不正解
急行列車の先頭車両に、ピエロと一緒に乗った。
どうして僕についてくるんだと尋ねようと思ったが、またよく分からない理由ではぐらかされそうな気がしたので、何も言わなかった。
電車の中は暖かかった。
彼女がどんな理由で僕に付いて来ているにしても、それは今優先的に考えるべきことでもない。真っ白に雪の積もった交差点で震えている少女が居たのなら、まずは暖かい場所に連れて行くのが、何よりも重要な優先事項だ。
白くない息を吐くピエロの姿を見て、少しだけほっとする。
車両の一番前の席に隣に並んで座った。
ピエロは少しだけこちらを向いて、マフラー越しに口を開いた。
「あなた、今、悩んでいることがありますね」
「君はピエロじゃなかったのかい。それじゃインチキな占い師みたいだ」
「違うわ。インチキな占い師には何もできないもの」
「じゃあ、君にはなにができるっていうんだい」
サングラス越しに僕の目を見たのが分かった。ほんの少しだけ、カップに入ったアイスクリームの縁が溶けるみたいに、柔らかく笑みを浮かべて彼女は言う。
「なんだってできる」
世界一魅力的なプレゼントをもらったような、高揚感と嬉しさを半分ずつ混ぜた気持ちが湧き出る感じがした。
胸の奥から胸の表面へ心地いい温かさが広がって、自分の顔に笑みが浮かぶのが分かる。
なぜ、ただ大げさでバレバレな嘘を聴くだけのことが、こんなにも愉快なのだろう。
「はは。それじゃまるで魔法使いだ」
「残念ながら魔法は使えないわ」
「何だってできるんじゃないのかい」
「できるわよ。ピエロはたったひとつの目的のためなら、どんなことだってできるものなの」
「でも魔法は使えないんでしょう」
「私の目的には、それは必要ないもの」
「君の目的って?」
「そうね。例えば、小さな女の子が花壇で花を咲かせるようなことに、私の目的は似ている」
「花……」
想像してみた。小学校の校庭にあるような煉瓦の花壇。そこに種を撒き、ジョウロで水を掛ける。そんな少女の目的は、もちろん花を咲かせることだ。だけど、それに似ていることとはなんだろう。漠然としていて、何にでも似ている気もするし、何にも似ていない気もする。
「どうでもいいことよ。そんなことより、この間、ある洋食屋さんをみつけたの」
「ああ。そう、それがどうかしたの」
真剣に考えていると突然話題が変わった。考えても分からないことだし、彼女の目的については追求しなかった。
「看板に出ていたオムライスが、とてもおいしそうだったわ」
「そう、なんだ」
「ええ、でもあなたにはどこにあるか教えてあげない」
「君は何も教えてくれないんだね」
「悔しかったら、私から聞き出してみなさい」
「じゃあ、教えてよ」
「不正解」
間違えたらしい。なにがだろう。聞き方だろうか。だけど、彼女にはどんな聞き方をしたところで、同じように即答されていたような気もする。全体的に、一貫して常識を馬鹿にしたような態度だ。そもそも、ピエロを名乗っている時点で、不真面目な感じが溢れている。
「じゃあ今度はこっちから質問」
とピエロは言った。
「あなたはいったい、何を悩んでいるのかしら」
「やっぱりインチキ占い師じゃないか」
もはや何も占っていない。ただの人生相談だ。なにがおかしいのか、いたずらに成功した子どもみたいに、忍び笑いしている。
「だから言っているでしょう、ふふっ、私はピエロだって」
「笑っちゃってるじゃん」
決めゼリフは、格好付けて言うものだ。そう非難する僕も、おそらく笑ってしまっているのだけど。