49話:巧妙
久しぶりの投降となります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これまでのあらすじ;
物質支配の力を手に入れたモノノベ=コウセイは、騎士二人に陥れられて、ダンジョンの中で殺されかけるが、勇者として得たその力でダンジョンを脱出。
コウセイは、巨大ハムスターのモキュ、餌係になったディビナ、兄を殺して妹にしたモニカと帝国に滞在する。その後、出会った現皇帝のフィオナ、人造メイドのルルミー、学院生であり武器家の店番であるミュースと知り合う。
白竜・マルファーリスのような人間の化け物・魔王と度重なる敵を撃破しながら前の世界ではできなかった自由な旅をする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前回までのあらすじ:
コウセイは、王城に戻ると、精神支配を受けて首はね事件を起こすが、それが全て妖刀と倒したはずのマルファーリスの仕業しわざだと知ることになる。
うっかり妖刀の口車に乗せられて、『所有者契約』ではなく、永遠に持ち主の親族(娘)とする『永久親契約』を結ばされるのだった。
皇帝が死んだと聞いて、その死体を確認するためにお城へと潜入をはかったコウセイたち。
そこにあったのはやはり偽者の死体で、何者かの策略によって、幻覚の魔法がかけられていた。ミュースの持つ魔法の書を使ってその魔法の核となる場所を看破し破壊することに成功する。
だがそこに現れたのは討伐の最終目的である竜王らしき少年だった。
その見えない攻撃に圧倒されながらも倒す方法を見出そうとするが……。
……その続きからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺の中で焦り、戸惑いなどのさまざまな感情が頭の中をぐるぐるとめぐった。
まさか竜王がいきなり現れるなんて思わなかったからだ。
俺はとっさに無鉄砲な攻撃へと走った。
だが、馬鹿みたいに妖刀を握り締めて突っ込むという行動に出てしまったのは失敗だ。
俺の持つ黒い妖刀、リリスが身体を自動的に防御をとってその攻撃を受ける。
空中を何回転かして、ようやく勢いも止まりヒートアップした頭が同時に冷えてくる。
そのときのひらめきに任せて、攻撃そのものには目を向けずレーダーからの情報知覚のほうに向けた。
鉱石を使ったレーダーは立方体で100mごとに設置し、その中心に俺は立っているため、その察知の感覚から攻撃に使われたものの大きさや形はわかるのだ。
わずかな感覚ではあったがそれが功を奏した。
この感覚は覚えがある。一方向に波紋状の力が伝達されるこの感じ。
「この攻撃、もしかして尻尾か?」
リリスがうなずくように声を発した。
『打突の衝撃のパターンが前に戦った白竜の尻尾の攻撃に似ているね。ほぼ間違いないよ』
尻尾を不視化にしての高速打撃。
確かに俺の物質支配の隙間を上手く突くものだった。
銀硝鉱石によるレーダー探知が効かないのは単純に人間の神経伝達スピードを打撃の速度が上回っているからだろう。
と敵の分析を進めてポーカーフェイスを気取っているが内心はかなり焦っている。
わかったからどうにかできる場合とそうでない場合があるのだ。
俺と少年の戦いはかなり派手な城の破壊をもたらしたためか、衛兵たちが城の外へと飛び出してきた。
どこに敵がいるのかを探索するような構えだった。
それを見た少年は一瞥すると、その見えない尻尾は延長できるのか、気づいたら兵士たちが吹き飛んでいた。
見えないばかりか伸縮自由なんてもはやチートだ。
いや、尻尾さえどうにかできれば……。
俺の考えを顔色から読み取ったのか、それあざ笑う声が一瞬聞こえた。
「ふっ、やっぱり愚かだ。それに……」
見えざる攻撃だった。
しかし、その攻撃をされる前の視覚や感覚も一瞬のこと。
いままで防いでいたはずの妖刀のリリスがその防御に失敗したのだ。
体が後ろに吹き飛ぶのがわかった。
――だが、あれだけの強力な打撃だ。
人間の身体ではもたない。これでもう俺の人生も終わりだと、そう思った。
何か見えないものの衝撃で身体を吹き飛ばし、後方の地上へと衝突した。
体が吹き飛ぶ感覚の衝撃が身体に走ったのだ。
「くそ、俺はまだこれからやることが……、ん?」
気づくと地面の上に横たわっていた。
森の木々をへし折ったものの、それでは俺の体に細かい傷がつくことはなかった。
「なんだ……、何かがおかしい」
ふと俺は明らかに奇妙な現象が起きていることに気づいた。
