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47話:死者蘇生

これまでのあらすじ:

 魔王軍の帝国進撃に対して、その相手することにしたコウセイは、道中でうっかり魔王をさらってしまう。

 話し合いによって停戦の和解を結ぶがその帝国への帰り道、突如として表れた真の魔王と戦いになって、ミュースの助けを借りてどうにか倒すに至った。


 コウセイは、王城に戻ると、精神支配を受けて首はね事件を起こすが、それが全て妖刀と倒したはずのマルファーリスの仕業しわざだと知ることになる。

 二度とそんな事件を起こさないために妖刀と所有者契約を魔法で結ぶことを魔王メアリスに提案される。

 だが、コウセイはうっかり妖刀の口車に乗せられて『所有者契約』ではなく、永遠に持ち主の親族(娘)とする『永久親契約』を結ばされるのだった。


 その続きからです……。




 次の日の朝、俺たちは城を飛び立った。



 とはいえ、その出発までの時間さえもいろいろ起こり、筆舌に尽くしがたいものがある。



 ――出発の数時間前。



 俺はこのぎこちない雰囲気の中で王の間へと足を運んでいた。

 もちろん、4人と1匹が一緒だ。

 俺の隣に妖刀のリリス、その逆隣りにモニカ、後ろからディビナとフィーだった。

 

 なぜぎこちない雰囲気なのか?


 変な圧迫感を感じていると言い換えてもいいかもしれない。

 ぎくしゃく?ともなんか違う。


 これを感じているのは俺だけではないだろう。

 空気を読む術にけていない俺ですらこの異様な雰囲気を他の4人の女の子から感じるのだ。



 我慢しきれなくなったと言う顔でモニカが気になっていたことを切り出した。


「その……リリスちゃん? どうしてそんなお兄ちゃんにベタベタくっついているのですか?」


「どうして? 主様はボクのパパだからだよ?」


「む~~~~~」


 モニカは頬を膨らませていた。


 俺はそんな姿を見てなんとなく気付いた。

 モニカは妹で一番俺と距離感が近かった。

 でも今はその距離感が子どもであるリリスの方が近いのだ。


「ボクは主様の子どもだから、ね?」


 とはいえ、俺の腕をつかんでいるリリスのやっていることは、別に子どもなら誰でもすることではないはずだ。

 その論理が著しく破たんしている理屈に嫉妬心を燃やすのもモニカの頭がどこか少し抜けているからかもしれない。


「ディビナちゃんはいいのですか?」

 

 ディビナはというと終始笑顔だった。


「構いませんよ。ええ、ほんとに。これっぽっちも気にしていません……」


 だが、逆にこの取り繕った笑みが怖い。

 愛想笑いの下に何が隠れているのか分からないのだ。


 ふと俺はフィーの方へ視線を向けた。


 いつもの明るい表情をしていたのだが……。

 なんていうか、何らかの決心を決めたという雰囲気だけがわかった。

 こっちはこっちでホントに怖いな……。


 モニカはただ小さい子がすることに腹を立てることはしないが、妹であるプライドは捨てられなかったらしい。

 リリスに張り合うことにしたようだ。


「じゃ、じゃあ、私もっ!」


 俺の左腕をモニカは両手でぎゅっとつかんだ。


「お、おい……歩きにくいんだが」


 俺は俺で、他に考えることがあって大変なのだ。


 それは、ダンジョンで拾ったパンツの件だった。


 どうやって機能あんなことのあった魔王メアリスに返却すべきか?

 何度かシュミレーションしてみたのだが、上手い言い訳が見つからない。

 だいたいパンツを拾ったって何だよ……って話だ。


 そもそも、なぜメアリスはあんなところにパンツを落としていたのか?

