第16話 西の開拓地(1)
翌朝、蔵之介たち三人は宿屋で借りた荷馬車に乗って東の開拓地を訪れていた。
御者をしてくれていた宿屋の娘が荷台を振り返る。
「この辺りでいいかしら?」
「ありがとう、助かったよ」
蔵之介に続いて、清音と三好が続けざまにお礼を口にした。
「この辺りで待ってればいい?」
チップを渡そうとする蔵之介に娘が確認する。
蔵之介は周囲をざっと見渡した。
かなり離れたところ、森の近くにわずかばかりの開拓民。岩山付近には鉄鉱石を採掘する大勢の労働者とそれなりの数の冒険者や傭兵が目に付いた。
大勢の労働者と冒険者、傭兵たちを警戒した蔵之介が娘に聞く。
「危険はないのか?」
「知っている傭兵の方もいますし、時間も早いので大丈夫です」
「何かあったら叫びなさい。助けにくるから」
「ありがとうございます。変なヤツが寄ってきたら「学者先生を待ってるんです」って言ってもいいですか?」
『凄腕』と評判の蔵之介たち三人である。
十分に抑止力になるのだと娘が愛嬌のある笑顔で言外に語った。
蔵之介も娘の機知に思わず微笑み返す。
「そんなことくらいでトラブルが避けられるならいくらでも利用してくれて構わない」
「伊勢さーん、まだですかー」
清音がピョンピョンと飛び跳ねる。
「いま行く!」
蔵之介が荷馬車から飛び降りた。
御者席の娘に手を振る蔵之介に三好が言う。
「かなり広いですな」
南側に広大な平原が広がり、その向こうに鬱蒼とした森がある。その広大な平原と森の浅い部分が本来の開拓地である。
東側から北側にかけて岩の絶壁がそびえていた。
清音が岩の絶壁を見上げて言う。
「ふぁー、グランドキャニオンみたいですね」
「小規模なグランドキャニオンと言ったところかな」
蔵之介はそう口にしながらも、内心では西部劇にでてくる岩山のようだと思う。
「農地開拓から鉄鉱脈が発見されたと聞いて不思議に思っていましたが、岩山がこんな近くにあったんですな」
「先に開拓されていた東側の開拓地の方が広大で肥沃だそうです。後発の西側の開拓地は東側に比べて狭い上に岩場が近く土地が痩せていると思われていた。ところが、鉄鉱脈が発見されて一気に賑わったというわけです」
「確かに東側を開拓していた人たちからすれば、面白くないかも知れませんなー」
「こんな岩山の近くを掘る物好きがよくいたよなー」
蔵之介が呆れたようにつぶやく。
「拗ねて岩場を掘ったら鉄鉱脈が出てきた! みたいな感じなのかも知れませんよ」
「拗ねて岩場を掘り返したりしますかな?」
清音の言葉に三好が苦笑した。
「分かりませんー。人間、へそを曲げると何をするか分かったもんじゃありませんから」
「まあ、そうかも知れませんな」
「それにしても、農地開拓をする者はゼロとは悲しいな」
蔵之介の視線の先には途中で放り出された開拓途中の平原が広がっていた。
平原を見つめる蔵之介に三好が聞く。
「どこから手を付けますか?」
「そうですね、やはり、鉄鉱脈の採掘現場から始めましょうか」
蔵之介たちが東の開拓地に来た目的は、今夜行われるキース男爵との会談の事前準備、中立の立場での情報収集である。
そのためにも可能な限り目立たずに情報を集めるつもりだったのだが、足を踏み入れた途端、注目の的となってしまった。
向けられた視線は好意的なものから敵意を孕んだものまで様々である。
「目立ってますね」
清音が居心地悪そうに言うと三好が苦笑する。
「異国から来た凄腕の学者様と助手二名の噂は知れ渡っているようですな」
「ヘアカラーとカラーコンタクトじゃごまかせそうにないですよねー」
ごまかせるなら次から変装してこようか、と思いついた清音が誰にともなく投げかける。
即答したのは三好だった。
「無理でしょうな」
人口が少ない上、この町に東洋人の容貌をしたのは蔵之介たち三人だけである。髪と目の色を変えたくらいではすぐに分かってしまう。
「注目されようと無視されようと、我々のやることに変わりはありませんよ」
蔵之介はそう言って採掘現場へと向かって歩きだした。
◇
人々が注目するなか、採掘現場へと向かっていると声を掛けられた。
「学者先生がどうしてこちらに?」
「あ、筋肉団長だ」
清音が真っ先に反応する。
声を掛けてきたのは黒龍傭兵団の団長、イグナーツ・クライゼンだ。
彼は数人の傭兵を従えていたが、蔵之介たちに配慮して他の傭兵たちをその場に残し、彼一人だけで近付いてきた。
彼の対応に蔵之介も好感を抱く。
冒険者たちから聞いた噂とは違い、武器屋での紳士的な振る舞いを思いだしていた。
「町で色々と噂を聞いたので見ておこうと思いまして」
蔵之介は興味本位で採掘現場を見学にきたのだと告げる。
するとイグナーツが警戒するように聞く。
「ダルトン卿の依頼でいらした訳ではないのですね」
「ダルトン卿の依頼だと問題でもあるんですか?」
「大ありです」
「穏やかじゃないですね」
軽く流そうとする蔵之介にイグナーツが言う。
「農地開拓の責任者はジョシュア様なのですが、補佐のダルトン卿が余計な口出しをされるので困っていらっしゃいます」
「それを排除するのも傭兵の役割と言うことですか?」
「役割と言うわけではありませんが、雇い主から命令されれば大概のことはします」
「人を殺すこともあり得るということですか?」
「傭兵ですから、そういうこともあり得ますな」
遠慮なく聞く蔵之介に、イグナーツも淡々と答えた。
「気を付けるようにしましょう」
「私個人としては学者先生とはやり合いたくありません」
「私も遠慮したいですね」
蔵之介の返答にイグナーツがクスリと笑った。
「採掘場の見学をされるのでしたら私がご案内しましょう」
「団長自ら?」
驚く蔵之介にイグナーツが言う。
「鉱夫や冒険者たちでは答えられない質問にも私ならお答えできると思います」
それはそうだろう。
だが、イグナーツがいることで答えたくても答えられないこともある。
むしろマイナス面の方が大きいのは確かだ。
蔵之介は内心で苦笑いをするが、それを微塵も感じさせない笑顔で答える。
「光栄です。是非ともお願いします」
「では、部下にその旨を伝えてくるのでここで少しお待ち頂けますか?」
蔵之介は承諾の返事をすると、「一つお願いがあります」と口にした。
「何でしょう?」
「あそこに停まっている荷馬車ですが、我々が泊まっている宿屋の娘さんが御者をしています。彼女の安全を気に掛けて頂けると助かります」
彼女は自力で何とかすると言っていたが、傭兵団の力を借りられるならそれに越したことはないと判断した。
「お安いご用です」
イグナーツが力強くうなずいた。
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