が細かい歯の生えた円形の口を大きく開け、横壁を這い上がってきた。
河井が、ライフルで虫の動きを牽制しながら、腰部に装着していたグレネードを取り外し、穴の中に投げ込むと数秒もたたずに、多量の土砂と虫の身体の一部が空中にはじけ飛んだ。
ウィルの口からは得意の冗談が消え、短く荒い彼の息づかいだけがコクピットの内部に反響した。
一方、ペイス通信兵から急を告げる通信の内容に、西部守備隊の救援を終えたばかりのプラントは言いようのない怒りを覚えていた。
「隊長、東部戦線右翼最後方に展開するピサロ第六突撃部隊が、風の城に進出をはじめました」
「馬鹿が、堕天使のことを奴らは聞いていないのか」
「そのようなことは絶対にありません、状況から部隊及び弾薬を現在まで温存していた模様です」
「あの状況で、自軍を支援していなかったのか、奴らは」
送られてきた映像には、戦車隊の上げる土煙が見えている。同時に送信されたレーダーの動きを見ると、引きずられていくように周囲の各部隊が前進している。
「司令部からは?」
「何も言ってきません、囮の餌にちょうど良いと思っているのかもしれません」
「奴の部隊に通信を」
「切り替えます」
「こちら高機動騎兵隊プラント、東部第六突撃部隊、予定している防衛戦より出すぎだ、前進を止めろ」
戦車隊の後方を進む装甲指令車の中で、第六突撃隊長のピサロは口の周りにびっしりと生やした髭をわなわなと震わせて激怒した。
「騎兵隊?お前らみたいな臆病な連中がか?ふざけるんじゃねぇ、そんな良いブツを持っていても何もできなかったお前らが悪いんだよ、周りを見てみろ、出遅れているのはお前らだけだ、『ならず者部隊』と持ち上げられてうろうろしている奴が余計な通信を送るんじゃねぇ、俺たちはこの時をずっと待っていたんだよ」
功をあせりがちになる混合軍の統率面での短所がもう現れたのかとプラントは思った。
また、全滅寸前の状況になっても他の部隊の援護をすることなく、自分達のためだけに弾薬を保持していたことが頭によぎったが、今はそのような争いごとをしている時ではないと自分を諫めた。
「堕天使のことを聞いているか」
「ああ、知っているとも、だがな、俺たちはまだ奴らを、同胞の命を奪った奴らを殺したりないんだよ、墜ちるまでまだ時間はある、お前らよりも戦果を上げることで、俺たちの部隊にもそのでかい兵器がもらえるのだろう?」
ピサロ隊長は、目で、そばの通信兵に合図し、プラントとの回線を遮断させた。
「俺たちが戦っている理由はわかっている、愛する家族の復讐だけじゃねぇ、世界に注目されることが、我々のような貧しく小さな国の存在意義を広く知らせることにつながるのだ、時間の続く限り好き放題やれ、特に新兵、酒と女に囲まれた生活をおくりたいだろう?そうなるのもお前らの働き次第だ、いいな」
「イェッサー!」
速度をゆるめずに進行する戦車群の映像を見ながら、プラントは小さな人間のねたみや国の些細な面子が大きな亀裂を生んでしまうという事実を思い知ることとなった。
「畜生、何の為に、ガキ共が危険な場所で戦っているのか知っているのか」
プラントは自機の進路をピサロ突撃部隊の進行地点に向けようと思ったが、最短距離は『風の城』の側を通過せざるをえない。
彼の苛立ちはつのっていった。
「プラント隊長、私が止めに行きます」
葉月の顔がモニター右上に映し出された。
「行って何をするのかわかるのか、お前が話してどうにかなるような相手じゃない」
「でも、このままでは何も変わりませんし、何よりも虫が散ってしまいます」
返答する前に葉月の機体は東に速度を上げながら進んでいた。
(タケル君がやってくれていることが無駄になってしまう……)
葉月は必死であった。
「ピサロ隊長!今までと違う音が急激に近付いてきています」
一番先頭を進む第六突撃隊の戦車が急に山のように盛り上がった地面に乗り上げ横転した。
「まさか、伏兵?奴らはそこまで知能が……」
背中から、かぶっていた大量の土砂を落としながら、ミリペデ型の個体が表れた。そして、横転したまま履帯を宙で回している一台の戦車を、ガサガサと枯れ葉を踏むような騒がしい音をたてながら長い身体を巻き付けていった。
「隊長!助けて下さい!隊長!」
上下逆さになった操縦室内で、若い兵士が叫んでいる。
