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第22話 露見

 伊勢蔵之介いせくらのすけたち三人だけの夕食の席に、他愛のない雑談が響く。

 その合間にささやき声が交る。


三好みよしさん、首尾はどうでした?」


 蔵之介の問いかけに、三好誠一郎みよしせいいちろうがニヤリと笑う。


「順調です。刑事さんに言われたように、森とは逆側に置いてきましたよ」


 紋章魔法を描き込んだ数個の石を、練兵場の北側に置いてくる。

 蔵之介が三好に頼んだことだ。


 蔵之介が三好に渡していた、五センチメートル四方程の石を思いだした西園寺清音さいおんじきよねが聞く。


「あれって、ただの石じゃなかったんですか?」


 記憶を手繰るが、石に紋章が描かれていた記憶がない。


「紋章そのものに、不可視の紋章を重ね掛けしたからね。見た目にはただの石だよ」


「良かった。あたしがおかしいのかと思っちゃいました」


 ニパっと笑う清音に、蔵之介が説明を続ける。


「さらに、時間がくると発動する紋章と、収納の紋章が重ね掛けされているんだ」


「んー?」


 小首を傾げる清音に、三好が補足する。


「時間がくると収納魔法で収納した逃亡の痕跡こんせきが出現して、石に描かれた紋章は消失。ただの石ころに戻る。そんな仕掛けがしてあったんですよ、あの石には」


「森のなかに仕掛けたのとは別ですか?」


「順を追って話そうか――――」


 蔵之介が食事をしながら、説明を始めた。


「神殿の出入口付近で、最初の逃亡の痕跡が見つかる。続いて練兵場を目指している痕跡が、次々と見つかる」


 話しながら、肉にかかったソースで『各自の持ち物』、と書く。

 清音がコクコクとうなずくのを確認してさらに続けた。


「次に練兵場の北側、森とは反対側で私たちの逃亡の痕跡が見つかる」


「それが三好のお爺ちゃんが、置いてきた仕掛けですか?」


 清音の問いに三好がうなずく。


「そうです。衛兵たちの目が練兵場の北側に集中している間に、私たちは南側の森を抜けて隣の国を目指します」


「一番近いと言っていた国ですね」


「私たちが通過してしばらくすると、森に仕掛けた紋章魔法が時間差で発動する」


「霧が発生するところと、炎が燃え上がるところ」


「目くらましに引っ掛かっている間に、私たちは衛兵の追いつかないところまで逃げる」


「衛兵がすぐ側にいますけど、大丈夫なんですか?」


 練兵場を挟んで南北。

 衛兵がすぐに駆け付けるのではないか、と心配した清音が聞いた。


「灯台下暗し、ですな」


「衛兵は私たちが南の森を抜けるのを知らない。でも私たちは衛兵が、練兵場の北側にいるのを知っている。彼らの動きを確認しながら逃げられるんだ。これ程安全な逃亡方法はないよ」


 三好と蔵之介の口角が吊り上がった。

 それを見た清音が笑顔を浮かべる。


「何だか、成功しそうな気がしてきました」


 ◇


 蔵之介たちと別れて自室へと向かう清音の前に、立花颯斗たちばなはやとが突然姿を現した。


「西園寺、一人か?」


「立花君っ」


 身を強ばらせて後退る清音に、颯斗が優しそうな笑みを浮かべる。


「警戒するなよ。俺は一樹かずきじゃないんだから、女の子には優しいよ」


「何か用?」


 なおも警戒する清音に、小さく舌打ちをして話を続ける。


「お前ら、南の森に行っていたんだって?」


「それが、どうしたの?」


「あのジジイが魔法を使えるようになったって、聞いたからな。森で何かあったのかと思ってさ」


「な、ないわよっ。何っにもないからっ」


 視線を逸らす清音に、颯斗がゆっくりと近づく。

 かたわらまでくると、うつむく清音を真上から見下ろして言う。


「ふーん。お前とあのおっさんは、まだ魔法を使えないのか?」


「まだよ。でも、そのうち使えるように、なるんだから……」


「なあ、西園寺。あんなおっさんやジジイと一緒にいないで、俺んとこに来いよ。いい目見させてやるぜ」


 清音はビクンッと身体を震わせると、


「お断りです。あたし、急ぐから。今日は疲れたから、もう寝たいの」


 立花颯斗の横を、速足ですり抜けていった。

 その様子を陰から見ていた、一条一樹いちじょうかずき大谷龍牙おおたにりゅうがが姿を現す。


「あれは、何か隠しているな」


「怪しいんじゃないの?」


 二人の反応に、颯斗が得意げに言う。


「だろ? おかしいと思ったんだよ。夕食後に鼻唄なんて歌ってたからさ」


 考え込むような表情をしていた一樹が、颯斗と龍牙に向かって言う。


「いまから、南の森をちょっと調べてみるか?」


「いまから? この時間は外出禁止だろ?」


 躊躇する龍牙に一樹が言う。


「抜け出せばいいんだよ。多少のことは大目に見てくれるさ」


「俺たち期待の勇者だもんな」


 同意する颯斗に一樹が笑いかけ、


「決まりだ。行くぞ」


 龍牙の背を叩いた。


 ◇


 練兵場の南にある森。今日の昼間、蔵之介たちが訓練していた付近を、歩き回る人影が三つ。

 一条一樹、立花颯斗、大谷龍牙だ。

 

