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学園SP  作者: 見栄っ張りのジュリエット
25/29

それでも世界は変わらない。

side:薬袋叶:みないかなえ(薬袋斗一の兄。学園内に併設されている病院で医者をやっている。元学園SP)→弥佳紗→薬袋叶となります。移り変わりが激しくてすみません。


p.s.前話を多少修正したので、よろしければ見てくださいm(__)m




「スペック・リード」

これが俺の能力。


「シックスセンス」

それが彼女の能力。


:

:


「にしても、マジで眩しい」

窓から入り込む光の筋に重なるように、手を上に持ち上げる。

指先についている小さなプラスチック片は生体センサーなのか、一定の間隔で僅かに青く光っている。

不思議だ。

実に不思議だ。

己の死を脳のどこかでは覚悟し、心の片隅では安堵していたというのに私はこうしてまた朝日が昇っていく様を見ている。

昔から何故か私は死ななかった。

ビルの三階から逆さに落ちても、バットで殴られ鋸で切り付けられようとも。

「あーあ、また生き残っちゃった」

もはや諦めに近い気持ちでぼんやりと外を見ると、春風に揺られる花壇の花や青々とした針葉樹の森、太陽の光に照らされてオレンジ色に輝くレンガの道が完全には開いていない寝起きの目に飛び込んできた。

どこか始まりを感じさせる景色に思う。


あぁ、今日も世界は変わらない――と。


私が辛い思いをしようが死のうが同じように朝はやって来る。

それに私などちっぽけな存在に過ぎないと改めて思い知らされる。

だからこそ思う。

価値のある人間になってやろう、この世界で生き残ってやろうと。

「…」

どれだけの間眠っていたのか。独り言を呟こうにも掠れた声しか出ない。

自分相手にでも喋ることができれば少しは暇でなくなるのだが、今は生憎することがない。

それでもなにかをしていたかった私は、ゆっくりと上体を起こしてみた。

そして新たに視界に入ってきたのは、使われていないベッドやサイドテーブルの上に置かれた私の体育着、そして電子制御式であろう重厚な扉だった。

――…どうやらここは学園内にある病院らしい。

見える景色もさることながら、サイドテーブルに刻まれた校章がそれを物語っていた。

そしてしばらく目の前の壁を見つめながら誰かしらが来るのを待っていると、程なくしてこの病室の方向に向かってくる足音が…一人分…おそらく成人男性のものが聞こえてきた。

「失礼、」

ノックと共に彼が入ってくると、目覚めたときから鳴り続けていたアラームがピタリと止んだ。

その白衣を着た男性は私のベッドの前まで来ると、ウェアラブル端末と思しき銀の腕輪を操作しながら話し出した。

「私は貴女の治療を担当させていただく清蓮学園医療棟で呼吸器循環系及び脳外科及び内科及び遺伝子科及び……。当院の医師を勤めております”薬袋叶”と申します。以後よろしくお願いいたします」

ちょい、今軽くはしょらなかった?

……まぁいいけど。

見た目は二十代。

そんな若そうなお医者さんは、無駄に長い自己紹介を一息で言い終えると、首をチョコンと前に倒してお辞儀のような姿勢をとった。

そして直ぐに顔を上げた彼と目が合い、ふと疑問に思った。

「…赤茶の目に深緑色の髪。それと名前…、」

「あー、俺…私の妹をご存じなのですか?」

「…、」

急に険を増した視線に何かを感じ口ごもる。

丁度、私が薬袋先輩を知っている理由を言おうとした時に。

ならば、ここは誰に聞かれてもいい内容しか話すなというメッセージであると採るのが妥当だろう。

「――えっ、ええ。一年生の間でも、薬草学の学会でも薬袋先輩の名前は有名ですから」

私が当たり障りのない答えを返すと、目に見えたように安堵した彼の姿があった。

…確かに考えてみればそうだ。

自分は花雅寮の個別入寮試験でビッグネームを持つ大覚寺を伸し、さらに自分まで場外で倒れてしまったのだから何を疑われても、探られていてもおかしくない。盗聴器だって監視カメラだってあるだろう。