 よくわからないから、どの言い訳が正しいのか分からない。

 まあ、ここまで来たら当たって砕けるしかないか。


 王の間に行くと、そこにいたのは魔王メアリスと顔見知りの騎士が二人だけだった。


 メアリスが声をかけないことに男の騎士レドルは困惑して、先に俺たちへと声をかけてくる。


「おお、来たか。もう出発するのか?」


「そうだ。少しの間だったが、世話になったな。それで……」


 俺はポケットから二つの布切れを取りだした。

 そのままメアリスの前まで階段をのぼって歩いていく。


「……どうしましたか?」


 ようやく声を出したメアリスは、昨日の醜態を恥ずかしがるように俺から視線をそらした。


「いや、そのなんだ……これを返そうと思ってな」


「これは……?」


 俺が手に持っているのは二枚のパンツだった。


「その、ダンジョンの最下層で拾ってな。何かの暗号?と思ってそのまま持ち帰ってしまったんだ。受け取ってくれ……」


 正直、人前でパンツを渡す言い訳をしながら女の子にそれを受け取ってもらう光景は、顔から火が出るほど恥ずかしいものだった。


「そうでしたか……でも」


 俺はメアリスの表情を見て、まさか受け取りを拒否されるのかと一瞬頭によぎる。


 が、そうではなかった。

 メアリスはちゃんと手に持ったパンツの一枚をゆっくりと手に取った。


「これは私のですが、こっちは違います……」


 俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。


「え~と、こっちは……?」


「私のものではないですね……」 


 俺の手に残ったパンツと、メアリスの受け取ったパンツの2枚をよく見比べて見ると、少し色が違うことに気づいた。

 手に残った方は少しだけベージュの色が混ざっている。

 そして形から、残った方が村の上流で川をせき止めていたダンジョンから拾ったものだと気づいた。


「それじゃあ……別の誰か?」


「はい」


「え~とちなみに聞いていいかな? なんであんなところに落ちてたんだ?」


「それは落ちていたのではなくて、置いてあったのです。ダンジョンというのは支配権が明確に決まっていて、最下層の中心点に魔王の肌着を置くのが一番効率が良かったのです。当時はまだ私の魔法は支配数が足りずに弱いままでした。それを補うための苦肉の策で、下着を置くことにしたのです」


「そ、そうか……」


「まさか、最下層にまで来れる人がいるとはだれも思いませんし……。無くなった時は驚きましたけど。どこか別の場所に置いたのではないかと探しましたし、レドルさんに疑いをかけた時期もありましたし……」

 

 それを聞いた男の騎士は、うんうんと頷いた。


「それはすまなかったな……」


 どうやら、ダンジョンを出入りしていた唯一の男に疑いがかかったようだ。


 改めてメアリスは俺に姿勢をただすと、こう告げた。


「話は以上ですか? 私からも昨日の件でお話があるのですが……」


「ん……? 話って?」


「昨日は私も当然のことで驚いてしまったのですが、よく考えたら騒ぐようなことではなかったと気づいたのです」


 ああ、その話か。

 どうやら冷静になってくれたらしい。


「そうか、わかった」


「はい、騒いでも仕方ありませんよね。だってこの私たちが親になった『永久親契約』は……誰にも解除することができないのですから」


「……え?」


「私も一人の親になったことを受け入れて、これから生きていくことにします。たとえもう会うことがないとしてもです……」


 すごく重々しいセリフが聞こえてきたのは気のせいか?

