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ピエロのサングラス



 目を開くと、車窓からは相変わらず十一月の白い町が横に流れていた。昔のことを思い出しているうちに、半分くらい、うたた寝に近い状態になっていた。隣にはピエロを名乗る少女が静かに座っている。僕の視線に気付いて、存在感のあるサングラスがこちらを向いた。相手の目が見えないと、表情のほとんどが欠落してしまっているように感じる。そういえば、一重より二重の瞼の方が表情が豊かに見える、という話を聞いたことがある。瞼ひとつでそんなに印象が変わるのだから、サングラスによって表情が欠けて見えるというのは、的外れな感想ではないのかもしれない。

 それでも。こんなに表情の印象を作っているパーツなのに、大抵の知人の瞼が一重か二重かなんて、思い出すことはできなかった。

「悩み事がありそうな顔をしているわ」

「まさかまだその話を続けるのか」

「本当にそう見えるのだもの」

 そうなのだろうか。考え事をしていたのは確かだけど。もしかしたら、考え事というのは、悩み事とほとんど同じ意味なのかもしれない。ひとつのことに脳活動に必要なリソースを深く裂くという点では同じだし、ストレスを感じるのも同じだ。

「まあ、暇だし」

 と、変わらない車窓の風景を眺めて僕は話を始めた。

「とある少女に聞かされたことについて考えていたんだよ」

「へえ。どんな話かしら」

「大したことじゃないさ、多くの少女が好んでするような、恋の話だよ」

「それはもしかして、告白されて困ってるどうしよう、なんていう悩みなのかしら」

「まさか。そんなの悩むようなことじゃない」

「ふん、どうして」

「どうして、って」

 どうして、と考えてみて、悩むようなことじゃないと断言した割には、根拠がはっきりしなかった。はっきりしないけれど、答えだけあった。数学のテストで、たまたま前日に解いたのと同じ問題が出た時みたいだ。最後の解に当たる数字だけは記憶にあるけれど、途中計算の方法が思い出せない。

 そんなの回答用紙が矛盾している。

「私は知っているわ。どうしてあなたが告白されても悩まないのか」

「ピエロだから?」

「ふふ。ええそうよ」

 ピエロは欠落した表情で、とても楽しそうにほほえんだ。そんなサングラスなんて、取ってしまえばいいのにと思う。

「悩む必要がないのは、最初から答えが出ているからよ。あなたはいつ告白されたって、結論だけは出ているの」

 決めつけた口調で彼女は言った。少し反発したい気持ちも芽生えかけたが、多分それが限りなく正解だったから、何も言い返す気にならなかった。

「そうかもしれない。僕は多分、相手にとっていい返事を返すことはないね」

 このピエロの意図が、やっと分かってきた気がする。

 多分彼女は、僕が気付いていないことを察している。本当の占い師みたいに、僕の心理を誘導している。

 このあと彼女は、どうして僕がいい返事を返さないのか、その理由について尋ねる。僕自身の思考によって、その結論を出す理由に気付かせるために。だけど、もう気付いてしまった。嘆くべきなのか、感謝するべきなのか分からないが気付いてしまった。このピエロはいったいどこまで知っているのだろう。どれくらい正確に気付いているのだろう。

「ならそれはなぜなのかしら。さっきの私のたとえ話みたいに、一生ひとりでいたいと思っているのかしら」

「そういう面もあったんだけどね。今はそれは嘘なんだと思うよ」

 黒いサングラスに写る自分の顔を見ながら、ひとりの少女について考える。麻原香織。

 思い返してみれば、くどいほど、自分の思考に彼女が関係している。何かをするときに、彼女と一緒にいるパターンを想像する。何かを選ぶときに、彼女ならどんな選択をするか考える。まるで麻原が自分の隣にいるように、彼女を考えながら生活している。

 車内にアナウンスが流れた。

 真っ白の世界に向かっていた電車は、いつの間にかもうすぐ目的の駅に着くところまで来ていた。雪がヒトの目的を隠していた。だからといって、白いフロントガラスの先に、目的地が存在していることには代わりはないのだ。

 車両がホームに進入する。ここまで近くにくれば、もう駅に着いたのだと目で見て確認できる。

 僕とピエロは電車を降りた。

 雪を乗せた風が、顔に吹き付ける。

 霜焼けで顔が赤くなりそうだ。

「ねえ」

 と白い吐息とともに、僕はピエロのサングラスにそっと手を掛けた。

 ピエロは、相変わらす欠落した表情をしていて、少しつまらない。何も抵抗しないピエロから、サングラスをはずした。

 二重瞼は表情が豊かに見えるらしい。

 僕は彼女の瞼を始めに確認した。

 一重だ、と思って、だから何なのだろう、と思った。

 今日初めて、彼女の目を見て僕は言葉を話す。

「麻原。今度、君の見つけた洋食屋さんのオムライス、二人で食べに行こうよ」

「うん。正解」

 とても心地いいリズムで、麻原香織は笑顔を作ってそう答えた。

 ピエロ演じるためのサングラスは僕が持っている。やっぱりコミュニケーションは相手の表情が見えた方がずっといい。一重でも二重でも、十分豊かに感情を表現する。

 自己完結した人間関係は、少しだけ彼女とつながった。

 僕は、一重瞼の君の笑顔を見て、とても自然に心地がいいと思った。

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