当たり前のことに遅ればせながら気づいた私は薬袋医師と目を合わせて、今時の状況を理解している旨を伝えた。

もし、もしも私が学園SPのことを口に出してしまっていたらと思うと鳥肌が立つ。

そっと自分の両腕を摩りながら薬袋医師の言葉に意識を傾けた。

「…呼吸不全及び代謝異状及び発熱の症状でこちらに運ばれてきましたので、ビタミンA剤と代謝抑制剤と解熱剤の三種類の薬を投与させていただきました。ここまでは宜しいですか?」

「は、はい」

「……今現在、体調はいかがですか?」

「普通です」

「それはよかった。では、次に簡単な質問をします」

「……(コクン)」

え、それだけ?

あまりの医療行為の少なさに拍子抜けしつつも反射的に頷いておく。

「貴女の名前、年齢をお願いします」

「黒羽弥佳紗、15歳」

「貴女はここに来るまでのことを覚えていますか?」

「闘技場で倒れた後の記憶はありませんが、それまでなら覚えています」

「……そうですか。ちなみに貴女は以前からこの様に急激に体調が悪化することはありましたか?」

「いえ、これが初めてです」

私がそう答えると、薬袋さんは今まで稼働させていた音声レコーダーを切り、ポケットから取り出した一枚の紙に何かをサラサラと書いていった。

白衣の中に隠された状態でこちらに向けられたそれにはこうあった。


『最後の質問をここでするのは得策ではありません。なので私がこの部屋から出て五分後に貴女もこの部屋を出て、この医療棟の地下三階の”401ラボ”に来てください。病み上がりの貴女を動かすのは忍びないのですが、よろしくお願いします』


顔には微笑を浮かべたままにしつつ、どこか緊迫した空気を醸し出す薬袋医師を見て、私はほぼ直感的に彼の申し出に乗ることにした。

今時珍しい紙に文字を書くという手段を使ったのだ。

そこまでして伝えたい何かがあるのだろう。

私が無言で先程のように了解の意を示すと、薬袋さんは何も無かったように病室を立ち去った。


そして遠ざかっていく白衣を目で追いなが私は考える。

「……(薬袋先輩の縁者だから赤の他人よりは信頼できるけど、薬袋先輩自体まだ信頼しているわけではない。それなのにホイホイ着いていってもいいものなのか?そもそもここで話せないことって何だ?何故私一個人ごときの為にそこまで配慮した?)」

疑問が尽きることはなく頭の中で渦と化す。

本来、これらの疑問が解決されないうちは向かうべきでないのだろうが、そうこうしているうちに約束の5分が経ってしまった。

行かない。

迷ったことにする。

などして、回避行動することも視野に入れていた。

だが私は今回ばかりは心の赴くままに出向くことにした。未だかつて外れたことのない堪が「大丈夫」だと言っている気がしたからという、何とも心もとない理由で茶色いゴムサンダルを突っ掛ける。

しばらく床付近に置かれて冷えたのか、ゴム地のサンダルはヒンヤリとしていた――。



「ラボ、ラボ……」

さっき来た薬袋さんは地図までは書いてくれなかったため、エレベーターの操作盆の柱にある各階の説明書きにに目を通す。

「『11階:職員専用ラウンジ。

10階:手術室。

09~05階:入院室。

:

:

:

地下02~04階:研究ラボ』

てことは、地下4階か」

目的地の階を調べ、案内の通りに下向きの矢印のボタンを押す。

そして幸運にもすぐに来た円筒型の乗り物に乗り込むと、それはなめらかに、滑るように下へ下へと落ちていく。胃だけが重力に逆らい、上に残された感覚が私を襲い気持ち悪くなって、ウップと口を押さえる。

