課題
お久しぶりです。
この話は前置き的要素がだいぶ強いので、興味がないと思われたら次話の更新までお待ちくださいm(__)m
「ッつ!!」
旧時代の電子機器に囲まれた部屋から八条院先輩が完全に退出した瞬間、背後で何かが上から落ちてくるような、それもとても重いような物が落下してくるような音が聞こえ、慌てて彼の左腕を掴み抱き留める。
同時に先輩の頭を抱え込み、音のした方に背を向けた。
「ブッ、」
数秒後、地響き風圧と共に砂塵が顔に吹き付けていき、髪が上へと舞い上げられる。
目を瞑りながら最低限砂嵐が落ち着くのを待ち、咽かえりながらも音の元に視線を向けると、私たちが出てきたところが塞がれており、さらに周囲を“視た”ところ、扉が倒れてくるなどの二次被害のような物はなく、地面が崩壊したり壁が倒れてくるなんてこともなさそうだった。
「……先輩、無事ですか?」
「…晒でも巻いとんの?」
「は?」
「さっき、胸に顔突っ込まれたさかいに…、ほら、な?」
「あ…、」
「自分、けっこう胸あるやろ?…E?F?どないや?」
「…」
「…」
「お見苦しいものを、失礼いたしました」
「お、おう」
――あー、しまった。
色々な意味でやらかしていることに気付き、気不味さに私の腕から先輩を開放し、周囲の確認をするふりをしながら顔を逸らす。
恥ずかしい。一生の不覚。
というよりも、先輩に対する申し訳なさが先立った。
仮にも彼は学園一の美男とされている人物であり、人との関わりが極端に少ない私が、この教室や廊下でもしょっちゅう名前および彼が如何に眉目秀麗なのかを耳にするほど有名な御人だ。
――選り取り見取りなんだろーなー。
顔の美麗さもさることながら、様々なご令嬢との“関係”も実際によく耳に入れられる(・・・・・)為、例えその噂のうちの九十九が嘘でも一つは真実なのだろう。
だが、先程扉やその周辺を“視た”時に偶然目にしたのは、彼が己の抱える矛盾がいつか自分を滅ぼすことになるということを覚悟している、といったような思考の欠片だった。
まるで、今にも崩れそうな断崖絶壁からどこまでも続く虚空を眺めているようなビジョン。
あと一歩分でも崖が崩れれば永遠の闇に落ちることが分かっていても、不思議と彼の心は凪いでいた。
――そして、これは私にとっても非常に見覚えのある景色だった。
今はあの現象が異能力によるものだと知っているが、全ての意識体のコマンドが私に集約されたような感覚を初めて味わったあの時。
私は、はっきりと覚えている。
今の彼が観ている崖が私の内に現れたことを。
私は崖の先に踏み出し苦しみを絶つのではなく自身の弱さに抗うことを決め、その瞬間目の前にあった黒に覆われた風景が消え、ビジョンが脳に入り込んできたことを。
あの崖は彼が何かしらの大きな犠牲を払わない限り目の前から消えることはない。
そして、崖を見続けると、いずれは崖のその先に吸い込まれることとなるのだろう。
私は落ちる寸前にこちら側の世界に戻って来れたからこそ、今こうして現実世界で息をし、二本足で地面に立ち、思考を巡らせることもできる。
「…」
「何や怖いで、そん顔。悪い事企んでるんとちゃう?」
「これが普通ですが何か?」
「いーや、絶対さっきのは何かやらかしおるやつの顔やったで」
「そうですか。では、ご想像にお任せします」
「やっぱりな!!」
「…、」
何が「やっぱりね」なのだろうか。
彼はどうも自己完結をする癖がある。
…まあ、こちらに害がなければ一向にかまわないのだが。
ひとまず、これまでに得た情報を整理するとこうなる。
この試験の満点は薬物に関する厄介ごとを誰にも気づかれずに一掃すること。
しかも、恐らくは、追加課題として「彼を救う」という難問にも正解しなくてはならない…できなければここから生きて帰れたとしても、いずれ彼は私を不要物として認識し、そう遅くないうちに私という存在の排除に動くであろう。
「…面倒くさ」
精神的な問題など、自分で解決してくれ。人を巻き込むな。
と、声を大にして言いたい。
そもそもこんな個人的な理由で人一人拉致して、危険な場所に連れてきて、さらには報酬無しの仕事をさせるってどうなのよ。
…最低でも、この試験が終わったら制服に被った損害分、占めて一着30ロータスはこの人に請求してやる…という思いを込めて八条院先輩を睨む、いや、彼に鋭い視線を向けると、諸悪の根源は何食わぬ顔でキョロキョロと辺りを見回しては、フラフラとあてもなく近辺をほっつき歩いていた。
「ちょっ、八条院先輩、相談なく動かないでください。さっきみたいに何が起こるか分からないですから」
「んーー」
「すぐさまこちらに来てください」
「えー、面倒くさい」
「そう言うあなたが面倒臭いです」
「えっ、何々?」
「いいです。私がそちらに行くので動かないでください」
ジジジと嫌な音を立てる細長い物体によって薄ぼんやりとは辺りが見えるのだが、非常に視界が悪いので、背負っていた銀色の袋を前に持ってきて探り、ケミカルライトを一本取り出すと、パキッと折った。
シュー、という音と共に白煙を上げながら青白く輝く一本の棒を翳しながら右手を見ると壁があり、錆びた配管とガラスに包まれた回路…恐らくは“けいこうとう”という灯りの一種だろうが…がズラリと付いており、コンクリートが溶けて橙色に変色しているところも見受けられた。足元にはこれまた終わりの見えない平らな鉄が隣り合わせになって敷かれている。そして、鉄柱を交差させて作った仕切りの先もこちら側と同じような状態で。
先程落ちてきた水滴の元を見つけるべく顔を上げると、頭上には所々千切れかけた太い糸のような物が垂れさがっており、天井一面に水滴が付いていた。
「はよぉ、弥佳紗ちゃん!ここ暗くて怖いんやけど」
「…だったら一人で動かないでください」
「ごめんて」
「今行きますから待っててください。おとなしく」
「なんや、ものごっつい悪意が見えるわ」
「そうですか」
彼は元いた場所から十歩ほど先にある、二本の鉄の棒の間に立っていた。
その鉄の棒は見た限り単体で転がっているわけではなさそうで、実際に灯りを前に突き出して確認すると先へ先へと続いており、終着点が見えなかった。
たくさんの石の上に等間隔に敷かれたそれらは、どこか見覚えがあって。
「…」
実際に見たことはない。でも知っている。
ということは、本の中で出会った物体。
つまりは、旧時代の遺物である可能性が高い。
そして、本が残っているということはつい二、三年前まで行われていた焚書運動を乗り切った重要な書物。焚書家をも留まらせた重要な技術が記されていたはず。
…人類史上初の技術革命って?
