私は非戦闘民です。
side:黒羽弥佳紗です。
「はーい、動かないでくださいね」
「……(く、くすぐったい)」
「終わりましたよー。セルコピーは三日後に出来上がる予定ですので」
「ありがとうございました」
一連の騒動の翌日。
私は放課後に医療棟に出向いていた。
それで今さっき用件が終わった。
用件と言っても、ストック室とやらで口の中を綿棒で擦られて、少しだけ採血されて、皮膚を薄く削られただけだが。
そんなことをやるはめになったきっかけはこれだ。
「To:学籍番号214S01、黒羽弥佳紗。
From:清蓮学園四寮管理課。
件名:花雅寮個別入寮試験開催のお知らせ。
本文:学籍番号213S02、花押亜夕羽寮長からの申請により、清蓮学園四寮
管理課は花雅寮個別入寮試験の開催を認める。
実施要項は以下の通りである。
日時……2117年4月20日土曜日。
場所……メインコロッセウム。
試験対象者……黒羽弥佳紗、大覚寺政嗣郎。
試験内容……試験対象者同士による一対一形式のウォーライド。
※ルールは国際ウォーライド協会の定める公式ルールに則るとする。
国際ウォーライド協会ホームページURL ……「http://www.war-ride international .as.jp/」。
持ち物……体育着、体育用シューズ、フラボー一台、ウォーライド専用武具。
注意点……Ⅰ事前準備についての規定
①当試験でウォーライドを行うにあたって、怪我に備えて各人のips細胞を事前にストックしておく必要がある。よって、2117年4月16日火曜日16時10分に医療棟1階ストック室にてセルコピー(細胞複製)を済ませておくこと。
①当試験に使用するフラボー及びウォーライド専用武具は個人所有のものでも学園所有のものでも可能とする。但し、個人所有の物を使用する場合は事前に四寮管理課のチェックを受けること。
Ⅱ持ち物についての規定
①当試験に使用するフラボー及びウォーライド専用武具は個人所有のものでも学園所有のものでも可能とする。但し、個人所有の物を使用する場合は事前に四寮管理課のチェックを受けること。
②当試験に必要な物の貸し出しは四寮管理課にて行う。
但し、『ウォーライド専用ゴーグル』は競技開始直前に審判によって手渡しされる。
③当試験には清蓮学園指定の体育着、体育用シューズ、ウォーライド専用ゴーグルを着用のうえ参加すること。
Ⅲ事前練習についての規定
①校則の範囲内での練習ならいかなるものでも認める。
②コロッセウムで練習したい場合、花雅寮専用コロッセウムにて練習すること。
その他不明な点がある場合は清蓮学園四寮管理課に問い合わせること。
以上」
ここで一つ物申したい。
「私、フラボーなんて一回もやったことないんですけど、」
公式戦を観戦したことはあっても実戦経験が一切ないズブの素人の私にどうやって戦えというのだ。
しかも五日後に。
もちろん、基本的なことは知っている。
フラボーとは空中に浮く金属製の板で、丸も楕円も四角も三角など様々な形があるということ。ウォーライドは「疑似戦争」を目的とした競技であり、けっこうエゲツない、というか何試合かにいっぺんは死者が出るということ。
ただこれ以上の情報は生憎持ち合わせていない。
突然戦場に駆り出された新兵のような私。
「参加拒否」という手をとろうにも残念ながら花押亜夕羽先輩によって退路はしっかりと塞がれている。
完璧イジメだ。
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:
「黒羽さん?もう帰っても大丈夫ですよ」
入り口でボーッとしていると、背後から先生の声が聞こえた。
さっきの健康診断で数年ぶりの微熱を言い渡されたからその影響かな、とボンヤリ思う。
健康管理には人一倍気を使っている身としてはショッキングな結果だったものの、今日一日安静にしておけば大丈夫だろうと締めくくる。
そして「すみません、大丈夫です」と言って、扉の前で先生に礼をしてからストック室を後にする。
