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勇者さんが来たらしいです。できればお帰りください。

思いのほか長くなったので勇者の話は前後編に分けます。そのため全9話の22時完結になります。

『勇者』


 この世界にはそう呼ばれる人間が存在する。


 『勇者』とは勇気ある者。

 『勇者』とは人類における超越者。

 『勇者』とは魔物の王たる『魔王』の倒す運命にある者。


 そんな『勇者』と呼ばれる者が『死者の国』にやって来た。


 『勇者』がやって来た理由はひどく単純。

 そこに魔物がいるから。ただそれだけ。


 そもそも魔物というものは人類にとって害悪でしかない。それは『死者の国』のアンデットたちも例外ではなく、彼らが存在するただそれだけで人類の生存圏が減る。


 『勇者』は『魔王』を倒す存在。

しかしそれと同時に魔物の殲滅者でもある。


 『勇者』は考える。人に害をなす魔物は滅ぼすべきであると。


 しかし『勇者』は知らない。人類にとって害悪でしかないはずの魔物たちとしか共に生きられない存在(しょうじょ)を。








 その日はいつもと変わらない日だった。

 天気はよく、ご飯も美味しい。やっぱりノワールとボーさんはけんかしてたけど、それも日常のうち。

 そんな普段と何ら変わりない1日のはずでした。


「姫様。侵入者です」


 異変に気付いたきっかけはノワールの言葉。

 普段に比べて明らかに落ち着きすぎている。


「何かあったの?」


 少女は自分の感じた違和感を思い切ってノワールに聞いてみることにした。


「……何か、とは?」


「うん、侵入者が来たっていうのはわかったよ。でも問題は本当にそれだけ?他に何かイレギュラーがあったんじゃない?」


 少女はそう言うとノワールの瞳をまっすぐ見つめる。


「……」


「……」


 しばしの間沈黙が続く。しかしその沈黙は長くは続かない。先に沈黙を破ったのはノワールの方だった。


「時間もありませんし手短に言います。今回の侵入者ですが、どうやら『勇者』のようです」


「えっ?」


「姫様は『勇者』というものをご存じで?」


「うん。一応おとぎ話で聞く程度には」


「その認識で問題ありません。まあ魔物である私の側からすればたちの悪い虐殺者でしかないわけですが」


「……うん」


「そのため姫様。これから私たちは『勇者』の迎撃に向かいます。その間姫様は絶対にいつものお部屋から出ないでください」


「……わかった」


「メアリ、姫様を頼む」


「カタカタカタッ(頼まれたわ)」


「では姫様。しばし『勇者』の相手をしてきます」


 ノワールはその言葉を最後に城を出ようとする。しかしその背中を見ていると実に頼りなく見え、なんだか今にも消えてしまいそうで―。


「ノワール!」


 少女は気付いたら大声を出してノワールを呼んでいた。


「どうかされましたか、姫様?」


 ノワールが振り返ると、少女は続けざまに言葉を発する。


「自分のことが1番だからね!わたしは、いざとなったら大丈夫だから。だから……私の前からいなくなったりしたら、いやだよ」


 少女の声は初めこそ大声であったが、次第にその声量は小さくなっていき、最後には聞こえるか聞こえないかぎりぎりのものとなった。

 そんな不安いっぱいの少女にノワールは優しく答える。


「姫様、泣かないでください。そんなの当たり前です。私はいなくなったりしません」


「……本当に?」


「本当ですとも」


「約束だよ」


「はい、約束です」


 そうして少女とノワールは指切りをすると今度こそノワールはその場を離れていった。








 少女はいつものように城の最上階の玉座でみんなを待っていた。


 しかし待っても待っても、みんなは帰ってこない。


 それもそのはず、少女は外の景色を見ることは今できないがその耳でもって戦いの音を聞いていた。

 戦いの音は止むことがない。

 しかもその音がどんどん城に近づいてきているのがわかる。


 みんなは無事だろうか?ちゃんと逃げてくれたかな?


 少女はただただそれだけを思った。


 そうしてそれからさらにしばらくすると外の戦いの音が急に止んだ。


 どうしたのかな?と少女は思ったが次の瞬間その理由が判明する。

 急に城の中を駆け上がるあわただしい足音がいくつも聴こえてくるのだ。

 ようするに、もうこんな近くにまで攻め込まれてしまったということだ。


 少女はいよいよかと覚悟を決めた。


 それからほんの少しの間をおいて、とうとうそのときはやって来た。

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