45話:フィーの謎
・この話からまた主人公の話です。
俺が再び目を覚ましたのは、窓から夕日が差し込んだ頃だった。
「起きたっスか?」
ベッドの横にいたのはフィーだけだった。
銀色の髪が少しだけ夕日の色に染まって輝いていた。
「もう夕方か……。出発は明日にするか」
「それでいいと思うっスよ」
「モニカとディビナは?」
「二人はメアリスちゃんや騎士の人と一緒に何かを話をしているみたいっス。そういえば、あの巨大ハムスターのモキュちゃんのことなんスけど……」
俺はベッドから上半身を起こして、フィーの顔を見つめた。
そう言えば、モキュの姿が見当たらなかったのだ。
まさかとは思うが、また城を飛び出したんじゃないだろうか?
「まさか、城を出ていったのか?」
それをフィーがすぐさま否定した。
「違うっス。この城の中に転移で飛ばされた後、この城の人たちに事情を説明していたんス。けど、そのとき急にモキュちゃんが城の外に出ていこうとしたんすよ。すごい勢いで。だから私が城の一室に拘束したんス」
やっぱり出ていこうとしたのか。
とはいえ、よくあの巨体を拘束で来たな……。
「わかった、案内してくれ。俺の顔を見れば大丈夫なはずだ」
3つ隣の部屋へ行くと、そこは物置として使われている倉庫だった。
そこに鉄製のロープで胴体と手足を拘束されたモキュがいた。
「きゅ~~~~~~~~」
俺を見て涙目になって瞳をうるうるさせていた。
「モキュ、もう大丈夫だ。いまロープを外してやるぞ」
俺は結び目を外そうとしたが、全然外れそうになかった。
その結び目は等間隔でついていて、それはすべて鉄製のロープで固定しているのだから当たり前か。
人の握力で外せるわけがない。
仕方なくロープに命令を下す。
「解けろ!」
その瞬間、金属のすれる音とともにロープが緩んだ。
自由になったモキュの頭を撫でやりながら、気になったことをフィーに一つ質問をした。
「なあ……、この鉄の硬いロープをどうやってフィーは結んだんだ?」
その質問に首をかしげるフィー。
「普通にっスよ。もう一度やってみるっスね」
「あ、ああ……頼む」
フィーは解けた鉄のロープを手にとり、反対側の切れはしを左手で握って、逆側を右手でモキュへと投げつけた。
「捕縛!」
一言そう呟くと、ロープがしなってモキュンに絡みついていく。
結び目も勝手に出来ていき、いつのまにか捕縛が完了していた。
「これは……魔法か?」
「ただの捕縛スキルっスよ。じゃあ解くっスね。解除!」
そう言ってロープを左手で引くと、結び目が勝手に解けた。
こんなスキルがあるのか……。
それにどうやら解除スキルも持っているらしい。
「すごいな……」
俺はスキルを一つも持っていないのだ。
だから戦闘でも剣技も素人に毛が生えた程度でしかない。
「まあ、スキルは使えても魔法が全く使えないんスけどね」
「魔法が使えないのか? 一つも?」
「一つもっス」
この世界の、しかも帝国の住人のはずなのに、魔法が全く使えないと言うのは珍しい。
フィーは声音こそ普通だったが、複雑な表情を一瞬だけ露わにしたのがわかった。
その後、俺は倉庫をモキュとフィーと一緒に出て、もう一つとなりの部屋に入ることになった。
そこもいわゆる物置倉庫だった。
「ここに妖刀があるのか?」
「そうっス。刀の力は『封印』してあるんで、いまはただの刀っス。近づいても大丈夫っスよ」
倉庫の木の机の上には、鉄のロープでぐるぐる巻きにされた一本の黒い刀が置いてあった。
俺はそれをゆっくり手にとって隅々まで眺めてみる。
「おい、妖刀……聞こえるか?」
しかし、返事はなかった。
やっぱり封印状態になっているようだ。
「メアリスちゃんが、あとで来てほしいと言っていたッスよ?」
「メアリスが?」
「武器は所有者を魔法で拘束してしまえば、さっきのようなことは起こらないって言っていたっス。たぶん、所有者契約を魔法でしてあげるってことだと思うっス」
「そうか、じゃああとで顔を出すか。ちなみに、この封印は誰がやったんだ?」
「え? 私がやったっスよ?」
「これもスキルなのか?」
「そうっス。武器の拘束スキルっスよ。他にも拘束系のスキルは、あと300ほど持っているッスから」
300も? おいおい……拘束系のスキルをいくつ持っているんだこの子……?