「待ってろ、目標を目の前の『ミリペデ型』に変更、砲撃開始」
ピサロの合図に戦車隊は近距離から、虫に向かって砲撃を始めた。
やみくもに撃った一弾が、横転している戦車の側面に直撃した。戦車の側面に大穴があくと、瞬く間に弾薬庫に誘爆し、虫の身体の一部ごと砂漠の塵と化していった。
身体がほとんどちぎれかかっている状態で、脚をせわしなく動かし続けているゲジの傷口の断面から、緑色の体液がどろりと流れ出した。
「ピサロ!ピサロ!糞ったれ!」
プラントは、何度も通話を試みるが、全く通じない。
「ペイス!通信はどうなっている」
「ピサロ隊は本隊からの直接回線を切っています」
「ありえねぇ、これは単発的なゲリラ戦じゃねぇんだぞ」
「東部方面の虫の一群、『風の城』方向から再び第六突撃隊に向かっています。数は二百三十九……二百五十三……まだ増えます」
「だろうよ、あの緑色の液体は奴らの好物だからな、このままだと葉月が心配だ」
「パックも後方で多数確認、しかし奴らは風の城の上空に広く展開したままです、ロシナンテが交戦中ですが、動きがほとんどありません」
「動かない……なぜだ……まさか爆撃機を待っているとでも……」
プラントは、煙で何も見えない上空を仰いだ。
その異変はロシナンテを操縦しているジョゼやミン、カスガも気付いていた。
「もっと追ってくると思ったんだけど、ミサイルを避けるばっかり、何か変ね」
「ジョゼ、隊長の言っていた通り、この動きを想定していた爆撃機のダミーなのかもしれない」
「え、何」
「パックは、堕天使が来ることを知っている、私たちの言葉を聞いているんじゃないかな」
「まさか」
カスガとジョゼはミンの一言に口を揃えて驚きの言葉を上げた。
「おい!援護頼む!後ろから来る虫の数がハンパじゃねぇ」
静かな空に反し、地上のウィルから悲鳴のような声で要請が入った。カスガとジョゼは急降下しながら、ウィルと河井の機体を追う帯状の虫の塊にミサイルで爆撃を行った。
ミンの遠距離レーダーに航空部隊の機影が映った。
「隊長!西から十機の爆撃機の機影確認、それぞれ距離を空けながらこちらに向かってきています、他に護衛の戦闘機、最初の爆撃機の到達予定まであと十五分」
「わかった、俺たちはぎりぎりまでここにいたい、離脱タイミングの合図を頼む」
「はい」
「ジョゼ、爆撃機に迫るパックを墜とせるだけ墜とせ」
「了解」
「カスガはこのままこちらの援護を」
「了解」
「隊長ぉ!俺はどうするんですか」
ウィルは少し情けない声を上げた。
「ウィル、散開だ、合流地点はN四十四」
「単独行動ですか、厳しいっす」
「無駄口が言えるようになっただけでもすごい進歩だ、行くぞ」
「褒められたんで、了解」
河井とウィルの機体が『風の城』を正面に、左右それぞれの方向へ最大限の速度を保ったまま分かれていった。
葉月のスナイドルライフルは火を吹き続けた。機体の通りすぎた後の地面に薬莢と長い身体でのたうちまわる頭部を飛ばされたゲジがごろごろと転がっていく。
ピサロ隊がすでに多くの虫に囲まれていることをレーダーは告げていた。
破壊された戦車から兵士が引きずり出され、見る間にゲジの尖った脚は、胴体を蜘蛛の糸を破るかのように軽く切り裂いていった。
「援護に入ります、貴隊の脱出口をここから確保しますので下がってください」
葉月はわざと虫の死骸から緑色の体液を自分の機体に絞り出すようにかけ、ピサロ隊から少し離れた正面に機体を待機させた。なるべく、自分に敵を集中させるための配慮であった。
「その声は女、女だとぉ!余計なことをするな、そこをどけ!」
ピサロはこの期に及んでも、まだ勝利の幻想を見ていた。そして自隊に進撃の邪魔をしようとする葉月のMAOを狙うよう密かに指示した。
「大丈夫ですか」
砲手の一人は、ピサロの出したその命令を不安げに聞いた。
「我々はあくまでも虫を攻撃しているのだ、邪魔をする奴が悪い、馬鹿な奴だ、自ら餌になってくれるなんて」
本当は自分が堕天使の囮になっていることも知らないピサロの戦車隊の周りに、匂いに引かれた虫がさらに数を増し迫ってきていた。
迎撃しようとライフルを構えていた葉月の『サイベリアン』に突然、ピサロ隊の戦車隊が砲撃を始めた。その弾頭は機体の周りに連続で着弾し、破裂した。
「きゃっ」
葉月はまさか自軍から攻撃されるとは予想もしていなかった。
