お昼寝は正義。
今回もside.黒羽弥佳紗です。
時間軸としては前話から約2週間後、大分生活が安定してきてもおかしくないのですが…。
「入寮規定。
第一条:清蓮学園には『花雅寮』『飛鳥寮』『風牙寮』『紫月寮』の四つの寮がある。生徒諸君は必ずいづれかに入寮すること。
第二条:入学式より一ヶ月間を入寮考査期間とし、新入生は入寮希望先を決めること。そして、入寮考査期間最終日前日までに入寮希望書を事務室の四寮管理課に提出すること。
なお、その間は新入生は新入生棟に在住すること。
第三条:各寮寮長は提出された入寮希望書をもとに厳正に考査すること。なお、各寮寮長の判断により個別に入寮試験を行うことを許可する。但し、四寮管理課にて所定の手続きを済ませること。
第四条:入寮考査期間最終日の『選択の儀』にて入寮先を正式決定されるものとする。
(補足)『選択の儀』と各寮寮長による入寮考査結果発表のことである。
第五条:転寮は一年ごとに転寮試験を受験することによってのみ認められる。なお、転寮試験は各寮寮長の定めるものを受けるとする。
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:」
入寮規定だけても10条以上ある分厚い校則を学園から支給された『BB』で読んでいく。
BBとはBLACKBOARDの略称で、旧時代で言うパソコンのようなものらしい。…パソコンという名称が既に存在していたならわざわざ変える必要もなかったのではないか、と思わなくもないが…うん。
…ともかく、生徒1人につき1台最新式のBBが配られるなんてさすが清蓮学園。
全てが全て次元が違う。
そもそも私にとって『BB』など少し前まではお伽噺に出てくる魔法道具みたいなもので、実物を初めて見たのは2ヶ月前の入試の時だ。
入試当日にBBの使い方が覚束なくて慌てに慌てたのはいい思い出だ。
――まずは掌サイズの銀の板に5秒以上手を当てて起動させる。それで空中にホログラムが浮かび上がったら……、
試験会場に着いた瞬間、遥か昔2・3回読んだだけの、それも廃紙工場に捨てられていたBBの取り扱い説明書を脳の端から引っ張り出して必死に問題を解いた。
最初の国語の試験で解答画面が空中に上映されちゃったり、技術のプログラムの試験では横からハッキング、それも相当お粗末なやつをかけられてビビったり……と、色々あった。
……まぁ、そんな苦労話はここらで終わりにして。その他の建物、食事、制服、教育についても最高級なので言うことなし。しいて挙げるとすれば、私に対して嫌悪感を抱くならせめて無関心になってほしいといったところだろうか。
ともかく昼休み真っ只中である今は、ほとんどの生徒が食堂に昼食をとりにいき、教室に存在するのは私と絶えずBBを操作している男子生徒の2人だけ。片や早朝に食堂のデザートコーナーで入手した個包装のクッキーをバクバクと食べ、片やBBを終始いじっていて動こうとする気配が無いという異色な世界が造り出されていた。
もし相手が普通に昼食を摂っていたらなけなしのコミュニケーション能力を行使するのだが、斜め前の方向にいる彼はどう見ても絶賛作業中にしか見えないため余計なことはできない。
といっても昼食を食べ終わり、調度一通り今年使う教科書を読み終えていた私は教室のもう一人の住人である彼を観察することにした。バレない程度に。
――背は……私と同じくらいで、男子にしては華奢な体型。顔は……適度に高い鼻に若干彫りが深い二重の青い目に毛先が肩に着く程度の藍色の髪………。
外見は上物。あくまで外見は。
「で、内面。」といきたいところなのだが、メカヲタ君は入学当初から口を開いたところも、それどころか飲食をしているところも見たことがない。何か一言でも喋ってくれれば声質とかイントネーションとか反応とかである程度の性格は予想できるし、好きな食べ物や飲み物が分かれば分析しやすいのに。