とはいえ、魔法とスキルの違いはただ一つだ。
魔法は対人戦闘・対集団戦闘と使用するシチュエーションに左右されないが、スキルは対個人に限定される。
これは人間が使える技術の集大成という部分が強いからだ。
技を洗練して、その威力や精度を高めて凝縮していく。
ただし、どれだけレベルを上げてスキルを極めたとしても、一個人が持てるスキルの力には個人で扱える範囲で限界があるのだ。
だからこそ、帝国は魔法を重視していて、それ以外の能力を過小評価する傾向にあるらしい。
ちなみにこれを言っていたのはミュースだ。
そして、300というスキルの数が意味しているのは、普通の人間が持てる数をはるかに凌駕しているということだ。
ミュースの話が正しいとするなら、一人の人間が持てる戦闘系スキルの数が5~15だ。
スキルの数は才能や資質でも左右するが、300というのはもう才能や資質で語れるレベルを超えている。
「拘束系のスキル『は』って……」
ということは拘束系以外のスキルもまだ持っているということか。
俺は目覚めて最初のびっくり体験の後、モニカやディビナのところへと向かうことにしたのだが。
「ぐ~~~~」
お腹がすいてしまったらしい。今日はまだ何も食べていないのだ。
そのお腹の音を聞いたフィーが、すぐそこに料理場があるといって案内してくれる。
「ここが料理場っス。何かあるか聞いてみるっス」
そういって食堂の中にいた男性騎士が一人いたので、そいつにフィーが声をかけた。
だが、俺はおかしいと思うべきだった。
なぜコックではなく、騎士がこんなところに一人でいるのか、と。
この調理場で何かを探しまわっていた感じがしたのだ。
「あの~ちょっといいっス? 何か食べるもの貰えないかな~とか思って来たんスけど……」
その声で振り向いた騎士は、比較的若い20代前半くらいの男だった。
離しかけられたことに最初驚いていたが、
「あ、ああ、何か食べられる物がないか探してみますよ」
とフィーの話から状況を理解して調理場に何かないか探し始めた。
その後をフィーがついていく。調理場には何か食事の用意をした形跡もない。
じゃあ、この騎士はここで何をしていたんだ?
やはりというべきか、騎士は普段から調理場を使っているものではないらしく、手当たり次第に棚の扉を開けていた。
「ありました! こっちに来てください」
そういって騎士は中央の棚の傍から、フィーを呼び付けた。
「何かあっ……」
そう言ってフィーが騎士に近づいた瞬間、騎士は棚から包丁を取り出した。
鋭い刃を持つ大きめの包丁をそのままフィーの胸へと突き刺す。
まさかの光景だった。
「おい! 大丈夫かフィー?」
俺は急いで手に小石をいくつか召喚する。
それから、銀硝鉱石をこの部屋に展開して攻撃性の動き一切を把握することに努めた。
だが、騎士の腕をよく見てみると、フィーが騎士の二の腕を掴んで包丁の動きを止めていた。
そのままフィーは反対の手で包丁を持つ騎士の手首をひねり上げた。
「いたたたた……」
騎士は包丁を床に落とした。
フィーは騎士の腕を握ったまま俺の方を向く。
「コウセイさん、さっきのロープあるっスか?」
「ああ、待ってくれ。転移させる」
そう言って、手元にさっきの部屋から鉄のロープを転移させた。
それを受け取ったフィーが目の前の騎士をあっという間にロープで締めあげて拘束する。
「一丁上がりっス。メアリスちゃんたちのところへ持っていくほうがいいっスよね」
「そうだ……」
俺が言い終わる前に、攻撃性の何かを探知した俺は、小石を使ってその何かを撃ち落とした。
フィーの背後で何かが粉々に砕け散った。
「痛っ!」
その破片がフィーの背中へと突き刺さった。
どうやら地面に落ちていた包丁が操作されたのを、俺の小石が砕いたようだ。
あの騎士の遅効性の魔法か何かかもしれない。
「おい、お前何をした?」
俺は拘束されている騎士を睨みつけて脅す。
「……精霊だ」
「なに?」
それにフィーが答えた。
「たぶん土の精霊を使って包丁を操作したんだと思う……っス」
精霊を使うとそんなことができるのか……。
いや、いまはそれよりもフィーだ。
「血が出ているが大丈夫か?」
フィーのドレスに少し血がにじんでいた。
「これくらい、ただの掠り傷っス」
俺は拘束された騎士をモキュのいた物置部屋へと放り込んだ。
捕まえた後は、けらけら笑うばかりで会話にならないと言うのもあった。
それからさっきの医務室へと戻って包帯を取ってきた。
しかし、これどうやって使うんだ?
グルグル巻けばいいのか?
「血が出ているんだ。一応手当を……」
さっき俺がやらかした色々なことを思い出すと過剰に心配している自分に気づいた。
首を撥ねてしまったのだから、その罪悪感からというのが正確かもしれない。
これ以上怪我をさせるのは自分としては許せないものがある。
と、そこで、服の上からはさすがに巻かないだろうことに気づいた。
「その、ドレスのファスナーを開けるけど……いいか?」
そう聞くと、フィーは意外にもあっさりオッケーした。
「いいっスよ。いや~、私もうかつだったっス」
ドレスの上部をはだけると、きめの細かい白い肌が俺の前にさらされる。
ちょっとドキッとしてしまった。
背中は普通に水着とかをきれば見える部分であるはずなのだが、異性に免疫がないせいか間近で見ると刺激が強すぎる感じがする。
変な気持を振り払い、治療のためだと自分に言い聞かせて破片を物質操作・転移で完全に取り除く。
跡が残るといけないからな。
それから水を召喚して、水流操作で傷口をきれいに洗う。
こういうときには、治癒魔法が便利だと改めて気づく。
まあ、使えないのだから仕方ない。
肌をきれいにすると、そこには小さな傷がある。
だが、それとは別に変な模様が背中の至る所に描かれていた。
なんだこれ?