学校の『医療棟』といっても、そこら辺の学校にある保健室とは全然違う。
清蓮学園の医療棟は普通の大学病院と同じ、いや、それ以上にしっかりしている。
名前の知らない科もいっぱいあったし、地下にも十階分のラボがあるらしい。
そう書かれた病院の案内図を入り口で見たとき不謹慎にも「学園内で死にかけても安心だな」とホッとした覚えがある。
なにせ私が住んでいたディストリクト6には医者などいなかった。たとえ闇医者だろうと存在するのはディストリクト5まで。さすがの彼らも人の命が髪の毛一本より軽い無法地帯には来ようと思ってくれなかったみたいだ。
そんな、私にとってはとてもありがたい存在である病院の真っ白でとてつもなく長い廊下を歩きながら再び考える。
五日後にある個別入寮試験のことを。
――フラボーの操縦なら、問題なくできる。
少しブランクがあったとしても三日くらい練習すれば取り戻せるはずだし。
が、
「戦闘はね―……」
毎日命がけで鬼ごっこと言う名の逃走劇をやってきただけはあって、体力面においては心配ない。
だが戦闘ともなれば別だ。
私はこの学園に通っているお坊ちゃまお嬢ちゃまとは違って格闘技など習っていない。
少しだけ、本当に少しだけ中学校の先輩に護身術を習ってはいたが、本格的に学んできた人間にとって私はとるにたらない存在だろう。
…だから勝敗は「いかに格闘技を使わせないか」にかかって来る、と思う。
そもそもウォーライドには対戦相手と向かい合わせに立った状態で試合が始まる『I規約』形式のものと、場内のどこにいてもいい『R規約』形式の二種類があるが、今回のは前者のルールを適用するようで、必然的に「どうやって距離をとるか」を最初に考えなくてはならない。
それに、病院の待合室にいる間に見た『国際ウォーライド協会公式ルール』とやらによると、公式戦と一対一形式の試合では全然ルールが違うらしく、一対一の試合はフラッグ無しの只の一騎討ちとなるそうだ。
「……」
――そう考えると私ってかなーりヤバイ状況に立たされてね?
ま、分かってはいたけど。
大覚寺は大財閥のお坊っちゃまだし護身術程度には格闘技はかじってるだろうから、普通に強いことは予想できる。
それを相手に攻撃を食らうことなく距離を取り、仕掛けなくてはならない。
武器も私が望む遠距離系のものがあるかも分からない。
――どうする?
「…」
あれこれ考えながら進んでいるうちに医療棟の入り口に到達していた私。
ガラスでできた自動ドアの前に立つとスーッと音もなく開く。
その瞬間、扉によって遮断されていた外の世界が一気に飛び込んできた――。
橙から藍に移り行く空。
西日を浴びて昼とは違った美しさを魅せる芝生や木々がなす庭。
美しくはあるが、もう少しで暗くなり何も見えなくなるだろう。
もう少しこの風景を見ていたい気もするがここは我慢。
並足を早足に変えて歩く。
自分の今の棲家である新入生寮へ帰る道中、医療棟に隣接する各寮専用のウォーライドスタジアムからはウォーライドチームが練習する声や武器がぶつかり合う音、そして何かが飛ぶ音が聞こえてきた。
その音に5(げ)日後の(じ)試験へと引き戻される。
も、
「……」
嫌な予感がして立ち止まる。
場所は医療棟からまだそんなに遠ざかってもないし、道を反れたわけでもない。むしろ人通りがあってもおかしくない道。
それにも関わらず、ここまでにすれ違った人がいない。
加えて通常と比べて微妙に気圧が違う気がしてならない。
――あー、なんかヤバいかも。
エレベーターに乗った時みたいにキーンとしてくる感覚がしてからそう思った私は、手っ取り早く脇道にあった小石を拾い、ありとあらゆる方向に投げてみる。
するとどうだろう。ほとんどの小石が行方不明となったが、真上に投げた小石はヴーンという音と共に跳ね返されて落ちてきた。
急いで上を見上げると、一部分だけ空間が不自然に歪んでいた。
あーあーあーあーあーあー、
「最悪、」
予想的中、というか予想の遥か上をいったよコレは。