ミーハー系女子に取り囲まれて揉みくちゃにされてあからさまに好意を示されても見向きもせずにオール無視で、もちろん先生に対してすら喋らない。 どうしてもコミュニケーションが必要な時は最小限の身振り手振りで済ませる。「はい」や「いいえ」すらも言わない。
その時何をしているかと言うとずーっとBBをいじっている。画面から手を離さないのだ。学校に来てから寮に帰るまで忙しそうにカタカタカタカタと常人ならざるスピードで。
……、ここから考えられるのは2つ。
1、いまとても大切なことをやっている為に本当に手が離せない。
2、極度の人見知り。
3、ただ単に必要ないことはしない主義のタイプである。
一応3つ目の選択肢として上記以外であることがあげられる。
1については「女子」に限定するのではなく「人見知り」にさせてもらった。
担任のオジサン先生にも無言で通してたから、たぶん女子だけが嫌いなんじゃなくて人間そのもの、いや、人間との関わり合いが嫌いまたは苦手なんだと思う。
2は普通にありえる。ただ極端なだけで。
何にせよ“ビジョン”を探ってまで結論づけるつもりはないのでここらで彼のプロフィール作りは止めて、BBの電源ボタンを押す。
すると空中に映し出されたホログラムが消え、机の上には掌サイズの銀盤が一枚だけ残った。
……。
これからなにしよう。
暇すぎる。
1時間もあるお昼休み。
ご飯なんて15分あれば食べ終わってしまうから残りの45分が暇なのだ。
それもものスゴーく。
『ガタッ』
椅子から立ち上がる音が派手に響きゲンナリとする。
それもそのはず。
各学年のS組だけ特別待遇でイスの一つ一つが玉座のような豪奢な造りになっていて重量がハンパじゃないのだ。
何も学生の椅子ごときをこんなに豪華にしなくてもいいものを。
私がいた中学校では「椅子は凶器になりうるため設置しません」なんて理由で椅子そのものがなかったぞ。贅沢な。
――。
集中しているときに騒音をたててあの男子がイラついていないかチラチラ視線を送りながら確認する。
普段無口な人ほどいざというときの怒りは凄まじい……らしい。
もしブスッとしていたら即座に謝ろうと身構えるも、1分経ってもBBから顔をあげる気配すらない。
これはセーフなのか?そもそもたかが物音ごときに気を使いすぎたのか?
てか、そんな長時間BBいじって何してるんだろ?しかも学園が配給したものではないものを2台同時に操作してる。
……こんな風に思うことはあるものの先程の騒音を気にしていないようだと分かると、デザートのリンゴを片手にいつもの避難場所である奥庭に向うことにしたのだったーー。
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「あー、暇!」
廊下に出て”心の中で”思いっきり叫ぶ。もちろん音にはしない。……もちろんね。
今私がいる校舎は床以外が超強化ガラスでできていて、英国の12世紀の建物によく見られる構造をしている。柱や壁などいたるところにバロック調の彫刻が彫られており、この学園に入ってから2週間経った今でも圧倒される。
「あの子、今年の新入生首席じゃなかったかしら」
「ディストリクト6出身でしたかしら」
「ええ。制服も髪もまるでこないだテレビで特集されていた”すらむがい”の子供のようよだわ。あんなみすぼらしい子を取る寮なんて、万年負け組の『飛鳥寮』くらいしかないでしょうね」
「ねぇー。五月にある『選択の儀』が楽しみだわ」
お昼時とだけあって、赤、青、緑の三色の和風デザインの制服を着た生徒たちが賑やかに廊下を行き交う。その中を移動しているのだからこうして好奇の目に晒されることは致し方ないことであった。
でも、気が散る。
完全にノイズとして捉えることができるようになるには更なる鍛錬が必要らしい。
「…」
「…」
クスクスクス。
口に手をあてて上品に笑いながらも、出る言葉はえげつない先輩お嬢様たち。
色からして緑色のワンピだから三年生かな。
噂をすれば影が差す。
この諺通り私が隣を通りかかるとギョッとした目を向けてきたが、ここはまぁ無視だ、無視。
「……(私、しーらないっと)」
