地下4階
こんにちは。
今回はside:unknown……というよりも、この物語の題名にもなっている『彼ら』がついに登場です!
タタタタタ。
素早い手つきでタッチパネルを操作する男。
ブーンと音をたてて空中に浮かぶ数え切れない程のモニターから発せられる光を反射して、その瞳は青く輝く。
ところ変わって学園内のとある一室。
弥佳紗が人型アンドロイドと学校全体を使って壮絶な闘いを繰り広げている調度その頃。
対核兵器使用の風も日の光も入らない、鉄の箱のような部屋。
その両サイドの壁には、レーザーガンから日本刀から各種暗器まで様々な武器が所狭しと吊り下げられている。
部屋の左上端に「旧型資料保存室」と、右上端に「機材室」とそれぞれ書かれたプレートが取り付けられた扉があり、中央はスパイ系のテレビや映画で観るような会議室仕様になっていた。
そんな学校の中とは思えないイレギュラーな空間。
地図上には存在していないその部屋にて。
プシューと音をたてて扉を開けて中に入ってきた制服姿の男子の視線の先には空中に浮かぶ映像に没頭してブツブツ呟く男がいた。
たくさんあるモニターのうちの一つに見入っている彼は、ミルクティー色のカーリーヘアにクリクリとしたヘーゼルナッツ・アイ、傷や染み一つない色白の肌に程よく高い鼻、というとても整った、否、かわいい男の娘と呼ぶべき容姿をしているのであるが、ビロンビロンに伸びたみすぼらしいジャージがせっかくの麗しい顔を台無しにしていた。
対して、今しがた入室してきた男は和服デザインの制服を隙なく着こなしておりどこか貴公子然とした空気を放っていた。そんな彼はミディアムに切りそろえられた艶やかな黒髪を溜息交じりに搔き上げ、切れ長の碧眼をジャージ姿の男に向けた。
「なにをしている」
「んー、べっつにー」
回転椅子の上で丸めていた体を伸ばし、ミルクティー色の髪をフルフルと振る男。
彼はさっきまでやっていたことを碧眼の男から隠すように、手元のタッチパネルに手を伸ばそうとした……が、
「『別に』で済まされることではなさそうだな、鳴海」
時既に遅し。
碧眼の彼が見逃すことはなかった。
それでもなお誤魔化そうとヘラっと笑って言った。
「コウちゃんってばスーぐ僕がイタズラしてる、って疑って」
「コウちゃんと呼ぶなと毎回言っているだろう」
「メンゴメンゴ、こーちゃん」
「……、学園警備用アンドロイドを対テロモードに設定する正当な権限を今のお前は持っているのか?」
「はいっ!」
「誰からそのような許しを得た?」
「暇だからです!!」
「…俺の言葉が通じていないようだな」
「さっすが”氷のプリンス”。
一瞬にして場の空気が殺人現場と化したねー」
ウンウンと大げさに首を縦に振りながら言う鳴海。
口では怖いと言いながらも、全く動じない彼もまた普通ではない。
“氷のプリンス”名物である絶対零度の努気を軽く受け流しているのだから。
矛と盾のような正反対の性質を持つもの同士のぶつかりあい。
部屋の大気がどんどん凍っていき、そろそろ吐く息が白くなるのではないかというくらいにまで室内が冷えた頃、とうとう一青が折れて努気を閉まった。
「さっさと言え、このモップ頭」
「コウちゃんドイヒー!」
「3.2.1.…」
「……鳴海、詳細を説明しろ」
「……はーい。これはレッキとしたオシゴトだから安心してよ」
「説明しろ」
「んーっとねー、今から1時間前に学園側からきた要請でね、『黒羽弥佳紗』って高一のコが登校してきたら取っ捕まえてウェストホールまで連れてこいってさ」
「……黒羽弥佳紗?」
「そーだよ。今年の首席様」
「あぁ」
「そりゃー、あれだけ大々的に報道されれば誰でも知ってるよねーー……でさ、あの子。
黒羽弥佳紗ちゃんってさ、中々オモシロイ子だと思わない?」
「何故?」
「ディストリクト6出身で、首席、しかも入学早々重役出勤って!」
プーーーーーークククク。
部屋に鳴海の発する奇妙な笑い声が木霊する。
彼は体ろ縮こまらせて馬鹿笑いすると最後に一言「いい気味。これでプライド高い校長側も何かやらかしてくれるだろうね。…弥佳紗ちゃんグッジョブ、」と物騒なことこの上ない発言をして正気に戻った。
そして一度ツボに入ると中々止まらない鳴海が落ち着くのを待っていた“コウちゃん”は、ジャージ姿の塊を胡乱な眼で見ながら話を再開した。
「それがこの現状とどう繋がる?」
「気になる?気になる?」
「さっさと答えろ」
「えー?」
「5.4.……」
「それ、何のカウントダウン?」
「さぁ?」
「ちょっ、ねぇ、話し合えば分かるって。早まっちゃダメだよ」
「3、2、1……」
「し、ししししっかたないなー。コウちゃんに特別サービスで今なら……『特別サービスなど要らないから至急説明しろ』」
「んもー、こーちゃんはツレないなー。プンプン」
「…」
「…」
語尾に音符ごつきそうな調子で、しかもブリッ子風の身振り手振りつきで言う鳴海。
男の娘な彼がやると似合ってしまい、コウちゃんと呼ばれた黒髪碧眼の美青年は反応に……困ることもなく、いつも通りスルーした。
表情一つ変えることなく。
ただ空気だけは侮蔑を匂わせて。
……非常に高度な技術である。
「…そこ、スルー!?痛いイタ過ぎる!!
