深淵の女神
ラスボス登場!
話がついに序章から本編へと突入しました、乞うご期待!!
「黒羽弥佳紗!麿と勝負せよ!!!」
あの図書館での邂逅?以来、大覚寺とやらが私のことをストーキングしているのは分かっていたから、なるべく避けるようにしていた。
女子トイレで聞いたウワサによると、大覚寺家とは八条院家と並ぶこの国の経済界の中でもトップクラスの家柄で今年の一年生の目玉的存在なんだそうだ。
後に知ったのだが彼は生粋のお貴族様らしい。
この国のほとんどは大覚寺家か八条院院の傘下だとか。
そんな彼を狙っている女、彼とパイプを持とうとする男も多いとか。
大覚寺、大覚寺ってお家自慢していたのも今なら頷けるかもしれない。
それに加えて、入試前での下馬評では大覚寺の首席入学は確実視されていたらしく、期待に応えられなかった彼は面目丸ツブレだとか。
――私が首席入学したのが許せないってのも分かるかも。
「何故そのようなことを?」
純粋に疑問だ。
何故、私と勝負をしたいのだろうか?
恨み?妬み?嫉み?
…なんでもいいが、迷惑だからやめてほしい。
注目を浴びること、人間がたくさんいることが嫌いな私にとって今の状況は地獄だ。
「あの子、大覚寺様のお誘いを断ったわよ。お声をかけていただいただけでも有り難いものを」
「なんて生意気な」
「あれだから下賤な者は」
視なくてもサウンドで聞かなくても直で耳に入ってくる罵詈雑言。
学年一の注目株とディストリクト6出身の首席。この組み合わせが注目の的にならないワケが無い。
今まさに自分のメンタルがガリガリと削られていくのが分かる。
人人人もいいところ。廊下までもが人間の群れに埋め尽くされていた。
あーー誰かこの空気をブッた切ってくれないかな、と他力本願なことを考えながら大覚寺の返答を待つ。
彼はどうやらここで疑問を呈されるとは予想していなかったらしく、目の前で百面相をしていた……見てると面白い。
「私のあなたと勝負をしないという意思は変わることはありませんので、これ以上のお誘いはご遠慮いただきますようお願いいたします」
いい加減待つのも飽きた為、一方的に会話を切り上げて脱出を試みたその時、ふいに違和感を感じた。
背骨を駆け上がるようなピリリとした緊張感。
ギャラリー間に漂う騒然とした空気。
そんな違和感に私は立ち止まらざるを得なかった。
――誰か来る。
騒ぎの中心が段々と近づいてくるのを肌で感じる。
相手は、圧倒的な”黒”の存在。
――ビジョンが色に負けるなんて……。
何て負の感情が強人物なのだろうか。
嫌な予感に若干こわばった己の体を解しながら“彼女”の到着を待っていると、しばらくして教室後方のドアにフンワリとウェーブがかかった珊瑚色の髪の……三年?の先輩が見えた。
今しがた登場した彼女は青色――3年生の学年色である縹色の制服を着ていて、帯も蓮の刺繍が施された銀色のものをしていることからかなりの階級上位者であることが分かる。
そんな得体のしれない先輩は3歩私から離れたところに到着すると、形のいい桜色の唇を開いて言った。
「ごきげんよう、皆様」
くるりと一年S組を見回して言う先輩。
その仕草からして人前に立つのに慣れているようだった。
そして彼女から滲み出るカリスマオーラ。
あれはタダ者じゃない。
「……花押亜夕羽せん、ぱい」
口をポカーンと開けていきなり間抜け面をした大覚寺。
「……(おいおい。さっきまでの威勢は何処にいったよ)」
私が大覚寺に呆れていると、花押先輩とやらはクスクスっと可愛らしく笑って続けた。
「あら、大覚寺様。お久し振りですわね。こうしてお話しするのは二月の慈善パーティ以来でしたかしら」
「は、はい」
「ふふふ。そんなに緊張なさらないで」
花押先輩の圧倒的な存在感。
緊張するなという方が無理だ。
彼女が髪を軽く払っただけでその場にいる生徒が一斉にその方向を向く。
僅かな間さえも彼女以外音をたててはいけないような錯覚に陥る。
そんな空気感に私も呑まれかける。
そうやって私が花押先輩の空気に気圧されて黙っていると今度は私の方を向いて彼女は口を開いた。
「ごきげんよう。私は花雅寮寮長を務めさせて戴いております花押亜夕羽と申します。
貴女は確か、今年の新入生首席の方でしたわね。非常に優秀な成績でのご入学、私、感動しましてよ」
この教室に入ってきたときから変わらぬ笑みを私に向ける。
あー、何か聞き覚えある名前だと思ったら花雅寮寮長の名前だったか。
なるほど。納得。
名乗られたのだから、こっちも返さないと失礼だよな。
うん。
礼儀はキチンとしないと。
「お褒めに預かり大変光栄に思います。私は高校1年S組の黒羽弥佳紗と申します」
嫌々ながらも自己紹介をすると、「存じ上げておりますわ」と上品な答えが返ってきた。
何故、しがない一年生である私のことを認知しているのか怖くも思うが、ビジョンが視えないということは私に危害を加える気は無いということ……だと信じたい。
「信じたい」とここで称してのには理由がある。
――稀にいるんだよ。なーぜかビジョンに引っ掛からないヤツが。
ある種の不安を感じながらも、隣で直立不動をしている大覚寺を見やると彼も訝しげな顔をした彼と目が合った。
