みなさん、こんにちは。
今回は視点が再びside:黒羽弥佳紗に戻ってきます。
ガヤガヤガヤ。
ザワザワザワ。
今私の目の前には真っ赤なベルベット地の、いかにも高級そうな椅子に座った総勢2000人程の清蓮学園生が。
いる。
おる。
汗がダラダラと背中を伝い、足が震える。
きっとこれは先程まで20体の殺人ロボ姉さんズと鬼ごっこしていたせいだ。
うん。
そうしよう。
決して緊張で震えている訳ではないんだ。
あの後なんとか捕まることなく無事に職員室にたどり着いた私は、説教は後回しで、先生3人に取り囲まれながら講堂とおぼしき施設の舞台袖まで連行された。
「な、何とか間に合った」
憔悴しきった様子で呟く先生方。
――いや、何にだよ。説明も無しに拉致なんかしてさ。誘拐反対。
二度に渡る過酷な鬼ごっこの影響でキャラ崩壊が直らないせいか乱暴に聞きたくなるも、無理矢理なけなしの理性で感情を押さえつけ、丁寧な言葉遣いで話しかる。
「これから私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「何を?って決まっているだろう」
「君、そんなことも分からないのかね?これだから乞食は…」
「君の代わりなどいくらでもいるのだよ。辞めたいなら早急にこの学園自体から立ち去り給え。だいたい君のような人種が入学することすら私は反対で…」
「…」
「…はあ、首席は入学式で挨拶をするんだ。そんなことも覚えてないのかね?」
――覚えてるも何も知らなかったんですけど。……あぁ、もしかして届いた書類系全部捨てられたのかな?
「朝のLHRの時点で貴様が来ていなかったから、コチラは大騒ぎだったんだぞ。反省したまえ」
――ごめん、それは素直に謝る。やっぱり、数日前にこっちに来て野宿でもするべきだった。
「まったく。ディストリクト6出身だとはいえども君は清蓮学園の生徒――それも首席なのだから、学園の名に恥じない言動を心掛けてもらいたいものだよ」
――……これはスルーで。
先生方はそれぞれ口々に言う。
それに対して思うことがありながらも、私はただ機械的に『スミマセン』と謝って流す。
まぁ、取り合えず私がこんなところに連行された理由は分かったから良しと……できないよ!
だってさ……
「原稿はどうすればいいですか?」
「君は!何を寝惚けたことをいっているのかね。用意くらいしてあるだろう。
正式に通知もしている。『貴殿の清蓮学園首席入学を認める。よって、首席挨拶を考えてくるように』とな。
この証書を手にいれるためにどれだけの人間が血の滲むような努力をしてきたか。
私だったってな……」
「…」
以外省略。
長ったらしい説教というか、先生個人の恨みつらみなんて気持ち悪くて聞いてらんない見てらんない。
それに、いきなり挨拶をしろと言われても困る。
何を話していいのか分からない。
それに日本一の高校の入学式なのだから有名人や御偉いさんがたくさん来るにきまってる。そんな場所でヘマしたり適当な挨拶をしたら将来どこも雇ってくれなさそうではないか。……私の平凡だけど安定した将来の為に失敗はできない。まともに、いや、伝統を重んじつつも個性的な、最高な原稿を考えねば――。
…となると一刻も無駄にはできないので目の前の会話を右から左にながしつつ、5回に1回の割合で「んー」だの「すー」だの合いの手を入れておいた。
するとどうでしょう、勝手に会話が進んでいきます。
素晴らしきオートモード。
お陰でだいぶ挨拶の文章を練り上げることができました。ありがとう。
「聞いているのかね!君!」
目の前の初老の男性教員の喝に完全に現実に引き戻される。
さすがに2パターンしかセリフがなかったのはダメだっただろうか。
少し反省。今度からレパートリーに「へー」も入れておこう。
そんな時、不意に3人のオジさんズのうちの1人と目が合った。
「ヤバイ」と思ったものの遅く、メガネが有る状態でも防ぎきれない強い“ビジョン(心の映像)”が突然流れ込んで来る。
中学1年生のある時を境に何故か視えるようになったそれは留まることを知らず、
:
:
どうやらこのセンセイは清蓮学園の首席になるために中学生活全てを懸けて勉強を頑張ったけど、中途半端な順位でしか入学できなかったらしい。
で、親にも失望されたと。
:
:
なるほど。
やけに当たりがキツいと思ったらそういうことか。
…どこにでもあるような不幸の形。
普通の人だったらここで同情的になるのだろう。
しかし私はイレギュラーな側の人間だったらしい。何の感情も浮かんでこなかった。それどころかツッコミを入れたくなった。
目の前で流れていく退屈なBGMに偶に合いの手を入れつつ、こっそりと講堂の方に目を向けると…こちらもたくさんのビジョンがグチャグチャに混ざって空間を埋め尽くしていた。
――これだから人混みは嫌いなんだ。
あまりにも目に毒な景色に吐き気が込み上げる。
そしてまた目の前の老教師……の後ろの壁に視線を戻しつつ、僻みという名の騒音が収まるのを待った。
「……ふぅ。首席生徒の指導がこんなにも疲れるとは。前代未聞だ。
原稿をどうするか?
