まだ見知らぬ君へ
side:unknownです。
彼らの正体については物語が進むごとに明らかになっていきます…乞うご期待!
時間軸的にはディストリクト6において絶賛指名手配中の少女――黒羽弥佳紗が、やっとのことでディストリクト6を脱出た少しあと。
舞台はとある廃屋へと移る。
外壁としての役割を成すはずであったであろうコンクリートの欠片たちは点々と地に散らばり、ただの小石と化していた。
中は中で、天井にて複雑に絡みついた蜘蛛の巣や黒綿のようなホコリの塊に侵食され、闇の中で黒光りするあの“連中”が闊歩していたり…と、まるで廃屋のモデルルームの様なあばら家の一室にて一人の男がニマリと笑った。
「……」
その不気味な容貌に見合った笑い声を上げるでもなく、静かに誰にも見られることのないフードの奥で金色の目を輝かせてモニターを覗く男。僅かに見える口唇は赤く、妖艶に弧を描いていて、肌は病的なまでに色白であった。
旧式のモニターがズラリと並び、暗い室内を煌々と照らす中、画面の一つを眺めていたローブ姿の男は、回転いすの背凭れに体重をかけ上体を反らせると手前にあったマグカップを取りその中身を啜った。
「んー…やっぱり配給品はイマイチ、かな」
男が口の中に広がる加工物じみた酸味に顔をしかめていると、数秒のうちに自身のいる部屋に着くであろう一つの足音が聞こえた。
聞き覚えのあるその足音は明らかに武を嗜む者のそれで、その人物がかなりの猛者であることが窺えるものであった。
音の近さからして数秒後に「彼」が来るであろうこと、そして扉を破壊しながら怒鳴り込んでくるであろうことを予測できていたローブ姿の男だが、特に何をするでもなくただボーッと椅子に座っていた。
「『K』」
「何だい、真木?」
「”品物”は無事”流通経路”に乗った」
意味有り気に特定の単語を強調して発音する真木と呼ばれた男。
彼の右手には破壊されたドアの取っ手が拉げた状態で握られており、その後方で扉が木片と化していた。
彼は自分が破壊した物の存在に気づき一瞬目を留めるも、1秒後には何もなかったようにドアノブを捨てズボンのポケットに手を突っ込みながら壁に寄りかかった。
「…」
「……」
「おい、」
明らかに怒りのに滲んだ…否、殺気を孕んだ鋭い視線が『K』に向けられる。
「今回、ディストリクト6中に
『賞金首:黒羽弥佳紗。賞金:パスポート、100000000ビット』
なんざ、フザケたお触れを出しやがったのはテメーだろ、、、」
「…なにをそんなに怒っているんだい?どうせ、腹いせに結構な数の“ゴミ”を片付けてきたんだろう?今までもそうしてきたように…」
「…俺は任務を果たしただけだ」
「彼女(黒羽弥佳紗)の“能力”からして、彼女自身自分の身は自分で守れる…そうだろう?今はまだ全てを使えないにしても」
「…」
「…まあ、ディストリクト6でよかったね。変死体なんてゴロゴロ転がってるからいつもみたいに清掃する必要がないし。で、も、ミンチはやりすぎだよ。美しくないじゃないか」
「…じゃあ自分でやれ」
「その戦術は最適ではない。だから却下だね。
それに今もところ僕たちの中では君しか黒羽弥佳紗に近付ける人間がいないからね…厄介なことに」
「あんたでもか?」
「うん、難しいね。だからこそこっち側に引っ張り込みたいんだけど、」
一旦言葉を切り、部屋の端に移動する『K』。
そこには埃を被った猫の物置が一つポつんと置かれており、それ以外何もない。
しかし『K』がそれをグルりと半回転させると、下から鉄のボトルとコーヒーミル。そして一組のマグカップ、更には扇型をした茶色い紙と銀の匙が突如として出現した。
要するに仕掛け扉のようなものである。
生活跡をなるべく気付きにくくさせるためにも各地の拠点にはこのような仕掛けがいたるところに施されていたりするのだ。
「…」
『K』は僅かに口元を緩めながら新しいマグカップにお湯をかけていく。コーヒーフィルターの端から中心に向けて円をかくようにゆっくりと。
