襲撃
前話に引き続きお楽しみください。
「電磁バリアっ…」
来た道を全速力で引き返す。
私は過去にディストリクト6で一度だけ電磁バリアを使われたことがあるために今自分が置かれている状況がいかに危険か分かる。
蹴ってもダメ。
石で殴ってもダメ。
鋭利な刃物で刺してもダメ。
生半可な爆弾なんかもダメ。
そんな風に一見最強に見える電磁バリア。
しかし、ただ1つ電磁バリアには完成するまでに時間がかかるという弱点があり、完全に塞がれるまでにバリア外に出れれば抜けられるのだが……。
「ッ!!」
間に合わなかった。
目の前では完成されたバリアが陽炎のようにユラユラと揺らめく。
―ーチッ。私としたことが。
医療棟からここに来るまでの短時間、ビジョンをシャットアウトしていただけなのにその僅かな時間で囲まれている。
――油断しすぎた。
考え事なんて寮の自室でやればよかった。
…。
……。
「?!」
突如感じた1つの気配。
私のいる方角へ急激に進んでくるそれは明らかな悪意をまき散らして向かってくる。
先程の手際の良さと言いなんと言い、嫌な予感しかしない。
――相手は相当な手練れだ。
しかも私という対象に接近するまで完璧に感情を押さえ込んでいる。厄介な事この上ない存在。
「…」
長いような短いようなフリーズ状態を解き、武器替わりにささやかながら鞄から大きめのアイスピックを引っ張り出して近くにあった大木を背に構える。
大きいだけが取り柄の度なしメガネをポケットにしっかり仕舞い、眼を閉じる。
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黒一色の空間。
段々と視覚以外のの五感が鋭さを増していく。
その感覚がある程度の域まて達した後、今度はその”黒”を押し広げるようにして意識を伸ばす。
そして視えたのは……。
:
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距離、300、200、100……。
バリアは直径600メートル型あるいはそれ以上と見ていいだろう。
今のところ感知できたのは私から向かって2時の方向にいる2人。
1人は低姿勢を保ったまま依然高速で接近中。で、女。
もう1人は200メートル先に待機してるみたいね。こっちはたぶん男。
そして女の方の狙いは、
『まずはダミーのナイフで動きを止める。その内に接近してソードを振りかぶって、それを相手が避けたと同時に腹に蹴りを決めて沈める。仕上げに階段でこけたって言っても通じる程度にアキレス腱を断裂状態にする……』
らしい。
ビジョンで視えた。
男の方は待機しているだけのようだ。恐らくは名ばかりのサポート役と言ったところだろう。
「ほー…」
プロ2人の目的が殺害でなかったことにひとまず安堵する。
といっても、この殺る気マンマンなお客さんをどう迎え撃たなくてはならないという事実は変わらない。
ただ、私はパンピーだからまともにプロを相手にできる筈がない。
せいぜいコスい手でも使って、相手の意表をついてギリギリ勝てるかどうかというところだ。
「でも、意表をつくってどうやって?」
……。
まず、迷わず私の方に進んでくるってことは電磁バリアにサーモグラフィータイプの仕掛けがあると見ていいだろう。故に、かくれんぼで時間を稼ごう作戦は必然的に却下される。これが一番手堅かったのだが。
他に相手の隙を付ける戦法は……。
「来た」
自分のすぐ側まで近づいた気配を感じ、思考を切り上げる。
目を閉じて、耳を澄まし相手の気配を探る。
微かな金属音に、更に速まる下草を掻き分ける音。
それらは全て戦闘開始が近いということを如実に示していた。
そして私は目を開けると、手に着ていたジャケットを巻き付けてアイスピックを地面と平行に構え、大きく息を吸う。
5
4
3
2
1
:
:
ヒュー、カツ、カツン、カラーン。
「ツッ!」
ビジョンで見た通りに飛んできたナイフを回避しようと横に飛び、石畳の上をゴロゴロと転がるも、流石に全ての攻撃は避けられず、ナイフが右ふくらばぎを掠ってしまい瞬く間に血が滲みだす。
それでも何とか痛みを無視して相手をしっかりと見据えながら、投げられたうちの一本を素早く拾い上げてブーツのベルトに挟み込んで固定する。
「……(お次はソードを振りかぶって来るんだったか?)」
顔から一切の表情を無くし使い慣れたアイスピックを構え直すと、襲撃者は一旦足を止めた。
視えたのは襲撃者の揺らいだビジョン。
私がまだ生きていることに余程驚いていると見える。
しかし相手はそんな動揺も一瞬で収めると、手の平サイズの銀の筒っぽいものを取り出した。
襲撃者が棒の中央にあるボタンを押し、低く唸りながら光の刃が出現したその時、私の脳裏にある単語が浮かんだ。
『ライトニング』
金属さえも容易に裁ち切る能力を持つそれを一撃を紙一重のところでかわすも、刃の周りを囲む電磁波に接触してしまう。
刃に直接触れていれば腕がなくなっていただろうが、電磁波に掠っただけだった為に腕に痺れが走る程度で済んだ。
否、「程度で済んだ」と述べられるほど被害は軽くない。
事実、何とか得物は手放さなかったもののしばらくは使い物にならない。
少なく見積もって3分。
その間は防戦一方を強いられることになる。
ディストリクト6で“オニゴッコ”をしていると、どうしても電磁柵を超えなくてはならない時もあり、こういった痺れに耐性がついていたことが幸いしたようだ。
しかし、利き手ではないもののガード役の腕を損傷したことによってかなりの形勢不利に陥った今、それらのビハインドをビジョンを読み取りながらカバーしていく。
それしかない。
爪から放たれる毒針も、突然繰り出された暗器の数々も致命傷になりうるものは全て避けていく。
:
:
「……(どういうことだ!!)」
――なぜ死なない!!
