第7話 トラブルの予感
もめ事を起こした冒険者と傭兵、そして止めに入ったダルトンは立ち去った。
だが、武器屋の店内が落ち着くまでは様子を見ようと言うことになり、蔵之介たちは近くの店や露店を見て回っていた。
「刑事さん、このバッグなんてどうですか?」
革製品を売っている露店の前で足を止めた三好が、店先に吊り下げられているバッグの一つを手に取る。
それはベルトで腰に固定する、ウエストポーチのようなバッグだった。
一般的なバッグを購入して収納の紋章魔法を融合するのが目的だ。
蔵之介のストレージのように底なしの収納力とまでは行かないが、それでも本来の収納力の十倍以上の収納を可能にできる。
実際に日本から持ち込んだ財布やポーチなどで確認済みだった。
「そいつはワイルドボアの革だから丈夫で軽いよ。重くてもいいんなら、岩トカゲがお勧めだ。何てったって丈夫だ」
バッグの説明を始めた店員に蔵之介が聞き返す。
「岩トカゲの革はそんなに丈夫なんですか?」
「いざとなれば防具にだってなる。フォレストウルフの牙くらいなら防げるよ」
厚みのあるワニ革のようなバッグを差しだした。
「収納魔法が融合された魔法のバッグはありませんか?」
ワイルドボアと岩トカゲ、二つのバッグを手に取りながら蔵之介が聞くと、店員があきれたように言う。
「収納魔法が融合されたバッグなんて、うちみたいな露店じゃ扱ってないよ」
「どんな店なら扱っているんですか?」
「魔法の効果や魔石が融合された魔道具は魔道具屋に行くしかないよ」
「やっぱり高いんでしょうね」
「そりゃそうさ。収納の魔道具は特に高いからな」
「やっぱりどこの国も一緒かー。外国なら安いかと思ったんですけどね――――」
蔵之介は自分たち三人が外国からきた学者とその助手であることを告げると、その後は雑談を交えながら、革製品の仕入れ方法や一般的な物価についての情報などを仕入れることにした。
「――――色々と教えて頂きありがとうございます」
「なあに、いいって。旅行者や学者先生には親切にしておいて損はないからな」
「お礼と言う訳じゃありませんが、先程の小さいバッグとこっちの大きいバッグを三つずつ買わせて頂きます」
先ほど手に取った岩トカゲ製のバッグとワイルドボア製のバックパックのような背中に背負うバックを指さす。
店員が得意満面で言う。
「毎度あり! ほらな、旅行者と学者先生に親切にして正解だろ」
バッグを買った露店を後にすると、三好が会話を切りだした。
「生活水準が違い過ぎるので単純に換算できませんが……、それでも銀貨一枚が日本円で一万円以上になりますな」
「金貨一枚が銀貨百枚。銀貨一枚が銅貨百枚だから、銅貨一枚当たりがだいたい百円ですね。魔法のバッグがないとお金を持ち歩くだけで一苦労しそうです」
ため息を吐く清音に蔵之介が言う。
「今夜にもバッグに収納魔法を融合して、魔法のバッグにしておくよ」
「わー、ありがとうございます」
「この時計も自動防御の魔法が融合されているんでしたな」
三好が腕時計を見た。
「自動防御といっても、物理攻撃が迫った際に魔法障壁を自動で展開する程度です。眠っているときに身を守れる、くらいに考えておいてください」
「それだけでも十分助かりますよ」
実際にこの世界の自動防御とは比べ物にならない精度で魔法障壁が展開される。
魔法障壁の強度にしてもそれは同様であった。
「またまたー。謙遜しなくてもいいじゃないですか。私は何度もお世話になっていますよ」
「そうだね。森のなかを歩くときは注意して歩こうか」
突然飛びだしてきたワイルドボアや野ウサギがその被害に遭っていたのを思いだす。
「そろそろ一時間経ちます。武器屋も落ち着いた頃ではないですかな?」
「賛成です。武器屋に行きましょう。武器を買ったら宿屋に行きましょう」
小一時間近隣の店舗と露店を歩き回ることにあきた清音がすかさず賛成する。
「そうですね、それじゃあ武器屋で武器と防具を揃えましょうか」
両脇に露店が並ぶ大通りを武器屋へ向かって歩きだした。
◇
武器屋の入り口を蔵之介たち三人が潜ると、無造作に何本もの剣を抱えた店員が第一声を発した。
「一階のはご覧の通りなんで、二階へお願いします」
店内を見回すと鍛冶職人を連想させるほどに体格のいい、三人の若い店員が愚痴をこぼしながら武器や防具を寄り分けていた。
「畜生ー! こっちの剣は全部研ぎ直しだ!」
「こっちもダメだ。革を貼り直すか、中古として売るしかないな」
別の青年が革の盾を力なく押しやった。
「うわー、何だか大損したー、って感じですねー」
清音の言葉に店員たちの動きが止まった。
そこを三好がフォローする。
「すまないね、悪気はないんだ。子どもの言うことだと思って聞き流してくれると助かるよ」
「三好のおじいちゃん、酷いです。幾ら何でも子どもは――」
清音の抗議のささやきを遮って蔵之介が店員に聞く。
「この街にきたばかりで知らないんだけど、この店の一階と二階とで置いてある武器に違いはあるのかな?」
「一階は一般向けの武器と防具で、二階は冒険者や傭兵たちが使うような武器と防具が置いてあります」
「正直に言えよ。一階は俺たち見習が作った安物で、二階は親方や熟練の職人が作った武器と防具が置いてあるってさ」
そう投げやりに言った若者が、頭を抱えて嘆く。
