殿上人の遊戯
今回の話はside:寮長’sです。
カツン。
カツン。
カツン。
ブーツの踵を静かに鳴らしながら優雅に歩を進める少女が一人。
彼女の前には人っ子1人いない……というより“いれない”のだ。
そんなギャラリーの反応は自身の隣にいる友人と共にざわめく、道の真ん中を歩く少女の姿に見惚れる、嫉妬と羨望の入り交じった眼で見るの3択。
まるで小説のようなそれは本当に起こっていることなのである。
信じられないかもしれないが、実際に見れば納得できるだろう。
――見る者を魅了するほどに整った顔に美しい珊瑚色の髪。
近くに居るだけで圧倒されてしまいそうな神々しいオーラ。
縹色の着物風ワンピースを纏い、銀色の帯によって強調されたグラマラスなボディーライン。
しかもその帯は、銀地に銀糸で蓮の刺繍と本物の銀による装飾が施された特別な帯――学園グロリーランキング二位の者に授与される帯であった。
そんな眩いばかりに輝く少女が廊下を歩いていた時のことーー。
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プルルルル、プルルルル。
そのとある女子生徒のコネクターの着信音が鳴る。
彼女は耳たぶで輝くパールイヤリングをギュッと握ると口を開いた。
「何のご用かしら、八条院様?」
「まいど亜夕羽ちゃんてツレないわぁー。柊真て呼んでや」
クククと笑うコネクト先の男。
旧日本で言う“関西”という地域によく見られた独特な訛りに、コネクト越しでも伝わってくるチャラチャラとした雰囲気。
彼の専売特許である絡みを無視した花押はただただ微笑んでいた。
その顔を見る者が見たら恐れるのだろうが、何も知らない一般生徒には彼女が聖母のごとく笑顔で空気を清めているようにしか見えないことだろう。事実、時を同じくして廊下を歩いていた男子生徒のほとんどが恍惚とした顔をしていた。
「なんや、オタクら個別入寮試験やらはるんやて?」
「まぁ、相も変わらずお耳が早いこと」
「そんなん誰でも知っとるて。“CHAT”の掲示板がド偉いことになっとてな、『花雅寮寮長がアノ”黒羽弥佳紗”に対して直接動いた』とか『大覚寺の跡取りと一年の首席が花雅寮個別入寮試験を受ける』とか」
「あら、そうでしたの」
「…知っとったくせにしらじらしいわー、そういうオモろいことやるときは仲間外れせんといてや」
「フフフ、心に留めておきますわね」
「よろしゅう頼むわ。……で?」
「…」
「何でなん?いきなり“個別試験”はやりすぎちちゃう?…特別な事情でもない限り、」
「…そうでもなくてよ。3年に一度は行われていた伝統行事でもありますもの」
「ちゃうやろ、」
「ごめんなさいね。おっしゃっている意味がよく分からなくてよ」
「ほなもっと分かりやすくゆうたるわ。……何のためにあの2人に直接手ぇー出したん?」
「……」
急に険を増した八条院。
いつもは砂を吐くように女性の口説き文句を発しおちゃらけている彼だが、それはあくまで常装備。本来は興味深い事象が起こればそれをとことん研究する、それで周りがどうなろうが関係ない、といったマッドサイエンティストを地でいくような性格をしているのだった。
…それを具体的に説明するとなると、彼が『清蓮の狂王』と呼ばれることになった所以はその性質がいかなるものか示すのに丁度よいだろう。
八条院という男は科学や生物学、果ては社会学まで様々な分野の研究を趣としており、その一環で学園内に存在する生徒や教師の情報を集め始めた。そしてそれを権力保持に使うでもなく、自身の「行動心理学」の研究に用い、多くのスキャンダルを学会で一気に暴露した。もちろんその生徒たちは退学、親の会社も倒産。それを「趣味」の一環と称して平気で行うのだから質が悪い。
この事件以降も数々の嵐を巻き起こし、その結果八条院柊真はいつしか「清蓮の狂王」と呼ばれるまでになった。
そんな彼が態度を改めてきたということはすなわち話が余談から本題に入ったことを示していた。
そして、対する少女が選んだのは沈黙。
さすがは寮長。
――こう言ったらああなる。
――相手から答えを引き出すにはこう言う。
互いにこれから始まるであろう腹の探り合いに備えてそれぞれ頭の中でシナリオを練り上げていく。
そして先に口を開いたのは関西弁の男――八条院だった。
「ほな、話戻すわ。わい一応紫月寮の寮長やから、他寮の個別入寮試験は見逃せへんの。堪忍な」
「お珍しいですわね。私、貴方が常に寮長としての仕事を宇野様に押し付けて逃げ回ってらっしゃるとお聞きしておりましたのに」
「部下ってのはトップが使ってやってナンボのもんやろ」
「本当にあなたは……用件は個別入寮試験に関することですわね?」