そこはツッコんでくれないと恥ずかしいでしょ?ウサギ並みの僕のメンタルがどうなってもいいの?泣いちゃうぞ!」
「……」
「コウちゃんの目が白いよー。怖いよー」
「……」
「出た!コウちゃんの必殺技、鉄壁の無視っ!」
「……」
「ご、ごめんなさい。そんな怖い顔しないで。
セッカクのコウちゃんの美貌が台無しだよ」
「普通だろ」
「やっと喋った!って、え?明らか怒ってる、よね?」
「報告、」
「あ、はい。
…俺だって最初は10体程度でイイかなって思ってたんだよー。でもねー、弥佳紗ちゃんてねツレないからいくら囲んでも簡単に逃げるわ、捕まらないわで増やさざるを得なくなっちゃったんだよ」
男はピクリと片方だけ眉をあげて微笑を浮かべた。
「ほう…対テロモードのアンドロイドを逃げるか……」
「そーなのそーなの」
鳴海が部屋の中央に黒羽弥佳紗の個人データを表示させて補足する。
「3109年2月29日生まれ。15才、女。住所はディストリクト6ブロック17の3714。父親、母親、姉の極々フツーな家族……うわっ、この子あのスクールNo.666――『悪魔の巣窟』出身者だって!そこで生き残ってることからして犯罪者かと思いきや、犯罪歴は無し。…天然記念物だね!
で、次。こっからは非公式のプロフだね。
…なになに……、本来は栗色の髪にハシバミ色の瞳だが、ボサボサの黒髪のウィッグを被って一つに束ね、メガネをかけている状態が標準装備らしいよ。
……うん。何で変装してるのかは疑問だけど、”データ上は”パンピーって感じだね」
鳴海は“データ上は”の所を妙に強調して言ってから、タッチパネルのとあるボタンを押して複数の映像を空中に出現させた。
「コレ、さっきアンドロイドたちに彼女を追わせた時の映像。
端ッコのタイム見れば分かると思うけど、アンドロイドたちがその場に到着する数分前には必ず逃げてるんだよねー。
……でも、唯一の例外がコレ」
急に一切の表情を消して告げる鳴海。
そもそも対テロモードのアンドロイドに捕まらない時点で異常なのだが、鳴海の言う例外とやらは、映像の中で逃げ回っている女がただの人間ではないことを示すには十分すぎる代物だった。
「気づいた?煌冴」
初めて男子生徒の名前を呼んだ鳴海。
それは事態の深刻さを物語る現象であった。
「…あぁ。完全に電源落として死角に立ってるアンドロイドをどうやってか知らんが察知して避けた…100メートル先でな」
「せーかい。パチパチパチー。
あれは”鳴海”の次期頭領の僕にもできないよー」
―ー黒羽弥佳紗、普通じゃないね。
そう続けた鳴海。
彼はいついかなるときもヘラヘラしているが、”仕事”のことになると一才表情の無い完全無欠の『鳴海魁人』となる。
仕事というのは、彼の家独特の家業である。
家業というのは平安時代から続く『忍』――すなわち情報収集稼業のことであり、鳴海家はその忍の家の中でも上忍の家のだったりする。
そんな家の次期棟梁である鳴海。
彼の諜報及び暗殺能力は、裏の世界では知らぬ者がいないくらい有名なのだ。
「……(アイツが、あの鳴海が「出来ない」と言ったのだ。人間の能力を極限まで引き伸ばしたアイツが無理だと。というと、考えられる可能性は一つ……)」
「おっ!その顔だと、コウちゃんも僕と同じ考えみたいだねー」
ニヒヒと笑いながら言った鳴海は、男が続ける言葉を待って静かになる。
空中に映し出されたホログラムは黒羽弥佳紗と呼ばれた少女が二十体のアンドロイド相手に校内鬼ごっこという名の壮絶な戦いを繰り広げる様を繰り返し繰り返し流し続けている。
その映像に時々
「私は生徒!職員室に行きたいだけのただの生徒!」
「モードをS級テロリスト対策モードに切り替えます」
