〜静カナ昼下ガリ 新タナ光へ〜
〜エネルギィ・バンド・エンジン30W 壱〜
静かな部屋に煩く鳴り響くキーボードを叩く音。ボールペンのノック音。時計の針が進む音。
6月13日午後3時28分。
下を向く僕に突然、社長と呼ばれた男とくせっ毛の男が歩み出てきた。
「やぁやぁ八坂君。今更だが自己紹介をしようと思う。時間はあるかい?」
笑って云った。
「いや。時間も何も、やることも予定もないんですからあるに決まってるじゃないですか」
当たり前の正論を云う。
「…確かにそうだね…」
「ですよね…」
「新人。名は?」
白髪の男が厳しい顔で云った。
「八坂 虎大浪です。えっと、一応、黒虎銀狼の能力者です…」
男は変わらぬ厳しい顔で云った。
「ふむ。我なは刀剣寺 刃覇斬。異能力は時ヲ切リ裂ク無数ノ刃。刃物を自在に操る異能だ。鉄製のものなら、刃物にすることも出来る。そして、紅眼を持つ。」
「紅眼って…?」
「紅い眼だよ。苗字と名前、どちらも異能力化した者が持つ眼だ。」
「ってことは…異能が2つ?」
「その通り。そして我の紅眼の異能は、空間から刃を生み出す能力だ。」
強すぎるだろ。
驚いていた。そんな僕を知らぬようにくせっ毛の男は口を開けた。
「紹介しよう。私の名は読見 外。異能力名は完全削除。触れたものの性質や能力。力を一時的に削除する能力だ。」
表現しにくい笑いで外さんは云った。
物凄い能力だ。ナイフや銃弾は当たり前、異能さえも削除するなんて。
「ほら〜皆も〜」
その空間にいた全員が外さんの合図で集まった。
外さん気続いて口を開いたのは金髪の少女。
「あたしは彩芽川 魅音。能力は絶対音感・美音麗華。自分の聴いている歌や、自分が歌っている歌の特徴や、身の回りの音を具現化し操る能力。 さっきアンタを縛った黄色い束縛もあたしの能力よ。」
こちらもまた表現しにくい表情で云った。
だかよく分からない。音を具現化など、意味不明だ。
「すいません、その、魅音さんの異能は具体的に…」
尋ねると、魅音さんはため息をついた。魅音さんはポケットから派手にデコレーションされたカバーをつけるスマートフォンを取り出し、音楽を流した。やはりロックだった。魅音さんは目を閉じ、再び開けた。透明な黒い目を輝かせ、息を吸う。
息を吐くと音楽が流れるスマートフォンの画面から黄色いモヤが出ている。そのモヤは部屋を包み込んだ。当たりは真っ黄色な空間になり、魅音さんは笑った。
「どう?これでわかった?」
スマートフォンから音が止むと忽ち辺りは先程の部屋に戻った。
部屋を包み込んで尚、笑う余裕があるのだ。強大な異能すぎる。僕は呆然としていた。
「あのねぇ。驚いてるみたいだけど、アンタの多種変身系型異能力の方が驚きよ?」
魅音さんは眉を上げ、質問するような口調で云った。
「確かに多種変身系型異能力なんて見るのはいつぶりだね?」
椅子に座っていた紳士は云った。
「失敬。紹介遅れた。私は朔良 深海。異能力名は、聖深海。海の力を使うことが出来る異能だ。例えば、水は勿論、深海並みの水圧や、荒れ狂う波。本気を出せば、海の生き物を生み出し操れる。強力な異能だ。」
いやいや待て、この時点でおかしい。おかしすぎる。
鉄を刃物に?その刃物を操る異能力。
ありとあらゆる物の全てを一時的完全無効化する非異能力に、
人に1番身近で必要な声をも含む音を具現化し操れる異能力。
ましては、海の力そのものを操る?生き物も?チートだ。
なんだこの人達は。
「あぁ、今はいないけど、もうしばらくであと数人くる。その時はその時で紹介してもらうよ。」
外さんは云った。
「一応皆に許可の元今回動いたのよね?」
魅音さんは云った。
「まぁ、かくなる上は外君に全責任を負ってもらおう。」
朔良さんは云った。
「そうね。」
「え?なにそれ酷くない?」