「だからエレベーターは嫌いなんだよなー。気持ち悪くなるし、耳がキーンってなるし、閉じ込められるし……」

居心地の悪さを恨むように呟く。

やがてシューンという音と共に落下が止まり、目の前のドアがスッと開く。

「地下4階、研究ラボに到着しました」

案内アナウンスに押されるようにヨタヨタとエレベーターから出る。

病み上がりということも手伝ってかだいぶ気分が悪くなってしまった私はその場でしゃがみこんで大きなため息をつく。

こうやって膝を抱えて丸まっているとおちつく。


「401ラボは……」

しばらくして回復した私はキョロキョロしながら指定された場所を探す。

向かって左手に行くにつれて、部屋の番号が若くなっているから恐らくは目の前の一本道を左手に進めばたどり着くのだろう。

そして左に曲がった私の目の前には、どこまでも続いていきそうな長い長い灰色の廊下が。

ガラス製の建物が多い清蓮学園を見慣れてしまった私にとって、コンクリートで囲まれた空間が新鮮に写る。

人の気配が一切せず、私が茶色いゴムサンダルをペタペタと鳴らしながら歩く音しかしない回廊。

少しばかり気味悪さを感じながらも数字を追って奥へ奥へと進み、やっと目的地である401ラボの前に着いた時には頭がガンガンと痛むほど疲れていた。

そして半ば倒れ込むようにして呼び鈴らしき存在に手を伸ばすと、「ヴーー」という音が一回鳴った。

鉄でできた部厚そうな扉の横の操作盤。そこにあったベルマークの部分を勢いよく押したはいいが、部屋を間違えていたらどうしようかと不安になる。

部屋名が401となっているのを確認してもなお確信が持てず、ソワソワしながら部屋の主が出てくるのを待つ。

薬袋医師の声が流れてきたのは、私が「いいや、きっと間違えたんだ。謝ってから引き返そう」と扉に背を向けたところだった。

「どうぞ」

薬袋医師の声と共に目の前のドアが重々しくズズズズズッと開く。

「し、失礼しまーす」

普段は目にしないようなイレギュラーな空間に気後れしつつも、ペコリと頭を下げてから入る。

「そのまま奥まで進んで来てください」

指示に従って幾つもの鉄製の扉を通り過ぎ、まだ扉を残したところでデスクで何やら作業をしている薬袋医師が目に入った。

「……(部屋の中に扉が7個って……)」

内心ツッコミながらも俯いていた顔を上げ、回転椅子に座る薬袋さんに視線を向ける。

どうしよ。

このまま気をつけで起立?

それとも声かける?

何か集中して作業してるし、私、邪魔じゃない?

でも向こうが呼んだんだし……。

悶々と次に取るべき行動を考える私を放って、時間は悪戯に過ぎていく。


――最近ものの判断に迷うことが多いなー。しかもその判断が間違うことも多くなってきてるし……。少し前まではこんなミスの連発なんてなかったのに。

取り合えず静かに待機しながら近頃の自分を反省する。


入試のときは奨学金のこともあったから本気を出さざるえなかったにせよ、大覚寺を避け倒さなかったことにしろ、昨日の花雅寮の個別入寮試験で軽く本気を出してしまったことにしろ失敗としか思えない。

私の望みはあくまでも平凡に3年間の学園生活を終わらせて、このままディストリクト6以外に居座ることだからーー。


「……ろはね、黒羽弥佳紗」

「っはい!」

「待たせた」

目の前には背筋を丸めて私の顔を覗き込む薬袋さんが。

「……お、お構い無く(口調、変わってね?)」

内心そう思いながら、無理矢理今までの思考を絶ちきる。

「わざわざこっちにきてもらってスミマセン」

「そ、そんな」

無表情で堅苦しく年上の他人―ーしかも男性に謝られる気まずさに思わず顔を背ける。

にしても口調だけじゃなくて表情も変わるとか、ギャップが激しすぎるだろ。

さっきの微笑みはどこにいったよ。

二重人格か?

そもそも別人なのか?

