第19話 隠された鉱脈
蔵之介たちが午後からの見学を希望したのは、開拓者たちによって個人登録されている採掘場と採掘場近くの鉱夫たちの宿泊施設や食事処、酒場などを含む生活エリアである。
「採掘現場ではなく、こんなところを見たいとは」
そう言って呆れたのはイグナーツだった。
採掘現場だけでなく、鉱夫を中心としたこの場で働く人たちの状況や不平不満も知りたかった、というのが蔵之介たちの建前だ。
しかし、本来の目的は意図的に隠された採掘場のなかがどうなっているか知りたかったためである。
そして、その目的は概ね達成された。
採掘場のなかに入れなくとも、不可視・消音のドローンを採掘場に侵入させることで内部の撮影に成功している。
しかし、ドローンを自在に操れる距離に十メートルという限界もあり、採掘場の深層部まで撮影することは出来なかった。
それでも今夜の領主との会談に必要な情報は十分に揃ったと蔵之介は判断している。
「今日はこれでお帰りになるのですか?」
馬車に向かうと言う蔵之介たちにイグナーツが聞いた。
「ええ、参考になりましたし、採掘場を間近に見るのは初めてでしたのでとても興味深く見学させて頂きました」
ありがとうございます、と蔵之介が右手を差しだすとイグナーツがその手を取って笑いかける。
「もし、また見学をされたいようでしたらお申し出ください。またご案内をさせて頂きます」
「ええ、そのときはよろしくお願い致します」
「イグナーツさん、ありがとうございました」
「ありがとうございました。とっても楽しかったです」
蔵之介に続いて三好と清音もイグナーツと握手を交わした。
「もう少し時間が掛かると思っていたので、これでは時間を持て余してしまいそうです。どうです? 少し我々の詰め所で休んで行かれては?」
「いいえ、これ以上ご迷惑をおかけできません」
イグナーツの誘いに蔵之介は領主との会談準備を理由に辞退した。
◇
蔵之介たち三人は宿に戻ると直ぐに蔵之介の部屋に集まった。
開口一番、三好が聞く。
「それで、例の採掘場はどうでしたか?」
意図的に彼らの目から隠された採掘場の内部がどうだったのか知りたくてうずうずした表情である。
それは清音も一緒だ。
身を乗りだして聞く。
「帰りの馬車のなかで確認していたんですよね? あたしたちにも見せてください」
「二人とも慌てないで。いま、映像をモニターに映しますから」
そう言うとストレージから取りだしたモニターにドローンの映像を映しだす。
そこには午前中に見学した採掘場と変わりない採掘場が映っていた。敢えて違いを挙げるとすれば、坑道が広く周囲を支える補強や設備が充実していることだった。
「こっちの採掘場の方が待遇良いですね」
「安全性も高そうですし、よほど優良な採掘場なんでしょうな」
清音のセリフに苦笑しながら三好がつぶやいた。
「あー! 分かっちゃいました! ここからたくさんの鉄鉱石が取れるんですよ。実際の採れた量よりも少なく申告するために、外から採掘量が分からないように隠していたんですよ!」
そうしてごまかした鉄鉱石を横流しして、領主である父親に知られない資金を集めているに違いない、と清音。
「なるほど、その可能性もありますな」
「性格の悪そうな、あの長男の考えそうなことです」
と清音が憤慨した。
「何のための資金かは分かりませんが、何をするにも資金は必要ですから、ありそうなことでですな」
どうなのか? と三好が蔵之介に視線で問い、その隣では清音が自分の推理が正しいのでは? と期待に満ちた瞳で見ていた。
「いい線を行っているけど、惜しいな」
蔵之介は口元を綻ばせてそう言うと、二人に映像の続きを見るようにうながした。
再び三人の視線がモニターに集中する。
画面にはトロッコに乗せて運び出される鉱石が映っていた。
「あれ? 何だかこの石、実際に見たのと少し違いませんか?」
「映像だからではありませんか?」