 まるでこれから離れ離れになる家族のお別れのシーンみたいではないか……。

 いや、この子なりの別れのあいさつなのだろう。

 哀愁漂うシーンってことなのかもしれない。


「ああ……そうだよな。じゃ、じゃあまたな」


 あえて明るく分かれを言ってやる。

 別れ際の顔はよく覚えているものだと言うからな。

 明るい思い出を残した方がいいだろう。


 俺たちのやり取りを後ろで見守っていた4人はそれぞれ違うリアクションを取っていたようだが、気にしなければ大丈夫なはずだ。



 そういって、モキュの背中に乗りこむ面々。


 俺も乗り込もうとしてそれを男の騎士レドルが俺の腕を掴んで引き止めた。


「なんだ?」


 俺のまだ何か用か? 的な反応も気にせず、レドルは秘密の話をする時のように小さな声でひそひそと話しかけてきた。


「(ちょっといいか? 一つだけ気付いたことを教えておこうと思ってな)」


「(気付いたこと?)」


 俺もひそひそ声で返す。


「(ああ、あのディビナって子に気をつけろ)」


 レドルの表情は冗談とかではなく、真剣なものだった。


「(ディビナが? それはまたどうして……)」


「(あの子のスキルをモニカって子から聞いたんだが……ありえないんだよ)」


「(は? ありえないってどういう意味だよ)」


「(俺はこの魔王軍という特殊な立ち位置にいて、霧影の一族のこともあるからからスキルのこともよく知っている。だが、『採取・調合・栽培』の3つのスキルに分類される能力の全ては、この世界だと絶対に子どもが身につけられるものじゃないんだ)」


「え……? でも俺はディビナが使っているのを実施にこの目で見た」


 レドルは首を振った。


「ああ、俺も昨日試しにスキルを見せてもらった。そこでさらに驚いた。あれはスキルの範疇を超えて、もう魔法のレベルまで達している。通常ならありえない」


 このレドルの話では、栽培スキルでさえ早くて30~50年の鍛錬が必要だという。

 数年鍛えた程度では、せいぜい雑草一本を数日かけて芽の先を出させるのが関の山だそうだ。


 そんな理由のため、たとえ才能があってこのスキルを持っていても、実施に畑では使えないらしい。

 だから誰も真面目にこのスキルを伸ばそうとしない。

 努力と成果が見合っていないのだ。


 たしかに、この話を聞くと、ディビナはおかしい。

 俺とそう変わらない年齢の少女がスキルを使えることがもう。

 だが、それ以上に水と光さえあれば宿の地下いっぱいに植物を育てていたことはありえないことらしい。

 しかも数日で収穫できるレベルにまで成長していた。


「それはそうだが……」


 俺は首をひねって、そのことをよく考えて見る。

 レドルは最後に笑みを浮かべてこう言い残した。


「いや、俺は彼女を疑えとか言っているわけではないんだ。だが、このスキルを本人の意図せずに使うことはできない。つまり……」


「ディビナが何かしらの手段でそれを意図的に可能にしている……と?」


「ああ、それがズルしているか、禁忌に手を染めているのか、まではわからない。もしかしたらその栽培スキルといっているのがもう嘘なのかもしれない。いずれであれだ。これはただの村娘が知ることのできる知識ではないんだ」


 そういえば、ディビナの詳しい出自は長老から聞いていなかった。

 長老もディビナが孫ではないと言っていた。

 ただの薬草係やくそうがかり的な立ち位置で、ディビナが長老の家に出入りしていただけ。

 親も村にいるとは言っていなかった。


 そして重要なのは、長老が示したある事実だ。


 ディビナがあそこで薬草をとっていたのは、一時的なことで本来の役目ではなかったこと。


 彼女とは別に、村には薬を作れる者がいたのだ。それを代わりにやっていただけ。

 

 じゃあ、ディビナは……。


 その前のことさえ俺はなにも知らない。

 使命感に押されて気まぐれに餌係にしたにすぎなかった。

 もう村の人間はこの世にはいないから確かめることもできない。


「……なるほど、いいたいことはわかった。それだけならもう行く」


「そうか。気をつけてな」


 こんな見送りをされて出ていくことになるとは、以前は想像できなかった。



 そこにメアリスが近寄って、声をかけてきた。


「あの……やっぱり」


 そういって、メアリスは俺の手の平に何かを握らせた。


「なんだ、これ?」


「それを私だと思って……」


 俺の手にはさっき返したばかりのパンツが握られていた。


 おい、せっかく返したのに!