ってくらいマジで違う。

でも、似たような年齢の人(仮)に敬語使われっぱなしよりは幾分かマシだ。

何となく気まずい沈黙の後、やっと顔を上げた薬袋医師が口を開いた。

「君が賢くて助かった」

「……あー、いやー、その……」

「あの病室には盗聴器が仕掛けられていたからわざわざこちらに出向いてもらった。すまない。しかし、この部屋以外に病院内で安全なとこは無いのだ。許してくれ」

「……い、いえ」

「まっ、君なら既に気づいてたとおもうが?」

クスリと笑った薬袋さん。

ん?

『君のことだから既に気づいていた』?

可笑しくないか?

私はガリ勉が取り柄の一般人で通っているはずなのに……。

ビジョンが視えないということは私に悪いことはしないだろうけど、逆に言ってしまえば視えないからこそ何を考えているのか分からず、本人に直接聞くしか道がない。

「どういうことですか?」

「そのままの意味。そしてこれこそが今日の本題でもある」

「?」

「……何のことか分からないという顔をしているな。

…単刀直入に聞く。

君はオーバーヒューマンなのか?」


『君はオーバーヒューマンなのか?』


ショックで固まった私の頭の中をエンドレスにリフレインする爆弾発言。

誰にもバレないように守ってきた秘密を意図も簡単に暴かれた。

私の驚愕を他所に目の前の緑髪の彼はさらに追い討ちをかける。

「オーバーヒューマンの定義は斗一たちから説明を受けていると聞いてるがどうだ?」

「……」

「……肯定ってことでいいな。とりあえず話、進めるぞ」

「…」

仕方ない。

相手は確証を持って断言している。

カマを掛けたわけではなく本気で。

だからどんなに巧く取り繕っても無駄だろう。

「そんなに怯えるな。アンタに危害を加える気はない」

「……」

「俺は一週間前程に君が大怪我を負った時に行った検査と今回の検査から君がオーバーヒューマンであると考えた」

「どうやって……ですか?」

「オーバーヒューマンは能力使用時に総じて代謝異状を起こすという特徴がある。で、これが君の代謝検査の結果だ」

差し出されたBBの画面を見ると、棒グラフやら文字やらが所狭しと詰め込まれていた。

「これが一般人の代謝で、300ミクロル~400ミクロル。隣にある君のグラフは……ほら、通常の300倍の90000ミクロル~120000ミクロル。一般人の代謝は最高値でも400ミクロルで、それを越えると生命維持が危うくなる。ごく稀に一般人でも500ミクロルの代謝を観測することもあるが、それは先天性代謝異状と呼ばれる謂わば、病気だ」

「本当、ですか」

「あぁ。だが、先天性代謝異状の人間は代謝値が400ミクロル以上にならないように設計された体で500ミクロルを出しているから病気なのであって、オーバーヒューマンは最低でも2000ミクロル分の代謝を行えるように元々なっているので病気ではなく、新人類と考えるのがふさわしいと俺は思う」

「……どうして先天性代謝異状を、”病気”って言うんですか?」

「代謝異状だと少し動いただけでも健常者に比べて何倍ものカロリーを消費すんだよ」

「……?」

「はぁーー。一見すると得に見られがちだが実際は違う。

確かに健常者に比べて運動神経がよかったり、病気の治りが早かったりというメリットもあるがデメリットも同じようにあって、例えば、大量に栄養を摂取しないとすぐに骨と皮張りになって死ぬし、何よりも寿命が短くなる」

「!」

「人間の体に内蔵されているリミッターを外して無理矢理500ミクロルも代謝を行ってんだから当然の結果。リミッターは人間が一気に生命力を使うのを阻止し、緩やかな死を向かって生命維持をするために存在するからな」

「……」

ここまでとは思わなかった。

”死”という言葉まで出てくるとは。

それじゃあ、私は……

「オーバーヒューマンも短命だったりするんですか?」

「大体は。だが、先天性代謝異状とは違ってオーバーヒューマンは脳の異状活性が原因だとされてるから、脳の成長が止まって力が使えなくなればただの人間だし……先天性代謝異状の人間よりは長いと思う。それよりアンタさ、精神系の能力者だよな?」

また断定系。

語尾は一応疑問系になってるけど、もう私の能力を知っているようにしか聞こえない。

どうして?

