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第25話 離れをあとにして

 離れの外まで見送りにでていたダルトン卿が蔵之介に聞く。


「この後はジョシュア様のところへ行かれるのですか?」


 そう言えばジョシュアにも今夜会いたいと言われていたな、とハタと思いだすと同時に、よく調べてあるものだとダルトン卿の情報も網の広さと精度に感心もする。


「いいえ、この後はもう一度キース男爵とお目にかかることになっています」


「ご領主様とですか」


「驚かれるのも無理はありません」


 先ほどの会談だけでは時間が足りなかったので、ミルドレッド嬢との会談後に再び訪れる約束をしたのだと告げた。


「ジョシュア様もイセ様とお話がされたいとおっしゃっていましたが、ジョシュア様にはお会いにならないのですか?」


「随分と遅い時間ですから、少なくとも今夜お伺いすることはありません」


「しかし……。いえ、ジョシュア様には私から、今夜はお時間がとれないことをお伝えしておきます」


 貴族であるジョシュアが「会いたい」と言ったのだから、会いに行くのが当然の感覚だったダルトン卿は困惑しながらもそう告げた。


「ジョシュア様にはキース男爵との会談が深夜に及びそうなので後日改めてお伺いいたします、とでも伝えておいてください」


「承知いたしました」


 蔵之介たち三人は改めてダルトン卿にお礼と別れの言葉を告げてキース男爵が待つ本館へと向かって歩きだした。

 少し歩いたところで三好が切りだす。


「しかし、あのお嬢様では騙すのは簡単でも操縦するのも大変でしょうな」


 ミルドレッド嬢がダルトン卿に熱を上げている様と、ダルトン卿が何度も軌道修正をしないと話が進まなかった様子とを思いだす。


「あのお嬢様、頭が弱いのかと思っちゃいましたよ」


「ここはまだキース男爵邸の敷地内だよ。それにいまのは少し言葉がすぎるな」


 蔵之介が清音のことを軽くたしなめた。


「ごめんなさい」


「娘さんだけじゃなく私もですな。少し不注意でしたし、言葉が過ぎました」


 三好が清音に続いて反省の言葉を口にした。


「でもほら、紅茶とお菓子の話だけじゃなくって、すごく難しそうな話もしていたから、きっと地頭はすごく良いんだと思いますよ」


 清音の心にもなさそうなフォローに蔵之介と三好が噴きだした。


「そのミルドレッド嬢のセリフだけど、ダルトン卿が前もって用意していたシナリオに沿って話をしていただけだよ」


 と蔵之介。


「え?」


「何か確証があったんですか?」


 驚く清音ときっぱりと言い切った蔵之介の真意を知りたいという三好。

 二人の視線が向けられる。


「ミルドレッド嬢が手にしていた扇ですが、彼女の側にセリフが書かれていたんですよ」


 紋章魔法を使って彼女の背後から覗き込んだことをバツが悪そうに白状した。

 そこには細かい字でビッシリとセリフが書かれていた。


 彼女はそこに書かれていたセリフを、只、しゃべっただけだろうと付け加える。


「あの扇、カンニングペーパーだったんですか!」


「何とも用意周到というか、お嬢様のことを熟知しているというか。いや、切れ者とは聞いていましたが、大したものですな」


 驚く清音の傍らで三好が苦笑した。


「西園寺さん、声を抑えてね」


「ごめんさない」


「なるほど、それで刑事さんの質問にはダルトン卿が答えていたわけですか」


「最初から質問にはダルトン卿が答える段取りだったのでしょう」


 想定問答そうていもんどうを用意するには時間がなかったのか、扇だけでは足りなかったのだろうと蔵之介が言った。


「それって、時間とか扇の面積の問題じゃなくてお嬢様の問題ですよ、絶対。でも、それを知ったうえで会議の様子を思いだすと、ダルトンさんが気の毒になってきますね」


 清音が笑いを堪えて言った。


「西園寺さん」


「娘さん」


「ごめんなさい」


 同時に発せられた蔵之介と三好の声に清音が首をすくめて謝った。

 それを横目に蔵之介が次の話題を口にする。


「ダルトン卿とミルドレッド嬢の話はそれくらいにして、気になった点が三つあります」

「一つ目はジョシュア様が金鉱脈を秘匿ひとくし、秘密の資金を蓄えていること。二つ目は謀反を画策している可能性があることですな」


 三つ目は何か? と三好が視線で問いかける。


「キース男爵が知っているかはこれから確認しますが、金鉱脈の秘匿と裏金を蓄えているのはまず間違いないと思っています。二つ目の謀反の画策は何とも言えませんね」


「ダルトンさんの想像ってことですか?」


「或いは、大義名分としてでっち上げたか、だね」


 清音にはそう答えたが、蔵之介自身はジョシュアが謀反を企んでいるのは十中八九間違いないと考えていた。


