第26話 報告と新たなる依頼
ミルドレッド嬢との会談を終えた蔵之介たちは、キース男爵との約束通り彼の下を訪れていた。
この日、二度目となる会談でキース男爵に真っ先に伝えたのは、西の開拓地を見学して得た情報である。
ジョシュアの管轄区内に他者の目から分からないよう、巧妙に隠された採掘場が複数存在すること。その秘匿された採掘場から金が採掘されていることを告げた。
後継者であるジョシュアの裏切りにキース男爵が言葉を失う。
「そうか……、ジョシュアが……」
「心中、お察しいたします」
蔵之介は型どおりの言葉を口にしてキース男爵の様子を観察していた。
ショックを受けているのは確かだと思える。しかし、蔵之介が予想していたほどの落ち込みようではないようにも見えた。
貴族というものは肉親の裏切りを常に想定しているのだろうか、と漫然と思いながら口を開く。
「いま、申し上げたことは我々が実際に目にした真実です」
「分かっている。君たちが嘘を吐いているとは思っていない。それにしても……、金鉱脈か……。鉄鉱脈だけでも手に余るというのに……」
キース男爵が考え込むように瞳を閉じた。
室内を包む一瞬の静寂の後、キース男爵が蔵之介に鋭い眼光を向けて問う。
「採掘された金の行方は掴んでいるのか?」
「そこまでの確認は取れませんでしたが、恐らくはバーンズ伯爵領へ運び込まれていると思われます」
ミルドレッド嬢との会談でダルトン卿から知らされたことを伝える。
「ダルトンはそこまでの情報を掴んでいながら、何故私に報告をしなかったのだ」
腹心の部下に裏切られた思いなのだろう。震える拳は血の気が失せるほどに固く握りしめられていた。
「男爵は病気で伏せっていらっしゃいます。ダルトン卿もよけいな心配をかけたくなかったのでしょう、ジョシュア様の不正の証拠を掴むまでは黙っているつもりだったのかと思います」
「なるほどな。ジョシュアを確実に失脚させられる証拠を掴んだ上で私に報告し、ミルドレッドを後継者にするつもりだったと言うことか」
まさにその通りなのだが、その通りだとも言えず、蔵之介たちは口を閉ざしていた。
すると、キース男爵が不意に握りしめた拳を緩めて穏やかな口調で言う。
「掘り出された金の行方を追ってもらいたい。恐らくバーンズ伯爵領へ持ち込まれているはずだ。憶測の域でしかないが、その証拠を掴んで欲しい」
予想通りの反応だった。
ここまでに明らかとなったことだけでも、領内で採掘された金が他領に流れていることは明白である。
蔵之介が口を開く前にキース男爵が付け加える。
「情けない話だが、ジョシュア一人で画策できることとは思えない。ジョシュアの背後で知恵を貸す者がいるはずだ。その人物が誰なのかも突き止めて欲しい」
憶測でしかないと言っておきながら、キース男爵はバーンズ伯爵が裏で糸を引いていると確信していた。
そして領内にいるジョシュアの協力者も、この機会に一掃しようという強い意志が伝わってくる。
「金の行方を調査する過程で掴んだ情報をお伝えすることをお約束しましょう」
「十分な見返りを用意しよう」
キース男爵が深いため息とともにソファーの背に身体をあずけた。
病気のせいもあるのだろうが疲れ切ったその顔からは、彼が強いショックを受けているのが見て取れる。
貴族社会では肉親や家臣の裏切りも珍しくはない。
それでも実の息子が敵対する隣国の領主と手を結んだだろう事実に酷く落ち込んでいた。
そんなキース男爵に向けて蔵之介が言い難そうに告げる。
「実は、もう一つご報告があります」
「そのような神妙な顔つきで言われると、良からぬことしか思い浮かばないな」
「ご気分を害される報告であることは確かです」
「悪い報告こそ聞いておくべきだと言うことは理解している」
遠慮無く報告するようにキース男爵が蔵之介をうながした。
