第16話 次の一手
伊勢蔵之介と高校生三人が衝突したその日の夜。
夕食を済ませた蔵之介はベッドに寝転がって、映像化した紋章魔法の魔導書を眺めていた。
「大量に記録したのはいいけど、使い易いように写真にして整理するのは、想像以上に面倒だな」
映像から写真を作成し、フォルダーに分類して格納していく。
よく使いそうな紋章魔法のショートカットをギフトパネルのトップ画面に配置していった。
「気が遠くなりそうだ」
半ば惰性で分類作業をしながら、三好誠一郎とのやり取りを思い返す。
▽
ルファ・メーリングが蔵之介と一条一樹との間に入って制したとき、三好が蔵之介を半ば強引に部屋の外へと連れ出した。
「少し頭を冷やさせるので、しばらく誰も近づけないでください」
三好の一言が幸いする。
その後一時間近くの間、三好と蔵之介に誰も近づかなかった。
建物の外で風に当たって三十分ほどが経過したところで三好が蔵之介に声をかける。
「落ち着きましたか?」
「恥ずかしいところを、見せてしまったようです。年甲斐もなく熱くなってしまいました」
蔵之介が自嘲した。
「気持ちは分かります。娘さんとはお知り合いだったんですよね。ですが、冷静にお願いします」
「反省をしています」
「刑事さん、私はね……彼ら三人が恐ろしいんですよ」
三十分前までなら、『凄い力を手に入れて浮かれているかも知れませんが、彼らはごく普通の日本の少年ですよ』。そう言っていたかもしれない。
そう思って三好の話を黙って聞いていた。
「最初の、脅しで撃ち込んだという爆発の魔法だけでも恐ろしかった。ですが、その直後に娘さんに火球の魔法を直撃させた」
悔しそうな表情を浮かべた三好を気遣うように、蔵之介がそっと視線を逸らす。
「娘さんの無残な姿を目の当たりにして、私は恐怖で脚が震えました」
「抗えない程の圧倒的な暴力を目の当たりにしたら、そうなりますよ。普通の反応です」
蔵之介の言葉には反応せず、三好がなおも言う。
「でもね、さっきは刑事さんの方が怖かったんですよ」
「私が怖い?」
「刑事さんは彼ら三人を、自分よりも下の存在と思っていますよね」
「上とか下という認識はありませんよ。ただ、彼らは未成年で、私は大人です。まして刑事という職業にあります。彼らは保護する存在」
そう言うと、悲しげな表情で付け加える。
「……先程まで、そう思っていました」
「彼らは、私や刑事さんよりも上の存在ですよ」
蔵之介が振り向いて三好を見た。目が合うと、三好が静かに首を振る。
「刑事さんが理想を追うのは立派です。でも、そこに私や娘さんのように、弱いものが巻き込まれる可能性を考えてください」
三好の一言が蔵之介の心を抉る。
いまなら分かる。
他人を傷つけることを何とも思わない目をしていた。三人の目が蔵之介の脳裏に鮮明に蘇る。
「軽率でした。申し訳ありません」
『昨日まで日本の高校生だった少年たちが、他人を傷付けることを躊躇わない。信じられなかった。いや、信じたくなかった』
あのときの己の考えの甘さを思い返す。
「刑事さん、貴方も私や娘さんと同じように、何の力も持っていないんですよ。無茶をしないでください」
「そうですね」
「この世界では一条さんたちの方が私たちよりも立場はずっと上なんです」
「異世界の人たちだけでなく、彼ら自身もそう思っていましたね」
「彼らからすれば自分たちよりも下の人間が、日本での刑事という地位と大人だということを理由に意見する。腹が立って当然ですよ」
再び三好の言葉が蔵之介の胸に突き刺さった。
△
「確かに軽率だった」
いま思い返せば、三好の言うようにどこかで高校生三人を下にみていた。
自分は誰よりも早く魔法が使えた。
恐らくはこの異世界の人間では想像もできないことを実現している。
そのことが自分のなかに慢心を生んだかもしれない。
目を閉じて己を戒める。
「自分の能力に酔っていたのは私の方だ。なんてバカなんだ……」
西園寺さんが完全に回復したら、三好さんを含めて三人で話をしよう。能力のことと脱出計画を打ち明ける。
