18 兄の襲撃2
お待たせしました
翌日は資料作り―――ちゃんと作っておかないと兄が突撃してきそうだし―――に励み、その次の日の朝には資料を印刷して兄に渡しておいた。
これで文句は言われないなと、商会の執務室の休憩テーブルで一息つき、これからの予定をどうしようかな……と考えていたら、またもや兄がやってきました。
コンコンバンッ
「レミー! 早速教えてくれ!」
ノックの意味がない! 返事を聞いてから開けてくれ!
それから、抱き上げてブンブン振り回すな! 目が回る!
座ってたのに、兄の気が済むまでブンブンされました。
目がつぶれる程のキラキラ笑顔と共に。
床に足を着けた時には、ふらっふらになりました。それでも兄はイイ笑顔。
げっそりとして顔を上げると、兄の他にダーンさんとヤミツさんがいた。
あれ? ブリックさんは?
……あぁ、お留守番ですか。
席を進めないとダメかなーと、ダルそうにテーブルを見ると、私が兄に振り回されてる間に、スーさんは椅子のセッティングを、ミアンはお茶の用意をしてくれていたようで、テーブルの準備は整っていた。
チッ。
優秀な臣下を恨めしく思う。
だって、テンションMAXな兄の相手をしなければいけないんだよ!
これから! しかも兄の気が済むまで!
(い~~や~~だ~~)
ウダウダしていると、兄から声がかかる。
「レミー、この2人にも教えてほしいんだ」
(人数つ~~い~~か~~?!)
心で絶叫していると、兄の笑顔に黒さが。
「レミーは優しいから、皆に教えてくれるだろう? でも、僕に一番に教えてくれるよね?」
え? そこ? そこなの?
うん。ソンナコトを笑顔で脅すのは兄しかいないな。
「はぁ……。先日も言ったように、私は1度しかお教えしません。ですので、一斉に皆様にお教えします。……まあ、お兄様が一番に理解すれば、一番に教わったと言えるのではないですか?」
「そうだね。がんばるよ」
兄の意気込みがすごい。
いや、他の事にその意気込みをつぎ込んでください。
あ、私は1度しかしないって言ってるけど、知りたい人が出たらどうするんだろう?
……私はしたくない。
ほら、魔道具開発とか貴重魔道具発掘とか色々したい事があるし。
というか、10歳児が大人に勉強を教えちゃプライド傷付けちゃうでしょ。
「レミー様! ぜひ私にもお教えください!」
おうぅぅぅ……ニールもやる気満々……。
すでに紙とペンを用意して、兄に対抗意識燃やしてるよ。
兄からバチバチと好戦的な視線が飛んでるけど、大丈夫なのか?
‥‥‥ああ、ニールは兄にアタック出来る強者だった。
連れの2人は兄とニールの争いに関わりたくないのか、傍観者に徹している。
う~ん。すでにカオス。喧嘩だけはしないでほしいんだけど……。
「では、どうしましょう? ここで皆様にお教えすることも出来ますが、少し手狭ですし場所を変えたいのですが何処か良い場所がありませんか?」
別にここでしてもいいんだけど、私が作る魔道具は極秘なものが多いから、防犯上この部屋にはあまり人を入れちゃいけないって言われてるからね。
首を傾けて兄を見上げると、兄はお連れの2人と場所の話し合いを始めた。
「立ってお話しされるより、お座りになってしてください」
失礼にならないように、一応席を進めておく。
彼等の話し合いの間に必要な物品を手配しようと、ミアンに話しかけた。
「ミアン。ウェルナと一緒に、ペンと紙の用意を。紙は多目がいいわ。あと、部屋に黒板が無かったら、作業場のやつを用意してくれる?」
「かしこまりました」
ミアンとウェルナは目を合わせてコクコクと頷き合うと、ウェルナがスルリと扉から出ていく。
ミアンもスーさんに何かを言付けると、扉から出ていった。
スーさんとニールは兄達が話し合いを始めると、しれっと私の席の後ろに控えてそこで立ったままコソコソと話をしている。
何話してるんだろう?