手持ちの暗器もほとんど使い切ったぞ。
データには対象――黒羽弥佳紗は一般人と記されていたはず。
だが、ただの一般人がこんなに強い筈がない。
…司令が殺害命令ならまだしも、こんなヤツを生け捕りなど厄介なことこの上ない。
あくまでレーザーガンは最終手段でしか使えない。
今回の依頼は黒羽弥佳紗に最低全治一ヶ月のケガを負わせることであって、任務の範疇を越えることは決して許されない。
となるとやはり当初の予定通りライトニングで沈めて、複雑骨折でもしてもらうしかないか。
クソッ、しつこい奴め!
:
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紺色のパンツスーツにサングラスにしか見えないウェアラブル端末。
群青色のストールで覆われ殆ど見えない顔。
何処にでも溶け込めそうな格好をした出撃者。
彼女が巡らせている思考の内容がビジョンとなって私に届く。
劣等感に羞恥心。
怒りに憎悪に嫉妬。
害意に殺意。
負の感情が強ければ強いほどハッキリと視えるココロの映像。
「……」
私をビジョンの世界から現実に呼び戻したのは鋭く突き出された刃。
頬を掠ったそれは空中に赤い線をまき散らしながら後ろに飛んでいく。
――危っね。
そして視界の端についさっきまで私がいたところの後ろにあった木の枝が幹から切り離され、赤く燃えながら地面に落ちていくのが写った。
ユラユラと揺れる橙。
炎を通って横に凪ぎ払われた刀身を軽く上に跳んで避けると、今度は振り上げられる。
それをバックステップでかわし間合いを取り体勢を整える。
背筋は真っ直ぐ、力をを抜いて、得物は相手の喉元に向けて固定。足は利き脚を一歩引いて、目は反らさずに一挙一等即を捉える。
ようやく回復してきた左手共々アイスピックを構えた私に襲撃者は眉を顰める。
「……(黒羽弥佳紗、お前は何者だ?何故こうも我らと渡り合う!?)」
口は動かないにしても心の中はこんなに百面相してるのが視える。
左上下右左右と刃が迫る。
それでもビジョンを視るのは止めない。
「そういう貴女は誰なんですか、いきなり襲ってきて。…迷惑極まりない」
「……(依頼だ)」
「……(いやいや。依頼がどうとか私には関係ないですよね。現に貴女は不法侵入罪に銃刀法違反に殺人未遂罪とかその他もろもろの法律破ってるんですよ。分かってます?)」
「……ガキがッ」
初めての言葉と共に繰り出された鋭い突きが首の表皮スレスレのところを通り過ぎる。
今の斬撃をかすった肌が火傷でヒリヒリと痛む。
あと消しゴム1個分近かったら首と胴体がさようならしているところだった。
その後も一方的な攻撃は続く。
やっと本気を出し始めたのだろう。
最初と違って今は防御だけで精一杯。
反撃も儘ならない。
――そろそろ疲れた。
何故学園の警備は気づかない?
こんな騒ぎがあれば普通はもう然るべき対処があっていいはずだ。
なのに何故…、
……。
……。
「…あぁ、助けは来ないのか」
世界一頑丈な警備とうたわれるこの学園に侵入でき、こうも自由に動けている意味。
それが示す可能性は一つしかない。
「自分で頑張れ。頑張れなかったら死んでもいいよ、というか死んでくれたほうが何かと助かる」
ということだろう。
あーあ。ついてないなー。
嫌々変な試合に出場させられるかと思いきや、私に出場されたらマズいって連中に殺されかけるとか…ね?
