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46話:既成事実

フィーの持つスキルが偏っている理由は……

 俺は魅了チャーム使ってきたフィーの目を正面から見つめて改めて言った。


「どういうつもりなんだ?」


 フィーは目を泳がせる。


「なんていうかこれは……そう! コウセイさんを試したんすよ」


 なぜフィーは動揺しているんだ?


「いや……なんで俺が試されるんだ? このまま俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ……」


「それはその……。別に魅了チャームをかけたままコウセイさんを馬車馬のように働かせて、私は一生ダラダラして生きる……とかじゃないっスよ? このまま魅了チャームに気付かなかったらそれでもいいや、とも思ってないっス」


 少し顔が焦っているのがわかり、どこか言葉のテンポも早い気がする。


「フィー、それ嘘だろ?」


 それを聞いたフィーは表情をすぐさま切り替えて真剣な顔になる。

 なんだ?

 まさか……。


 動揺していることさえも演技だった?

 そのことに俺は気づかされて内心驚く。


「なるほど……このくらいじゃ騙されないっスか。でも半分くらいは本気だったっスよ?」


「冗談だった……のか?」


 でも半分は本気だったってことは、ヒモ女になろうとしたことも本当ってことか? 


「じゃあ本当のことを言うッス。もしこれから先、結婚を承諾してくれても、私が『魅了チャーム』のスキルを持っていると結婚の後で分かったら、コウセイさんはどう思うっスか?」

「それは……」


 そんなの決まっている。

 この結婚は魅了チャームで強制されたんじゃないかと思うだろうな。


「それが答えっス。コウセイさんは魅了チャームにかかっていないか、結婚前に自分の意志を確かめることができるんスよ」


 言い終えると、フィーは微笑んだ。


 俺はさらなる驚きを得た。

 まさかそこまで考えていたのか。


「なるほどな……確かにそれなら自分の意志に言い訳ができないな」


 ていうか、なんでこの子は俺と結婚することが前提になってるんだ?

 だからこそ、どこかこの子の言っている結婚したいという気持ちが嘘臭く思えてしまう。


 俺とどうしても結婚したいと思う女性がいるなんてありえない、そう思うのだ。


「それでここからが本題っス。私は運命の人と出会った時に、自分に惚れてもらうための秘策を容姿しているんスよ。魅了チャームも効かない人にだって有効なはずっス。これでコウセイさんも私と結婚したくなるはず……」

「……はあ。ちなみにそれは?」


 俺は半ばため息交じりでそう返していた。

 魅了チャームがダメだとわかって、精神系のスキルは一切通用しないのだ。

 この自信がどこから湧いて来るのかがわからない。


 まだ、『お友達』にとか『お付き合い』をとかなら別だが、俺がこの場でこの子と『結婚』をする気になるだと?

 そんな何かがあるとは到底思えないわけだ。


「一晩中練習して、ようやく習得したんス。よ~く見ててくださいっス。じゃあ、いくっすよ?」


 そういってゆっくりとベッドの方へと移動するフィー。


 俺は少しだけ興味深げにフィーの様子を眺めた。

 ベッドに向き合って一体何をするつもりなのかと。


 フィーはその手でベッドの上の布団に手をかけると、それを両手でつかむ。

 それから布団を持ちあげて宙へと投げ飛ばした。



「布団が~~~、吹っ飛んだぁぁぁ!!!!!!!!!!!」



 そのまま宙へと飛ばされた布団は、天井を突き破り遥か空の彼方へと飛んで行った。


 破壊された天井の破片が部屋にぼろぼろと落ちる。


「……」


 俺は口をあけたまま言葉を返すことができなかった。


 なんなんだこれ……。


「どうっすか? この一発ギャグ、面白かったっスか?」


 一発ギャグ? いやただのダジャレじゃないかこれ。

 しかもその内容が現実になっている。


 まるで『言霊』のような……。じゃあこの現象はスキルか?


