戦闘はメルヘンな森の中で。
side:弥佳紗です。
目の前に広がる森林。
木葉の間から降り注ぐ木漏れ日。
肺の奥まで染み渡るような新鮮な空気。
赤く縁取られた入場門を潜ると視界に飛び込んできたのは、
木、木、木。
どこもかしくも緑に覆われた空間だった。
遠くに水が流れる音が聞こえることから、川ないしは滝などがあるのかもしれない。
とにかく、今回のフィールドは『森』だった。
「ほぅ、」
フィールドのあまりの出来の良さに、思わず自分の口から何かしらの音を発してしまったのを感じた。
ディストリクト6でコンクリートの建物に囲まれて過ごしてきた自分にとって、直接自然を目にできることは一種の贅沢。それがこうして意図も簡単に作り上げられ、目の前に広がっていると思うと、戦闘ではなくピクニックをしたくなってくる。たとえそれがARとCGを組み合わせて造り出された虚構の世界であったとしても、だ。
そうこう考えているうちに入場のスピーカーから自分の名前が流れ、フィールドに出るように促された。
「仕方ない…出るか、」
本当はこのような場には心から出たくない、と思っている。
強制出場させるなど権力濫用の極みがなければ、いつも通り逃げていた。というか、当日仮病を使ってでもわざと怪我をしてでも休んでいただろう。
が、今回ばかりはどんな手も通用しない。出なくては私は退学にさせられるだろう。
彼女はそう追い込むまでの権力と頭脳を持っている。
それだけじゃない。
これは後で”視た”情報なのだが、花雅寮とは表面上はセレブが集う華やかな寮といった感じだが、実情としては権力闘争が絶えず、潰し合いや裏切り合いが頻繁に行われているらしい。
そんな腹黒の巣窟を平気で切り盛りし、ブラックホールのように底が見えない彼女とはできるだけ事を構えたくはない。
渋々フィールドに出ることにする。
「死ね、死ね、死ね」
「分不相応にもほどがあるわ、辞退なさったらよかったのに」
「早く終わらせろよぉーー、このクーズ」
赤い門を潜った瞬間聞こえてきたのは罵声の嵐。
案の定の迎え方をしてくれた観衆たちはすでに興奮状態で、ただの大声と化した罵声がほとんどだった。
だから聞こえたのは3つくらい。
最初の「死ね」とコールした人間は脅迫罪にあたるし、最後に私を屑呼ばわりした人間は下手すれば名誉棄損で私に訴えられることになる。唯一賢い貶し方は二番目のものだろう。
…と、どれだけ賠償金を搾り取れるかを計算していたらいつの間にかもう一人の入場が始まっていた。
「続いて青corner。高等部1年A組、大覚寺政嗣郎選手」
落ち着いていて尚且つ滑らかな声のアナウンスが、試合相手の登場を告げる。
すると私の時とは打って変わって大歓声が起こり、観戦席のあちらこちらから大覚寺コールが聞こえてきた。
この状況が嬉しいのか、ドヤ顔全開で登場してくる大覚寺の様子がスクリーンとして写し出され、不謹慎にも少しだけ笑ってしまったが、そこであることに気が付いた。
「ん?」
え、ちょっ、待って。
「私もスクリーンの端っこに写ってるし、」
死んだ魚の目をして。
……あ、魚に失礼か。
まだ死んだ魚の方が愛嬌がある目をしてそうだ。
そう思った私は心の中でそっと、全国のお魚さんに謝罪した。
「今日ここにおぬしが来た根性は褒めてやろう」
相も変わらずボーっとしていた私にいきなり声を掛けてきたのは対戦相手の大覚寺。
まるで己の勝利を確信しているかのような彼の態度に腹が立……たない。
目の前の男に哀れみも畏怖も感じない。正直どうでもいい。
それよりも私には大覚寺を”視る”という大事な仕事がある。
あの日、学園SPの医務室で目覚めた時以来、私のこの変な能力は何故だか強くなっていて、今ではこうして人の頭脳を詳しくピンポイントで覗けるようになっていた。
「聞いておるのか?」
「……」
「おい、そこの愚民」
「……」
しかし、能力が使いやすくなったと言ってもこの環境――人が多く、感情の移り変わりが激しい中で対象の人間を”視る”のは難しい。
入ってきた心の映像――所謂『ビジョン』を大覚寺のものに絞っていく。
ただひたすら、無言で。
その態度をどうとったかは知らないが、大覚寺は一方的にしゃべり続ける。
「ものも言えない低能が首席とは……些か疑問が残るのう」
「…おっ、見-つけた」
「なにをじゃ?」
「あっ、」
つい声に出してしまったが、相手は私が何をしていたのか知らないからどう答えていいかもわからないし、答えるつもりもない…ので、無視していたらいい具合に負の感情を積もらせてビジョンを視やすくしてくれた。
「最下層のゴミごときが我を無視すると?」
「名誉毀損、」
「なに?」
「その発言のことですよ」
「それがどうした?屑を屑と言って何が悪い?ディストリクト6の乞食風情が」
