12 知らなかった婚約者
「おっおっおおおおおおgΛj;*W#$%spp409y8ひkんっふぉ!!!」
「レミー、言葉になってないよ?」
隣に座っている兄の顔を見て言うが、口が上手く動かない。
微笑ましそうに兄に突っ込まれたけど、そんな場合じゃない!!
兄に! 兄に!! この兄に!!! 婚約者がいるだとーーーーー!!!!!
目も口も鼻もおっぴろげて驚いていると、下顎を上げられ口を閉められた。
「レミー、目と鼻水が落ちるよ?」
悪戯が成功した顔で、お茶目に言うが、兄よ!!! 私は聞いてないっ!!!!!
兄の胸の辺りの服を掴んで、ゆさゆさ揺らしていると、いつの間にかお膝の上に座らされていた。
「ふふふ。まだ本決まりじゃないから周囲には隠してるんだ。うちと相手方しか知らないんだけど、面倒だから言っちゃった」
これ、兄が本気で婚約しようとしてるって事だよね?!
いつの間に?! どこの間に?! 誰の間に?!
じゃなくて……ちょっと落ち着こう。
兄は、婚約しようとしている人が居る。
うん、それは理解した。
だが、いつそれを決めたのか。
いつから婚約の為に動いていたのか。
そして、相手は誰だ?
ってか、シスコンこじらせヤンデレ疑惑の腹グロ鬼畜に嫁いでくれる人が居るのか?!
ぐるぐると混乱していると、兄に頭を撫でられる。
うん、今は止めて。気が散って考えが纏まらない。
「ごめん。レミーを驚かそうと思って黙ってたんだ」
な・ん・で・ず・ど!!!
仲間外れですか?!
こんなに可愛がってくれてるのに、ながまばずれでずがぁぁぁーーー。
もう訳が分からなくなって、頭パーンってなりました。
顔がぐじゃって歪んで、目から汗がドバっと出た。
「ははははは。ごめんごめん。こんなに驚くと思わなかったんだ」
嬉しそ~うにニコニコとしながら、私を胸に抱き込んで横にゆさゆさと揺さぶる兄。
心底楽しそうな声に、もう何も言えません。
「いつもレミーに驚かされてるから、僕もレミーを驚かそうと思ったんだ」
私、こんなサプライズした事なーいー!
家族なのに教えて貰えないって、どうなのよ~!!
いつもの仕返しみたいな感じでこんな大事な事隠さないでよ~!!
しばらく兄にあやされ、ダーンさん達には生温い目で、ニール達には微笑まし気な目で見守られました。
くっそー、ダーンさん達は知ってたんだな……。
落ち着いたトトロ……じゃなかった。
まだちょっと混乱してるけど、大分落ち着いた。……と思う。
ふと映写機を見れば、写真は写されていなかった。
兄の爆弾発言の所で止めてくれているんだろう。
そう言えば、音声も聞こえなかったな。
さて、兄の婚約者の話をするのか、令嬢鑑賞の続きをするのか……。
めっちゃ迷う。どっちも聞きたいし知りたい。
どっちかって言うと、……兄の婚約者だな。
兄の胸から顔を上げ、口を開こうとすると、兄に先を越された。
「レミー、先にロンバルディ公爵令嬢の方を終わらせようか」
「……はい」
途中で止められていた映写機とレコードプレーヤーが再生される。
婚約者の存在を曝露する兄の声と姿。
令嬢は愕然とした表情を晒すと、再び動き出し婚約者がどこの誰なのか鬼気迫る顔で兄に詰め寄って尋ねていた。
うん、よく分かるよ……。
そんな令嬢の質問をほぼ無視する形で返答をして、兄は令嬢に帰宅を促す。
兄の吐く言葉が段々と鋭く毒を含みだしても、婚約者を突き止めるのに必死な令嬢は気が付いている様子がない。
『公爵令嬢とは到底思えない振る舞いですね。これ以上領宅に居座ると言うなら、不審者として扱いますがよろしいですね?』
笑顔の仮面を外し、眉にしわを寄せて強い口調で兄が言うと、令嬢は明らかに怯んだ。
『っわたくしがこれだけ言ってますのに! 無礼ではございませんの?』
『マルナ領主の家にアポイントも無しにずかずかと上がり、既成事実を作ろうと画策するような不審者を排除しようとするのは当然の事です。無礼というのは不審者である貴女の方ではありませんか?』
観念したのか悔しそうな顔をすると、令嬢はソファーを立ち上がりずかずかと扉へ向かって歩いて、扉を力ずくで開けた。
そして、兄に振り向いて一言。
『わたくしの提案を蹴るなんて、身の程を知るとよろしいわ!!』
ああ、ここから私も知ってる場面か。
この時の令嬢の顔は見てなかったんだけど、映写機にバッチリ映ってる。
公爵令嬢なんだよね? 般若のような顔してもいいの?
あとは、玄関の端に居たダーンさんと私の所へ靴音を鳴らして歩いて行く令嬢の後ろ姿。
途中でアングルが変わって、令嬢が向かってくる写真が映し出された。
「あれ?」
「ああ、ダーンにも一応写真機を持ってもらっていたんだ」
コマ送りで映し出される写真と靴音のバックミュージック。
「あ!」
扇をわざわざ持ち替えて、こちらに向けてきた!