 確かに、俺の目の前で柔らかくて軽い羽の布団がはるか彼方へと吹っ飛んだのだ。


「なあ……、ちょっとわからないんだが、俺を笑わせたかったのか、それとも驚かせたかったのか、どっちだ?」


「え? 笑わせたかったんス。面白くなかったスか? 今の見て私に惚れないんスか?」


 曇りのない瞳で、そう疑いなく信じている顔をしていた。


「いや、待て! どこからツッコめばいいのかわからないくらいだ!!」


 ダジャレが実現しているのはすごいことなのだろう。

 だけど、なぜこれを見たら俺が面白さのあまり笑い転げて、フィーと結婚したくなるのかが全く不明だった。


「そ、そんな……。せっかく練習したッスのに。はじめて自分で努力して手に入れたスキルなのに、それが全部無駄だったっていうんスか……?」


 衝撃的な事実を聞いたという顔のフィーは数歩後ろへ下がる。

 なにかブツブツと呟いていた。

 

 どうやら、フィーの持つスキルというのは、他の人とは違って特殊な傾向にあるようだ。

 それが今ならなんとなくわかる。

 人体実験の影響を受けているのも間違いないだろう。

 そして、欲しいスキルを手に入れることができてしまったことも。


 それが不発だった。

 その尋常ではない驚き様からも察せられる。

 だから俺はこう言ってやった。


「まあ今のは置いておこうか。それに俺はフィーが嫌いだと言っているわけではないんだ。俺のことをいいと言ってくれる人間はこの世界に一人いるだけでもう奇跡なんだ……」


「それって……」


 フィーは俺が何を言うのかじっと見つめていた。

 

「だが、正直いまのフィーとは、結婚なんてしたいとは思わない」

「そうっスか……」


 少し低い声で呟くフィーに、俺は一つ咳払いをして言葉を続ける。


「でも、だ。もしこれから俺がフィーをよく知って、心から信じることができると感じたら、改めて結婚の是非を話したいと思う。するかどうかも含めて……」


「本当っスか?」


 フィーは俺を見てわずかばかり驚く表情をした。


「だから、これからは素のままのフィーを出来る限り見せてくれないか?」


 これは俺の正直な気持ちだった。

 結婚という話はぶっ飛んでいたが、こんな俺と? って嬉しさもあった。

 だが、俺を利用したいだけの人間(特に女性)が多いのも知っている。


 今の俺はそういう力を持ってしまっているのだからなおさらだ。

 だからこそ、フィーが本当はどんな人間なのかを知ってからが、全ての始まりになると思ったのだ。

 結婚を前提とした仲間? みたいな感じだ。いびつもしれないが、これ以上に当てはまる関係も他にない。


「そうっスか……。じゃあ、私がどんな人間かをこれから存分に見てくださいっス。ついでにこっちも素のままの姿になった方がいいっスか?」


 そう言ってドレスのスカートの両端をつまんだ。

 どうやら服を脱いで素っ裸になった方がいいか? と聞いているらしい。

 っておい!

 

「いや、服は着たままでいてくれ……」


 ただでさえパンツを脱いで戦う妹がいるのに、そこに全裸で歩き周る女の子を連れていくのは色々な意味でヤバイからな。


了解ラジャーっス。じゃあ、たまにでいいんで、水浴びを覗きに来てくださいっス」


 スカートの端をぱたぱた仰ぎながら冗談ぽくそんなことを言う。

 にこっと笑みを浮かべていた。


「はぁ、何言っているのやら……」


 フィーは冗談なのか本気なのか分からないところがあるから困る。

 さっきのはおそらく彼女なりの冗談だったのだろう。


 そこでフィーは大事なことを思い出したという顔をする。


「あ、じゃあ、スキルのことは素のまま全部話しておくっスね」


「スキルか……さっきの布団が飛んでいったのは驚いたが、あれもスキルなんだよな?」

「そうっス。私のスキルは私が望めば使えるようになったものばかりなんで、すごく偏っているんスよ。特に拘束系スキルと魅了チャーム、他にも契約履行コントラクト ・フルフィルもあるっス。ついでにあと2~3種類のスキルと、さっきの言霊スキルでだいたい私の持っているスキル全部になるっス」


