第27話 キース男爵領の問題
キース男爵との会談を終えた蔵之介たちはジョシュアと会うことなく帰路へと就いた。
宿屋へと向かう馬車の中、蔵之介が遮音と集音の紋章魔法を施し終わると、それを待っていたかのように三好が心配そうに問い掛ける。
「ジョシュア様からの呼び出しに応じなくて大丈夫でしょうか?」
三好の心配ももっともであった。
領主の跡継ぎからの呼び出しを断るなど普通ならトラブルにしかならない。
だが、蔵之介は平然とした顔で言う。
「こちらとしてはジョシュア殿と会うメリットがありません。むしろ、いまから彼と会うことでキース男爵から要らぬ疑いをかけられるリスクがあります」
蔵之介がさらに続ける。
「会えなくなったことはダルトンさんからジョシュア殿に伝えて頂ける手はずとなっています」
「あのとき話し込んでいたのはそのことでしたか」
三好は帰りの馬車を見送りにきたダルトン卿と蔵之介が数分間話し込んでいたのを思いだしていた。
「リスクって、キース男爵にジョシュアさんとの繋がりを疑われるってことですか?」
と清音。
「そうなるかな」
「キース男爵も意外と心の狭い人ですよねー」
「家臣や領民たちだけでなく息子までも金鉱脈が発見されたという重大事項を伏せていたんだ、当然の反応だと思うよ」
「キース男爵には同情すべき点も多々ありますな」
三好も蔵之介に続いて苦笑いを浮かべた。
不満そうに頬を膨らませた清音が言う。
「ダルトンさんもキース男爵もあたしたちを利用する気が満々ですよね」
「まあそうですな。あちらは貴族でこちらは外国の放浪者です。彼らからすれば捨て駒にするにはうってつけでしょう」
「失敗しても彼らにダメージはありませんからね」
三好に蔵之介が続いた。
ダルトンにしてもキース男爵にしても、蔵之介の能力を高く評価して頼みごとをしているのだと思っていた清音が目を丸くして二人を見る。
「え? 伊勢さんのことを高く評価しているからじゃないんですか?」
「上手くすれば期待に応えられる、くらいは思っているかも知れないけど、それ以上のことは期待していないと思うよ」
「なんだか悔しいですね。期待以上のことをして度肝を抜いてやりましょうよ!」
身を乗りだして勢い込む清音を蔵之介と三好が微笑ましそうにみる。
「悔しい気持ちは分かるし、私のことで腹を立ててくれるのは嬉しい。だけど、やり過ぎないようにするつもりだよ」
「ほどほどが大切ですからな」
「えー、悔しくないんですか?」
「私たちの目的は貴族に認めてもらうことでもなければ、彼らをやり込めて能力を誇示することでもないからね。キース男爵家にある古い文献を見せてもらうことだ」
目的を見失っている清音に蔵之介がクギを刺した。
見せてもらえさえすれば、蔵之介の能力ですべての書物を動画と静止画とで入手することができる。
蔵之介がさらに言う。
「紋章魔法を含めたギフトや魔法、古代の知識を集めることが現代日本へ生還するための手掛かりになると信じて情報を集めているのを忘れないで欲しい」
蔵之介は自身が口にした「信じて」という言葉に内心で苦笑した。
信じているわけではなく、他に縋るものがない、というのが正直なところなのだが、それを口にしない。
もちろん不安の色すら微塵もみせない。
「我々としては魔法や古代に関する文献と当面生活できるだけのこの国の貨幣が手に入れば十分ということです。酷なことを言えば、キース男爵領の跡取りが誰になるか、バーンズ伯爵家との関係がどうなるかは関係ありません」
珍しく三好がわざと悪そうな笑みを浮かべた。
「え? 住民の人たちのことはそのままなんですか?」
清音の意識が『キース男爵やダルトン卿をやり込めたい』、というものから『住民のためになる解決策を考え』へ転換した。
表向きは鉄鉱石の利権の奪い合いに住民たちが巻き込まれて不利益を被っている図式なのだ。
しかし、実情はキース男爵の台頭を阻むバーンズ伯爵からの干渉、ジョシュアとダルトンの跡継ぎ争いにより無辜の住民が不利益を被っている。
清音の同情心が住民へと傾く。
「いけ好かない冒険者のヘルミーナとかいう女のことは別にしても、親切にしてくれた人たちもたくさんいるし、力になってあげたいなー、って……」
語尾が力なく消え入る。
自分でも無理難題を口にしていることは分かっているようで、蔵之介と三好の表情をうかがうように上目遣いで二人を見た。
「問題の根本は領主がふらついていることだ」
領主であるキース男爵が病に伏せり、息子と家臣が跡継ぎ争いをしていることが問題の根本にある。
バーンズ伯爵の介入、利益を求める他領の商人たちが入り込んでジョシュアやダルトンを利用しているのもそれが原因なのだと説明した。
「キース男爵の健康が回復するか名実の伴った後継者が誕生すれば問題の大半は解決する」
必要なのは目先の助けではなく強力なリーダーなのだと言い切った。
これに三好もうなずく。
「キース男爵が健在でしたら鉄鉱脈と金鉱脈の発見は、領民たちにとっても大きなプラスでしょうからな」
「利用されたとしてもキース男爵からの依頼を完遂することが領民のためにもなると言うことだよ」
蔵之介の言葉に清音がうなずく。
「利用されるのはやっぱり悔しいですが、伊勢さんの言うことが正しいんだと分かります」
続けて清音が聞く。
「それで、次は何をするんですか?」
「明日、もう一度採掘場へ行くつもりだ」
そう言って蔵之介は胸ポケットを叩いた。
そこには会談の最後にキース男爵が書いてくれた書類が収まっている。
そのことを知っている清音が聞く。
「その書類、ダルトンさんにも見せていましたけど、なんて書いてあるんですか?」
「水戸黄門の印籠みたいなものかな」
蔵之介が実に楽しそうにそう口にした。