「そや」
再度確認するように問う花押に急にチャラチャラした空気を消して真面目な声で返す八条院。
学園トップクラス権力者である2人による今後についての重要なやり取り。
両者の緊迫感が一気に増す。
「貴方も既に知っていると思いますが、私は先程1年S組にて大覚寺政嗣郎と黒羽弥佳紗の二名に個別入寮試験を開催する旨を伝えました」
「狙いは黒羽弥佳紗の方やろ。今さら亜夕羽チャンが中等部上がりの大覚寺に拘るとは思えへんからな」
「大覚寺様もかなりの実力者ですから、そう決めつけるのはいかがなものかと思いますわよ」
「抜かせ、アンタが直接動く程の何を黒羽弥佳紗は持っとるんや?」
「……別段深い意味は御座いませんわ。私はただ黒羽さんに会ってみたかっただけですの」
花押は思っていることとは反対のことをスラスラと口にしながら先程の1年S組でのことを思い出していた。
「……(初めて対抗されましたわ)」
自分の能力である『虚空』を最大限に解放しても、黒羽弥佳紗は何事もなかったように乗りきってしまった。
虚空とは読んで字の如く、相手の『意識』を呑み込む能力だ。
どれだけ相手の意識を飲み込むかは調整できて、例えばただ言うことを聞かせたいときは40~50%を、相手を廃人状態にするなら50~60%を、相手を殺すなら100%といった具合に力を調整すればいい。
しかし、相手を殺してしまうはずの100%の力を発現しても黒羽弥佳紗に力は通用しなかった。
それが意味することはただ一つ。
――彼女もまた、何かしらの力を持つオーバーヒューマンなのね。
「……(誰もお気づきになられないうちに、邪魔されないうちに彼女を“判断”しなくてはなりませんわね)」
――取り合えず今は八条院との会話にケリをつけなければ。
高速で回転していた思考回路を鎮めると、花押は再び話を進めた。
「『花雅寮個別入寮試験への入場許可書と特殊機器使用許可書を俺に寄越せ』、貴方はそう仰られたいのかしら?」
「そや。わい、そちらさんの試験に手を出せへんにしてもデータだけは欲しいねん」
「どうしましょうか。迷いますわね……」
――おそらく八条院も自らも個別入寮試験を彼女に課されるおつもりでいらっしゃるはずですわ。そのデータを私も欲しい。となると互いの利益は一致する……あー、嫌ですわ、八条院と同じ考えなんて。しかし、先の一件でより多くのデータが必要になると分かったからには集めない訳にはいきませんし……。
「亜夕羽ちゃん、アンタの望みはこっちの個別入寮試験の入場と特殊機器使用の許可書ってとこやろ?」
「えぇ。お願いできますか?」
「分かったで。これで貸し借りナシやな」
「はい。それと、お互いに使用する機器については事前申告しましょうね。物によっては競技に影響するかもしれませんので」
「当然や。ほな」
それを最後にブチりと切れたコネクト。
同時に深い溜め息をつく花押。
彼女は白魚のように美しい手で頭を押さえると顔に疲れを滲ませた。
そしていつの間にか到着していた目的地――校舎棟屋上庭園へと続くドアに生徒個人カードをタッチした。
ピピッという解除音と共に強化ガラスでできた西洋風の扉が開く。
その先に広がるのは一ヶ月前に寮対抗戦で年間優勝を果たして手に入れた屋上庭園。
ガーデニングの本場、イギリスのガーデニング大会で優勝した庭師に造らせたその庭を花押はグルリと見回し、感嘆の声を漏らす。
国会議員――今は外務大臣でもあるが――の娘として美しいものを見飽きている彼女を感動させるほどその庭園は美しかった。
ドーム天上のガラスを通してキラキラと輝く日の光を浴びながら苔のはえた石畳の上を歩き、風情ある橋を越える。
そして辿り着いた、西洋風の豪奢な造りの四阿に入った花押は椅子に腰掛ける。
最近、余りに忙しいためにまともに休息を取れていなかったせいか色の悪い己の顔。それが四阿を囲むように流れる川の水面に写ったのを見た彼女は再び溜め息をつく。
「まったく……。新学期に加えて、六月の寮長交代の件で私、今、非常に忙しいですのに。
とんでもない厄介事が割り込んできましたわね。……ハードスケジュールはお肌に悪いというのに」
――空いている時間にエステに行って回復しなくては。
彼女の溜息交じりの独り言はもちろん誰にも聞かれること無く空に消えていったのだった――。
一つご報告なのですが、この話以前の文章が所々バグを起こしているのを発見したので修正しました。内容は変わっていないのでそのまま読んでいただいて大丈夫です。
引き続き、学園SPをよろしくお願いしますm(__)m
p.s.
実は前回のタイトル「深淵の女神」の”深淵”の意味、実は彼女の異能力の正体を表すのもでもありましたw