「なぜそう思ったんですか?」

「……俺はその道の専門医だからな」

「はぁ……」

答えの前に空いた一瞬の間。

それはすなわち今話された理由に少なからず嘘が混ぜられている可能性を示していた。

そりゃそうだよね。初っぱなから怪しさ満点の他人にペラペラ秘密を喋るはずないよなー。

まだ本格的に何されるかは知らないけど、オーバーヒューマンの存在があんま世間に知られてないところからして、自分がオーバーヒューマンだってことを他人に知られたらマズいっぽいし。

口数が少ない真木先輩も『オマエ、オレ以外のヤツラに自分がオーバーヒューマンだってこと、言うなよ』って何度も何度も念押されたし。

「で、具体的にはどんな能力なんだ?」

「はい?」

「精神系の能力ということしか分からなくてな。俺が読み取れなかった能力は久し振り、というか初めてなんだよ」

「……」

何とも言えない。

私がオーバーヒューマンだってことはバレちゃったから仕方ないにせよ、能力まで明かすのはなー。

薬袋さんのこと、信用してるわけじゃないし。

どうしよ。

「……言えないか」

私の混乱する胸中を悟ったかのように諦めの表情を浮かべる薬袋医師。

「ごめんなさい」

「でも、気をつけろよ。俺は生物進化学専攻でこれまで何年もこの分野の研究しきてるが、まともに”生きてる”精神系の能力者に出会ったのなんて初めてだ」

「……」

「そんな訝しげな顔するな。ただ俺は薬袋……という昔からある医者の家に生まれたからオーバーヒューマンと接触する機会も他の医者に比べれば多かった、はずだ。で、大体が身体能力強化系の能力者だったが、たまーに見た精神系の能力者は自分の持つ能力に押し潰されて、どいつもこいつも昏睡状態か廃人状態だった」

「!!」

「それだけじゃない。また脅すようで悪いが、オーバーヒューマンは個体数が少ないうえに便利だから色んなとこから狙われんだよ。よくて政府に雇われて、悪くて誘拐されて研究室に死ぬまで閉じ込めるか、闇で物好きに売っ払らわれる。それに『代謝の良いオーバーヒューマンの血を飲めば永遠に若さを保てる』みたいな馬鹿げた噂も手伝ってか、バラバラの死体で見つかることもしばしばだ。

……だから、気をつけろよ」

薬袋医師は沈痛な面持ちで言い切るなり俯いてしまった。

ここで初めてビジョンが伝わってくる。


――虚ろな顔でただひたすらに殺戮を繰り返すかつての友の姿。

――能力の限界を越え、身体中から血を噴き出しながら倒れる人間。

――案内された研究室の檻の中で鎖に繋がれ狂ったように叫ぶナニカ。

――血が抜かれ、バラバラにされた死体の数々。


「グッ」

あまりにも凄惨なビジョンに込み上げる吐き気を懸命に押さえてソファーの上で踞る。

「どうした?!」

慌ててこちら側に来た薬袋医師に抱き抱えられる。

「ハァ、ハァ、ハァ」

苦しい。

気持ち悪い。

ビジョンがまだ溢れてくる。あのビジョンが。

引き込まれちゃダメだ。耐えなきゃ。

じゃないとーー。


「……すまない。少々話が過ぎた」

パニック状態を起こし、いまだに震えている私に薬袋さんはただ一言ポツリと謝り、リモコンでゴミ箱を呼び寄せ私の真下に置いて、背中を擦り続けてくれた。

「……」

「……」

「…」

「大丈夫、か?」

やっと私の頭の中からグロテスクなビジョンが消えてくれた頃、私の背中に手を置いたまま心配そうに聞いてくる薬袋医師。

油断してた。

ビジョンが入り込んできたのがあまりにも急過ぎて、強過ぎて止められなかった。

……それにしても、あのビジョン。

あれがオーバーヒューマンだとバレた者の末路なのか?

