”あの人”
side:armaです。
※『arma』とは?……詳しくは第三話「まだ見知らぬ君へ」参照。簡単に言えばテロリストグループの名称です。
「ッタく、こんなになるまで無茶しやがって」
――俺は努力しろとは言ったがボロボロになれなんざ言ってねーよ。
そう呟いた男は足元で倒れている女を痛々しそうな目で見つめた。
それもそのはず。顔を真っ赤に染めて荒く息をする目の前の女は自身にとってとてつもなく大切な存在だからだ。
命に代えても守りたいと思うほどに。
実際、文字通り今も彼女を守るためにとある超S級危険テロ集団に属して、しかも幹部まで勤めているのだからそれは真実と言えよう。
取り合えず、空中に浮いたままになっていたフラボーの電源を切り、地面に置く男。
彼は胸元から薄い長方形のデバイスを取りだし、二回ばかり画面を弄った後、己の耳にあてた。
タッチパネル。
手動ダイヤル。
それらの技術は一昔前、つまり文明が復興する前に使われていた遺物。したがって今、男が手にしている電子デバイスは普通の人間が持っているはずのない代物なのだ。
何故そのようなものを持っているのか。
そもそも明らかに生徒ではない風体をした彼が、厳重警戒状態の闘技場内にどのようにして侵入したのか。
考え出したらキリがないほどに、その男の存在は不可思議なものであった。
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そして、待つこと数秒後。
漸く、電話の相手が応答した。
「何かな?」
「…」
「君が任務を失敗した、というケースはまず考えなくていいね?君が平然としているわけだし。…あぁ、でも若干呼吸が不安定だから…」
「黙れこの糞サイコ」
「これくらい普通だよ。そもそも、この分野に関しては君の愛しの人の方が随分と優れているだろうに…違うかい?この試合で彼女は何万、何千という人間の脳に侵入したのだから、」
「…」
「…スレッド=ドレッド、君との約定はこちらとしても遵守する。だけど、僕が手を出すまでもなさそうだ」
「…」
「今回の一件で四寮長全てから奪い合われ、それ以外の人間から恐怖心を以て迫害され、外つ国からも魔の手が迫る。それ以上に、彼女自身が己の変化についていけず崩壊することも有り得る。だからこそ、僕が手を出すまでもない。…先程から君は私のこの試験への関与を疑っているようだけど、これで納得してもらえたかな?」
「テメーのことなんざ端から信頼する気もねぇから安心しとけ、ボケ。……取り合えず”対象”への接触は成功したが、”対象”が死にかけてる。このまま本部に連れ帰るのは流石に無理だ」
「おやおや。やっと本題に入ったと思ったら、冗談のつもりで言った任務のことを気にしていたとは」
「死ね」
「血液サンプルは新鮮なの、ちゃんと採っておいてね。怒ったから投げ捨てました、は無しだよ」
「……」
「一瞬迷った?」
「…それともし”対象”関係のデーターがあったらそれも書き換えるなり消去するなりしていいか?」
「質問にはきちんと答えてもらわないと困るなぁースレッド=ドレッド。それと、現段階でのデータ改竄は認めない。わざわざコッチの存在に気付かれるようなリスクを背負いたくはないからね。…君が、理屈さえ説明すれば従ってくれる人間だと信じているよ」
「信じるとか、心にもないこと言いやがって」
「文法的に最良の単語を選択したまでだけど?」
「…」
「考えてもみなよ。
もしアチラさんがデータの改ざんを見つけでもしたらそれこそ”対象”が余計に詮索されて危なくなるよ。いいの?」
「……”対象”自身が医療棟にコネクトしたように細工する。そうしろってこったろ」
「そうだよ。ねぇ、『ブツリ』」
プープープー。
己の中に燻る苛立ちを叩き付けるかのように上司からのコネクトをブッタ切った男は再び女に視線を戻した。
するとさっきまで眉間に寄っていた皺はユルリと解れ、口許には僅かに笑みが浮かんでいた。
「弥佳紗……、俺達が、お前が、普通に暮らせるように俺は世界を変える。変えてやるから…、それまでに死ぬなよ」
――それが唯一俺がお前にしてやれることだからな。
そう言葉をかけた相手は浅く、苦しい眠りに閉じ込められているが言わずにはいられなかった。
かつて、ディストリクト6で出会った頃は思いもよらなかった。ここまでしてこいつを守ることになるとは。
……そして、お前が俺の――だったとは。
目を瞑ったままハラハラと涙を流し続ける少女に向かって静かに告げて元来た道へと踵を返したのだった。
弥佳紗が「理由もなく去った」と言っていた”あの人”、真木先輩が弥佳紗の下を去った理由がここに。
あ”--、切ない。
前話も含めて、書いてて心が痛かったです。
p.s.あらすじが長すぎたので若干変更しましたが、文を多少削っただけなので内容に変更はほぼないです。あと、題名なども無予告で偶に変えてしまったりしますが悪しからず。