あれだけの衝撃で吹き飛ばされたのだ。地面にたたきつけられたのは普通の人間であれば当たり前のことだ。
でも俺は物質支配の力で物質による外部からの攻撃を一切無効化しているはずなのだ。
だから、生き物の直接的な打撃や斬撃でなければダメージすらない。
しかしながら、この状況はどうしても奇妙なのだ。
ダメージはあるが、体のどこを見ても傷がない。
切り傷やあざすらない。
それどころか、もしさっきのが生物の攻撃で、あれだけの衝撃なら身体は木っ端微塵になるはず……。
そこに妖刀のリリスが呼びかける。
「主様、大丈夫だったかい? ごめんね、防げると思っていたんだけどね、認識が追いつかなかったんだ」
俺はもう一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。
「ハハハ、そうか。なるほどな……。俺はまんまと奴のトリックに引っかかったわけか!!」
ゆっくりと立ち上がると、再びリリスに笑いかけ言葉を続ける。
「いや、気にしていないさ。むしろいまのでトリックに気づけた」
「トリック?」
「ああ、思い出してみてくれ。あいつが竜王だと思った理由は? 効かない攻撃が効く理由は?」
「え~と、だから竜王だと思ったんじゃないかい? 魔王を倒した僕たちを圧倒できるのは……、あ!」
「思い出したか? 魔王の城でリリスが俺にどんな攻撃をして、俺の精神が壊れてしまったのか。彼らの首をはねることになったのか……」
ああ、いやな思い出だ。
だから、忘れもしない。俺の精神を支配して、俺の行動を操り魔王メアリスの首を取ろうとしたったのが、妖刀のリリスだった。
あれはただの精神に作用する視覚や聴覚への幻覚・幻聴だった。それをきっかけにして身体を操ったのが真相だった。
だから外への影響は何もないもので、俺の頭の中で完結していた。
それがもし俺の中ではなく、もっと違う使われ方をしたらどうなるのか?
俺たちがさっき体験した『幻覚魔法』は、ミュースノ看破によって核を潰したはずだった。
しかし、ミュースはこうも言っていた。
『本当に騙したい誰かがいるのかもしれません』と。
俺は妖刀を再び強く握りしめて、空中へと飛び上がる。
城の真上のあたりまで来ると、正面には謎の少年が相対していた。
「さあ、今回は上手く攻撃の威力を逃がせたみたいだけど、次は終わらせるよ?」
少年は髪を軽くすきながら気楽にこちらを見ている。
だが、この少年は一度として中身のある回答はしていないのだ。
そのあざ笑う声と馬鹿にした態度にイラッとしつつ、俺は同じようにあざけりを含ませた声で返してやった。
「ふっ、そろそろやめないか?」
ぴくり、と少年は髪を握った手の動きを止めた。
「俺は昔から空想だけは得意だったんだ。いやな現実から逃げるために考えることだけは自由だったからな。だからある日こう思ったことがある。
――最強の神より強い存在は?
より強い力を持つ最強の勇者だと。
それより強いのは?
さらに強い力をもつ神……を想定した。
それより強いのは?
神を超越した個人……といった現実にはないものを想定した。
そんな具合に、思考の中ではいくらでも最強の上のさらなる最強を作り出すことができるわけだ」
焦った表情の少年はすぐさま問いただそうとする。
「なにが言いたいんだ!」
少年の頬に汗が流れるのが見えた。
「俺は竜王の話しを聞いていたせいで、自分より強い存在に架空の竜王を思い浮かべたんだ。それは竜であるはずなのに人間で、物質支配では倒せないような性能を兼ね備え、莫大な力を持っていると……、けどな」
俺は手に小石をいくつか召還する。
そして目の前の敵に俺は言葉を続けた。
「だけど事実は違う。目の前のお前は……こういうことだろ?」
目の前の小石を物質操作で急降下させて、元いた安置室のある辺りに叩き込んだ。
戦争でよくある爆撃の光景を見ているみたいに、小型隕石がいくつもの爆発と建物が崩れる音が響いた。
「お前は竜王なんかじゃないんだろ?」
薄ぼんやりと消えていく少年の姿が目の前にあった。
なにもいわずにただこちらに微笑みかけて白い輝きとともに消えていく。
そして世界がアップデートされたように薄白い光が辺りを包み込んで消えた。
目の前にいたはずの少年の姿も消えていた。
そこに妖刀のリリスが声をかけてくる。
「なるほど。この城一帯に幻覚魔法か。それじゃあ勝てないはずだよね」
「俺たちは自分の作り出した敵と空想の中で戦って、勝手にダメージを受け、自分で後ろに吹き飛ぶということをしていたわけだ。だがそれも起きないはず」