「結局、俺の作った剣は全部研ぎ直しじゃねーかよ!」
「邪魔して悪かったよ。それじゃあ、我々は二階で品物を見させてもらうから」
そう言って、怨嗟の言葉と愚痴をこぼしながら店内を片付けている若者たちから逃げるようにして二階へと上がった。
「なんとも気の毒ですなー」
「あの男の人なんて、半分泣いていますよ」
「どうやら賠償請求はできないようですね」
階段の上から階下を見下ろしていると、背後から声をかけられる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなモノをお求めでしょうか?」
声をかけてきたのはひ弱そうな年配の男で、満面の笑みを浮かべて立っていた。
鍛冶職人を連想させた、階下の若い店員たちとは明らかに違う。
男の値踏みをするような視線を真正面から受け止めた蔵之介が、武器や防具にさほど興味がなさそうに答える。
「旅の学者なんだけど、途中で魔物と戦闘になって武器を全部ダメにしてしまったんだ。さすがに武器無しって訳にもいかないから、適当な武器を買おうと思ってね」
「失礼ですが、普段はどのような武器や防具をお使いでしょうか?」
「予算は銀貨で三十枚。それで適当な長剣を見繕ってほしいんだけど、お願いできますか?」
「あ、あたしは短剣と弓矢でお願いします。予算は同じです」
「私も長剣を頼めますかな?」
「承知いたしました。それで、防具の方はどのようなモノをお考えでしょう?」
そう言った店員が『差し支えなければ』と前置きして話を続ける。
「普段、皆様がどのような武器と防具をお使いなのか教えて頂けましたら、より良いご提案ができるかと存じます」
「長剣しか使ったことがないんですよ。防具は身に着けたこともありません」
「私も同様です」
蔵之介と三好の言葉に、引きつる笑顔を必死に隠そうした店員であったが、続く清音の屈託のない笑顔に驚きの表情を浮かべて絶句する。
「あたしは武器って持ったことがないんですよ。何となく、遠くから攻撃できる弓矢がいいかなあ、って」
清音を見つめて固まっている店員に蔵之介がフォローを入れる。
「ずっと室内に閉じこもって研究ばかりしていたから、世間一般の常識がよく分かっていないんですよ」
「そ、そうですか……。それでは幾つか持って参りますので、こちらで少々お待ちください」
そう言って年配の店員が姿を消してから数分。二階に展示してある武器を見て回っていると、先ほどの店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。どうぞお手に取って確認してください」
うながされるままに並べられた武器を手に取って確認する。
蔵之介が何本目かの長剣を軽く振っていると、一階に体格のいい五人の男たちが入ってくるのが見えた。
一階で武器と防具を寄り分けていた若い店員たちの間に緊張が走る。
誰も言葉を発せずに店に入ってきた男たちを見ていた。
真っ先に声を上げたのは清音。
「もしかして、傭兵さん?」
「らしいね」
彼女の誰にともなく投げかけられた質問に蔵之介が短く答えた。
「もめますかな?」
「勘弁してくださいよー」
三好のささやきと年配の店員の嘆き声が重なった。
続いて階下から低音の声が轟く。
「私は黒龍傭兵団の団長、イグナーツ・クライゼン。うちの者が迷惑をかけたようなのでその謝罪にきた。店主に会いたい」
声を発したのは三十代前半と思しき偉丈夫。
背には一般人が容易に振り回せないほどの大剣と巨大な戦斧を背負っている。このことから魔力による身体強化か、それに類するギフトを所持していることがすぐに分かった。
「ほう、謝罪にくるとは意外ですな」
「下っ端は荒くれでも、上は意外とまともなのかもしれませんね」
「うわー、見るからに強そうですよ」
そのとき、背後で人の動く音がした。続いて情けない声が聞こえる。
「すみません、呼ばれたようなので一階に行ってきます。お客様方は武器選びを続けていてください」
年配の店員はそう言い残して階段へと向かった。
「あの店員さん、店主さんだったんですねー。貫禄とかまるっきりなかったから下っ端だと思っていました」
悲哀を漂わせた店主の背中を見ながら清音がつぶやいた。
「もめ事に巻き込まれる前に、速やかに武器を買って店をでましょう」
蔵之介は二階にいたもう一人の店員に目を止めた。
その視線の先を見て三好も同意する。
「賛成です。丸腰だと要らぬ詮索をされそうですからな」
「じゃあ、私はこの弓矢と短剣で」
清音が先ほどいじっていた弓矢と短剣に手を伸ばす。
そのとき、階下から別の声が聞こえた。
「この店に外国からきた丸腰の学者先生が入ったって聞いたんだけど、少しお話しできるかしら?」
たったいま、冒険者たちを引き連れて店に入ってきた二十代半ばの女性が発したものだ。
女性と一緒に入ってきた冒険者たちと先に店内にいた傭兵との目が合った。
次の瞬間、店内の空気が変わる。
「黒龍傭兵団!」
二十代半ばの女性と一緒に店に入った五人の冒険者の一人がそう叫ぶと、他の冒険者も呼応するように剣に手をかける。
「巻き込まれましたな」
「まだですよ。武器を買ったら知らん顔してでて行きましょう」
達観したような三好と一縷の望みにすがろうとする蔵之介を交互に見ながら清音が聞く。
「それで、どっちの味方をするんですか?」