「…味方になるかどうかも分からないあの子を受け入れるのはさすがに無理がある。それにいつまでも彼女のことを待てるワケでもない…」
「何が言いたい?」
「………早く任務遂行してね、ってことだよ。真木、」
「…俺との『契約』はどうするつもりだ?」
「あー、君がこちら側に着くうえで出した数少ない条件のうちの1つのことだろう、」
「…今更それを破るつもりねーよな?」
「ないね」
「信用なんねー」
「酷いな」
「胡散クセー詐欺師みたいな笑い方してっからだろ」
「……それよりも、どうだった?久しぶりの”愛しの人”は」
面白がるように聞く『K』。
彼の声は心なしか弾んでおり、そこでようやく今回のミッションが自分に割り当てられた一番の理由を悟った。
「…」
「で、どうだったのさ?この僕がワザワザ感動の再会?再見を用意してあげたんだけど」
「……」
「ん?」
「……お前もミンチにしてやればよかった」
「嫌だね。僕が旅立つなら美しく旅立つよ」
「やるか?」
そう言って目にもとまらぬ速さで鉄の塊を『K』の頭に突きつける。
カチャリ、と嫌な音が響くも銃声は未だに聞こえない。
「そんな物騒なもの仕舞ってよ。今それの引き金を引いちゃったらこの部屋もろとも灰になっちゃうって分かってるでしょ」
「俺は平気だ」
「真木はね」
「お前は確実に死ぬけどな」
「君も“再生”するのにかなり時間かかるんじゃない?痛みも酷いだろうし」
「別に」
そして真木は八切れんばかりの筋肉がついた左腕をスッと引くと銃にも似たそれを太腿のホルスターに差し込んだ。
「…うん、でさ。彼女のことなんだけど、本当にどうするつも?
もしあっち側に付かれでもしたら君との“契約”は破棄せざる得なくなるよ」
「分かってる」
「じゃあ早速次の任務」
「…」
銃らしきものを突き付けられても微笑みを崩さなかった『K』が、真剣な顔で切り出す。
それに応えるように真木もまた定例通り床に膝まづいて頭を垂れた。
「――真木暁司」
「、」
「『arma』のリーダー『K』の名において君に『黒羽弥佳紗の保護及び監視』を命じる。
ただし手出しは最小限にし、誰とも接触しないこと」
「…承知」
「特にかつてのお仲間―ー薬袋斗一とか一青煌冴とか、『SP』の連中には気を付けてね」
「…」
「……あと気を付けなきゃいけないのは清蓮四寮長とあの(・・)グレンヴィル家のお坊っちゃんを代表とする外つ国からの御来賓かな。余計な客は招きたくないからくれぐれも気を付けてね、真木も十分に分かってると思うけど」
「……」
「真木?」
「……“契約”は守れよ」
「はいはい。
武器はいつも通り開発部に預けてあるし、移動もカミラに声かけて」
「ん」
そして真木は一文字だけ発すると部屋を出ていった。
対して『K』はマグに残っていたコーヒーの最後の一滴を飲み干すと、空になったそれを机に置いて一人ごちた。
――黒羽弥佳紗のことだから、いくら本人が傍観者でいようとしても必ず表舞台に引っ張り出される。だいたい、そうだな…………4寮長?3寮長?からの個別入寮試験あたりか。その頃はSP の連中も『草』の一件で身動き取れなくなるだろうし…………あれを試すのに調度いい。
蜘蛛の巣だらけの天井を見上げて大きく伸びをしながら、一組織、それも国から超S級犯罪組織認定を受けた集団の頭らしく次に起こすべき行動を頭の中で練り上げていく。
複数の連鎖反応さえも組み込んで緻密に――。
「やっとだね。黒羽弥佳紗」
――キミは覚えているかい?4年前あの日を……。
プランは完璧。あとはキミが手に落ちるのを待つだけ。
…実に素晴らしい。
今はただ1人しか存在しないその部屋にて、『K』はローブの奥で人知れずニマリと笑ったのだったーー。
ちなみに、今回出てきた2人はかなりの重要人物です(故にこのページは伏線的役割がかなり強いです)。お楽しみに!