フッ。それくらい首席なのだから、即興でで創れて当たり前だ。
精々恥をかかないように頑張りなさい」
やっと口を閉じた初老の教員。
長かった。
時間がないと急いできた割には説教が10分以上続くとは…矛盾している気がする。
恥というワードが何十回と繰り返された会話。
自分が親に恥って言われ続けたからと言って私に当たらないでほしい。と、切に願う。
……余計に人間という種が嫌いになってしまうから。
それに
――ディストリクト6のクズが。これで失敗して学園から追い出されるな。愉快だ。フハハハハ。
という下らない“ビジョン(心の映像)”ももれなく視えた。
が、
私は追い出されるつもりはサラサラ無い。
なぜなら私にとって「追放」=「死」ですから。
一時期「死んでもいいかな」と思っていたこともありはしたが今は断固拒否。
やりたいことがあるものでね、ええ。
:
:
「続いて、新入生首席による挨拶。
新入生首席、1年S組、黒羽弥佳紗さん、お願いします」
舞台の端っこに立っている司会の人に名前を呼ばれ、ついに出番が来たのだと覚悟を決める。
――よしっ。
自分に喝を入れてから照明で煌々と照らされた舞台上に一歩足を踏み出す。
背筋をピンと伸ばして堂々と。代表者として模範的な姿勢、表情、空気を造りながら舞台中央のマイクの前まで歩く。
「……」
私が講演台の前に立つと場が一瞬だけ無音になった。
「今おならしたら一発でバレそう」などと呑気に考えている自分に笑いそうになるも表情筋を駆使して真面目な顔を保つ。
会場中の視線が私に集まるのを感じる。
――憧れ、好奇、嫉妬、軽蔑、殺意。
様々な感情が視線と共に容赦なく飛んで来た。
しかしそんな感情と感情が混ざり合うだけの静寂も長くは続かず、すぐにザワザワと騒がしい会場に戻った。
「見ろよ。アイツが今年のトップだぜ」
「あぁ。大覚寺様とかを抑えて首席とかどんだけバケモノなんだよ」
「そういえばさ、一般入試組の試験項目にはさ『見た目』ってあったよな?まさかあの見た目で通ったのか?」
「まぁ、なんてみすぼらしいのでしょう。あのタワシのような髪に貧相なメガネ」
「あれでもディストリクト6出身の身にしては精一杯のお洒落なのですよ。オホホホホ」
「…」
色んな声が聞こえる。
私を褒める声も貶す声も。
でも、
そんなのどうでもいい。
私はただ自分の目的の為に己が今成すべきことを成すまでなのだから。
「…フゥー」
誰にも聞こえないように1回だけ深く息を吸って、吐く。
講演台に隠れるところにあった両手をブラブラと振る。
それから私が真っ直ぐ前を向くと、調度、空中に浮いていた拡声器が音も無く私の口許に寄ってきたところだった。
喋り出す前の最終確認。
……よし。
「麗らかな春の日に……」
先程までガヤガヤと煩かった会場は静まり返り、皆一様に私の言葉に耳を傾けていた。
ハハハ。
こりゃ凄いビジョンだ。
負の感情が勢揃い。
負の感情のオールスター感謝祭でも開けそうだ。
しばらく平穏な学園生活は送れそうにないね。
「……私たち、新入生324名は今日、私立清蓮学園に入学します」
首席挨拶を締めくくり、一歩後ろに下がる。
そして他の生徒たちと同じ方向、つまりは国旗掲揚がなされた舞台後方に面するように直立不動の体勢をとる。
「新入生、規律」
司会の先生が号令をかける。
その号令に従って、一斉に立ち上がる音が講堂に木霊する。
「礼」
私は頭を下げながら思う。
これからの三年間、どんな学園生活が待っているのだろうか。
私の学園生活に幸あれと。
それもかなり切実にーー。
新入生挨拶…舞台の上に立つだけでも筆者にとっては死亡フラグものです。
実際、とある武道の大会に出ただけで足が震えて試合どころじゃありませんでした(笑)