50話:夜と欝
6/29 2回目です。
「そうか!!」
その俺の反応にモニカは驚いたように俺の目を見つめ返した。
今の意見はこれまでのモキュの背中という気持ちはいいが窮屈な移動方法に大きな変革をもたらすものだった。
この部屋でなくても、何か岩石や地盤を空中に浮かべて暮らせばよいのだ。
古代の城も空に浮いているのは常識のようなものだ。
俺の能力なら、オーバーテクノロジーなんて無くてもそれができる。
魔法ですらできないこの世界でも俺なら……だ。
そして、浮かべる土地というか建築物の心当たりはアル。
モニカが所持している母の残した家だ。
あの家と土地に加えて他の岩石や土で補強した広い敷地の浮遊地にかえればいい。
俺は立ち上がる。
ふと、俺はモニカのスカートが少しだけめくれていることに気づき、感謝を込めて丁寧に直した。
「あ、その、ありがとうございます」
野暮ったいスカートを手で何度も伸ばし、少し照れながらお礼を言われると、本当に自分が直してよかったのかと思えてきた。
まあいいか。
しかし、時間は差し迫っていたようで、兵士たちがこの部屋へと突入を試みているらしい。
扉の外にいくつかの足音がした。
しかし、俺たち相手に突入策ということは、捨て駒って事か?
あの秘書ならばやりそうも無いことだ。
もしそうなら前面に出てきて、あの巨大な木槌で対抗するに違いない。
一応レーダーで数の把握と武装の状況は確認できている。
窓のすぐ下や入り口に兵が集まっている状況だ。
次の瞬間、たった一つの扉が蹴り飛ばされて、その狭い部屋の中をのぞくように鋭い剣先がこちらに向けられた。
突入してきたのは剣や銃を構えた兵士たちだ。
「両手を挙げろ!!」
廊下側からは銃口がこちらを向いている。
仕方ない。この宿は放棄しよう。
俺は空間を区切って、兵士たちを除く形でこの場にいる8人と下のモキュをモニカの母の家の前へと転移させた。
景色が切り替わるようにして、目の前には居住地が広がっていた。
今頃、兵士たちは消えた俺たちを見て驚いていることは間違いないだろう。
すぐに一つの小さな家がすぐ目に入ってきた。
焼けて瓦礫になっていたはずの家がそこにはあった。
家が新しくなっていた。なぜ?
モニカはどこか嬉しそうな表情で呟いた。
「家が……元に戻ってる」
嬉しそうなモニカとは対照的にディビナはどこか心残りがあるようで、宿屋のあった方角を見つめていた。
そういえば、地下で栽培しているものがあったか。
それは、後で回収するか。
まずは浮遊地の構築だな。
家とそれを囲んでいるすぐ下の土地を区切って、その空間を丸ごと支配下に置く。
「よし、とりあえず家の中に入ってくれ」
その場にいる8人全員にそういうと、俺とリリスだけ外に残りゆっくりと土地つきの家を浮遊させた。
あれモキュとあと8人? 8人だっけ? まあいいか。
すると家の中からは驚嘆の声が聞こえてくる。
「う、浮いてますね!」
「はい!」
「お~すげ~ッス!!」
「お、おお、驚きました!!」
「キュ~キュキュ~~!!」
「すごいです!……でも何で私まで」
「そうじゃな」
そのまま浮かべた上体で屋根の上に載り、山を越えて岩石と槌を集めることにした。
ヒュ~~~~~~~~~~~~。
不意に花火のあがるような音が耳に入ってきた。
城の方角を見ると、入都した最初の日に見た巨大な火球が複数、浮遊した家に迫っていた。
俺たちを追って狙ったというよりもあのお城爆撃事件の後で疑わしいからとにかく打ち落としたいらしい。
どうしたものか……。
多くの人間が見ている状況で大々的な転移はできるだけ使いたくない。使い勝手がよいからこそ、切り札としてなるべく伏せておくのだ。
そのとき、隣のリリスは刀の姿に戻って俺に呼びかけた。
「なんとなくだけど、主様の考えはわかるよ? だったらボクを使うかい?」
「どういう意味だ?」
俺は怪訝そうに聞き返した。
「真名を得て真の妖刀になったボクがただの耐久力が高いだけの刀だと思ってた? 違う。それは間違っている。ボクは『夜』という属性をその名から得ているんだ」
「……ん? 確かに黒いからそんなフィーリングの名をもじってリリスにしたけど……。それがこの状況をどうにかできるのか?」
夜の属性を持つもといた世界の女神の名前と同じだったはずだ。
「簡単な話さ。ボクがあの火の球を迎撃するよ」
「は? 一つや二つならまだしも、無数の火の球だぞ!? 大質量を剣でどうする気だ」
「夜属性魔法の行使さ。魔法だから代償が要るけど、ボクらは契約で結ばれているから特別な関係だよね。犠牲の代償はすでに以前の戦いで十分だけど、人間では無い僕には単独で魔法を発動することができない。でも夜属性は主様の主導で使うこともできない」
「それでは意味が……」
いくら魔法でも武器の持ち主が行使できないのでは意味が無い。
「違うって。必要な代償が少し要るだけで、ボクが魔法を使うよ」