 隣にいる女の騎士ヒューリエは、メアリスの代わりに説明した。


「本当のことを言うと……男の人が持っていた下着なんてもう使えないでしょ? 何に使ったかもわからないしね……」


 もうダンジョンの支配権管理にも使えないし……という説明に苦笑いを浮かべるメアリスは、微笑を再び俺へと向けた。


 いや、使ったって……別に何の目的にも使ってないよ?

 履くわけがないし、なんというか……その、他の利用方法でも使ってない。


 このヒューリエって女騎士が、メアリスに何かを吹き込んだのか。

 メアリスが照れながらパンツを差し出してきたのはそのせいだろう。


「捨てるのも悪いと思いますし……」


 この時、俺の心がおちょっとだけ傷ついたのは内緒だ。


「そうか……わかった」


 仕方なく、ポケットにパンツを入れ直す。


 それを何か言いたげの視線を向けるモニカがいたが、無言なのが逆に気になった。



 俺は城を飛び立って、帝国へと戻るため空を進んでいた。

 その時ふと思い出して、帝国の秘書へと事後報告することにした。


 すでに声を届けるラインの構築はミュースの時と一緒だ。

 秘書も最初は驚いていたが、休戦の協定を結んだと言う成果を静かに聞いていた。


 秘書の話だとまだ、皇帝は見つかっていないらしい。

 だが、今回の停戦の成果のおかげか、秘書から提案があった。

 皇帝お付きのメイドがその一切を管理しているから、俺が戻るまでに皇帝が見つからなければメイドの彼女が代理で条件交渉して返してくれるらしい。

 もちろんモニカの家の跡地をだ。


 実際にどの条件で返してくれるかは交渉次第のようだが。

 話をした感じだと、メイドさんは帝国の色に染まっていない感じがしたから頼めば普通に返してくれる気がしないでもない。


 さて、さっさと戻るか。

 とにかく当初の目的だった家を返してもらう件が完了しなければ先には進まないからな。

 俺はさっき言われたことを思い出してディビナを一瞥した後、すこしスピードを出して、俺たち一行は空を西の空へと駆け抜けていくのだった。

 




 ー ー ー ー ー ー ー ー





 帝国に戻ってから、モニカとディビナ、そしてフィーが宿に、馬小屋にはモキュ。

 リリスは俺と一緒に王城の門へと向かった。

 用件はとりあえずメイドに家の譲渡の話をすることだった。


 衛兵の詰め所に案内されると、少し場の雰囲気が張り詰めていた。


 ソファに横たえられている黒い塊が目に付いた。


 そのそばにいる秘書が俺に気づいて声をかけてきた。


「あ、来ましたか」


 抑揚のない、前話した時とは変わらない声音。

 しかし、表情は前と少し違った。

 冷徹な感じが消えて、代わりに優しさを含む無表情だった。

 無表情なのに優しさがあると言うのも変だが、口調や以前の表情と比べてということだったりする。


「……それで、メイドさんと話しに来たんだが、彼女はいまどこに?」


 それを聞いた周囲の衛兵は少しだけ俯いたが、秘書はこちらを見据えてはっきりと伝えた。


「これが……彼女です」


 そのソファに横になっている黒い人型の塊がそうなのだと言う。

 どう見ても黒い塗装でできた石像だった。


「なっ……」


 なにがどうしたら、人間が黒い石像になるのか?


「暗殺者の毒にやられてしまったのです。ただの毒ではなく、魔法による属性毒攻撃……みたいなものでしょうか。それで先ほど息を……」


 秘書はその元メイドの死体を撫でた。


 毒か……。

 その暗殺者は、相当に毒の扱いに慣れた奴だったらしい。

 人間が魔法で毒を使えると言うのも初めて知った。


 ともあれ、俺としてもこのメイドさんが死んでしまったのは非常に困る。

 家のこともあったからな。

 なんか色々と教えてくれたし、個人的には助けたやりたいところだが死者になってはどうにもならない。


 ふと以前助けた長老のことを思い出す。

 だが、彼は毒を受けても生きていたから助けられたのだ。


 