ま、いいか。
私は空いている席に着いて、お茶を飲みながら、兄達の話し合いが終わるのを待った。
……後頭部に突き刺さるニールの視線がツライ‥‥‥。
「じゃあ、会議室でいいかな?」
にこやかな笑顔で言ってくる兄だが、おかしい。
会議室は領邸にある二十数人入れる大きな部屋だ。
しかも、各部署の執務室とかの近くにあったはず。
「あの、お兄様? 何故、領邸の執務区域なのですか? しかも、お部屋が大き過ぎると思いますけど?」
「一目で推移が分かるグラフはどこの部署でも役に立つから、誰でも見に来れるようにしたら良いと思うんだ」
え゛、いやだ。
そもそも、見に来る必要はないと思うのは私だけ?
作った資料を見ながらすれば、誰でも出来ると思うけど?
何のために見に来させるの?
「それに、レミーがこんなに頭が良いって皆に知らせなきゃ」
ヲイ。
兄よ、そんなドヤ顔で私を見ても絶対頷かないぞ!
皆には約束したから勉強会をしてもいいかって思うけど、他の人ホントに勉強いる?
「あの、お兄様? そもそもお教えする必要がありますか? きっとあの資料を見さえすればグラフは作成出来るでしょう? それに、皆様の貴重なお時間を潰すのもよくないと思います」
何とか小さな部屋で少人数に教えるだけで済ませたい。
その気持ちを込めて兄の説得にかかる―――が、無理だった。
「レミーナ様、毎日多くの書類を裁く我々には、各部署から沢山の報告が舞い込みます。その中で、一番見にくいものは、数字の羅列です。数字では細かな比較をするのに一苦労です。しかし、それがグラフになれば、比較も推移も一目で分かるのです。しかも見落としが無くなり、今までより多くの事に気付けると思います。ですから、各部署の者達にもグラフを広めたいのです」
ダーンさんに真面目にお願いされてしまった。
はぁ……回避出来そうにないね……。
「……皆様に教える勉強会というよりは、グラフの見やすさ便利さを各部署の方に知って頂くという事ですか?」
「はい。そうです」
ダーンさんの真剣な目に負けました。
「分かりました。では、会議室で構いません。会議室の扉を開け放っておけば各部署の方も見に来れますし、途中で退席も出来ますね。ああ、資料を沢山用意しておいた方が良さそうですか? それなら先に印刷をしなくては」
私が了解すると、ダーンさんはホッと顔を緩めた。
そのダーンさんの肩を、兄がニッコリ笑って軽く叩く。
ヤミツさんも心なしか安心している様子だった。
3人の様子に何か違和感を感じたけど、それよりも用意をしなくっちゃ。
「あの、資料は何部用意しておきましょうか? 各部署に通達をされるなら、勉強会は明日以降がよろしいのでは?」
「レミー、部数は30でいいよ。各部署にもプリンターがあるから、複製は各部署でさせるから。それと、勉強会は……」
兄がお茶を飲みながらダーンさんを見る。
「これから各部署に通達いたしますので、午後からして頂いてもよろしいですか?」
佇まいを直してキリッとした顔で言われたら、断れないよ、まったく。
「いいですわ。では、資料は30部用意しておきます。皆様は筆記用具をお持ちになって下さいませ」
若干乾いた笑いを顔に乗せて返事をすると、お茶を飲み終わっていた兄に頭を撫でくり回された。
やめて~! 髪がぐちゃぐちゃになる~!
ダーンさんもヤミツさんも気の毒そうに見るなら、助けてよ~!
「じゃあ、レミー、午後にね♪」
満面の笑みでスッキリした感を背負って、兄はダーンさん達と部屋を出て行った。
どうしてくれるのよ! この髪!
兄に遊ばれていた間に戻ってきていたらしいミアンに髪を直してもらった。
ちょっとブーたれてお茶を飲んでいる間に、ウェルナに紙の用意、スーとジョンに印刷をしてもらい、午後の準備に取り掛かる。
もう、今から魔道具を作ろうとかいう気力が湧かないわ。
色々とアイデアは浮かんでるのに……。
はぁ。午後までまったりとお茶でいいか。
午後からの勉強会は、―――はっきり言って『私』観覧でした!
最前列に兄達や臣下達が座り、私の講師っぷりをニコニコと微笑ましそうに見るし。
数列あった机には各部署の代表が座って、同じように微笑ましそうに見るし。
会議室の後ろ半分は、人が入れ替わり立ち代わりし、常にざわついていて、たまに「おお、本当にレミーナ様が教えていらっしゃる」と聞こえてくるし。
ねえ、この勉強会って本当にする必要ってあったの?