固まる先輩方を素通りして校舎から出ると、早咲きのバラの香りが暖かい風にのってきてフワリと香った。
思わずうつむき気味だった顔をあげると、目の前には白い大理石の道で等間隔に区切られた校舎前広場が。
その各ブロックに生えている綺麗な碧色の芝生はよく手入れが行き届いていて、風に吹かれて角度が変わるだけで色味も違って見えた。
校舎を両サイドから挟むように流れる小川の近くには大きな大きな一本の欅の大木があって、数人の生徒がその下で楽しそうに昼食をとっていた。
色々言われたりやられたり厄介事は尽きないけど、清蓮学園にに来てよかったと思えるのはこういう風に美しい風景を見るときと、寮で誰にも危害を加えられずに一人自由に過ごす時だ。
ディストリクト6では過ごせるはずの無いこの穏やかな一時を私は愛しく思うーー。
のだが、
「ん?」
久しぶりに監視無しで安らいでいた私を邪魔するように、私に対して強い好奇心と害意を半々で持っている人が尾行してきてることに気づいた。
ここ二週間、私には夥しい数の監視がついていとけど今回の人数は一人。
その辞めた大多数とやらは流石に諦めたと見える。
――気配からして性別は多分、男。
能力的には相当な手練れ…。
別にこれは何かしらの特殊能力を使ったワケではない。特定の条件下で人の心が視えたり、動物に異様に懐かれたり…という特技の中の一つだ。
「はぁー、面倒」
思わず口をついて出た感情。
それは一定の距離を保ちながら付いてくるその人に対するものだが、実際に手練れを一般人が撒いてしまったらそれこそアウトでしょ。
おそらく彼の目的はここ二週間来た連中と同じ様に首席である私の査定。
いくら私がディストリクト6出身だとは謂えども、せっかくの『グロリー(清蓮学園限定貨幣)』の稼ぎ頭になりそうな人材をみすみす捨て置くようなことはしないだろう。
よって今の時期誰が私に接触を計ってきてもおかしくない。
それに相手は尾行してることは気づかれたくないだろうし、気づいた時点で余計な疑いを生む。
だから「何で付いてくるの?」などという愚問をするつもりはない。
だって、フツーの人が本職の人間の尾行に気づくなんておかしいでしょ?
あえて目立たず、大人しく、平凡に。
奨学金が貰える程度には優秀に。
私は穏やかな学園生活が送くれればそれでいい。それがいい。
「少しはほっといてほしいんだけどな…」
溜め息混じりに肩を回すとゴキゴキと高校生らしからぬ鈍い音がした。
あー、結構肩凝ってるなー。
運動不足かなー。ストレスかなー。歳かなー。
結果的に謎の人物もろとも私の避難場所である奥庭に到達してしまった為、私の憩いの場所がまた1つ減った。
人が来なくて校舎から近い場所となると見つけるのが大変で大変で。
だからあまりバレたくはなかった。
でもあからさまに追手を巻くワケにはいかないし、偶然に見せかけて見失わせるにしてもそこまで手間かけるほど暇じゃない。
まぁ、今さらグダグダ言っても仕方ないからとりあえず……、
「新しいトコ探そ」
しばらく来なくなるであろう奥庭。
小さな池と人が腰掛けられるサイズの岩、たくさんの草木があるそこで一番登りやすそうな木蓮の木の上で着ていた羽織をベルト代わりに、幹に体を縛り付けて固定する。
落ちたら恐いから念のため。
そして全身から力を抜き完全に寝る体勢に入ると、瞼を閉じる。
視界をシャットダウンした分、他の感覚が研ぎ澄まされて相手の気配がさらによく分かるようになった。
―ー今のところ相手に害意はないみたい。
もしあったとしたらビジョンが教えてくれる。
「…」
よし、寝よう。
夜は無数に存在する人間(監視)の気配のせいで寝るに寝れず。ディストリクト6ともあまり変わらぬ睡眠を取っていた為に寝不足状態な私の唯一の睡眠時間が今この時なのだ。
昼寝しないと午後まで持たない。
――あー、やばい。
瞼が重みを増して徐々に意識が飛びかける。
そして力を無理苦理腕時計についたアラーム機能をセットしたのを最後に完全に眠りについたのだった。
昼寝は正義。
この一言に尽きます。