ふと下を見ると、城のすぐ近くには森に転移させたはずのミュースとモニカがいた。
「大丈夫ですかあ~~~?」
「コウセイさ~ん、聞こえてますか~~~~?」
二人の声が聞こえてくるようになったのは、幻覚魔法が消えたからだろう。
そして、おそらくこの大掛かりな魔法で騙したかったのは……彼女だ。
俺はミュースの顔をちらりと見た。
それに気づいた妖刀のリリスは刀からショートヘアの幼い少女の姿へと戻る。
「つまりこういうこと? わざわざあのミュースって子の知覚自体を騙して、『魔方陣の核』の位置を看破で見破られないようにしていた……」
「ああ、例え魔法の書が完璧に『看破』をしたとしても、その事実を伝達して知覚する人間側が間違った情報を与えられたら看破は不完全になるからな」
魔法の書は化け物の位にあっても、それを知る人間はただの少女だ。
「じゃあ実際には、核だったのはあの死体の側じゃなくて本体の体の方だった?」
「目の前の光景がそれを証明してくれたからな。それにしても、死体の事実にたどりつきそうで、できなかったところを考えると、ミュースも勘がいいのか悪いのかわからないな」
高い思考力があるのは確かだが。
俺は地上へと降下して、二人と合流することにした。
「それは仕方ないと思うよ?」
「まあ、戦闘経験のない女の子ってのが現実だしな……」
その物言いに、リリスは少しだけ否定する。
「そういうことじゃないよ。仕方ないって言ったのは、このトラップ式の『幻覚魔法』を仕掛けたのがマルファーリスだったってことだよ。魔力の性質以前にやり口が一緒だからね。こんないやらしい手で最大の脅威を想定した罠を仕掛けられたら普通はわからないよ」
俺はリリスの言葉に動きを止めざるを得なかった。
驚愕の事実だ。
「待て、国王になった時点でこの事を予期してマルファーリスは魔法を仕掛けていたのか?」
「わからない。けど想像はできる。僕は本当の人間ではないけど、彼女のことを心の奥底からこう思っているんだ。死んでくれてよかった。そしてあれ以上の『知的』化け物はいないって……」
俺は沈黙するしかなかった。
もしそれが本当なら、いったい何をどこまでこの先の未来を読んで行動し、布陣し、仕掛けを施しているのか?
そして今回は、自分が死んだときのことまで考慮された策が用意されていたのだ。
どのような身体的、物理的優位のあるものがいても城内で一掃できるだけのトラップだった。
実際に、もし俺が気づかなければ、いつかは精神的な死を向かえ身体も一緒に死んでいた。
それだけ人間は体と心が密接につながっていて、どちらが壊れても生きていけない生き物だから。
人間だからこそ知っていて、だけど人間が犯してはならないことを平気で行える人間だったのがマルファーリスだ。
もしあのときマルファーリスの命を絶てていなければ、と想像したくもない。
ん? 待てよ……。自分の死も考慮して策が練られていたとしたら、今のこの状況は……。
いや、考えるのはやめよう。
俺は恐ろしい事実にたどり着こうとしているのかも知れない。そう本能が察知したのかもしれない。
――だがしかし、それが最大のミスだった……。
とりあえず俺はリリスに加えて、モニカたち2人と一緒にここを歩いて離れることにした。
二人に話を聞くと、どうやら俺の転移の認識はずれていたようで、城のすぐ外にずっといたらしい。
核を壊さない限り、城から離れることもできなかったらしい。
怖い話だ。
いくら強い力や魔法を持っていても、使う人間が認識を狂わせていれば意味がない。
1メートル先を1センチ先と誤認し、いるものをいないと思い、倒せない空想上の敵に相対し続ける。
しかも俺に悟らせないために俺の精神の内側からではなく、外からの幻覚(外部情報それ自体の偽装)で物質支配では制御できないようにされていた。
その上、ミュースの対策まで巧妙にしていたのだ。
これをその場にいない死んだ人間が仕組んだなど信じたくもないくらいだ。
俺はメイドのルルミーさんとフィオナに合流して、宿へと一旦戻ることにした。
「なあ、せめてリリスは刀に戻ってくれないか?」
「どうしてだい? せっかくの二人の時間だよ?」
「これのどこを見たら、二人の時間なんだ? それどころか、ワンルームという狭い空間に8人もの人間が密集しているってのが問題だ」
辺りを見回すと、年頃の女の子ばかり7人が床にイスにベッドの上にとそれぞれスペースを占領していた。
改めて女子率の多いことに驚愕した。
はたから見れば女遊びの激しい奴みたいに思われるのだろうか?
