27 出発1日目 ~お勉強 その6~
街道から逸れて草原に入り、コラスティ丘陵地と村の中間あたりに差し掛かると、小さな池があった。
すると、トゥーンさんとニールが何やら相談を始めたので、皆の足が止まった。
眼前の池は草原の中にポツンとあり、この辺りの木々は点々としていて視界を遮る物がほとんどなく、コラスティ台地の裾の境界の林が遠目に見えた。
あの池の水は飲めるのかな?
「皆さん、今日はここで野営をします」
ぼぅっと周りの景色に見とれていると、ニールから皆に告げられた。
よし! ここで野営ね!
何処にテントを張ればいいのかしら?
胸を躍らせて周囲を見渡していると、トゥーンさんが口元を緩めながらこちらに寄って来た。
「ここはアルバ村……監視村からも近いので、何かあった時に村に逃げ込めます。水が補充できますし、魚が取れるので、こうした水源地がある場合は、その近くで野営をする事が多いです。また、雨が降っている場合は雨を防げる場所、水源が無い場合は危険が少なそうな場所にします」
トゥーンさんが野営に適した場所の説明を始めると、イェネオミナスの他の三人はニール達に話し掛け、荷物をテキパキと広げ始めた。
「テントを張る前に、野営場所から周囲の風景が見通せるか、視界を遮る物は無いかを確かめます。夜、魔物が襲って来た時にいち早く見つけるためです。なので、鬱蒼とした草むらの中や木が乱立する場所は避けてください。そして、草刈や地均しをしてテントの設営をします」
荷物を下したベーマーさんとアラスさんは、ニールを連れて左の草むらを歩いて行き、エドワードとアルバート、スーさんは右の草むらを歩いて行った。
残ったバーデンさんがウェルナと協力して土魔法を発動し、地面は平らに。
そこへジョンとミアンが手際よくテントの設営を始めた。
「……ココに居ない皆は、周囲の警戒に行ったの?」
「はい。レミー様もテント設営をされてみますか?」
「うん!」
池を背に、バーデンさんがテントを立てていて、少し場所を空けて、ミアンが小さ目のテント、ジョンが大きめのテントを立てていた。
バーデンさんとミアンの間の空いている場所が私のテントの場所だと案内されたので、ポーチから1人用のテント引っ張り出した。
「「え?」」
「あ、え? 俺の眼、変になったのか?」
「いや、私もテントがそのまま出て来たように見えた……」
ポーチの小さな口から完成しているテントが出て来たのに驚いて、トゥーンさんとバーデンさんの眼が丸くなった。
うん、びっくりするよね?
空間拡張されていても、普通の魔法鞄は開口部より大きい物は入らないんだよね。
でも、【使用者限定】が出来る『魔力登録型声紋発動式』を開発しちゃったので、私の魔法鞄は空間拡張ではなく【亜空間倉庫】を模して製作したんだ。
そしたら、鞄の開口部の大きさなんて関係なく、色々と物を収納できるようになった。
時間停止は付けられたけど、容量は無限じゃないんだよね。
……出来ちゃった時はニールとスーさんが凄かった。
あまりのはしゃぎっぷりにジョンの顔が引きつってたもんね……。
その後兄におねだりされて、父と兄には作ったけど、これまた「絶対に他には作るな!」と怒られました。
ふふん、でも、世の中には新作魔法鞄の情報が出回ってるし、ちょっと機能が良いで押し通せばイケるだろうから、出し惜しみはしませんとも。
「? どうかしましたか?」
素知らぬ顔でトゥーンさんとバーデンさんに訊けば、狐につままれた感じで「い、いや」と言葉を濁して作業に戻った。
手持無沙汰になったので、ジョンのお手伝いをしようと見てみてれば、ほぼ完成間近。
ならばとミアンを見れば、テントの中に入ってごそごそしてる。
……私もテントの中を整えようっと。
奥半分に毛皮を2枚敷き、その上に寝袋、枕を設置して、ついでにタオル、桶、着替え等の身支度用品も置いておく。
おっと、今はまだ日の光があるから見えるけど、夜になると暗くなっちゃう。
ランタンを入口脇に置いておいて、反対側の脇に魔物避けも。
うん、これで大丈夫かな。
独り頷きながら顔を上げると、トゥーンさんがこちらを窺っていた。
「テントの準備終わりました!」
待たせたかと思って慌ててテントを出ると、なぜか微笑ましそうな顔をされた。
「では、他の準備をしましょう。夜は冷える事もあるので、大抵火を起こします。森の中では火が周りの木に移らないように気を付けなければなりません。また、火が目立ってしまって魔物が寄って来る事もありますので、常に周囲を警戒する事も忘れないで下さい」
「はい!」
並べて立てたテントの前で、ジョンとウェルナとバーデンさんが手振りで何かを確認しながら話をしていて、どうしたのかな? と眺めていると、
「あれは、火を起こす場所を決めています。見張り番も火の側でしますので、ある程度周囲が見渡せて、食事を作れる広さがあった方が良いですからね」
