孤独の迷路
狂王襲来。
side:弥佳紗。
今は無き太平洋の真ん中にポツンと浮かぶ孤島のように、宇宙の端に漂う小惑星のように、世界は私を置き去りにして進んでいく。
譬え私が泣き叫んだとしても回り続ける世界に使役される日々。
――戦いは終わらない。
「おはようさん」
恐らく、過去最大級に凶悪な顔を晒しているであろう私の目の前でニコニコと手を振るのは学園一のたら…色男、であろう八条院柊真…先輩。
――何故だ。何故、こうなった。
「なんや、気に入らんちゅう顔やな」
「私の表情筋は正常に機能しております」
「そこ、否定せえへん?」
「…紫月寮の寮長様が私のようなしがない一生徒に何の御用でしょうか?」
ええ、気に入りませんよ。
とは言えず、若干嫌味も混ぜつつチクリと一言。
退院した日は日曜日、土曜日に行われた花雅寮個別試験から実に二日が経過した今日。一週間の始まりの朝の空気はどこまでも澄んでいて、空は雲一つない快晴だというのに何となく嫌な予感がしたのだ。
背筋が常に悪寒を訴えるようなそんな気味悪さ。
それを感じた時点で引き返すなり、断食してでも安全地帯に撤退するなりすればまだ何か変わっていただろうか。
――本気の本気で出会いたくなかった。
視えるのだ。この人もまた異能力者であるということが。
あの日、死にかけて一青さんや薬袋さんに出会った日から私の中に潜む“人間ではない何か”――それを人はオーバーヒューマンというのだそうだが――が本格的に目を覚ましてしまった、そんな気がする。
何故かは分からないが、近付いてはならない禁域に入ってしまった。そんな感覚だ。
「…そないな顔するくらいやったらワイのことなんか無視したったらええのに」
「無視したところで目先の利益しかありませんから」
「そか」
「そうです」
「…サービストークくらい付き合ってや」
「実際、あなたの見てくれに釣られて無駄な話をしたり、間違った話の流れを作ったりしたら自分自身に不快になりそうなので」
「ははははっははははっははははっははっは」
「?」
「ふ、ははははは」
「?」
「し、し」
「??」
「心底嫌だ、ちゅう顔しよるわ。ははははっははははははっはっは」
「は?」
「はぁー、おもろ。人のこと良く見てんのかと思ったら、自分中心のご都合主義的考えだったとは。…ミカサちゃんやるなー」
いきなり狂ったように笑い出した八条院先輩に思わず素を滲ませながら驚いてしまったが、もう気にしないことにした。
知らん。
関わったら負けだ。
「失礼します」
「はい…て、ちょ、待ってや」
「失礼します」
「…さっきの、本当は話を深く聞かれるのが嫌だったんちゃうの?」
「…」
私の腕をつかんでそのまま引き寄せると耳元で囁いた彼は、冷たい手と全てを見限ったかのような、そんな声をしていた。
――やーっと真打出してきたよ、この人。
本来の彼を引き出せたら勝ち。
今回の彼の狙いはそれだった。
そしてその狙いが達成されれば何か重要なことを告げる、そんなつもりだったようで。
「行こか」
話は安全なところで。
彼はそう言いたげに親指を彼が来た道の方へ向けた。
――戦う敵は選びたい。
ここで「行きません」など言おうものなら、私のことを“それまでの存在”と見なし、本気で消しにかかってくるだろう。
花雅寮個別入寮試験を受けたことで良くも悪くも注目を集めるた私を不満に思う集団も、入試で不正したのではないと分かって穏健派に交じってくれた集団もどちらも存在するが、結果としては依然常日頃敵意を向けられている状態。
そんな時に学園の四大権力者のうちの一人である八条院柊真という存在を敵に回したくはない。そして、もし私が逃げるという措置をとっても後から四寮管理課から通知が来るだけで物事は悪い方向にしか進まない。
なら、付いていくしかない。付いていって彼の本位を見極め、少しでもこのゲームを優位に進めるしかない。
――ねえ、そうでしょう?