「あれはやっぱり言霊だったのか」

「そうっス。一発ギャグにしか使えない限定的なスキルっスけど」

「……そうか」

「戦いには使うつもりじゃないスキルが多いのは、私って戦闘が苦手なんスよ。というよりも動き回るのがあまり好きじゃないんス。だからギャグ限定のスキルっスね」


 なんて無駄なスキルなんだ。

 戦闘で使えるように最初から調整していれば、『言霊』は強力な武器になるはずなのだ。それをギャグに使うとか……。

 しかもギャグにしか使えないってのも逆にすごいな。


「しっかし偏っているな。もしかしてこの偏り方は……」


 この子のスキルは、縛って、惚れさせて、契約履行させる、といったようにまるで特定の何かに使うためのスキルに思えた。


 これは……。

 男を捕まえた後に、惚れさせて労働の契約をさせる。あとはそれが履行されて……馬車馬のように働き続けることになる。

 まさにヒモ女になるための最強のコンボ?


 最後の言霊だけはちょっとなぜそのスキルなのか不明だ。

 そこはもっと何かなかったのか? と言いたくなるのが本音だった。


 まあいい。それよりも言霊のスキルさえも一晩で身につけ、他のスキルもかなりレベルが高そうだった。

 

「フィーは、なぜスキルをそんなに簡単に身につけることができたんだ? やっぱり人体実験されていたのと何か関係しているのか?」


 フィーは少し考え込む。

 

「それはちょっとよくわかんないっス。けどキャパシティーが実験で拡張されたということはあるらしいっス」

「キャパシティー?」

「スキルを持てる容量のことっスね。魔法もスキルもあらゆる属性のものを全部使える人はいないっス。それは数も同じことっス。でも私にその数を常人ではない容量があるのは、実験の副作用みたいなものっスね」


 フィーの話によると、魔法もスキルも他のいかなる能力もそのキャパシティーを超えることはできないらしい。

 俺の能力が『物質支配』だけなのにもそれが関係しているらしい。


「俺の能力が一つである理由もそれと同じなのか?」

「う~ん、コウセイさんの能力は破格だからかもしれないっス。その能力一つで勇者のキャパシティーを圧迫しているんスよきっと」


 そもそも『勇者』であると言うことが、すでにこの世界での大きなキャパシティーを持っているってことなのかもしれない。

 それすらもこの『物質支配』は容量を圧迫していると。


「覚えが早いのは?」

「それはちょっと不明っス。でも私は容量が大きいとそれに比例してスキル取得が早くなるのではないかと思っているっス」

「そうか、たしかにそれなら……」


 あとこれらの話から推測できるのは、容量からあふれる分を生命への効果制限でカットしていることだろう。

 もしこれが『勇者』ではなく、『神』だったのだとしたら制限などなかったのだろう。容量は無限にあるだろうし。

 人の身における最強が勇者みたいなものだからそれは仕方ないのだが。


「とにかくこれが私のスキルの根源っス。これで一つ私のことを知ってもらえたっスね」

「あ、ああ……」

「もう一つ明日、帝国に戻ったら教えられることがあるっス」



 しばらく話した後、俺は一度メアリスたちにも顔を出すことにした。


「じゃあ、モニカたちのところへ行こう」

「そうっスね」


 手には封印された妖刀もちゃんと持っている。

 捕まえた騎士は近くを歩いていた見回りの騎士に伝えておいた。あとは勝手にあっちで処理してくれるだろう。


 フィーに案内されて王の間の下の階にある騎士訓練場の一つに足を運んだ。

 そこではちょうどモニカと男の騎士レドルが模擬戦闘をしていた。

 

「なぜ模擬戦?」

 

 隣りのフィーが答える。


「なんかディビナちゃんが言うには、同じ『血印魔法』が使えるからって、騎士の人が戦い方を見てくれてるっらしいっス」


 そういえば、同じ血族だっけ?