だとしたら、私はーー。

「薬袋さん、」

「もう平気なのか?」

「お陰様でだいぶ楽になりました。急に取り乱してしまい、すみません」

「い、いや、こちらも配慮が足りなかった。…………飲み物は何がいい?取ってくるぞ」

「お、おかまいなく」

「……そういえば斗一がブレンドしたカモミールティーがまだ残ってたな。それでもいいか?」

「じゃ、じゃあ、いただきます」

「待ってろ」

そう言うと彼はデスクの方に歩いていってすぐにオシャレなティーセットと茶葉の箱を小脇に抱えて戻ってきた。

「で、さっき何か言おうとしてただろ?」

ポットやお皿をカチャカチャと弄りながらもきちんとこちらに視線を向けながら聞いてくる薬袋さん。

どうやって再び話を切り出すか迷っていた私にとってはありがたいフリだった。

「薬袋さん、私がオーバーヒューマンだということは誰にも言わないでください」

お願いします。

私は続けて頭を下げた――。


:

:


虚空を見つめる双眸に「あぁ、話さなければよかった」と思った。

俺がオーバーヒューマンの末路について話した瞬間、黒羽弥佳紗の異能力が発動したのが分かった。

…恐らく、俺が思い出していたあの過去を”視て”しまったんだろう。


「薬袋さん、」

ショック状態の人間に何を言っても無駄だろうと、餌付く黒羽弥佳紗の背に手をおいて暫くしたころやっとコチラに戻ってきた彼女は俺を呼んだ。

弱った彼女の様子に何をしたらいいのか分からず、俺は一度お茶を淹れに行くことにした。

斗一が趣味で調合したカモミールティーとどっかの誰かの結婚式でもらったティーセットを棚の奥の奥から引っ張り出して、電気ケトルからお湯を注ぐ。

そして、茶を蒸らしながら先程の一件に思いを馳せた。


――第三次世界対戦が情報戦だっただけに、その意義すらなくす黒羽弥佳紗の能力はかなり異端だ。

ハッキングに潜入捜査、そういった情報収集のためにお金をかける必要もない。

それよりか人の心の内さらに情報が手に入り、事前に正確に加えられるであろう危害を予測できる。

まさに”最強”の一言に尽きる能力だ。

――まぁ、あれがアイツの能力の全てだとは思えないが…。


そう一人ごちていると、いつの間にか3分が経過していた。

それにしても彼女とよく目が合う。俺は独り言でも呟いていただろうか。

否、彼女は音に出さずとも。表に出さずとも関係ない。全て視えてしまうのだから――。


そしてソファに戻ると、案の定彼女は「自分がオーバーヒューマンであることを言わないでほしい」と頼んできた。

もちろん元から他言するつもりはない。

素直にその意思を伝えると、黒羽弥佳紗は用はないと言わんばかりにそそくそと退散していった。

お茶を見苦しくない程度に早く飲んで。

あまりにも鮮やかな去り際に思わず拍子抜けしていると、手元の端末から音が鳴った。

「兄さん?」

「丁度いい。緊急報告したい。煌冴を呼んでくれ」

「煌冴にも同時コネクトしたらいいじゃないか」

「あっ」

「兄さんは変なところが抜けてるわ」

「……今、繋ぐ」

まったく。我ながら恥ずかしい。

仕事と研究漬けの生活をしているとこういう一般的なことを忘れてしまう。

そしてBBから映し出された『一青煌冴』というホログラムに触れ、複数回線を許可するコマンドを出す。

相手は案の定ワンコールで出た。

「叶さんどうしたんですか?」

「朝早くに悪いな。黒羽弥佳紗に今現在SP の人間は付いてるか?」

「付いていませんよ」

「だったらすぐ鳴海の代わりのヤツを黒羽弥佳紗につけろ。今すぐだ」

「兄さん、何か視たのかえ?」

「斗一もいるのか?」

「そうだけど。先に私がコネクトしててそれから煌冴も呼んだ方がいいってことになったのさ」

「あぁ。この話はオマエら2人にした方がいいからな」

「で?」

「黒羽弥佳紗の能力は『シックスセンス』。相手の心を読むことができる精神系の能力だ」

「……ん?兄さんの視間違えとかないかい?」

「どういうことだ?」

「叶さん、俺たちの見込みでは黒羽弥佳紗は身体強化系の能力者です」

「んー、煌冴の言い分を補足させてもらうと、こないだあたいのラボに運ばれてきた時、腹部の急所――それも確実に15分以内に死ぬ所の皮膚が引きつれてて、そんで黒羽弥佳紗に聞いたら特に病院にも行ってないって。しかも何度死にかけても自己回復するとか身体構造も人間を遥かに越えてるのさ。特に抗体、あれはほぼ万能に近い、」