違和感を覚えて映像を食い入るように見る清音に、実際に目で見るのと映像とでは色合いや質感が違って見えるのは良くあることですよ、と三好が言った。
「うーん、そうかなあ……」
納得できない様子で再び画面を見ていると映像は鉱石の採掘作業を映しだす。午前中に見ていた採掘と明らかに様子が違う映像が流れた。
「何かが、違いますな……」
「ですよね? ですよね? 違いますよね? 一つ一つの鉱石が小さいし、何だか色も違いますよね?」
「地質が変わったようですな」
距離的には離れていないが午前中に見学した採掘場とは異なる地質、異なる鉱脈なのは素人目にも明らかだった。
「あれ? 光ってる?」
清音の言葉に三好が食い入るようにモニターを覗き込む。
「こっちも光っていますな」
「ほら、これも光ってますよ」
二人の反応を後ろから見ていた蔵之介の口元に笑みが浮かんだ。そんな蔵之介に三好が振り返る。
「刑事さん……、これは、もしかして、金、ですか?」
「やっぱり金だったんだ!」
「確認の必要はありますが、間違いなく金でしょう」
蔵之介が静かに首肯した。
もし金だとしたら、領主がこのことを知らなかったら大ごとである。金が採掘できる事実を隠して資金を得ていたとしたら、息子のジョシュア・キースは謀反を疑われても仕方がない。
「厄介なことになりましたな」
「まったくです」
「領主に報告しない、という選択肢は?」
「それを相談したかったんですよ」
金鉱脈があり金が採掘されている事実を知って領主に報告しなければ、ことが発覚した際には彼らも罪に問われる可能性は高い。
「つまり、知らなかったことにするかどうかですか?」
「知らなかったことにするつもりはありません。どのタイミングで知らせるか、です」
「伊勢さんの正義の血が騒ぐんですね?」
「そんなんじゃないんだけどね」
清音の言葉に苦笑いを浮かべて答えた。
「あれ? あのいけ好かない長男を懲らしめるんじゃないんですか?」
「知らん顔をしたら、謀反に加担したことにならないとも限りません。この国の領主はキース男爵です。彼に報告して後は任せるのが一番でしょ」
三好が蔵之介の内心を見透かしたように言った。
「なるほど。関わるのは最低限、ってことですね」
「まあ、言葉は悪いけどその通りだよ」
「そうなると我々に相談というのは?」
「領主との会談後に長女のミルドレッド嬢と会談する予定だったのは覚えていますか?」
三好と清音が覚えていると首肯するのを確認してさらに言う。
「長女との会談前にこの事実を報告するか、長女と会談した後で報告するかを相談したかったのです」
「もし、長女が関わっていなければ良し。関わっていたら、それなりに関与する、ということですか?」
三好の指摘に蔵之介は首肯して補足する。
「長女はともかく、長女に肩入れをしているダルトン卿がこの事実を知っていたら話はややこしくなりますが、それでも関与しようかと迷っていました」
ダルトンに何らかの企みがあって、金鉱脈があることを知りながら素知らぬ顔で長女のミルドレッドに近付いている可能性を示唆した。
「はい! 分かりません!」
清音は挙手をすると会話をする二人を交互に見た。
「平たく言うとです、な。刑事さんはここの領民のためにも、最も良い結果がでるように領主であるキース男爵に協力したいと言っているんですよ。ですが、協力すると我々に迷惑が掛かるかも知れないから了承を得たい、というところですな」
「賛成です」
三好の説明に清音があっさりと賛成した。
その反応を見ていた三好も苦笑しながら、「私も賛成です」と蔵之介に告げる。
「ありがとうございます」
頭を下げる蔵之介に三好が言う。
「私は、困っている人たちを見捨てられずに貧乏くじを引いてしまう刑事さんが好きなんですよ」
「あたしも伊勢さんのそういうところ好きですよ」
「それでは今夜の作戦を練りましょうか?」
二人の言葉に、一瞬、照れたような表情を浮かべたが、直ぐに取り繕うと真顔で今夜の作戦内容を説明し始めた。