保護じゃない。
彼らと協力してこの国を脱出する。この異世界を生き延びて、日本に帰る。
蔵之介のなかで、自分がやるべきことが形となっていった。
◇
神聖教会の一画にある、ルファの個人執務室。
そこで一人ほくそ笑む少女がいた。
ルファ・メーリング。
ルファが大型のタブレットほどの石板に、軽く手を触れて語り掛ける。
「教皇様、ルファです。ルファ・メーリングです」
「ルファか。一人ではないのか?」
石板に老人の顔が映し出され、まるで映像通信のように音声が流れた。
「一人です、教皇様」
「私も一人だ。周りには誰もいない」
石板に映った老人が優しい笑みを浮かべた。
ルファもその笑みに答える。
「ひいお祖父様」
「随分と機嫌が良さそうじゃないか。これは良い知らせが聞けそうだな」
石板に映った老人が楽しげに笑う。
「良いお知らせと悪いお知らせが……いえ、ご相談があります」
「相談か。ルファから相談をされるのは何年ぶりだろうな」
「なにかご相談をさせて頂きましたでしょうか?」
ルファが記憶を手繰るように考え込む。
「私の妻への贈り物を相談してきたじゃないか」
「ひいお祖母様への贈り物ですか?」
「ネックレスとサークレット、どちらがいいかという相談だったな」
「憶えがありません……」
ルファが記憶をさらに手繰る。
「花壇の花を摘んで両方作っていたよ。もっともお前の母親が、『花壇を荒らしたのは誰だ』とカンカンになっていたがな」
楽しげな笑い声が石板から聞こえてくる。
「それって……」
言葉を詰まらせるルファを、からかうように言う。
「十年くらい前か?」
「……そんな昔のこと、私は憶えていませんよ」
「戯言だ。では、相談は最後に回して、いい知らせから聞こうか」
ひとしきり、曾孫をからかって満足したのか、真顔になった教皇が話を切り替えた。
「はい、先日召喚に成功した六人の異世界人のうち、高校生の三人が今日、魔法を使いました」
「まさか……」
「信じ難いことですが、本当です。午前中には魔力を感知し、午後の訓練開始早々から魔法を発動させました。三人ともです」
「逸材だな。くどい様だが、焦って『束縛の紋章魔法』を使ったりするな」
「はい、心得ております」
そう言うと、ルファがもの言いたげに押し黙った。
それを見て教皇が促がす
「相談を聞こうか」
「先ほどの高校生三人は良いのですが、それ以外の三人が……」
「問題でもあるのか?」
「はい」
「先日の報告のときも言ったが、能力が劣っていても異世界人であることに変わりはない。我々よりも高い能力を持っているのだ。彼らを最大限に利用することを考えなさい」
「実は高校生三人と、能力の低い者たち三人との間に溝ができました」
「好都合じゃないか、その溝を利用して競争意識を煽ってはどうだ?」
「利用できないほどの溝かもしれません」
ルファは即答すると、すぐに別の話題に移る。
「昨日の時点では確信がなかったのでご報告していませんでしたが、能力の劣った三人の異世界人……魅了石に抵抗しています」
「魅了石に頼り過ぎるなと言っただろう。あれは影響を受けない者もいる」
教皇は『……だが、三人というのは多いな』、とつぶやく。
わずかな時間押し黙るがすぐに口を開く。
「異世界人は戦力として貴重ではあるが、絶対ではない。より御しやすい者たちの妨げとなるなら、排除もやむを得ん。だが、無闇と切り捨てるようなことはしないようにな」
「はい、もちろんです。ただ、能力が劣る者たちのなかに、ことさらに一人厄介な者がおります」
「ほう。どのように厄介なのだ?」
「最初から我らの話に懐疑的で、紋章魔法のギフトを所持しております」
「それは厄介だな。紋章魔法を使えるようになる前に始末しなさい」
「承知いたしました」
「ただし他の異世界人に、我らが始末したことを気取られないようにな」
「はい、お任せください」
闇の中でルファがほほ笑んだ。
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