 この騎士も『霧影』が使えるのを何度もみたからな。


「じゃあ、あっちの方も相変わらずか……」


 パンツ履いてないんだろうな。


「私も脱いだ方がいいっスか?」


 フィーがまた馬鹿な事を言い出した。


「いや、パンツはちゃんと履いてくれ。これじゃあ、まるで俺が履かせてないみたいに思われるからな……」


「そうっスか? じゃあ履いたままにするっス」


 フィーに対して素を見せろと言うのは、別に素股を見せろって意味ではないのだ。

 そのくらいは自分で判断して欲しい……。

 冗談だとは思うけど。


 と、そこで俺が入ってきたことに魔王メアリスが気づいて、声をかけてくる。

 

「あ、起きられたんですね。心配していたのでよかったです」


「わざわざ心配してくれたのか……悪いな、色々と」


 俺はとにかく謝ることが最優先だと思った。

 メアリスもなんだかんだで迷惑をかけてしまった。


「いえ、無事ならいいんです。私の早合点で危うく殺してしまいそうにもなりましたし……」


「そのことはいいさ、お互い様だ。それよりも妖刀のことなんだが……」


「そうでしたね。妖刀を床に置いて、コウセイさんはその横に立ってください。魔法によって所有者契約を結ばせます」


「ただ立っているだけでいいのか?」


「いいえ、契約を完了させるためには、妖刀にこの契約を了承させる必要があります。まだこの刀がマルファーリスの支配を受けている場合、ちょっと厳しいかもしれませんが条件をつけて交渉してでも、刀の了承をとってください。失敗した場合は、この刀は二度と使えないように破棄したほうがいいでしょう」


「わかった。やってくれ」


 そういって床を黒い棒が叩くと、魔法陣が展開される。

 俺は夢の心地になって、どこか知らない場所へと意識が飛んだ。


「ん? どこだここ?」


 そこにいたのは一人の少女だった。

 中性的な顔立シルエットにショートカットの女の子。


 だがどこか全体的にぼんやりとしていて、はっきりとはわからない。


 その子が俺に話しかける。


「久しぶり。僕にまだ用があるのかな?」


 ああ、そういうことか。ここで話をするのか。


「お前を正式に俺の所有物にするためにここに来た」


「僕を? 君が? あそこまでされて? それでなぜ所有したいと思うのかな?」


「ああ、確かにあれは悪夢だったよ。でもさ、お前の意志じゃないんだろ? あんたの自由なんてどこにもなかった」


「自由? 何を言っているのやら……。僕の与えられた命を果たしただけ。僕の意志だよ」


「違うな……。誰かにはじめから生まれた意味を決められた人生が、自由なはずはない。それを俺が一番よく知っているからな」


 生まれた時に選べない者がある。

 それは親だ。

 親には資格がいらない。だから親にはいろんな人がいる。

 良い親もいればダメダメな親もいる。

 到底、子どもを育てるにあたいしない無責任な親もたくさんいる。


 でもそうやって世界は続いてきたから誰も文句を言えないのだ。

 それによって被害を受けるのは誰か?


 ――そうだ、それが子どもなのだ。



 この妖刀は生みの親に名前も与えられず、ただ命令に従って人を殺すためにだけ生みだされた。

 今回の事件もマルファーリスによる精神拘束を応用した暴挙の一端だったにすぎないのだろう。

 そこにはこの妖刀の意志も自由もない。


「なにを言いだすかと思えば……」


 すでにマルファーリスの影響が途絶えているのか、少しだけ動揺したように妖刀は声をひねり出した。


「俺がお前を自由にしてやる。だから俺に従え。そして、俺の所有物になれ!」


 それを聞いて溜息を吐いたのは妖刀の少女だ。


「なんて勝手な人だ……」


「嫌なのか? このままだとお前は破棄されることになるんだぞ?」


「……」


「なにも出来ずに終わってもいいのか? それにお前はたぶん悪い奴ではないと思うんだ」

 

