48秒のち悪夢。
side:大覚寺→弥佳紗です。
「麿を弄しておるのか?」
我は試合が始まるまでそうとしか思えなんだ。
何故ならアイツ――黒羽弥佳紗のことを先輩方に問うても、
『ひたすらピンポン玉を的に向かって投げてた』
『どっか一点を見つめてボーッとしてた』
など疑いたくなるような答えしか返って来ず。
やっとまともな情報が来たと思うたら
『対コンピューターの試合で二時間ずっと反撃をするでもなく攻撃を避け続けてた』
『夜な夜な陸上部のトラックをフラボーで飛び回ってた』
など戯けとしか思えんような練習内容ばかりだったのだ。
故に信じられぬ。
麿がたった48秒で負けたなど――
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「しょ、勝者、赤コーナー、黒羽弥佳紗」
試合終了のサイレンが鳴ってから二十秒後。
大覚寺のフラッグコーナーから抜き取った三本の旗を肩に担いで観客の前に出ると、ようやく審判役の先生が私の勝利を宣言した。
それでもなお気味が悪い程に静まり返る闘技場。
「嘘でしょ」的なお決まりのセリフすら聞こえてこない異常事態。
…うん。
「やりすぎたかな?」
いや、そのね、私も本気でやらないと不味いかなーって思ってかるーく本気でやったらね……、このザマだし。
最初にサーベルで斬りつけられたから小太刀で防御して、そんで催涙弾、閃光弾、液状GPS弾がセットになった『三色爆弾』を大覚寺のフラボーにブッ刺したのよ。
うん。そこまでは普通でしょ。
そしたらさ、三色爆弾が効きすぎちゃったみたいであっという間に三本のフラッグをゲットしちゃって『はい、終了ー』ってワケ。
ほら、特別なことなんて何もしてないでしょ。
なのに闘技場にいる観客がみーんな揃いも揃って私のこと化け物を見るような目でみるんだよねー。
見物料を取りたくなるくらいに。
「おーい、大覚寺くーん?」
ウォーライドには試合終了したら相手チームまたは対戦相手と握手しなきゃいけないっていうキマリがあるから大覚寺に手を差し出しているのに、何故か彼は顔を真っ青にして目を合わせない。
あぁ、これは……
「そんなバケモノ扱いしなくてもい……『オエェー』」
「ちょっ、マジで!?」
自分にかからないように慌てて跳びずさる。
前に『お前と口をきくと反吐が出る』からそれかと思っていたが、物理的に吐きたかっただけの様だ。
失礼。
そして握手しようにも握手できるような状態ではなく、対応に困った揚げ句、近くに寄って来た審判役の先生に判断を仰ぐと、片手で鼻を摘まんで退場を許可してくれた。
「さすがにね…」
あの手を握れるほど私は強くない。
…というわけで、意外な結末の下に幕を閉じた個別入寮試験。
ヨボヨボな状態の大覚寺を放置することに僅かな良心の呵責を覚えたが撤退を選択してさっさと赤い門の方へとフラボーを飛ばしていたのだが、
グラッ。
――あ、れ?
一瞬フラボーが傾く。
いや、傾いたんじゃない。自分が傾けたんだ。
それもワザとじゃない、不可抗力で。
今起こったことを認識するのに3秒かかった。
そして今度は耐え切れず右膝をついてしまい、慌てて足を踏ん張り耐えるもまたフラつく。
それを繰り返すうちにとうとう足に力が入らなくなってきた。
――オカシイ。
目を開けてるのに視界は黒一色。その黒が水面のように波打っていように見える。
確かに目を開けてるのに、それも全力で見開いてるのに黒い世界しか見えない。
別にこれはビジョンに飲み込まれたわけじゃない、はずだ。
その証拠か、段々と映像の画素数がよくなるように視界が戻ってきた。
でもまたすぐに黒くなる。
そしてまた元に戻りかけてまた黒くなる。
さらにおかしいことに試合で特には使わなかった腕が全く上がらなくなっていた。それどころか肩と腕の繋ぎ目がギシギシと痛んで、後頭部がガンガンしてきた。
そんな状態の私を打ち倒そうとするかのような観衆の歓声、罵声が会場いっぱいに響く。
それに続いて大量のビジョンが勝手に入ってくる。
――信じらんねー!
――まぁ、お下品なものを見てしまいましたわ。
――またあの女がやらかしたんじゃねーだろーな。
――これで私が大覚寺様のことをお慰めすれば……婦人の座は簡単に手に入りそうね。
「……(まともに立ってられない)」
脚が崩折れそうになる度に力を込めて何とか耐える。
ここで倒れて勝負にケチがついても困る。
「?!」
タラリタラリと額から目に流れ落ちる滴。
自分が異様なまでに汗をかいていることに気がついた。
それはやがてダラダラとなんて次元じゃなくなり、水を被ったような量の汗が滴り落ちる。
お陰で体育着はそのまま水の中に入ったみたいにビショビショ。
髪の毛もだいぶ濡れて、頭皮や顔にベタリと張り付く。
「……ァ、ハァ」
何とか持ちこたえて赤い門の中へと滑り込む。
それと同時にフラボーからも落ちる。
頬に当たる鉄の床が冷たくて気持ちがいい。
そのまま寝そべってたら回復するかな?
……いや。
水を飲まないと危険な気がする。
汗のかき方が異常だ。
自分の体が急激に干からびていくのが分かる。
何で?
今までこんなこと、なかった。
「……ッ」
汗と痛みで視界が霞む。
いつもは安定しているはずの精神まで可笑しくなってきた。
過去が次々と脳裏に浮かび上がってきては可笑しくなった精神をさらに掻き乱していく。
叫びたいけど声が出ない。
「誰か……」
――タスケテ。コワい。
なにが?
自分が。孤独が。
――何でこんなときまで私はヒトリなの?
ううん、違う。
これが私が自ら選んだ道。
これでいいんだ。
様々な感情、記憶が浮かび上がっては消え、狂いそうになりながらも私の耳はある音を捉えた。
カツーン、
カツーン、
カツーン。
こちらに近付いてくる足音が一つ。
たぶん、男。
そして、相当強い
――僅な手懸かりだけで自然とここまで推察してしまう自分に思わず笑いが込み上げる。
私にとってこれは息をするのと同然の行為なのだが、こんなことを普通の高校生ができることではない。ましてや日常的に行っているなどもっての他だ。
それらはあの力とととに私の異様さを際立たせる。
――人間であっても、人間らしくない。
私は矛盾した存在であると。
でも……、
「なーんだ。人間らしいとこもあるじゃん」
こうして死の淵に立って初めて気がついた。
自分が心の奥深くにイタミを閉じ込めていたことに。イタミを見て見ぬふりをして強くなったと暗示をかけていたことに。
―ー疲れた。
どこまでも広がる虚しい世界に。
決して日の光が射し込むことのない暗闇に。
イタミを叫んでも叫んでも声だけが木霊し続ける救いのない日々に。
「少し、眠らせて。そしたらまた頑張るから」
意識が沈みゆく中、私は一筋の涙が頬を流れるのを感じた――。




