侵入者さんが来たらしいです。
『死者の国』はその住人からすれば姫を守るための砦である。生者を遠ざけ、姫が悲しむ要因をできる限り排除する。そんな場所である。
しかし残念ながらそれはあくまで『死者の国』内部のものの意見でしかない。
では『死者の国』外部の評価はどうなっているか?
スケルトンやゾンビといったアンデットがそこかしこに徘徊する街。
低級の魔物だけでなく『上位霊』といった上級の魔物も数多く目撃されている。
その上、低級のアンデッドだけにとどまらず上級アンデッドたちまでもが『姫』と呼称する何者かに統率されている様子が見られる。
これだけの要素がそろっている『死者の国』は残念ながら外部から見たら確実に危険地帯だ。『特級危険地域』、『S級ダンジョン』などと外の人々は『死者の国』を呼称する。
そんな『死者の国』には不定期に冒険者と呼ばれる人々がやってくる。
冒険者とは、依頼により薬草採取から魔物討伐、ダンジョン踏破といったことをして、それを生業とする人たちの総称である。
冒険者たちは依頼を受けてやってくるということこそ皆共通しているが、その目的は人によって異なる。単純にお金や名声欲しさだったり、自身の力試しや修練ためなどといったことである。
そんな冒険者がこの日も『死者の国』にやって来たのだ。
「姫様ー。侵入者ですぞー!」
ある日のこと。少女が昼食を食べ終わったまさにちょうどそのとき、ノワールが何事かを叫びながら食堂に飛び込んできた。
「カタッ、カタカタ!(うるさい、ノワール!)」
すかさずカタカタと注意をするスケルトンのメアリ。しかし残念ながらそのカタカタ音は興奮しているノワールの耳に届かない。
「ええっと、どうしたのノワール?何か叫んでたみたいだけど?」
「おお、すいません姫様。少し興奮していたようです」
「うん、少し落ち着いてくれて私はうれしいよ。それで、何かわたしに伝えたいことがあったんじゃないの?」
「そうでした。姫様、国に侵入者が現れましたぞ!」
「え?そうなの。なんだか久しぶりだね」
「ええ、前回現れたのはもう一月以上前のことですし」
「そっかー、もうそんなになるんだね」
侵入者という不穏な単語が飛び交っているにもかかわらず、実にゆるい感じで会話がなされる。まあそれもそのはず。ノワールこそやたら興奮してしゃべっているが、そもそも『死者の国』ができて以来、一度として冒険者が少女のもとに到達したことがない。そこらへんはさすがは『特級危険地域』、『S級ダンジョン』などと呼ばれているだけのことはある。なので正直誰も危険だなどと本気では思っていない。
「それで私はいつもの場所に行けばいい?」
「はい、お願いします。危険はないとは思いますが、やはり念には念を入れておかないとですし」
「オッケー」
そんな会話の後、少女はすぐさま食堂を出る。
少女の後姿を確認するとノワールもまた城の外めがけて移動を開始する。彼の目的地は件の侵入者のところだ。
「カタッ、方カタカタ(姫、私もついていきます)」
ノワールが出て行ったあとあわてて少女を追いかけるメアリ。
「うん、お願い」
そうして2人は城の最上階を目指す。
国に侵入者が現れたとき、少女はいつも城の最上階で待機している。
理由は単純に侵入者とできる限り距離を置くためである。
うっかり侵入者たちと出くわしてしまって少女の異能でもって侵入者たちを殺してしまわないように。
少女は人の死を嫌う。それは自分たちを襲いに来た存在であっても例外ではない。
少女の力は死をまき散らす。そこに善悪はなく1つの例外もない。
相反する2つの性質を抱える少女は実に危うく見える。
そしてだからこそ死人たちは危うい少女を助けようとする。
自分たちと同じで死をまとっている少女が、これ以上壊れてしまわないように。
最上階に到着した少女はまず椅子に座る。それは王の玉座と呼ばれるものに似ている。
椅子に座った少女は次に目と口を布で覆う。
少女の瞳は人を殺し、少女の声も人を殺すからだ。
その姿はまるで王にして囚人のようだ。
そして最後に少女は紙とペンを用意する。
これから少しの間しゃべれない少女は筆談に頼るしかない。
【侵入者さんたち早く帰ってくれるといいね】
「カタカタッ、カタカタカタカタッ!(大丈夫です。すぐに皆さんが追い払ってくれますよ)」
【うん、みんな強いもんね。早く終わらないかなぁ】
この会話から少しした後、ノワールから無事に侵入者を追い払ったという報告がなされた。
『死者の国』側の被害はほぼ0であり少女は心底安堵した。
ちなみに余談であるが、この日『死者の国』には「なんで聖属性の魔法が物理攻撃で壊されるんだよー!」という悲鳴が国中で聞かれたとかなんとか。