「そんなこといって、前みたいなことにはならないよな?」
あの事件が脳裏をよぎる。
「だから契約したんだじゃないかい? 大丈夫だよ」
「そうなのか? じゃあ必要なものってなんだ?」
「正の『精神力』だよ」
なるほどな。ファンタジーなんかだと俺の知っているのはどちらかというと精神力だったりした。
この世界のほうがちょっと異常だと思っていたくらいだ。
剣は人間じゃないから精神力という概念そのものが無いのかも知れない。
正ってことは、プラスの感情とかそういうのだろう。
俺の精神力を消費して、一個人の魔法として使うわけだ。
「わかった。そのくらいなら」
「……本当にいいんだね?」
なぜか必要だといってきた本人が、聞き返してくる。
「必要なんだろ?」
「そぷだけど……。う~ん、まあいっか。今は少なからず助けてくれる子達が一緒にいるわけだし。どうなっても……じゃあ行くよ?」
不穏な言葉を残して、右手に構える妖刀のリリスはその刀身から濃くて深い漆黒の光を放ち始めた。
俺の体の中から何か高揚感とか満足感といった精神力がどんどんとすわれていく。
しばらくすると、たっているのもしんどくなってくるが我慢する。
その買いあってか、一面の景色が漆黒に染まっていていた。
「これは……」
無数の火の球は黒い景色の中で動きを止めていた。
いや違う。
わずかに動いているが、その表面はだんだんと粉上の煙になってサイズが小さくなっていく。
火が弱まって消えていくかのような光景。
腐敗して朽ちて最終的に消えてしまったといってもいいかもしれない。
俺は屋根の上に四つんばいになりながら体のだるさと戦いつつも、その後継を目の当たりにしていたのだ。
「どうだい? 主様が契約してくれたことで、ボクは他の魔法を一切使えないけど、この魔法は精神力がある限り使えるんだよ? 簡単に説明すると、夜という属性を限りなく強めて、その物質や減少にも介入するってことになるかな。静寂の夜であり、光の無い夜であり、永遠にも思える時間の夜でもある。そんな言葉の重なりもよる属性の魔法が……」
その小難しい説明をほとんど聞き流した俺は、リリスにストップをかけた。
「俺よりも武器のほうがチーとになりつつあることはわかったけど、ちょっと待て!」
俺はだらりと寝転がりながら、どうにかだるい気持ちを振り払って仰向けになる。
「こんなに精神を消費するものだったのか? なんというか、え~と、あれだ」
「ん? それはもちろん精神力を消費するからね」
「ゲームみたいに回復しない世界でこの精神力の消費はきついな……。そう、あっちの世界で鬱とか呼ばれる心的疾患の状態になりつつあるぞ……」
「う・つ? それはまずいのかい?」
「ああ、今の俺がそうだが、とりあえず、体の体力があっても何もする気が起きない状態だ。あ~あ、竜王とかどうでもよくなってきた……。異世界? 復讐? どれもこれもばかばかしくなってきた……」
あと少し精神力を取られていたら、生きるのもめんどくさくなっていただろう。
「主様……それは重症じゃないかい? でも精神力は使った分を戻すことは二度とできないんだよ……。自然にやる気が回復するのを待たないと」
だるい中で心配そうなリリスにとにかく言葉を返した。
「そうだよな。けど今の状態じゃ、しばらく行動するのは無理そうだ。リリス、他の皆に伝えてくれるか?」
「……わかったよ。でも」
そういいつつ、幼女の姿に戻ったりリスが俺を引きずって家の中に入ることになった。
物質操作の能力がまだ使えているところを見ると、精神力とはまた別かもしれないな。
その後、床に毛布をかけられて俺はごろんと寝転がっていた。
「これは何の冗談スか?」
最初に声をかけてきたのは顔を青白くしたフィオナだった。
俺の襟元をつかんで、激しくゆすり叫んだ。
「駄目っスよ! そのポジションは私の……」
わけのわからないことを言い始めたフィオナをメイドのルルミーが引き剥がした。
ディビナ、そしてモニカも横たわる俺に声をかけてくる。
「リリスさんに話を聞かせてもらったんですが、前のコウセイさんに戻るまで時間がかかるんですか?」
「お兄ちゃん、私はどんなお兄ちゃんもお兄ちゃんだと思っているから」
なんか最後はものすごい哀れみを受けた気がした。
「ああ、ありがと。でもやる気が出ないんだ。もう、帝国とか竜王とか、どうでもいい気分になってきた……」
そんな情けないせりふにめがねをかけなおすミュースが一瞥してこういった。
「正真正銘の駄目人間になる瞬間を初めて目撃しました……」
看破できるその力で駄目人間になったことを診断されたらしい。
こんなことなら普通に転移使うんだったな……。
そして俺はある人間の姿を見て驚愕した。
「大丈夫だったようじゃな」
よく見ると、宿屋のお婆さんだった。
は? ついに気持ちがダウンして、幻覚が見えるようになったのか?