「煩い。黙れ。耳障り」
「え!!酷い!」
「アンタがこの程度の悪口で傷つくはずじゃないわ。」
「私も一応人間だよ!?少し傷ついたよ!?」
「何言ってんの陰気男。」
「えぇ!?私のどこが陰気なんだい!?」
「髪型。服装。顔。」
「何それ!」
「外君はほぼ化け物ではないか。化け物は傷つかないだろう?」
「その通りよ。」
「えぇぇ?!2人とも酷い!」
「煩い。次喋ったらその口縫い合わせるわよ?」
「八坂く〜ん…」泣き真似をして向かってくる外さんを僕はするりと避けた。
「へぶっ!!」
地面に勢いよく転んだ外さんは床に倒れたままピクピク動いている。
「あの…僕がこんな所にいていいのでしょうか?僕は帰る家もなく、金も力もありません。そんな疫病神を置いたところで、不幸が降りかかるだけです。なぜ、そんな自爆行為をするのですか?」
きょとんとした顔をして、ため息をつき魅音さんは云った。
「あのね?あなたは力を持っている。異能力を。その中でも珍しい、変形型異能力。それも多種。それでも力がないってあんたは何を目指してるの?」
「帰る家もあるではないか。この建物の2階は部屋がいくつかある。そこに住めばいい。決して広くないが狭くもない。電気代などは全て社が払う。」
「そんな…ダメですよ」
「いいからほら。」
魅音さんはポケットから鍵を出した。「あんたの部屋は、二〇五号室。」
「そんな…」
「君はもう私達の家族ではないか。」
心に刺さった。家族という名の鋭い日本刀が。心臓に深く突き刺さり、貫通する。
不意に涙が零れ落ち、床を濡らす。
「ようこそ。我々、異能力武装組織 荒覇吐社へ。」
――静かな梅雨の雲は通り過ぎ、暖かい陽射しが優しく空間を包み込んだ――
〜リストカット・バッド・ナイフ 壱〜
暗い1本通路を歩く。
隣には白鴉のボスが歩いている。
念の為少し間を開け、何時でも異能を使えるよう、構えていた。
顔に出ていたのか、
「警戒しているかい?しなくてもいいのに」
と後ろ向きに男は問う。
「え?あっ…」
次の瞬間、首筋に鋭い枝が当たる。
「ッ!」
異能を使おうとするが、太い樹で体中を拘束されている。
「いくら味方だとしても仲間だとしても、上司だとしても、警戒心を解いてはいけない。この世界では生きていけないよ。」
男は異能を解除した。
首から少量の血が垂れた。
血を拭い、再び歩いた。
「少年。名は?」
「歪見 龍生。」
頷き微笑む男。
「私の名は、森近 林汰郎。異能力名は緑林之新地帯だ。植物を操る異能力だ。そして紅眼を持つ。」
「紅眼?」
「そうだ。紅眼とは、2つの異能を持つもののみが持つ、紅い眼だ。」
「名前で2つの異能…苗字と名前ってことですか?」
「その通り。頭いいね。君。そしてその紅眼の能力は、空間から植物を生み出す能力だ。」
褒められたことに照れ、強力すぎる異能に驚くが、また殺されかけるかもしれない。警戒心をより強める。
「着いたよ。シブヤの中でも、入るのが難しい最高難易度の部屋の1つだ。ようこそ。白鴉のボス室へ。」
窓ガラスだけで作られた壁はシブヤが一望できる。
豪華な机に椅子。シャンデリアの灯で照らされた部屋。
「この部屋は、戦争が起きても、傷一つつかないような頑丈な物で全てが作られている。」
ニコニコ微笑むボス。きっといくつもの戦場を生き、大量の殺しをしてきたのだろう。その笑顔からは囁かな殺気が感じられる。
「ですが、俺は金も何もありません。組織に入るのはやはり…」
「そこは安心した前。家や生活費、全ては組織のボスである私が払う。君は我々の家族だからね。」
辛く、悲しく、嬉しく、どんな思いなのかは分からないが、殺された家族を思い出した。
新しい家族。ボスは俺に手を差し伸べた。
「ようこそ。白鴉へ。」
――太陽の陽射しがガラスに反射し、部屋を暖かく包み込んだ――