「失礼します」
八条院先輩に連れられてやって来たのは…知らない場所。
ごめんなさい。
きちんと実況中継しようと思ったのに居場所が分かりません。
途中までは分かっていたものの、第一校舎の空き部屋から地下通路に入った後から現在地を把握できなくなった。
だいたいこの位置にいるんだろうなー、とは当たりを付けつつも正確に把握できないなど初めてのことで僅かに動揺している自分がいた。
常日頃監禁紛いのことをされてきた私にとって、現在地把握は特技と言ってもいい技能のうちの一つだ。そんな私ですら正確に自信をもって自分の居場所を特定できないということ、それ即ち…、
「もう、試験は始まっている」
まさかとは思ったが事実のようだ。
昨日病院から帰ってきてBBを開いたら「重要」の文字と共に「紫月寮個別入寮試験開催」と銘打たれた電子メールが届いていた。そしてまた、妙に見覚えのある紙が部屋のポストに入っていた。
開始日時は不明
しかし開始前には必ず通達がある、とも。
四寮管理課は原則としてそれぞれの寮の方針に口を出せない為、「事前通知」及び「届け出」が済んでいれば何も言えないし何もしない。
そして、私が試験が始まったことに気付いていることを感づいたのか、八条院先輩は言った。
「…そう、気づいた?」
関西弁が消えた八条院先輩に、「やっぱりそっちが素だったか」とどこか客観的に分析しつつも、己の推察が当たっていたことを悟る。
彼の怖いところは、こうして全く悪意無く人を罠に引き込めるところだと思う。
「楽しければそれでいい」と、自分の計画の中で人が死のうと無邪気な笑顔を見せる。
…私はこんな理不尽な戦いにも挑まなくてはならないのだろうか。
たった一人のイカれたお貴族様のお遊戯のために、私は命を懸けなくてはならないのだろうか。
戦い続けて当然。
勝って当たり前。
負けたら要らない子。
「…」
どれだけの功績を積み上げようとも、私がすぐに切って捨てられる存在だということは変わらない。
――誰か私を見つけて。私を、抱きしめて。
必要としてくれる誰かが欲しい。
今にも叫びだしてしまいそうな私の痛みを受け止めてくれる誰かが欲しい。
私が必要としたときは自然と寄り添ってくれる誰かが欲しい。
いくら願っても、手に入ったと思った瞬間指の隙間から零れ落ちていくそれ。
永遠の渇き。
いつまでもつか分からないボロボロの心身を抱えながら独り眠り、朝日が昇る様を見る。
斬られ続けた心身はいつか不死身になって。でも死なないからといって痛みを感じないわけではない。
一瞬で終わる痛みよりもずっと痛い。
お願い。誰か、私を――。
「なにしとるん?」
ハッと顔を上げた先には首をかしげる紫月寮寮長。
――本当に何してるんだろ。
ついさっきまで心に浮かんでいた願いは霧消し、積み重ねてきた絶望が虚しさをつのらせる。
暗く湿った空気の地下牢が目の端に写る。
鉄格子は錆び付き、地面には青々とした苔と所々に毒々しいキノコが生えている空間。
一歩、また一歩と歩を進めるごとに妙に足音が反響する。
四方を見るからに脆いレンガの壁に挟まれたここはいつ崩れ落ちてもおかしくない。
「こんなところに来た狙いは何ですか?」
「お、やぁーっと喋りおった」
「…」
「足りへんなぁ」
「?」
「そういうところや」
「…何でしょうか?」
「ええか、試験の告知が遅れた詫びに一つ教えたる。情報を得たいなら少しでも情報を手に入れる努力せなあかんやろ…それができんくてから出遅れてんのやで。自分の持ってるもの全部使う覚悟で行かなこの試験も、この先も乗り切れへんで。せっかくええもん持ってんのやから、な?」
「そもそも八条院先輩がこの試験を企画しなかったら良かった話ですが?」
「あいたたたたた」
「今から試験中止にしてくださって大いに結構なのですよ」
「堪忍なぁ」
「…『楽しゅうないやん』ですか?」
「!?」
「顔に書いてあります」
「…」
「静かですね」
「…」
「あの、どこまで行くんですか?」
「弥佳紗ちゃんワイのメイドにならへん?今なら八条院グループ次期総帥のメイドっちゅう就職先、紹介したるで?」
「熟考させていただきます」
「弥佳紗ちゃんならええメイドさんになると思うのやけどなぁ。なっ、考えてみーへん?」
「熟考させていただきます」
「弥佳紗ちゃんのメイド服、に合うと思うで。保障する。弥佳紗ちゃん、意外と胸あるし体柔いし…」
「…準強姦罪、立証できますよ。今の触り具合なら」
さすが、学園一の女誑し。
噂に超絶疎い私でも聞いたことのあるほどの性生活のだらしなさ。
顔も無駄に整っていて、身分も世界最高級で将来安泰。頭脳明晰かつ運動神経抜群。
全く死角のない彼にはもれなく、こんな情けない優秀賞も付いてくる。
私に対しては初対面から残念さを前面に押し出してくるあたり、彼の目に私は女として写っていないのだろう。
女性に会うなり砂を吐くように、ありきたりかつ虫唾の走るほどの甘さの睦言を囁く彼は、見ていて吐き気がしたのを覚えている。
「そないな顔、せんといてぇーーーー」
「先輩こそ、どさくさにまぎれて抱き着こうとしないでください」
「だってぇ、弥佳紗ちゃんのワイを見る目が死んどるんやもん」
「いつもです。生まれつきです」
「うそやぁ」
「本当です」
「嘘や」
「…」
「ほんまに?」
「返事、面倒くさいので黙っとこうかと」
「…あ、ここや。ここ」
は?
