乳幼児期 4
五才時、続いてます。
初めて父の哀しい涙を見た
いつも目尻をこれでもかと下げて構ってくる父。優しいけど厳しい父の紺色の瞳には、今、哀しみ・嘆き・慟哭・後悔が入り交じり、暗くどんよりと濁っている。
感情を抑えようとして、無表情になっている。涙を堪えようと、特に目元に力が入っているのが、わかる。それでも涙が溢れる事態が起こっているのだ。
「ルーナが重態だ。もう・・・」
―――――母は帰らぬ人となりました。
でっかい置き土産をして。
母は魔獣の攻撃で後ろから心臓の少し下辺りを貫かれていて、回復魔法を掛けても1日~2日の延命にしかならないと言われました。その延命を母は願い、私達3人と最期のおしゃべりを希望した。
「やっちゃったわ。」
死んでいく人とは思えないほどの明るい声と無邪気な笑顔で話を始める母。シリアスな雰囲気が、一気になくなる。目を丸くして父や兄を見ると、二人とも穏やかな表情だった。
母は、哀しみよりもこれからどうすればいいのかを考えて、それぞれが精一杯生きていくことを望んでいた。そして、自分の人生に悔いはないと。
最期まで明るく、そして、それぞれに『前を向け』と話をしてくれました。
そして、領内の合同葬儀後に母からの爆弾を受け取った。
開発した音声レコーダーだ。
イタズラが成功したかのような弾んだ母の声。父も兄も私も、泣き笑いの顔をお互いに見合った。そう、母は家族の中で誰よりもメンタルが強かった。そして、気持ちの切り替えが早い、大変潔い人なのだ。あの、延命2日間で3人とも思い知った。ここでクヨクヨしている方が母にどやされる!母を想って泣く最後の涙にしようと、3人で笑って号泣した。
気持ちを切り替えて、3人でレコーダーの内容を聞くと、ほぼ、私へのメッセージだった。
曰く、黒色についてだった。
・私が、黒髪・黒目であること
・黒色の特徴・貴重さについて
・ゴアナ国での黒色について
だった。
黒色を持つ者は、総じて魔力の量・質が共に最高級であるらしい。量については知っているが、質については初耳だった。父は表情に変化がなかったので、どうやら知っていて、兄はキョトンとしているので、知らなかったのだろう。
そして、魔力の統制が桁違いにできるらしい。魔道具の冷蔵庫の温度を微妙に調整したり、火付け石の使用回数を限定したりできるそうだ。いまいちよくわかってなかったが、兄が目を見開いて私の顔を凝視していたので、すごいことなのだろう。
よくよく噛み砕いて理解しようと頭をフル回転させて考えて、至った結論は、
―――――つまり、魔力量最高+魔力の質最高+魔力統制最上級
=魔法の操作可能
→イメージと理屈が解れば何でもできるかも
(―――――ヤバイ。魔物相手に生き残れる手段の他に、人相手に面倒に巻き込まれない手段もいる)
父と兄もボーゼン。口が開いてます。もちろん私もでしたが。どうやら、魔力統制については父も知らなかったのだろう。そう言えば魔術の威力が・・・一般的なアレとは・・・と、ブツブツと思い当たる節を口にする父。
魔術・魔方陣・魔道具など魔力を使うものを広義的に魔法と呼ぶテヨーワでは、「魔力は大体このぐらいの量」の感覚で魔法を発動させるらしい。なので、人それぞれ使っている量に差がある。しかも、質が悪いと量が必要らしく、自分で魔法を発動できる量を見つけなければいけないとのこと。「大体このぐらい」という大雑羽な感覚で魔法を継承してきて、かつ、見たことのある威力を想像して使うので、威力には差がないらしい。ようは、昔からの刷り込みにより、「この魔法は、こう」という概念が出来上がってしまって、魔法を操作する発想もやり方もないのだ。
そして、ゴアナ国内では、なぜか、黒色よりも金銀の色を貴重とする風潮が、他国よりもまことしやかに流れている現状についての考えを語る母の声。
本来、金銀は回復系の魔法に適性が強いことの現れであるらしい。理由としては、ヨーワ教会組織に属している人たちの髪色。
ヨーワ教は、大変組織化され、しかも鍛錬の場といわれるほど生活規律が厳しいらしい。入会にも厳選なる審査があり、縦社会で、変態団体じゃないかと思うくらい、布教・勧誘よりも回復魔法の研究が何よりの大好物の組織だ。「教会」というよりもまさに「研究所」。大陸に点々とある教会は、所謂「病院」。どの教会でも、ヨーワ教への信仰具合に関係なく、同じ料金で回復魔法を施してくれるのだ。他の魔法も使えるらしいが、―――――回復魔法で身を立て、回復魔法で生活を営み、回復魔法に身を捧げ、回復魔法を信仰する――――が教義。その変た・・・教会の人たちが、金銀の混じった輝く色を持っている人が多いかららしい。
隣国のイラルドのアルナ領から嫁いできた母からすると、少し変じゃないかと感じるとのこと。
教会の人達は自分達を一番だなんて思ってもないし、ヨーワ教を無理に押し付けるようなことはしない。そして、濃い色を持つ方が回復魔法の成功が高いことを世間に伝えている。つまり、「魔力量があれば回復魔法が使える」ということを発表しているのだ。
それなのに、なぜ金銀の色の方が貴重とされるのか?母が導きだした答えは、
『ゴアナ国の周辺にある中小国への変なプライド』
ということだった。
モンスタービートの被害が、長い年月、他領地にほとんどなくなっている
↓ (モンスタービートの規模・危険性がわからない)
討伐に参加した者達しかその過酷さがわからない。
↓ (モンスタービートへの危険感が薄まる)
『魔の森』から遠ざかる領地ほど「モンスタービートは怖くない」が蔓延
↓ (モンスタービートへの脅威なし)
周囲の中小国へも「モンスタービートは怖くない」が伝染
↓ (交渉ガードにモンスタービートが使えない)
大国として何かブランドを持っておきたい
↓ (交渉カードになるものを探す)
中小国に比べてゴアナ国はなぜか金銀の色を持つ者がよく産まれる
↓ (見た目もイメージも良いから交渉カードに)
金銀の色をプッシュ
↓ (選民意識が芽生える)
「濃い色より、金銀の色の方が綺麗じゃない?」が蔓延
父と兄は、眉間にシワを寄せ、何かを考えていました。
私は、アホな理由だなと呆れていました。
そして続く母の言葉に、父と兄は暗黒の笑みを浮かべました。