言語や宗教革命ではない何か。
…なら、一つに絞られる。
「産業革命、」
18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業に関する変革と、それに伴う社会構造の変化。
その中でも一番の肝は、蒸気機関の開発――。
「先輩、これって“でんしゃ”ですか?」
「よぉ分かったな!!やっぱり弥佳紗ちゃんはすごいわ」
「工場制機械工業が成立もそうですけど、蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船や鉄道が発明されたことにより交通革命が起こったことも、『でも、それが氷河期の始まりやった』」
「…」
「せやろ?」
「えぇ。工業化の進展や自動車の普及に伴う大気汚染・酸性雨から始まり、工業排水や生活排水などによる水質汚染・土壌汚染。フロンガスの排出によるオゾン層破壊。二酸化炭素等の温室効果ガスの放出などによる地球温暖化・海面上昇・凍土融解。燃料を得るために行った開発に伴う生物多様性の減退・生態系の破壊、自然への影響を考えない土地の開発、植林を考慮しない大規模な森林の伐採の数々。それら全てが『裁きの7年』を引き起こし、最終的に地球を眠らせた。故に我々はこの悲劇を引き起こさない為にも、国民による不断の努力が必要なのである」
「教科書まんまやん」
…話がだいぶ逸れたが、この鉄の正体は電車の“レール”というもので、これらの上を電車というモノレールに似た鉄の箱が人や物を乗せて走るのである。
「それにしても、よくもここまで旧時代の遺物を再現できましたね。データもほとんどが消失しているはずですし、再現するだけの資材を集めるのにもどれだけの財を払ったのか…八条院先輩、本当に貴方はなにしてるんですか」
「面白ければそれでええの、」
自分に言い聞かせるようにして弱弱しく答えた彼は、足元に転がる無数の石の内上に飛び出ていた一つを蹴ると唇を尖らせた。
子供のようなしぐさをする彼の印象はもう「幼い人」というものしか残っていない。
最初、初めて顔を合わせた時は彼のことをイカれた殿上人くらいにしか思っていなかったのだが、今は迷子の子供くらいにしか見えない。
困った。
非常に扱いが難しい。
ここまで自己矛盾の激しい人間は久しぶりだ。
ディストリクト6の人間の頭にはそもそも「殺す」「犯す」「奪う」の三択しかないし、この学園の人間もまた己の欲に忠実な人ばかりで、能力を使わなくてもたいていの思考は読める。
だがこの人は、自分の心を認識しながら、脳が相反する最適解を導き出し、それに従って行動してしまう…そんな矛盾に襲われている。
「あー、ほんと、面倒くさい」
手をつけば簡単に崩れ落ちそうな鉄柱が終わりが見えないほどズラリと並ぶ道においては、薬物中毒でなくとも死因はいくらでも作れそうだ。
私たちのどちらかが死亡、または続行不可の重症を負うと試験終了、という枷も忘れてはいけない。
天上から滴る水が偶然私の頬にポつりと落ち、その鉄臭さに思わず顔をしかめた。
さらに、その水滴が落ちたところが少し痒くなったような気がしてゴシゴシと顔を拭い、取り敢えずは一個しかないヘルメットを八条院先輩に被せる。
「それ、被っててください。出発します」
扉落下事件もあり今の今まで後れを取ってしまったが、そろそろ動かないといつまで経っても試験を終わらせることはできない。
風が入ってくる方向へと進路を取ると、壁から少し離れたところを縦一列になって歩く。
幻想花の花弁から発せられる独特な甘い香りと鉄錆びの匂いが湿っぽい空気に乗せられて鼻孔を擽る。
足元は所々に氷河期の名残か、水溜まりがあり、うっかり踏み出してしまうと靴が濡れるわ、唐突に鉄が飛び出ており下手すると踏んづけて足に貫通させてしまいそうになるわで、身の危険はないものの、どちらも私の靴に微妙なダメージを与えてくるのが嫌な感じだ。
しかし、私にとっては「嫌な感じ」で済むことも、上層階級出身の彼には耐えられなかったようで「いやや、帰りたい、なにこの水。ネチャッとした。こわいわーーー」などと終始騒ぎ続けていた。
――これからが本当のスタートである。
大学の試験も終わり、やっとこうして作品をゆっくり書く暇ができました。嬉しい限りです。
…しかし、またすぐに忙しくなってしまうのが惜しい…。