「ッ!」
右ふくらばぎに傷みが走り、今更ながら自分が怪我をしていたことを思い出す。
思わず膝をつくて傷口を押さえると、ヌルリとした赤黒い血が手につく。
傷口を見ると周辺の皮膚が紫色に変色していた。
思わずヒッと悲鳴をあげてしまう。
グロい。
グロッキーすぎる。
下手くそな料理の最終形態のような紫色をした傷口。
これはマズい。
ただのケガなら私でも対処できる。
しかしディストリクト6で一番治安が悪いブロックで生きてきた私でもさすがに毒の扱いなんて知らない。
分かることと言えば、毒の種類は即死タイプのものでないこと。だって死んでないから。
てことで毒は遅効性又はせいぜい動きを止める程度のものが塗ってあったと見ていいだろう。
「終わりだ」
冷ややかな声が上から聞こえると同時に怪我している右ふくらはぎを蹴り飛ばされ悲鳴をあげる。
あまりの痛さに体勢を崩し、顔から地面に突っ込む。
その際に口に砂利と土煙が入ってしまった。
「ゲッ、ゲホゲホッゲホッ」
咳き込む私にさらに追い討ちをかけるように胸ぐらを掴み上げる襲撃者。
顔の高さが同じになったことでウェアラブルグラス越しに一瞬だけ見えた双眸はどこまでも黒く闇に染まっていて恐怖を感じた。
そして彼女が腰のあたりから何かを取ろうと私の胸ぐらから片手を外す。
――今だ!
その瞬間、フラつくフリをして思い切り頭突きをかます。
そしたらたまたまウェアラブルグラスが割れて襲撃者の顔に破片が刺さる。
「ッ!!!」
襲撃者が顔を押さえて呻いているうちに後退り距離を取る。
そして素早く腰に巻いていた帯を右ふくらはぎに縛り付け止血する。
動きにくくはなったが失血死するよりマシだ。
あー、でも大分血を失っていたらしい。
フラフラするし気持ち悪い。
毒もかなり回ってきたらしく、ただ立っているだけでも肺を握り潰されたように息が苦しい。
それでも踞る襲撃者を背になるべく彼女たちとは反対の方向に向かって走る。
ジグザグに走ってもサーモグラフィーで直ぐに探知されるだろうから全力で直線距離を進む。
――本当にどうなっているのだろうか、この学園の警備は。
こんなに易々と暗殺者が入り込んで、生徒を襲って。
入学式の挨拶で『当学園の警備はコメ国大統領公邸と同レベルでして、安心して皆様のお子さんは学園生活を送ることができますよ。ワッハッハ……』とか盛大に自慢していたではないか。
誰だろうか、私に対する襲撃を命じた人間は。
生憎、イロイロと心当りありすぎて誰が差し向けたかなど検討もつかないが……。
「…」
脳裏に浮かぶのはこの学園に来てから浴びてきた罵声や暴力など、嫌がらせの数々。
あれから死に物狂いで距離をとれ、気づいたらバリアの端まで来ていた。
もう立っている気力もなく、近くにあった木を背に地面にズルズルと座りこむ。
「毒、か……」
どうりで怠いわけだ。
この程度、オニゴッコで体力をつけたものとしては大したことない…はずなのに息が上がってくるから不思議に思っていたのだ。
しかし、こっちに向かっている途中から段々寒くなってきて、今では悪寒に全身が震えだした。それに今ではもう呼吸も儘ならない…ともなるとさすがに分かる。
そんな自分に今できることーー少しでも暖をとるために腕に巻いていたジャケットを羽織り直して、鉄錆臭い己の体をギュッと抱き締める。
――限界だ。
春とはいえ、今はまだ日が落ちるのは早い。
医療棟を出たときは見えた美しい夕焼けもすっかり見えなくなってしまい、近くにあるウォーライド専用闘技場から洩れてくる光だけが辺りを照らす。
辛うじて意識を保っている、死にかけている今だからこそ思う。
『親と、姉と仲良く暮らしてみたかった』
『もう一度友達というものをつくってみたかった』
『もっと色んなことを知りたかった。学びたかった』
『自分の能力を人のために、いいことのために使ってみたかった』
『食堂のメニューを制覇してみたかった』
『年頃の女の子らしく化粧して着飾ってみたかった』
『誰かを愛してみたかった。愛されてみたかった』
あれもこれもと沢山のやりたいことが溢れだす。
――あぁ、私、こんなにやりたいことがあるじゃないか。
多くを望まないようにしていたつもりだった。「平穏無事に生活できたらそれでいい」と思ってたはずけど、違かったみたい。
今更ながら気付いた己の本心。
ただ、気付くのが遅すぎた。
最後まで握っていた唯一の武器――アイスピックが握力を失った手から転がり落ちる。
それを最期に私は目を閉じた――。
p.s.
この話の中盤に出てくる「コメ国」とは、お分かりの方もいらっしゃるかもしれませんが「米国」すなわち「アメリカ」をモデルとしていますw