そして、顔と接触!
わお! 徹底的瞬間が取れてる!!
ダーンさんナイス!!
傲慢に言い放つ令嬢と応接室から焦ってかけつける兄。
そして、兄から最後通牒が告げられ、玄関から追い出されるご令嬢が馬車に連れて行かれ閉じ込められる。
終わりか……と思ったら、最後に怪我をした私の写真がババンッと出てきた。
あら? 写真で見ると、意外に範囲が広い。
結構酷い怪我に見えるな。
ま、治ったからいいか。
と思ったら、ブリックさんとヤミツさんから冷気が……。
ええっと、もう治ってるから抑えて抑えて。
「これらの魔道具と抗議の手紙を、不審な令嬢と一緒にロンバルディ公爵家に送るから。あと、馬車の中と外に音声レコーダー改を仕込んであって、帰る間の発言に何かあったら追加で報告する事になってる」
うん、兄よ、流石です。
令嬢の来訪の不審さを存分に引き出し、マナー違反というか淑女らしからぬ言動オンパレードの様子と、私をわざと傷つけている所をバッチリ証拠に残してる。
これじゃあ言い逃れは出来まい。
人の顔を気分で傷つける奴なんか、家族にボッコボコに怒られちまえ!
そ・れ・よ・り・も!
大事なだ~いじなお話が!
「お! に! い! さ! ま!」
意気揚々と兄を振り返ると、苦笑いをされる。
「はいはい。婚約者ね。一応候補は居るって伝えてあったと思うけど……」
ん? そんな事言われたかしら?
「……覚えてないみたいだね……。レミーは魔道具の開発に熱中していたからね。聞き流していたんじゃないかな?」
……あう……すみません……。
「さっきも言ったけれど、本決まりじゃないから僕の側近以外は父上しか知らないよ?」
「え? なんで私には……」
「決まってもいないのに言えないだろう?」
……そう言われるとそうだけど……。
シュンとすると、頭を撫でられる。
「ビックリさせようとしたのも本当だけど、言えなかったのも本当だよ?」
そうか……そうだよね……。
………………うん………う……ん…………う……。
………………待てよ? 希望に叶う人や気になっている人が居る事を教えて貰う事は出来たよね?
困った顔の兄に納得しそうになったが、これは、兄の策略だ!
個人名を挙げなくても、婚約準備に取り掛かっている事は教えて貰ってもいいはずだ!
「言えなかった」よりも「ビックリさせたい」の方が強くないか?!
「ふふふ。ばれちゃったか。まあ言っても良かったんだけど、レミーの場合は言わない方が面白そうだったからね」
くそう。
兄、ものすごく楽しそうだね。
そのキラキライケメン顔でドヤ顔しても、爽やかな所がニクイ。
「ただね、この情報が広がると相手の家に何かしらの妨害が及ぶかもしれないと警戒したんだ。敵を欺くには見方からとも言うし、知っている人は極力少ない方がいいからね」
あ、目が笑ってませんでした。
私の知らない所で結構な苦労をしているんだろうか。
……しているんだろうねぇ~。
兄の『婚約者』の肩書は、私が思っていたよりも重そうだ。
国交とかモンスタービートとか魔道具とか色んな面を考えれば当たり前な事で、だからこそ慎重に選ばないといけないだろうし。
そこに、兄の好みもプラスされる事を考えると……妨害されたら面倒よね。
そりゃ隠すわ。
兄曰く、「商人だけじゃなく使用人とか屋敷に出入りしている人からの情報漏洩が、絶対に無いとは言い切れないしね」との事。
それは、こっちが把握していない情報網を駆使されたらお手上げだもん。
一々口止めして回るよりも、情報を与えない事が一番か。
まあ、兄の言っている事は分かる。
が! 妹に言うくらいはいいんじゃないかな?!
はあ……兄にしてやられた……。
結局、丸め込まれて? 婚約者の素性は分からずじまいでした。
訊きたかったよ? 知りたかったよ?
でも、ニヤ~っと黒い笑みを浮かべられて、「聞きたい? 本当に聞きたい? 聞いたら後戻りできないよ?」と訳の分からない脅しをされたので、訊くのを止めました。
というか、一方的にしゃべられても怖いので、さっさと兄の執務室から退室しました。
私は自分が可愛い。
兄の顔からすると、婚約の騒動に巻き込まれそうな気がする。
そんなのヤダ。自分の婚約でもないのに。
一応義姉になるんだけど、そこら辺は父と兄を信頼してるので、私と合わない人は選ばないと思うし。
父と兄の決めた人に文句はない。
もし、文句が出る様な人だったら私が出て行けばいい事だし。
そうしたら……ふふふ。冒険者になればいいじゃない♪
よし、兄の婚約者の件に関しては、私はノータッチでいきます!
はあ、今日は色々あり過ぎて頭がこんがらがった。
買って来た魔道具、調べたかったのに……。
もういいか。明日にしようっと。
読んでくださりありがとうございます(* ̄∇ ̄*)