「何を根拠に……」


「だってあの時、俺の心臓を治してくれただろ?」


「それはそうしたほうが後々の計画のためにはいいと思ったから……」


「いや、違うな。もっとスマートな方法はいくらでもあったはずだし、わざわざリスクの高い『俺を助ける』なんて選択肢を選んで計画に使うなんて無駄はしない」


 俺はゆっくり首を振って、さらに続きを語る。


「あの日あの時までは、間違いなく俺を殺すことが最優先だったはずだ。結果的に俺が生き残ったことを利用しようとマルファーリスはしたのだろうけど。つまり、何がいいたいかと言うと、お前はあの日、俺を助けてくれようとしたんだ」


「前にも言ったよね? 気味の命をつないだのは、そうすべきだったからだ。君を助けたかったからなんかじゃ……ないよ」


 尻すぼみの言葉にもはや説得力はなかった。


 俺はゆっくりとその妖刀だと言う少女に近づいて、その華奢な腕をつかんだ。

 この命令を聞く以外に何もない少女にも、俺からあげられるものがある。


「お前の名前は、妖子ヨウコだ。俺の所有物になれ!」


 ずっと名前もなく、ただの妖刀だったこの子に、俺にでも名前をつけることはできる。

 あんなロリババアにいいように使われなくても、もういいのだ。


 俺の顔を無言で眺める妖刀の少女は、再び長いため息をつく。


「その名前……ダサいよ」


「な……」


 せっかく考えた名前なのにダサいって……。

 俺はここに来て初めて心が折れそうになった。

 俺のセンスってダサかったのか……。

 とりあえず少女には子を付けておとけばいいという考えがダメなのだろうか?


 そこに妖刀がこう付け加えた。


「でも、もし名前を考え直してくれるなら、主様の所有物にないってもいいよ?」


「……え? いいのか?」


 そんなことでいいのか? 

 名前を考えて、それを与えるだけ。

 それだけで所有物になることをOKしてくれるというのか?