「その発言は、名誉毀損に加えてヘイトスピーチ防止条例にも違反してますよ。これで起訴内容が二つに増えましたね」
「……一々一々一々揚げ足ばかり取りおって。やはり卑しい身分の者は言葉まで卑しいのだな」
「しかし、あなたは貴方自身が卑しいと称した者に一度は負けているのですよ。入学試験において。違いますか?」
イライライライラ。
私が煽るごとに負の感情が強くなり、それに比例してビジョンもより早く、クッキリと視えるようになってきた。
が、如何せん煽りすぎた。
どうやら彼のトリガーを引いてしまったようで、次々と彼の暗いビジョンが流れてきてしまった――。
:
:
今時珍しい木でできた重厚な造りの一室。
その中央で黒い皮貼りの高級そうな椅子にドカりと座り、足を組み直すスーツ姿の男。
その男性が賞状の様なものを一瞥し、大覚寺を睨み付ける。
――「何だ、この結果は!?」
――「し、しかし、あの清蓮学園で次席ですよ」
清蓮学園で次席って、凄いことなはずなのに、俺が努力してきたのを少しは知ってるはずなのに……。
――「大覚寺家の跡取りとあろう者が他者に負けていいはずが無いだろう。しかもディストリクト6の小娘ごときに。……見損なった」
――「つ、次は必ず」
――「次など無い」
――「お願いします」
父上に見棄てられたくない。
頼みます、父上。
今度は父上の望む結果を持ってきてみせますから――。
――「……ならば、入学後、早急に完膚なきまでに潰してこい。まったく、あれだけ金をかけて優秀な教師を世界中から集めたというのに下等生物ごときに負けるとは……」
大覚寺に対する呆れを露骨に滲ませながら黒髪を掻きあげる男。
その視線はもはや大覚寺に向けられることなく、BBが空中に映し出した資料の様なものに向けられていた。
――「……」
我は、今までそれだけのために努力してきたのだ。
全てを完璧に。
バイオリンもチェスもゴルフもウォーライドも勉強も社交も。
なのに、なのに、こんなところでディストリクト6の女ごときのせいで……。
ビジョンが暗転し、場面が変わる。
――「黒羽弥佳紗の試合データはいくら家の者に調べさせても出てこなんだ。
よって入試科目であるフラボーの操縦自体は上手かったとしても、ウォーライド未経験者である可能性が高い。
ならば、我のサーベルで直ぐに片がつく。
……に隠したフラッグは用無しであろう。
それにしても直ぐに黒羽弥佳紗を倒すのでは物足りない。
どうやって痛め付けてやろうかのう……。
アイツのせいで麿は……」
:
:
逃げられない。
どうしよう。助けて。
大覚寺の感情から抜け出せず、パニックになっていた私はどこからか聞こえてきた懐かしい声に現実に引き戻された。
ここにはいるはずのない”あの人”の声にとても似ていた。
……いや、絶対にあの人だった。
私には分かる。
あの人がいなければ私は文字通り死んでいた。
あの人は私に生きる術や目的を与えてくれた。
だけどあの人は1年前に突然と消えた。
ディストリクト6で。跡形もなく。
なのに、
――なんでいるの、真木せんぱい?
「Put your glasses.」
思わぬ課題ができてしまったことに驚きつつも、きちんと指示に従い審判から配られたウォーライド専用グラスを装着する。
これは頭周りと目を保護する為につけるらしい。
そして私がフレームについている起動ボタンを押した瞬間、虫の羽音みたいな音がすると同時に透明な膜が首から上を覆ったと同時に審判の人が近くに寄って来る。
彼らが一通り保護グラスのあちこちを確認し、納得した顔で頷き合い、元の位置へと帰っていく。
そして、戦闘態勢をとるように再び指示が流れてきた。
「On your mark.」
合図に従って、フィールド中央のスタート地点までフラボーに乗って移動する。
青い門の方から最新式の流線型のフラボーを乗り回す男子が近付いてくるのが見えた。
「Set」
互いに定位置に着くと最後に武器の電源を入れることを許可する音声が流される。
フラボー専用の武器は殺傷能力を失わる為に全ての得物が電気によって攻撃するように作られている。そして、万が一槍などの武器の柄の部分が相手を貫いてしまったとしても事前に採取された細胞を用いて治療される手筈となっている。つまりウォーライドとは死者の出ない戦闘競技なのだ。
「3
2
1
:
:」
ついにカウントダウンが始まり、腰を低く構えた私。対する大覚寺は左腰のサーベルに手をかけていた。
案の定大覚寺はフェンシングによって片を付けるつもりのようだ。
互いの呼吸音が嫌に耳に付く。
そして…、
「Go!」
長いようで短く、短いようで長い待ち時間はサイレンと共に終わりを告げたのだった。




