第20話 会談、キース男爵
蔵之介たちの泊まる宿屋にキース男爵からの迎えの馬車が到着したのは、事前に連絡通りの十八時ちょうどだった。
迎えの馬車を含めて諸々の手配をしたのはダルトン卿である。
迎えに来た馬車と御者も昨日とは違った。
昨日と比べると、見た目の華美さは抑えられていた。しかし、馬車の性能と御者の操車技術も相俟って乗り心地は良かった。
「家令のレイトンさんとは大違いですね」
とは清音の言葉だ。
会談と言うことだが招待されたのは三人。
「簡単な夕食を用意しているとは聞いていますが、これは昨夜に引き続き、色々な意味で胃にもたれそうな夕食になりそうですな」
キース男爵邸に向かう馬車のなかで三好がため息交じりにつぶやいた。
その様子に蔵之介は苦笑しながら言う。
「キース男爵との会談よりもミルドレッド嬢との会談の方が不安ですけどね」
「何にも分かってませんからね」
清音の言うとおりである。
ミルドレッド嬢に対する住民の評判は好意的だった。
しかし、何の実績もない十代の少女に対して好意は寄せるが領主としての手腕を期待する声は皆無だった。
むしろ、闘病中のキース男爵に代わってダルトン卿に領地を取り仕切って欲しいという希望の声が大きかった。
その裏にはミルドレッドが正妻の娘であることと、彼女とダルトン卿との結婚を願う住民たちの気持ちがある。
「住民がダルトン卿とミルドレッド嬢との結婚を望んでいるのが、どうにも釈然としなんだですよね」
「あのジョシュアとかいう長男を見た後だと、ダルトン卿に期待する住民の気持ちもわかりますよー」
「刑事の勘と言うヤツですか?」
「勘、でしょうね。ダルトンが出来すぎていてどうにも信用できません」
「奇遇ですな、私もですよ」
意気投合する二人を清音がチクリと刺す。
「二人とも、それは嫉妬っていうんですよ」
蔵之介と三好が突然笑いだした。
「何ですか? 二人とも感じ悪いですよ」
「いや、真っ当な反応だな、と思っただけだよ」
「実に娘さんらしい反応です」
「あー、やっぱりなんか感じ悪い」
少しむくれた清音を宥めながら三好が蔵之介に聞く。
「ミルドレッド嬢との会談を画策したのはダルトン卿だと思いますか?」
「まだ何とも言えませんね」
質問をはぐらかす蔵之介に、清音が無邪気に彼の考えを聞きだそうとする。
「予想ですよ、予想」
「ルファ・メーリングの例もあるから、十代の少女とは言え油断はできないと思っているよ」
住民たちの噂を聞く限り、そうは思えない部分の方が大きい。
長男のジョシュアとは違って、父親であるキース男爵に対して己の立場を主張したり、能力を示す仕事を要望したりするような話はでてこなかった。
それでも警戒はしてしまう。
キース男爵との最初の会談では表向きの話だけをし、ミルドレッド嬢との会談後にキース男爵と再度会談する機会をつくる。
その二回目の会談が本当の意味での話し合いになる。
それが三人で話し合った段取りだった。
「キース男爵との最初の会談はあまり意味がないので気楽に望みましょう」
「はい、食事を楽しむことにします」
と清音。
「若い方は良いですなー」
肉料理が胃にもたれるとぼやく三好に清音が言う。
「三好のおじいちゃんも年寄り臭いことを言わないでくださいよ」
「見た目通りの年寄りですよ」
「あたしよりも体力あるじゃないですか」
ベルリーザ王国から逃げだして以降、魔物が生息する森を突っ切ってこの町までたどり着いた彼らであったが、移動手段は徒歩であった。
最も体力がないと思われた三好は予想に反して弱音を吐くことなく歩き続けた。真っ先に弱音を吐いたのは清音である。
三好は泣き言を言う清音を思いだしながらからかう。
「娘さんは『もう歩けない』と幾度となくベソをかいていましたな」
「やめてー。思いだしたくないのにー」
「私に思いださせたのは娘さんですよ」
墓穴を掘った清音が、恥ずかしそうに、恨めしそうに三好を見た。
「意地悪です」
そんな二人のやり取りを視界に置きながら蔵之介はこれまで集めたキース男爵と長男のジョシュア、長女のミルドレッド、そしてダルトン卿の情報を頭のなかで整理していた。
◇
招待され会談では、昨夜の晩餐会と同様に次々と珍しい料理がでてきた。
しかし、テーブルに着いたのはホストであるキース男爵と蔵之介たち三人だけであった。
食事が始まって直ぐに蔵之介がキース男爵に聞く。
「お世継ぎ様とカリスタ夫人はご都合が付きませんでしたか?」
「ジョシュアはまだ若い。少々血気盛んなところがあるので、今夜の会談には向かないと思って外したよ。カリスタが耳にしたことはジョシュアに筒抜けだからね」
今夜の会談の内容を二人に聞かせたくないと言い切った。
キース男爵のその言葉から、彼がジョシュアに何らかの疑いを持っているか、少なくとも頼りにならないと判断しているのは間違いなさそうだと感じた。
それは取りも直さず、このキース領におけるダルトン卿の存在は蔵之介が考えていた以上に重要だということだった。
蔵之介のなかでミルドレッド嬢との会談の重要度が増す。
「本題に入る前に報酬の取り決めをしたいのですがよろしいでしょうか?」
蔵之介が初めて報酬の話をした。
「当然だな。むしろ、昨夜の時点で報酬の話を切りだしてこなかったことが不思議だったよ」
「まずは、この国の通貨を頂きたい」
ベルリーザ王国から逃亡する際に神殿の宝物庫を空にしてきた蔵之介たちであったが、セーベル王国の通貨は持っていなかった。
この町についてからは、森で狩った魔物の素材を売って金銭を得ていたが、三人が見知らぬ国を旅するのだから、ある程度の資金的余裕が必要だと考えていた。
今回の相談を引き受けた理由の一つでもある。
「手付金として金貨三十枚。追加は結果次第だが、それでも最低限の報酬として金貨三十枚をだそう」
キース男爵は蔵之介たちに十分な報酬を払う用意があることを約束した。
金貨一枚が日本円に換算しておおよそ十万円なので、手付金だけで三百万円である。蔵之介たちがその金額に驚いていると、キース男爵がさらに言う。
「私を唸らせるだけの働きをすれば報酬はさらにはずむ」
闘病中の弱り切った身体ではあったが、蔵之介たちに向けられた眼光は鋭かった。
「ご期待に添えるように努力致します、が、金銭面の報酬があまりに大きくて、もう一つの報酬を要求しづらくなりました」
苦笑する蔵之介にキース男爵が鷹揚にうながす。
「言ってみなさい」
「我々は魔法の研究を、特に紋章魔法の研究をしています。こちらの家に伝わる魔法に関する書物や文献、石版、絵画を拝見させて頂きたいのです」
蔵之介の最大の目的である、現代日本への帰還。
そのための手掛かりとなるのが紋章魔法だと当たりを付けていた。
紋章魔法に関する情報ならどんなものでも欲しい、と言うのが本音である。
「見るだけなのだな?」
「はい、拝見させて頂くだけで十分です。他の国でも同様に様々な書物や文献などを拝見しております」
蔵之介はこの世界に召喚されたときに手にしたギフトにより、自身が見た映像を記録しておくことが出来た。
さらに一度見てしまえば後から映像を再生することも、紙などの別の媒体に書き写すことも自在である。
「分かった、その条件を飲もう」
「ありがとうございます」
蔵之介はお礼を述べると早速本題を切りだした。