 いや、これは難題だ。名前を考えるのは意外と大変なのだ。

 一通り口に出してみる。


「ようとう……ようこ……ようみ……よもみ……よもぎ……、いや今度は「も」で攻めて見よう。もも……もぬ……もみじ?」


 もみじで止めるが、用途は首を横に振った。

 気に入らなかったらしい。


 ……ていうかこの妖刀、名前にめっちゃこだわっているみたいに見える。

 本当は名前をつけてほしかったのかもしれない。


「あ~・か~・さ~・た~・な~・は……」


 五十音で名前をとにかく引っ張り出そうとするが見当たらない。


「ま・や・ら……リ? ん~、あそうだ! 刀身も黒いし、『夜』って感じがするから『リリス』なんてどうだ?」


 それを聞いた妖刀は少しだけ微笑んで静かに目を閉じた。

 頭の中でその名前を反芻しているのかもしれない。

 気に入った……のか?。


「うん、それで構わないよ。これ以上は、良さそうな名前が出てこないかもしれないしね」


 そう言ったのは半分くらいはやせ我慢なのだと思う。


「よし、これで完了か?」


「ううん、最後に一つ残っているよ?」


「え? なにがのこっ――」


 そう言って俺の唇に柔らかくて暖かい何かがふれた。

 何をしたのかは一目瞭然。

 俺に口づけをしたのだ。


「お、おい……何を」


「決まっているじゃないか。所有者契約だよ。改めてよろしく、主様」


 にこりと微笑んだ顔を始めて見た。

 その幼い顔がこの時はっきりとうかがえた。

  妖刀が、『リリス』という名前を得たことによってはっきりと見えるようになって実体化したのだ。

 名前を得ただけで存在がはっきりとするのが生きた武器の特徴らしい。



 俺は意識が訓練場に戻ってくるのがわかった。


「どうだったっスか?」


 フィーが声をかけてくる。


「ああ、説得できたよ」


 メアリスも声をかけてくる。


「おめでとうございます。無事契約は完了しました。フィーさん、武器拘束を解いてあげてください」


「了解っス。武器拘束を解除!!」


 そういってローブが解かれると、宙に浮きあがった妖刀が一瞬だけ眩しい光を放った。

 目の前にいたのは、刀ではなかった。


「おい……お前は」


 目の前にいたのは、見た目6~7歳くらいの幼い女の子だった。

 背丈も俺の胸辺りまでしかない。

 中性的な顔立ちにショートカットと、まさにさっき見たばかりの子と同一人物。


「ボクはリリスだよ、こっちでは初めてだね。よろしく主様」


 それを見ていたメアリスは驚いたまま俺を見る。


「あの、もしかしてこの子に名前を与えたんですか?」


 なぜそんなことを聞くのか疑問に思ったが、すぐに頷く。


「え? そうだけど?」


「じゃあ……キスも?」


「ああ、した」


「……そうですか、してしまったことは取り消せませんから仕方ないですね」


 ちゃんと説明をしなかったことをメアリスはいる表情をした。


 ん? どういうことだ? 何かまずかったのか?

 俺はきょろきょろ視線をメアリスとリリスの間で往復させた。


「どういうことなんだ? 事情がわからないんだけど……」


「え~と、実はですね。生きている武具って言うのは、名前の無い状態だと卵の中にいるひな鳥みたいなものなんです。『名前』を与えて誰かの魔法でそれを孵化ふかさせるのは、そのまま親と子の関係と同じなんです。そして誓いのキスは、親と子のきずなを永遠にするんです」


「じゃあ……この子はこの先ずっと俺の娘ってこと?」


 ちょっと気まずそうにメアリスは頷く。


「はい……。しかも私の魔力で孵化ふかさせたので……」


「え~と、つまり?」


「この子にとってのコウセイさんが父親、私が母親という扱いになります」


 それを聞いた俺が驚くのは当然だが、いつも何かしら言葉をはさんでくるフィーが無言で立ち尽くしていた。


「本当に?」


 それに答えたのは妖刀のリリスだ。


「そうだよ、主様。これからは父様とうさまと呼んだ方がいいかな?」


「いや、止めてくれ! なんか変な感じだ。おい、もしかして……」

 

 親子関係になったと、突飛なことを聞いたはずなのに、妖刀のリリスは全く驚いてなかった。


 もしかしてリリスは、それを知っていた?

 俺が名前をつけてやる代わりに所有物になることに了承したのは、これを知っていたからなのか。


 あれだけ動揺はしてもかたくなに所有物になると言わなかったのに、いきなり意見をひるがえした理由がこれなのかもしれない。

 キスも本当は所有者契約に必要なことではなかったようだし。


 メアリスは少しだけ頬を赤くして、俺を見ていた。


「その……いきなり子持ちになってしまいました。どうしましょう?」


 どうしましょうって、俺にそんなことわかるわけがないだろうに

 本当にどうしよう……。


 でもあれだぞ? この子は人間に見えても刀だ。

 武器なのだ。


 でもリリスを見るとそうと割り切れない感情も俺にはある。


「いや、その、あれだ。これはなんというか、不可抗力というやつだ。メアリスは気にしなくてもいいぞ? 俺が一人でも育て……いや持って帰るから」


 何の言い訳かは分からない気持ちを抑えながら、とりあえずこれで話を終わらせたいと心から俺は願う。


「そうですね。わかりました。私はバツイチになってしまったんですね……」


 ちげーよ。何言ってんの?

 今のは離婚宣言とかじゃないから。親権争いでもないよ?


「いや、メアリスさんよ、ちょっと落ち着いて……。おい、フィーさんもどうした? なんで何も言わずに固まってる?」


 俺は「さん」付けでへりくだった口調になりながら、フィーの肩を揺すった。


「結婚を飛び越えたっス……。こうやって『既成事実』をつくればよかったんスね……」


 と訳のわからないことを呟いて、忘我状態のままだった。


 とりあえず、妖刀のリリスの手を引いて、そそくさとこの場を一緒に離れた。


 これが最善で賢明な判断のはずだ。

 明日には頭も冷えて冷静にこの状況を理解するだろう。

 相手は刀であり武器なのだ。

 落ち着いて考えればそこまで慌てることじゃない。


 さて、いろいろあったが、それでも俺のやることは変わらない。

 そう思いながら王城での短い時間を過ごすのだった。


 明日には、帝国へと戻ってしまうのだから。

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