「三つ目はなんですか?」


 蔵之介の言う三つ目を想像できなかった三好が珍しく急かすように聞いた。


「我々の目を意図的にジョシュア様に向けようとしているように感じませんでしたか?」


「言われるとそんな感じがしますね」


「しかし、謀反が企てられているならそれをはばむのは家臣としても、ミルドレッド嬢との結婚を企んでいる立場としては当然では?」


 素直にうなずく清音と三好の疑問とが重なった。


「あー、そうか。そうですよね。三好のおじいちゃんの言うことも一理ありますね」


 そう口にしながらも清音は蔵之介の次のセリフを期待して待つ。

 それが大きな目と表情から察せられた。


 蔵之介が言う。


「ジョシュア様が謀反を企んでいるとしたら、我々に依頼するよりも、別の名目を用意して、領主であるキース男爵に掛け合って調査すれば済みます。調査の結果、謀反の証拠をつかめばいいわけです」


 仮に謀反の証拠が掴めなくてもダルトン卿の失態とはならない。


「確かにそうですな。では、ダルトン卿はどうして我々に調査を依頼するような面倒なことをしたんでしょう……。それも忍び込むような非合法の手段を勧めてまで……」


「そう、それですよ。あたしたちの安全なんて考えてませんでしたよね」


 思案を巡らせる三好の傍らで清音が憤慨する。

 考え込んでいた三好が顔を上げた。


「男爵に知られることを恐れる何かがあるからですか?」


「お嬢様との結婚を狙っていることですか?」


「いや、それはないでしょう」


 三好が即座に否定した。

 領民の噂やミルドレッド嬢の反応からダルトン卿が彼女との結婚を望んでいることは誰の目にも明らかだった。


 病に伏しているとはいえ、キース男爵がそのことに気付かないとも思えない


「伊勢さん、教えてくださいよー」


 しびれを切らした清音が甘えた声をだす。


「想像というか勘だけどね」


「刑事の勘、というヤツですか?」


「刑事の勘、知りたいです」


「ダルトン卿も金鉱脈を隠し持っているのではないでしょうか」


 キース男爵の命令で調査を行えば、ダルトン卿の息のかかっていない者たちまでが調査に乗り出す可能性がある。

 ダルトン卿にとってそれは藪蛇やぶへびだ。


「部外者の我々にジョシュア様が金鉱脈を隠し持っている事実。そこで採掘された金をキース男爵が最も警戒しているバーンズ伯爵領へ運び込んでいること。これらを教えることで、我々の注意をジョシュア様に向けさせる。さらにバーンズ伯爵とジョシュア様が繋がっている可能性をほのめかす周到さです」


 蔵之介はここで一拍おくとまた話を続ける。


「我々がジョシュア様の謀反の企てを暴けば良し。そこまで至らなくても金鉱脈を隠し持っていることが明るみに出るだけダルトン卿としては満足でしょう」


「うわー、ダルトンさんってやっぱり頭いいんですね」


「悪知恵の類ですな」


 清音と三好の反応に答えることなく蔵之介が話を進める。


「ダルトン卿は我々などいなくともジョシュア様を失脚させて、ミルドレッド嬢を後継者とする計画があったのでしょう。むしろ、彼にとって我々は計画外のファクターです。我々の出現で急遽計画を早めなければならなくなり、今回の会談で答えにきゅうする羽目になったのだと思います」


 まさか、キース男爵が蔵之介たちに協力を求めるとは夢にも思っていなかったはずだ。結果、計画を修正しきれずに歪が生じているのが現状だと蔵之介が説明した。


「ダルトンさん、頭痛いだろうな」


「にこやかにしていましたが、はらわたは煮えくり返っているでしょうな」


 顔を見合わせて笑う二人に蔵之介が言う。


「最悪失敗して我々が殺されてもダルトン卿は何の痛みもありません。むしろ当初の計画通りに進めることが出来ます」


「酷いです」


「それは、ダルトン卿が我々をジョシュア様に売る可能性があると言うことですか?」


「うわ、もっと酷い」


「そうなりますね」


 あっさりと蔵之介が肯定した。


「伊勢さん、あのいけ好かない色男をギャフンと言わせてやりましょう」


 清音のなかでダルトンの評価が地に落ちた瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 書籍1巻とこのWEBを同時進行しながら読みました。で、1巻最後には2巻へ続くと書かれてましたが今後出されるのですか?
[良い点] 話を練りこんで読者にも考えてもらおう楽しんでもらおう、と言う感じが好きです(個人の感想です [気になる点] 清音は立ち位置的にああいう言動になるだろうし、契機役として有能だとは思うけれどヒ…
[一言] ジョシュアもダルトンも五十歩百歩ですね どちらも「貴族らしい」とも言えるか
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