「そういうこともあって身体強化系の能力者かと。ちなみに叶さんの話も合わせると今の時点での彼女の懸賞金18億円は下らないでしょうね」

「なるほどな……そっちのデータ、送ってもらえるか?俺も見ときたい」

「今送る」

「おぉ、頼むわ」

「……では俺は叶さんがデータ見てる間に護衛の手配をしてきます。何か用があれば斗一に言付けてください。

斗一、後は頼んだ」

「はいはい」

ここで煌冴のコネクトがプツリと音をたてて切れる。

アイツが要領がいいのは相変わらずだな。

もう少しガキらしくしていいものを。


「兄さん、」

斗一の声に現実に引き戻される。

「どうした?」

「今回黒羽弥佳紗がそっちに運ばれたのは能力超過のせいかい?」

「あぁ。症状は呼吸不全及び代謝異状及び発熱。投与したのはビタミンA剤と代謝抑制剤と解熱剤の3種だ」

「それも含めて黒羽弥佳紗のカルテ全部こっちに送って」

「……今、送った」

「ありがと。後で見とく。ところでなんだけどねぇ、能力超過を起こした彼女には能力抑制器つけさせた方がいいと思うんだが?」

「あぁ。アイツの能力の全貌が分かってない今、ただ放っておくのは本人にとっても他人にとっても危険すぎる」

「じゃ、そういう方向で。装置の装着は兄さんに頼んでいいかい?あっちも医者の方が信用できると思うから」

「オマエもだろ」

「私は今は清蓮学園高等部2年生の薬袋斗一だから」

「分かった。こっちでやっとく。でーもなー、信じてくれっかな」

「彼女は人のココロが読めるんだろう?だったら兄さんが変に研究者魂ちらつかせなければ大丈夫なんじゃないかえ?」

「……難しいな」

「アハハ、薬袋の家の人間に好奇心押さえろなんて無理な話だ。ま、ガンバれ」

「他人事だな」

「切るわ」

「おぅ。……あっ、また今度でいいから茶のブレンド頼むわ」

「暇だったら」

「助かる」


プツリ。

またコネクトが切れてその部屋を沈黙が支配する。

――さーてと。俺も久しぶりに動くとするか。

斗一から送られてきたデータを空中に映し出す。

円グラフに棒グラフ、それに暗号化された文章。

俺と斗一にしか意味をなさない記号の羅列を読み解いていく。

さすがは斗一。

頼んですぐにこれだけの量の文章を暗号化するとは。

「それにしても……」

ほぼ二重に近い奥二重に縁取られた大きな瞳、スッと通った鼻筋、程よく厚い唇、胸の辺りまで伸びた茶色いフンワリとした髪。

こんなにもいいものを持っていながら、何故ボサボサの黒いウィッグとダサいメガネの下に隠しているのか甚だ疑問だ。

まぁ、こんなことを言ったら斗一辺りに「女はいろいろとメンドくさいの」とか言われそうだから言わないが、いつか本人には聞いてみたいと思う。

そんなことを考えながら時間を忘れて作業をしているといつの間にか時刻は13時を過ぎ、セットしておいたアラームが始業の10分前を告げる。

BBを閉じ、ティーセットを片して、着替えを済ませる。

髪のセットはメンドくさいから無しだ。

そして俺は飲みかけのコーヒーを飲み干してラボを出た。





今回も読んでくださりありがとうございました。思わず長文になってしまい、すみませんm(__)m

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