「……(おい、おぬしは花押先輩の気に障るようなことをしたのか?)」
「……(いや、まず接触自体がないし、こっちもなるべく目立たないように過ごしてるから心当たりは無い)」
大覚寺とアイコンタクトで会話を試みる。
するとその内容を感じ取ったのか花押先輩が私達に話しかけてきた。
「私、面白い話を小耳に挟みましたのでこちらにお邪魔させていただいたのですわ。何でも、大覚寺様が黒羽さんにここ数日間勝負を挑み続けていると。この噂は確かですか?」
花押先輩の問いに100%フリーズして使い物にならなくなった大覚寺。
――コイツ、ホンと固まるの好きだなー。使えねーー。
この場で発言することはできるだけ控えたかったが仕方ない。
私が代わりに答えることにした。
「はい。本当です」
「そうでございますのね。……では、黒羽さん。貴女は何故、その挑戦をお受けにならないのですか」
「不必要だからです」
ここは迷わず即答。
勝てる保証がない勝負を受けて、退学になるわけにはいかない。
僅かに眉を潜めるも笑顔を保つ花押先輩。
私の言葉の真意を図りかねているようだ。
「不必要とはどのような意味でして?」
「私に何の得もないという意味です。私は無意味なことはしたくありませんので」
この返答にギャラリーが一瞬にして騒がしくなる。
さすがに言い方が不躾だったかと反省するも時既に遅し。
瞬く間に喧騒が広がる。
「まぁ、お口の悪いこと!」
「ディストリクト6出身の乞食が!!ゴミ溜めに帰れ!!」
まさに野次の嵐。
そのうち二個は耳に入ってしまったが、それ以降は完全シャットアウトする。
人語ですら無い言葉を聞くのは愚の骨頂だ。
お陰でギャラリーが口をパクパクしているのが見えるが何も聞こえない。
何も感じない。
そう。
今私の視界に写るのは何もない灰色の空間。
ディストリクト6で見続けてきた無の空間。
「早く終わってくんないかな。私、穢れた景色は嫌いだし」
――あー、お腹、空いた。
今日の昼御飯用にと取ってきたクッキーのことを考える。
…あれは本当に美味だ。
そんなこんなでしばらく続いた混沌状態。
それに終止符を打ったのは、腕を振るという花押先輩のごく単純な1つの動作だった。
まったく、流石のラスボス感である。
「でしたら、意味があったら勝負していただけるのですね」
スゥッと目を細めて私に問う花押先輩。
私はその表情に底知れぬ闇を感じ、ゴクリと唾を飲む。
悪意を、害意をヒシヒシと感じるのにビジョンが視えない。
虚空の闇、ブラックホールしか見えない。
こんなこと、今まで無かった。
――この人、本当に何者?
「もう一度お聞きします。黒羽さん、貴女は意味があったら勝負をするのですね」
――こりゃ、逃げられそうにないわ。
再度問いかけてくる花押先輩に私は覚悟を決めるしかなかった。
恐らく今の時点で読み取れる彼女の性格からして勝てない勝負はしない質だから、事前に外堀を埋めてきたとみた。
ここは降参するしかない。
――まぁ、だとしても足掻くくらいはいいよね?
「私は戦う必要がある時のみ戦います」
イエスともノーとも取れない回答。
取りようによっては参加を認めたようにも聞こえ、しかしながら完璧には参加を表明したわけではない。
その答えに、いや、私が答えたこと自体に驚いたように張り付いた笑顔の仮面を崩す花押先輩。
しかし、さすがは由緒正しい家が集う花雅寮の寮長を務める彼女。
すぐに通常モードに戻り品のいい微笑みを浮かべながら続ける。
「では、花雅寮寮長の名に置いてここに『個別入寮試験』を執り行うことを宣言します」
さらに笑みを深くして私と大覚寺を見て告げる花押先輩。
「ま、まさか!」
今の今までフリーズしていた大覚寺がやっと現実に戻ってきて驚愕する。
個別入寮試験って…………。
――始めから彼女の狙いはこれだったのか。
今ごろそれに気付いたところでもう遅い。
1週間前の昼休みに暇潰しに読んだ校則に載ってたアレ。
1回寮長命令が下ったら、絶対戦わなきゃダメってやつ。
あーー、私の1週間の努力が……。
「個別入寮試験についての詳細は四寮管理課を通して次期に通達があると思いますが、お二人にはワン・オン・ワン形式のウォーライドで競って戴くことになります。それが知力・体力・精神力を見るには最適ですからね。では、ごきげんよう」
少し間を置いてこう切り出した先輩は、腰を15度曲げる見本のように綺麗なお辞儀をして優雅に1年S組の教室を出ていった。
開け放たれた窓から吹き込む暖かい風に吹かれて揺れるハーフアップにセットされた珊瑚色の長髪。
頬を紅潮させる下級生に上品に微笑みながら静々と歩を進める立ち居振舞い。
花押先輩の去り際はまさに『飛ぶ鳥跡を濁さず』という言葉がピッタリな見事なものだった。
「……どうしよ」
―ーさらば私の平凡スクールライフ。
花押先輩が去った教室で呆然と立ち尽くす私の頭にはその言葉しか浮かばなかった。
p.s.
花押亜夕羽のキャラクター設定としては、「優雅に笑いながら人を屠りそうな子」を念頭に書いています。よく言う、生粋の悪役令嬢ですね。……悪役令嬢になる運命から回避しちゃう聖女系悪役令嬢ではなく(笑)