「まだ追ってくるよー。(泣)」
「作戦γを展開します」
「ヒィーーーー」
「捕獲対象発見。捕獲対象発見」
等の悲鳴が入っているのはご愛嬌。
一人の少女によって創られる、愉快なサウンドをBGM 代わりに無言の状態が続く。
そして暫しの間の後、煌冴は彼女の正体に対してこう結論付けた。否、そう結論付けるしかなかった。
「――おそらく、そいつはオーバーヒューマンだ」
オーバーヒューマン。
「超人」を単に英訳しただけの何とも厨二病チックなネーミング。
太古の時代から少なからず存在したとは言われているが、今から約200年前あたりから一般社会にも出現し始めたオーバーヒューマン。
文字通り人を超えた能力をもつ人間のことをそう呼ぶ。
感覚器官のいづれかが強化されていたり、腕力や脚力が人間の域を越えていたり、火や水など自然を操るものや自分の体の一部を変化させるなど能力は人それぞれだ。
ただ、オーバーヒューマンは人類の中ではまだまだ稀少種にすぎず、オーバーヒューマンは様々なところから欲される。
故にオーバーヒューマンがらみの事件が多発しているのもまた事実なのだ。
「なんかスゴそうな子の御登場だね」
「あぁ。ロクに学習環境も揃ってないであろうディストリクト6出身なのに首席という時点で気になってはいたが。周りはこれから確実に荒れてくるだろうな」
「だよねー。ターいへん。また忙しくなっちゃうねー」
あくびをこぼしながら気だるげに言う鳴海。
今のアイツのといえば、来客用のソファーの上でグデーと延びているという何ともマヌケな有り様だ。
「おい、鳴海」
「なーに、こーちゃん」
「任務だ」
「ん?」
「黒羽弥佳紗を監視しろ」
「…りょーかい」
「監視に加えて、コイツがオーバーヒューマンかどうか、もしそうなら能力の内容を明らかにさせろ」
「はいはーい」
本当に了承しているのか分からないほど絞まりのない返事を聞き流し、煌冴の意識は空中に映し出されている黒羽弥佳紗の映像に向かう。
よくよく映像を見てみれば、ふざけた悲鳴を上げながらも対テロモードのアンドロイドからの攻撃を意図も容易く避けている。
――まるで、どの様な攻撃がどこから来るのかわかっているかのように。
これも黒羽弥佳紗がただの一般人ではないことを示す証拠だ。
上流階級の子息・ご令嬢が多く集まるこの学園には、間諜目的で入学してくる存在は後を絶たない。
敵のものであろうと味方のものであろうと関係なく、弱味をにぎるために。
弱味を握っておけばいつの日か役に立つ。
ある時は保身のために。
ある時は相手を潰すために。
こういった場合に備えて持てるカードは持っておくに越したことはないのだ。
ただ……彼女に限って、その線はほとんど消される。
ディストリクト6出身おまけに首席入学という時点で良くも悪くも目立ちすぎている故に間諜には向かないからだ。
となると、尚更正体が掴みにくい。
「あの女は何者だ?」
思考に没頭する煌冴。
微かに響く空調の音だけがその空間を支配していたのだった――。
ちなみに今回のサブタイトル「地下4階」とは、『彼ら』の本拠地がある場所です。
データ上では『校舎に地下階は存在しない』ことになっているのですが、『彼ら』の本拠地故に秘匿されていた…というワケなのです。
p.s.
その地下4階への入り方はかなり独特なもので、「あるトイレのウォシュレット操作盤を特定の順番で押していくと…」「保健室の奥の薬品庫から…」などなどたくさんあります。
しかしそれらの出入り口がその場所につくられたのには深い理由があって……。
その理由と言うのが「学園SP」結成のプロセスにも大きく関わってくるんです。……乞うご期待。