憶測の域であるという理解の上で聞いて欲しいと前おいて言う。
「金鉱脈を掘り当てたのはジョシュア様だけではない思われます。ダルトン卿やバーンズ伯爵の息のかかった開拓者のなかに金鉱脈を掘り当てた者がいても不思議ではないでしょう」
誰の息もかかっていない一般の開拓者のなかにもいるかも知れない。しかし、一般の開拓者では金鉱脈を発見したことを隠し続けて採掘するなど不可能だ。
協力者がいるとすればダルトンである、とも蔵之介は考えていたが、そこまでは口にしなかった。
「金鉱脈を発見しておいて誰もそれを私に知らせないとはな……」
自嘲したキース男爵が先を続ける。
「ジョシュアの狙いは単純明快だ。病気を理由に私を隠居させて爵位を継ぐことだろう。ダルトンは……、ミルドレッドとの結婚か……」
単純にミルドレッド嬢と結婚するだけなら金鉱脈を隠す必要はないし、ジョシュアが企てている謀反を蔵之介たちに知らせる必要もなかった。
考えられる理由としてはジョシュア失脚の証拠集めとミルドレッド嬢が後継者となったときに最大の障害となるバーンズ伯爵への備えであると蔵之介は予想していた。
「ダルトン卿が金鉱脈の件を直ぐに報告しなかったのはバーンズ伯爵の動きを警戒しているからかも知れません」
「王家に鉄鉱石を献上しているだけで子爵位への陞爵の話がささやかれるのだ。金鉱脈となれば伯爵位がささやかれてもおかしくはない。そんな状況をバーンズが指を咥えてみているはずがないか……」
キース男爵は病で伏せっていたとはいえ、自分が気付かなかったことをダルトンが先に気付いたことに自嘲する。
「心中お察しいたします」
「よけいな気遣いは無用だ。ダルトンのことは私が知らないことにしてくれ。良い機会だからヤツがどのように裁量するか見てみたい」
キース男爵は今回の件を利用してダルトン卿のミルドレッド嬢への忠誠心と手腕を測ることにした。
「承知いたしました」
彼の思惑を理解した蔵之介が短く答えると、キース男爵がさらに指示をだす。
「それよりも君たちは金の行方とジョシュアとバーンズの関係。その計画に協力した者たちを追求できるだけの証拠を集めて欲しい」
キース男爵は今回の黒幕がバーンズ伯爵であろうこと。ジョシュアに良からぬことを吹き込んだのもバーンズ伯爵であり、王家に献上するのに十分な金を、ジョシュアを通じて手に入れるつもりなのだろうと付け加えた。
「不確かな情報ですがジョシュア様の採掘した金がバーンズ伯爵領に運び込まれている可能性は高いです」
キース男爵の懸念を裏付けるように言う。
「不確かな情報、とはどういう意味だ?」
「言葉通り、自分の目で確認してないと言うことです」
「つまり、憶測ということか? いや、違うな、誰かから情報が漏れたと言うことか……」
キース男爵は少し考えてから口を開く。
「ダルトンか」
「ご推察の通りです」
「私に報告がないと言うことは、ダルトンもまだ証拠を掴んでいないと言うことか」
「ダルトンからも依頼を請けたのか?」
蔵之介は静かに首を振って否定した。
「ダルトン卿から依頼を受けたわけではありませんが、それらしいヒントをあれこれと吹き込まれました」
「ヤツも思ったよりも小賢しいことをするようだな」
キース男爵は楽しそうに口元に笑みを浮かべ、さらに言う。
「では、改めて依頼する。西の開拓地で行われている鉄鉱脈と金鉱脈に関わる争いの全容を明らかにしてくれ。その上で他領の貴族や有力者の息のかかった者たちをあぶり出して欲しい」
「もし、我々の手にあまる場合は如何しますか?」
「都度報告をしてくれ。全面的に任せられるなら任せたい。私の力が必要なら遠慮なく要請してくれて構わない。それで報酬を値切るつもりもない」
病気で伏せっていることなど忘れてしまうような力強い口調であった。