俺はベッドの上でリリスを左、モニカを左に座らせている、というか寄り添って座ってきた。
男の中にはうらやましがるものもいるだろうが、よく考えてみるとそれはシチュエーションが少し違う。
例えるなら、人気登山の山小屋に泊まるがごとく、空気はすぐ汚れ暑苦しい雰囲気が伝わってくる空間になっているのだ。
せめてリリスはコンパクトな刀に戻ってほしい。
「仕方ないよ。今のボクはできるだけ人間の、さらにいえば主様の娘として扱ってほしいからね」
そんなことを言い出すゴシックロリータを着た幼女は、無い胸を俺の腕に押し付けようとして失敗していた。
べたべたするのが嫌いな俺は、少し腕を振ってリリスを引き離す。
人と近づきすぎることが俺には無かったせいで、こういうのに慣れていないのだ。
距離のとり方も同じだ。
「いや、だがな? 外の状況を思い出してみるんだ。いざというとき……」
その終わりのない会話にストップをかけたのは、メイドと一緒に床に体操座りするフィオナだった。
「まあまあ、落ちつくっスよ。二人とも」
隣のメイド服姿のルルミーは何度も合図地を打って同意する。
そんなに首をブンブン振り回さなくてもいいのに、というぐらいの勢いだった。
「そ……、そそ、そうですよ。いまはこの状況をどうするか話しましょう」
うんざりした様子で窓のそばに座るミュースが窓を覗き込んで呟いた。
「なんで私まで……」
巻き込まれただけのミュースはずっとこの調子だった。
さっきの戦闘で魔法陣の核を壊したのはよかったのだが、白の内壁と外壁を壊した上、安置室を含めた一角を小型の隕石で破壊してしまったことがこの状況を作り出したのだ。
衛兵が宿を囲み、街中には兵隊らしきものや傭兵の姿なんかもある。
『ただちに武装を解除して投降しなさい。これは交渉ではなく命令である。繰り返すーー』
といったアナウンスみたいな声が何度も流れている。
街ではいまから国内で戦争でもするのかという布陣である。
その重い空気を軽くしようとフィオナが冗談交じりにこういった。
「すごい数みたいっスね。ここはひとつギャグでもいったほうがいいっスか?」
「やめてくれ……。ただでさえ狭い空間が『言霊スキル』でおかしなことになりかねない」
不意にモキュの世話係になりつつある植物の茎か何かを持つディビナが手を挙げて質問した。
「あの……コウセイさんの力で転移するか脱出すればよいのでは?」
もっともな意見ではあるが、今の状況ではそうはいかないのだ。
「音を拾った感じだと、どうやらこの国の中枢を握った何者かが、指揮権を行使しているらしい。密偵か追跡の魔法でも使われたのか、この宿が特定されたことも考えるとかなり周到だ。これを放置していま外に出れば、取り返しがつかなくなる可能性もあるからな」
「そうですか……」
「元皇帝のメイドが敵に寝返り破壊工作を……といった筋書きだろうな」
「そんなぁ~~」
それを聞いたメイドのルルミーは顔を青白くした。
「それで、どうして私まで……。武器屋にそのまま帰ればよかったと後悔してます」
ぽつりと呟いたのは窓から再び外を覗き込んだミュースだった。
手に持っている古い本を抱えながらめがねの位置をしきりに直すことからも内心は緊張しているらしい。
「わかったから、ミュ-ス。そろそろ意見を聞かせてくれないか?」
俺のほうに顔を向けていやそうにため息をついた後、口を開いた。
「おそらくですが、手際のよさや事件の直後に包囲されたことを考えると、事前に計画されていたのではないかと思います」
俺はやっぱりかと思いつつ頷く。
「そうか。だがマルファーリスはいないんだ。誰がそんな企てを……」
「わかりません。ただ、一ついえるのは、マルファーリスが死んでもその内部勢力を駆逐できたわけではないと思います。どこに誰がたくらみを持ちながら潜伏しているかわかりません。こういう搦め手を最強の武器とできる人間であることは確かでしょうけど」
まるで意図した状況であるかのように異端分子の排除理由を掲げて俺たちを処分しようとしている。
ここで思わぬ閃きをもたらす一言を隣のミニカが口にした。
「もういっそのこと、この部屋ごと空に浮かせてはどうですか? 攻撃が届かないくらいにうんと高く……ってアパートはくっついてますし無理ですよね。……言ってみただけです」
俺は両手をひざの上に打ちつけた。
「そうか!!」