「我が戦車隊は、奇跡的に勇敢なる兵士を味方にすることができた、これも神のご加護のおかげである、そしてここに大きな成果をあげるチャンスが巡ってきたのだ、神に感謝を!」
「続けて狙っていいのですか」
「かまわん、今が敵を殲滅する絶好の機会だ、ぐずぐずするな、砲撃を続けろ!」
ピサロは、部下にさらなる砲撃を命じた。
戦車の放った砲弾が葉月の機体の脚部に直撃し、葉月の機体は衝撃の反動で虫の固まっている地点に吹き飛ばされていった。そこに追い打ちをかけるようにさらに数発の砲弾が落ちていく。
「このくらいなら……」
(あなたには獣のような男がお似合い……)
「あっ!」
葉月の頭の中を急に何かが走り抜けた。途端に視点が定まらず、動悸が激しくなっていった。
獣のようないやらしい男の息づかいが耳の奥をこだましていく。
「何があった葉月ぃ!」
プラント機は、バーニアを全開させ、すぐに葉月の機体へと向かっていたが、あまりにもその距離は離れすぎている。
モニターには、ぐったりとしていて動かない葉月が映った。
「葉月、しっかりしろ、葉月!」
「神経伝達信号が急激に低下、葉月の『サイベリアン』沈黙です」
「隊長、プラント隊のMAO一機が行動不能に陥ったようです」
河井はカスガからの通信でその事態を知った。MAOが近距離で核爆発に巻き込まれると、機体の核融合炉が炉心溶融を起こしかねない。そうなると、ここに展開している兵士全てが被害に巻き込まれることになることは疑いようがなかった。
「くっ」
河井は決断に戸惑った。
「隊長、ロシナンテで救援に行ってください、隊長が一番近くにいるみたいだし、俺はもう少しここで遊んでいます!」
ウィルは、河井の苦悩を思いやり、精一杯の強がりを言って見せた。
「すまない、ウィル!」
MAOの救援に向かうため、河井は虫の追撃を振り払うように空中に飛翔し、カスガのロシナンテ輸送戦闘機とドッキングした。
「調子の良いこと言って、いつも最後に泣きを見るのは俺なんだ、久しぶりだなTag(鬼ごっこ)なんて」
そう独り言をつぶやいたウィルは反撃もままならないまま、危険なこの場をただ逃げきることだけに集中した。
河井やプラント機以上のスピードで葉月の機体に迫る虫の群れ。
「どきやがれ!」
ライフルで、再び集まりつつある周囲の虫を殺し続けるプラントであったが、勢いはまるで衰える気配を見せない。むしろ少しずつ数を増やしていた。
「こんな時に!」
ライフルが弾切れを起こし「リロード」のアラートがモニターに点滅をはじめた。プラントは移動しながら、用済みの弾倉を廃棄し、左のアームで腰の装備している弾倉をライフル下部に装着した。
おびただしい数の虫たちを排除しつつ、葉月の機体までたどり着くことは物理的にも不可能なことであった。
「葉月!目を覚ませ、覚ましてくれ!」
風の城上空のミン・シャラットは他の先行する爆撃機より、途中から徐々に飛行高度を上げ、真っ直ぐ『風の城』に向かうF五十二型戦闘機の一隊に気付いた。
「何で爆撃機から離れていくの……もしかして……」
かつて河井が参加した新型ボムの投下にF五十二型戦闘機が使用されていたことをミンは思い出した。
「もしかして、堕天使を搭載しているのは爆撃機じゃない……爆撃機自体がダミー?」
ミンはすぐに河井に通信を送った。
「隊長!堕天使は戦闘機に!」
しかし、通信が人工衛星からの電波によってジャミングされ使用不能になっていた。司令部により通信制限がされたのがその原因であったが、戦場にいる彼らに事前に何一つ知らされることはなかった。
「まさか、みんな司令部にはめられた?」
ミンは不吉な予想を振り捨て、虫の集団の中に孤立状態で戦っているウィル機の救出に向かった。パックの群れは戦闘機ではなく、爆撃機を追いかけている。
F五十二型戦闘機のパイロット達は、音速を超えるスピードの中、それぞれの思いを抱きながら、その時を待っていた。
(傑作だ、クレーターのできる瞬間を見ることができるなんて)
(主よ、我を許したまえ、偉大なる主よ、我を……)
カスガと河井は虫に囲まれたMAO『サイベリアン』の横たわった機影を視認した。
「カスガ、地上に降りた後、カラの機体をすぐに俺のノーマルドッキングデータを使って上空に飛ばす、しっかり拾ってくれ」