「駄目元でやってみますか……」


 俺は手のひらに意識を集中させる。

 以前と同じように、メイドの中にある毒を転移・操作して手のところへと集めた。


 すると、メイドの身体の色が肌色へと戻っていく。

 少し赤みがある部分もところどころあるのは、内出血だろう。

 体細胞が内側から毒によって侵された、生々しい光景だった。


「肌の色が……」


 秘書はメイドの肌の変化に驚いた。


「これで毒はもう体内にないはずだが……、俺に出来るのはここまでか」


 俺はため息を吐いて、手のひらに集まった毒を霧散させる。

 正確には自分の身体に触れさせて無効化していく。


 俺は生命体に対して能力を使えないからな。

 ん? 待てよ……。


 直接は無理でも間接的に心臓を動かす方法はある。

 いまから生を取り戻すことができるかもしれない……。

 俺は電磁気操作で、心臓を収縮させて動かすことにした。


 秘書は動き出した心臓を見て、俺が何かの能力を使っていることに気づいた。


「一体何をして……? まさか生き返らせようと?」


「ああ、そのつもりだ……。とはいえ、一度失われた意識を取り戻させることはできないかもしれないがな。ふつう人間は時間がたつと植物状態と言って、身体の生理機能としての生を取り戻すことしかできないはずだが」


 やはりというべきか、心臓を動かしても身体の循環器官が機能するだけで意識が戻るわけではなかった。

 だが、脳には無意識化で身体の生理機能を維持する部分があるが、これを復活させることによって身体の生は維持することはできるのだ。


 でも毒の影響で脳細胞も死んでいるかもしれない。

 そうなれば意識もクソもない。


 ここからが挑戦だろう。

 電磁気操作で脳の部分へと働きかける。

 いわゆる脳の電気パルスをやり取りさせて意識の再生を試みる。


 脳はシナプスのやり取りを経て意識を統一している。

 記憶との整合性や自我同一性などもすべて電気パルスのやり取りに収束する。


 これは幽霊とか魂の話ではない。


 なぜなら、人間の身体を通して意識が周囲を感受するのは、人間の機能的な部分に依存するからだ。

 であるならば、俺の能力でも何とかなるかもしれないと思ったのだ。


「う~ん、これは……なんていうか不思議な感覚だ」


 俺は電磁気操作をしながらそんな独り言が漏れた。

 なんというか、このメイドさんは脳構造が単純な気がした。

 脳の知識のない俺にどこを操作すれば意識が戻るのかなんとなくわかったのだ。

 というよりも選択肢が少なすぎて、とりあえずしらみつぶしに操作ができると言い換えてもいいだろう。


 俺は操作を続けながら、メイドに声をかける。


「おい、しっかりしろ。起きてくれ!」


 頬を二回ほど叩いて反応を待ってみる。


 すると、奇跡とも言うべきか、メイドの口がむにゃむにゃと動いていた。

 何かを呟く声がだんだんとはっきりしてくる。


「……だから徹夜は……グはもう……」


 訳のわからないことを言っているようだ。

 