この話の流れでいきなり何ですか?
端から高すぎるテンションは仮面だとは分かっていたけどさ…、はぁ。
ついてけないわ。
若干呆れつつも周囲の情報収集へと頭を切り替える。
…ここは……。
部屋です。
はい。
さっきまでいかにも「処刑場地下」といった感じの、すぐ殺されそうな予感たっぷりのおどろおどろしい場所にいたのに、急に、いつの間にかごく普通の部屋にいた。
「本当に気付かなかった…」
これでも私は“あの”ディストリクト6で生き残ってきた人間であり、普通なら「いつの間にか違う場所に出ていました」なんてことはあり得ない。
それを少しも悟らせないなんて。
――この通路、おかしい。
ここが試験会場なのだとしたら不安なことこの上ない。
「なぁ、弥佳紗ちゃん」
「何でしょうか?」
「これから紫月寮個別入寮試験を始める、この試験の期日は只今より三日後の4月24日午前6時00分までとする。刻限までに示された課題が終わるか否かを評価対象とする。以上……とまあ、はぁーーーー」
「…は?」
「…お堅い物言いは疲れるわぁ!弥佳紗ちゃん癒してくれへん?」
「」
「お、口角動いとる。それをもうちょーっと上げて…ってちゃうちゃう。それは『あんたのこと殺したいです』ちゅう顔や。笑顔ゆうのはな、こう、」
「」
「もう一コ課題追加や」
「え、」
「笑顔を、今ここで、ワイに見せること」
「それは正規に試験課題として評価されますか?」
「ん、もちももちろんろんろんや」
「…(ニッコリ)」
「…」
「合格ですか?」
「何やできるやんけ」
「なら良かったです…なので、試験について教えてください」
「…現金なやっちゃなぁ。教えるゆうても、これ以上言いようがないんやけど」
「ここで私は何をすればいいんですか?…ただクイズを解くだけならこんな場所に来る必要はなかったはず。そして、校舎に地下階は存在しない。筈なのに、人が使うことを目的として作られたであろう部屋や空間、それも“過去に使われていたような”形跡まである。通路も普通じゃない、ワザと迷うように作られている…」
「なんや、もうワイが何か言うまでもないやん。ええよ、少しなら。…ここが迷路ちゅうのは大正解。ここはな、昔、各寮が代理戦争を行うために作られた空間でな、今で言うウォーライドみたいなもんや。スタートがここで、地上がゴール。それぞれ代表を一人立てて順位を競う、」
「なるほど、」
「でもな、これ、ただの迷路やないねん」
「?」
「課題をこなさな扉は開けへんし、迷路は迷路でもものごっつい質悪くてな、ワザと迷うように作られとるし、食べ物も飲み物もその場で自主調達か我慢してさっさと脱出するしかない。…せやから、死人が出るんや毎回」
「え、そんなものよく開催できてましたね」
「清蓮の伝統に口出しする命知らず、そう簡単に出てこーへんよ」
「わー、さすがせいれんがくえん」
「もろ棒読み…、クッ、ククク」
「てなわけで、気張りや」
「は?」
「あと2分ちょっとで始まるで」
「へ、先輩は?」
「あぁ、忘れとった」
「」
「迷路抜けるのもそやけど、ワイの事を無事に返すのも課題やで」
「え、」
「よろしゅうな、」
「…」
ニコニコと満面の笑みを浮かべた八条院先輩に、魂が抜けたような顔をしているであろう私。
フリーズした脳に辛うじて試験開始のベルの音が届き、木霊と化し、やがて音そのものが消えていく。
――寮長自ら生贄役を買って出るという、前代未聞の個別入寮試験はこうして幕を開けたのだった。
キャラ設定
name:八条院柊真
性別:男
学年:高校2年生(実際は三年生のはずなのだが、一年休学していたため二年生扱い)
特徴:身長188cm、体重62kg。
茶髪に金のハイライトが入ったショートのヘアスタイル。
瞳は金に近い茶色。
旧日本でいう「関西地方」、「大阪」の出身。
八条院コーポレーションという日本トップクラスの大企業の次男。(大覚寺財閥と権力を二分している大企業)
女誑し。女の子大好き。
知りたいと思ったことはとことん突き詰める研究者(これといって分野を問わない)でもある。そして付いたあだ名が「清蓮の狂王」。「行動心理学」の研究の一環で学園内に存在する生徒や教師の情報を集め、それを権力保持に使うでもなく、ただ自身の「行動心理学」の研究のデータとして用い、学会にて暴露した。もちろんその生徒たちは退学、親の会社も倒産。それを「趣味」の一環と称して平気で行ったが故についたあだ名である。