「隊長はどうするのですか」
「MAOをパイロットごと回収する、城にいるウィルを忘れるな、後を頼む」
河井は機体をロシナンテから分離させ、攻撃を続けながら葉月の機体へ横付けた。
そして、砲弾と虫の鋭い脚の攻撃が飛び交う中をコクピットから飛び降り、サイベリアン機に駆け寄った。河井が乗っていたMAOは、オートでライフルによる攻撃を続けながら、空中に飛び上がった。河井は噴煙に吹き飛ばされないように地面に頭を押さえうずくまった。
数秒後、風に大きく身体をあおられながらも、MAOへにじり近付き、外部開閉装置を作動させ、機体のコクピットハッチを開けた。
一人のパイロットがシートにうなだれたまま、ぴくりとも動かない様子がまず目に飛び込んだ。
「子供?」
生命維持装置が正常に働いていることから、死んでいないことは確かである。
「大丈夫か」
河井は這いずるように、コクピットに潜り込み、ヘルメットのバイザーを上げ、パイロットの顔を見た。
「うっ……」
信じられないことに懐かしい少女のままの葉月の顔がそこにあった。
「どうして君が……」
虫がのっかってくる衝撃で大きく機体が揺れた。
「ちっ!」
河井は葉月のシートベルトをはずした、そして、自分の身体をパイロットシートに沈めると彼女の小さな身体を膝の上に抱きかかえ直し、その上からまたベルトを装着した。
「ううん……」
河井に抱えられた、葉月の頭が小さく動いた。
「プ……ラント中尉?……ご……めんなさい……」
「中尉ではないが、もう心配しないでいい、俺が守る」
そのどこかで聞いた優しくも力強い声に葉月の目からふいに涙が流れ落ちた。
「大きな怪我はしていないようだ、今は安心して休んでいろ」
(ずっと……会いたかっ……)
葉月は夢にまで見た声を抱かれた温かいぬくもりの中で聞きながら、意識を遠のかせていった。
河井は複雑な心の内をおさえ、冷静に機体の損傷状況を確かめた。
「まだ動ける、頑丈な装甲だ」
河井はスロットルを引き、機体を起こすと急速に後退させ、ゲジの攻撃をかわした。パワーが段違いな分、機体の制御が三型よりも複雑であった。機体は安定できず大きく後ろにバランスを崩した。
「くっ」
ゲジの集団に気を取られた隙をついてハムシが右腕のライフルに取り付いた。ハムシは細い木の枝を齧るように巨大な下顎の牙を銃身に食い込ませた。アームからはずした直後、ハムシごとライフルは爆発した。
外部との通信を試みたが、エラーが表示されたままとなっている。
「通信が妨害されている……堕天使は近いな」
『堕天使』を積んだF五十二型戦闘機の風防の向こうに、この作戦の舞台である『風の城』が空気のゆがんだ層を通して姿をあらわした。
空は震える。
「目標視認、安全装置解除、グレムリンワン、投下準備完了」
虫は緑の液体の匂いにひかれピサロの戦車隊の方へも接近していく。
ピサロ隊の追い求めていた夢はあっさりその命と共に砂漠に消えていった。
「ウィル!お願い私に気付いて!」
ミンがカスガのロシナンテの援護を受けながら、ウィルのMAOの側を低空で進入していく。
その機影を確認したウィルは興奮に身体が震えた。
「待っていたぜ!」
ウィルの機体が翼を伸ばして、ミンの機体の上に転がるように載った。
「しっかりつかまっていて」
ミンとカスガのロシナンテ輸送戦闘機は、爆風の届かない位置まで高度を一気に上昇させた。
「ミン、河井隊長は!」
「ここからでは確認できない、わからない、わからないのよ!」
接触通信によるミンの声は涙声混じりであった。
はるか上空に編隊を組むワルキューレの乙女の化身が、戦場にいる者達の真上を白い直線の飛行機雲を引きながら過ぎていく。
爆音を機に無線通信のジャミングが解除された。
無線からは、避難できていない部隊からのさながら悲鳴に似た救助を求める声が交錯する。プラントは自分の無力さを痛感した。
「次、右、エリアG四六、GPSを信じるなよ、自分の目で確認して砲撃を続けろ」
チェやブルート達は、それぞれの車両の中で、顔色一つ変えず、部下へ虫への攻撃の指示を続ける。河井も失神する葉月を抱え、虫の猛攻を避けつつ被爆エリアからの脱出を図っていた。
数秒後、空が割れ、堕天使はこの地をダンテの描く地獄の情景に変貌させた。
第二部「風の城」 おわり
第三部「空音」へつづく