なるほど。
続けて説明してくれたのは、ここはテントの背面が池なので左右前面を警戒すればいいとの事。
魔物を遮る池や崖が無い場合は、テント同士の背面を合わせたり、大木を背にテントを立てたりする事もあるそうだ。
「ここの池はワニ等の人を襲ってくるモノは居ませんので、警戒するなら上……空からのモノです。っと、火を起こす場所が決まったようなので、竃を作りましょう」
ジョンはどこかへ行き、ウェルナが直径1メートルの円形の更地を作り、バーデンさんが少し離れた所で穴を掘っていた。
そのウェルナが作った更地に案内され、思うように竃を作れと言われた。
辺りを見渡して石を探すが見当たらない。
んじゃ、こっそり亜空間倉庫から煉瓦―――以前ピザ窯を作った残り―――でも出すか。
お茶とか飲みたいし、小さなコの字型の竃と鍋が置けそうなCの字型の竃を作って、中に木片をバラバラと出す。
木片は、魔道具を作ってる時に良く出るし、皆に内緒で製作してる物のゴミは見つからないように自分で片づけてるんだよね。亜空間倉庫に。
ものの5分で出来上がった竃に、トゥーンさんは目が点。
穴を掘り終わって戻ってきたバーデンさんも目が点。
ウェルナからは『もしかして、それ魔道具製作中のゴミじゃ?』というジト目を頂いた。
あははは……突っ込まれない事を祈る。
「あれ? ミアンは?」
話題を逸らすために、ミアンを投入。
姿が見えない。
「ミアンは、男用のテントの中を整えていますよ」
「あ、そうなんだ」
話題逸らしに乗ってくれたウェルナが、一番大きなテントを指さして教えてくれた。
男用って事は、ニール達5人のテントなんだ。
じゃあ、あの小さいのはスーさんとミアン用って事か。
イェネオミナスは皆で一つのテントを使うのか。
私のテント、スーさん達と同じ大きさだけどいいのか?
そんな事を思っていると、ジョンが手に枝を沢山持って戻ってきた。
「少ないですが、取ってきまし……ありますね……。なら、これは予備という事でココに置いておきます」
あ、なんかごめん、ジョン。
そのジョンの後ろからアラスさん達が戻ってきた。
「こっちは大丈夫だ。小型のモンしか居なかった」
そう言って、アラスさんは額から角が生えたウサギを掲げた。
「ホーンラビットか。なら鳥系とウルフ系に注意だな」
「木もあまり無いし、草丈も低いから見つけやすいと思うぞ」
「分かった」
アラスさんと話をすると、トゥーンさんはニールに目配せをして、お互い頷いていた。
ふ~ん、こうやって情報共有して確認するんだ。何かカッコいい。
2人のやり取りに感心していると、ニールが私の側に来てニッコリ笑顔で袋を渡してきた。
「ちょうど、キンズの木があったので採って来ました」
「いっぱい! 甘酸っぱくて美味しいから好き!」
小さなオレンジ色の実を見て目を輝かせていると、横からぬっと袋を持った手が差し出された。
その手を辿っていくと、ちょっとお色気混じりの笑顔をしているアルバート。
あれ、エドワード達も見回りから帰って来てたの? いつの間に?
「レミー様、こっちはグミやマルベリー、コウゾの実がありましたよ」
「え? どんなの?」
ワクワクしながら袋を開けて、小粒の赤い実、極小の紫の実、極小の赤い粒がコロコロと出てきてテンションが上がる!
「グミの実は少し渋みがありますが、ちゃんと食べられますから」
「楽しみ!」
満面の笑みで顔を上げると、アルバートの顔の横に逆さに吊るされた鳥が。
え゛?!
あっ……エドワードかぁ……びっくりした。
「こちらはコラスティ丘陵地に近いようなので、林になっている所や低木かチラホラあった。草原の方はガリーニコッコの他に、ケープラット、ケープラビットが居たが、コラスティ丘陵地に近い方は、ドッグ系、ウルフ系、タイガー系に注意したほうがいいだろう」
真面目な顔でトゥーンさんに報告してるけど、手に持ってる鶏みたいなやつのブツブツの肌色が何か笑える。
下処理済ませて来たんだね。
「レミー様、私はキノコや木の実を取って来ました」
スーさんもちゃっかり採取してきたんだ。
こりゃ、持って来た食材は要らないね。
全員集まったので、これからどうするのか訊いてみたら、いつもは日が落ちるまでに食糧の確保をするらしいけど、既に食糧は確保できたので、後は調理と装備の確認くらいしかすることが無いとの事。
今日は食糧確保が早かったので、夕食まで自由にしていいと言われました。
但し、何かをする時には必ず声を掛けろとも言われました。ハイ。
どうしようかなぁ~とキョロキョロしていると、アラスさんとバーデンさんとジョンが獲物2匹を持って穴の方へ向かい、ウェルナとミアンは採取してきた実を竃の近くで仕分けしていた。
その他の4人は円になって話し合い。
聞き耳を立ててみれば、夜の見張りの話らしい。
……えっと、何しよう?