「生き返った……のか?」


 まるで寝言を口にしているメイドの姿を見て、秘書も頷く。


「どうやら、そのようですね……」


 すると、俺の隣で静かにしていたリリスが俺に声をかけてきた。


「じゃあ、僕が起こしてあげるよ」


「なに?」


 リリスはメイドに歩み寄ると、メイドの手を両手で握って静かに目を閉じた。


 そういえば、この妖刀はなんだかんだ言って精神支配の魔法の媒介になっていた。

 つまり精神干渉が得意な妖刀だったりする。

 いまも夢の中に入り込んで、さっさと起こそうとしているのだ。


 数秒後、メイドは急にうなされるように苦しみもがいていた。


 と思ったら目を全力で見開くと、


「だめ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! え?」


 叫び声をあげて起き上がった。

 一体、リリスは夢にどんな介入の仕方をしたのかは知らないが、そうとうに嫌らしいことをしたのだけはわかった。

 どうせ恐怖体験の夢で叩き起こしたのだろう。


「どうやら本当に生き返ったらしいな」


 メイドは周囲を見回して、首をひねった。


「あれ……私どうして……」


 どうやら、死ぬ寸前の記憶が飛んでいるらしく、秘書が説明していた。

 暗殺者を倒すために、身を犠牲にして相手を抑え込み、そのせいで毒を受け、死んでしまったと。


「にしても、こうも簡単にいくものなのか? 人を生き返らせるのが……」


「それは……違います」


 そう言ったのはメイド本人だった。


「違う? 何が?」


「私は人間じゃないですから……」


 メイドはなぜか申し訳なさそうな表情だった。


 俺は息をのんだ。

 このメイドさんは何を言っているのだと。

 確かに電気パルスを操作する際に、あまりに容易たやすくできたことは気になっていた。

 自分の脳ならまだしも、他人の脳の電気パルスをシナプスを特定して操作するなんて、通常はできない。


 砂浜からダイヤの粒を探し出すようなものだ。

 それがなんというか、構造が単純に思えたのだ。

 外見は人間のようなのに、まるで思考のための回線や意識の回線があらかじめ構築されているようなあの違和感。

 脳の電気パルスを使用するのに消去法が使えた謎。

 その理由が人間でないといった言葉で現実味が出てきた。


「私もさっき聞いたばかりですが、本当ですよ。彼女は魔法生物と俗に呼ばれている存在です。種族としては人間には当たらず、『完全人工魔法生命体』となります」


 秘書はすでにメイドが人間でないことを知っているらしい。


 俺はメイドの表情と合わせて、どうして申し訳なさそうにしているのかわかった。

 もしかすると、『人間を蘇らせることができた』という偉業にケチをつけることになる事実を言ってしまったとメイドは思ったからかもしれない。


「いや、別にいいんだ。あなたが人間であるかどうかはあまり関係ない。え~と名前はなんだったかな……?」


 メイドは言われるがまま名前を答えた。


「ルルミーです」


「そうか。ルルミーさんが生き返ってくれることが俺の目的だった。家の返却条件のことも話し合いしなきゃだしな」


「でも……」


「もし他の『人間』が死んでいても俺はこうして手を差し伸べることはなかったから気にしないでくれ。むしろ俺は誰かを助けないことの方が多いかもしれない。俺が助けたかったのは人間なんてありふれたものじゃなくて、ルルミー個人の命だ」


 メイドは俺の言葉になぜか涙を浮かべて聞いていた。

 別に大層なことを言ったつもりはない。

 むしろ、家のために生き返らせたいと言う自己中心的な理論だと自覚している。


 それでも俺はメイドの口からある一つの言葉が聞けて良かったと純粋に思った。

 

「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」


 それと同時に、こんな時でさえ俺自身にとっての利得(その恩で家を返してもらいやすくなった)と思ったことに自分でも嫌になった。

 当たり前の環境で育たなかっただけで、人として普通で当たり前として思えるような思いやりが俺にはない。

 この苦痛はきっと誰にもわからないだろう。



 その後、しばらくしてメイドさん改め、ルルミーさんに家とその土地の返却について交渉をした。

 と言っても交渉にすらならなかった。

 税の支払いさえ可能ならすぐにでも無条件で返してくれるというのだ。

 その場で不払いの税を支払って、ハンコのついた利権書を受け取った。


 秘書さんは途中で衛兵の詰め所を出て、最後のかたをつけてくると出て行った。

 おそらく暗殺者を雇った貴族に制裁を加えに行ったのだろう。


 それから少しだけルルミーさんと話をして、そこで聞いたある大事な事実を伝えるために皆の待つ宿に戻った。

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