 夜の森に、興奮気味の龍牙の声が響く。


「なんとなく想像はしていたけど、勇者の身体能力って凄いな」


「神殿からここまで、走って二十分ってとこだぜ。しかも全然疲れていない」


 普段、馬車で小一時間かけて移動する道のり。

 それが自らの脚で走ることにより、二十分ほどで到着してしまった。


「剣や槍の訓練だって、騎士たちを圧倒していたんだ。これくらい予想できただろ」


 二人にそう返す一樹も、改めて知る自分たちの能力に、興奮を隠せていない。


 颯斗が突然声上げると、


「ビンゴー!」


 光魔法の光球で照らしだした、大樹の根元を覗き込んだ。


「何か発見しちゃったけど……、何だ、これ?」


 そこには高さ二十センチメートルほどの、陶器製のふたが閉まった壺が置かれていた。

 駆け寄った一樹と龍牙も大樹の根元を覗き込む。

 

「壺? なかに何か入っているのか?」


「開けてみようぜ」


 二人が言うより早く颯斗が壺の蓋を開けた。


「うわっ、くっせー」


「これ、ガソリンか?」


「軽油じゃねぇか?」


 一樹と龍牙の疑問に颯斗が答える。


「今朝、バスに何か取りに行っていた。とか聞いたな。軽油を取りに行っていたんじゃないのか?」


「軽油なんか、どうするんだ?」


 龍牙がの疑問の声に続いて、周囲を見回していた一樹が声を上げる。


「おい! あっちに変な機械が置いてあるぞ」


 颯斗と龍牙が互いに顔を見合わせる。


「他にも何かありそうだな」


「手分けをして探そう」


 ◇


 ものの十五分ほどで、軽油の入った壺が十個。さらに、五台のミスト発生器とバッテリーが見つかった。


「軽油とミスト発生機。バッテリー? 何をする気だ?」


 一樹がバッテリーを、つま先で軽く蹴る。

 颯斗がそれを真似て、壺を蹴り倒した。


「軽油とバッテリーで、山火事でも起こす気かな?」


 軽油が地面に染み込む。

 それを見つめていた一樹が、大きな声を上げた。


「あいつら、脱走する気だ!」


「脱走?」


「もしかして、これって、目くらましのつもりなのか?」


 龍牙と颯斗はあっけにとられたようにそう言うと、すぐに吹きだした。

 それに一樹が続き、辺りに三人の笑い声がこだまする。


「浅はかー」


「何が大人だよ。子どもより酷い、浅知恵じゃねえか」


 嘲笑ちょうしょうの言葉を吐く颯斗と一樹に、龍牙が言う。


「これ、ぶっ壊して回ろうか」


「いや、待てよ。せっかくだから有効活用しようぜ」


 一樹が龍牙を制した。

 底意地の悪そうな笑みを浮かべて、さらに言う。


「あいつらを脱走させて、この仕掛けを作動させると、どうなる?」


「衛兵や神殿のやつらは、引っ掛かるんじゃないか? 文明の利器なんで知らないだろうからな」


 即答する颯斗に一樹が言う。


「衛兵と神殿の連中が右往左往するなか、俺たちが颯爽と現れて脱走者を始末する」


「俺たちの存在をアピールするのか?」


 一樹の考えを即座に理解した龍牙が、手のひらに拳を打ち付けた。


「西園寺だけでも残そうぜ。殺すくらいなら、俺にくれよ」


「何だ、颯斗。お前あんなチビペチャが好みなのかよ」


 一樹がからかうように言うと、颯斗が不機嫌そうに答える。


「あんなのが、じゃなくて、あんなのも、守備範囲なんだよ」


「女なら、毎晩、日替わりでくるだろ」


 龍牙が日替わりで提供されている、メイドを指して言う。


「それはそれ。西園寺は西園寺で、別枠なんだよ」


「西園寺一人を生かしても、恨まれるだけだぞ。自分のことを恨んでる女なんて、想像しただけで嫌だね、俺は」


 龍牙が大きくかぶりを振る。

 渋い顔をする颯斗に、一樹が追い打ちをかける。


「あいつらには、俺たちの踏み台になってもらう。ついでに騎士や衛兵たちにもだ。何しろライバルは、他にもいるんだからな」


 自分たちに先駆けて召喚された、三人の勇者にライバル心を燃やす。


「了解。西園寺は諦めるよ」


「で、いつ脱走するつもりだろうな?」


 龍牙が誰にともなく聞くと、


「今夜か、明け方頃、じゃないか? この仕掛けが見つからずに、何日も無事だとは思えないからな」


「あいつらが脱走して、騎士と衛兵が混乱している真最中に、俺たちが駆け付ける」


 颯斗と一樹がそう口にすると、自然と三人が笑いだす。

 笑い声が消えると、一樹が真先に口を開いた。

 

「さあ、今夜は初の対人戦だ。もう引き揚げようぜ」


「西園寺、もったいねえなあ」


「未練がましいぞ、颯斗。日替わりのメイドさんがいるからいいだろ」


 蔵之介たちへの殺意を明確にした一樹たちは、談笑しながら神殿へと帰って行った。

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