そうも思ったがどうやら違うらしい。
それはディビナが説明してくれた。
「はい、お婆さんの事なんですが,宿屋で部屋を貸していただいたので疑われている可能性も考えて、包囲される前に部屋にお連れしたんです。勝手なことをしてすみません」
「そうだったのか……」
いや、今の俺にはそれすらどうでもいい。
だが一言言っといてくれ手もよかったな。突然現れてびっくりした。
ほとぼりが冷めたら宿屋に返してやろう。
俺はディビナからバナナに似た植物をもらい食べることにした。
やる気回復にいいらしいのだが、いまいち効能を信用できない。
だが、とにかくモリモリとほおばった。
フィオナが落ち着いたところで、話し合いへと移っていった。
最初に本題を口にしたのはディビナだった。
やはりしっかりしているところは司会向きだな。
「ところで、これからどうします?」
ルルミーがそれに答えた。
「そうですね。私がお城の中で聞いた限りでは、連合小国のどこかが帝国の中枢を握ったとのことでした」
驚いた表情でモニカが聞き返す。
「連合小国がですか? いまさらなぜ?」
「マルファーリス様の遺言によって、継承権を提示したとのことでした。私も更迭される一歩手前で城を抜け出したんです」
そこに推測を述べるのが、ミュースだった。
「おそらくですが、前皇帝派とマルファーリス派のパワーゲームに決着がついたんだと思います。要因はわかりかねますが、マルファーリス派が軍部の中枢を押さえているのはさっきの火球でも明らかです。国内での大規模攻撃を行うことができるのはあの一派だけですからね」
それにモニカがポツリと付け加えた。
「では、私の兄だったあの人以外にも指揮できるだけの権力を持った人が連合小国のどこかにいたってことですね……」
「おそらくですが……」
「じゃあ、やることは決まったっスね。戻る場所を再び取り返すためには、そいつを撃破するっス。もう一度、マルファーリス派の指揮官を潰すんスよ」
おそらく俺とモニカ、そしてディビナも帝都にきたときの出来事を思い出しているはずだ。
何を隠そう、その最初の指揮官を潰したのは俺だ。
もにかの兄と名乗るカス男を木っ端微塵にした。あれ以外にもマルファーリス側につくものがいたのだ。そして、そいつは間違いなく……強い。
そこで一つの疑問をメイドのルルミーが投げかける。
「コウセイさんはどうしますか? このまま放置すると食事もとらずにしにそうで怖いです。世話する係りを決めたほうがよいのでは?」
その瞬間だった。
女どもの目に闘志の炎が湧き上がったのは。
最初に名乗りをあげたのはディビナだった。
「もちろん、私がモキュちゃんと一緒にコウセイさんを!!」
負けず劣らずモニカも声を上げる。
「ここは妹である私が!」
「何いってるんだい? 娘のボクこそが!!」
「ダメっス!! 私もコウセイさんとい一緒にゴロゴロしたいっス!!!」
どこか趣旨がずれてきた気がするのは、俺だけの感想ではなかったのだろう。
ルルミーがその場を取りまとめた。
「こういうのはメイドの仕事ではないかと……ヒっ!! ……思います」
その場の全員ににらまれたルルミーのひるんだ声が聞こえた。
だが、何とか踏ん張って言葉を続ける。
「私はあまり優れた力も持っていませんから戦いに出向いても役に立ちませんし、立場的にも中立だと思います。モキュちゃんやお婆さんとあわせて私がお世話します……」
そこで一気に皆がクールダウンしたのは、お婆さんもいるから介護的な世話も必要になるという点だった。
『ならルルミーで』という全員の一致がすぐ決まった。
俺はといえば、バナナらしき植物は茄子のように間が太いため、のどに詰まらせて水をもらうという以前では見る影も無い醜態をさらしつつ、堕落の道を突っ走っていた。
皆の意見がまとまり、連合小国の上空に向けて空飛ぶ一軒家が向かうのだった。