円の中に読めない文字がたくさん書かれている。
最初、背中を見た時は血のせいかと思ったが、何かが違う。
「これは……」
その呟きを聞いてフィーが返す。
俺が何に疑問を持ったのか、すぐわかったらしい。
「それは魔法陣っス」
「なぜこんところに?」
魔法を使う際は、皆が地面に魔法陣を展開させていた。
しかも魔法を使えないはずのフィーになぜそんなものが身体に描かれているのか……。
「それは人体実験の結果……ていえばわかるっスか? 正式には『後付け』の魔法陣って言うっス。これで魔法の使えない私にも魔法が使えるのか実験をしていたんスよ」
「人体実験……じゃあ、家庭の事情と言っていたのはこれのことか?」
「あ~、それとは違うっスけど、無関係でもないっスね」
「そうか……」
それ以上、俺には聞く権利がないようにも思えたから、深く聞くのはやめておいた。
あくまでもこの子はモニカの友達としてここまで付いてきただけなのだ。
「……これがどういうものか聞かないんスか?」
フィーは少しだけ間をおいて呟いた。
俺は一度だけ頷く。
「ああ、聞いてもどうにもできないこともあるからな」
俺は包帯を巻き終わるとフィーはドレスを着直した。
最後にファスナーを締めて背中をトントンと叩いてやる。
そして、俺は改めてこう切り出す。
「でも……もしフィーが、俺に何とかして欲しいと思ったのなら言ってくれ。他にもお願いがあれば何でも聞くから」
俺はたぶんフィーのして欲しいお願い事を一つか二つくらいは聞いてもいいと思っている。
父親を殺してほしいなら今すぐその首を撥ねるくらいだってする。
今日起こったフィーの首を切り落としてしまった事件は、誰でもない俺の責任だ。
それにこの身体を見たら、自然と家庭内暴力を受けた女の子みたいに見えた。
俺がそれを悲しく思ったのはそれが一番の理由だったのかもしれない。
これを見ていると暴力で何度も怪我をしたまま学校へと通ったことを思い出させるのだ。
それに対してフィーは何かを考え込む。
「う~ん、そうっスね。その前に聞かせて欲しいんスけど、これからどこに行く予定なんスか? 帝国に帰ってそのまま滞在するっスか?」
「ああ、それをまだ話してなかったな。モニカの家を取り戻し次第、帝国をすぐにでもたつつもりだ。中央大陸に行くことになるだろうな」
「モニカちゃんたちも一緒っスか?」
「一応、二人について来るか聞いて、『来る』と言ったら連れて行くつもりだ」
「そうっスか。じゃあ……」
フィーは深呼吸して、再び言葉を続ける。
「二つのお願いを聞いてもらってもいいっスか?」
「二つ?」
「一つは、私をその中央大陸に一緒に連れてって欲しいっス」
「え……、まだモニカが行くかも決まっていないのにか?」
「そうっス。コウセイさんについて行きたいんス」
「それは……」
俺は迷った。
というよりも本当にいいのか? という気持だった。
俺なんかについてきたって、何も良いことはないはずなのだ。
モニカは妹だし、ディビナは餌係、モキュはペットという立場だから、行きたいと言っても不思議には思わないが、フィーが付いてきたい理由がいまいちわからないのだ。
「やっぱりダメ……っスか?」
「ダメではないんだが……なぜかと思って」
「それは一言で言うと、コウセイさんを気に言ったから……て理由でダメっスか?」
それを聞いて、やっぱりその答えを疑問に思ってしまったのだ。
あと、妖刀に見せられた幻を思い出してしまった。
俺は彼女たちからどんな容姿に見られているのか……と。
「なんか変なこと聞くけどさ、俺ってその……見た目が気持ち悪くなかったりしないか?」
「ふふっ、このタイミングで本当におかしなことっスね。別に気持ち悪くないっスよ?」
「そ、そうか?」
なぜかフィーに元気づけられている気がする。
「そうっスよ。さっき私を助けようとしてくれた時もっスけど、たまに逞しく見える時もあるっス。ただ……私は男の人の容姿の違いというのがあまり分かんないっス。だから、他の女性がどう思っているかはちょっと分かんないっスよ?」
「いや、いいんだそれは。気持ち悪くないと言ってもらっただけでも十分だ」
そうか。フィーのように容姿に頓着しない女の子もいるのか。
俺はてっきり、女子は異性に対してイケメンしか興味がないのかと思っていた。
恋愛や付き合うと言ったことを全くしたことのない貧相な発想だったと言うわけか。
「なら、よかったっス」
俺の目には、女の子の容姿をどう感じるだろうか?
とりあえず、フィーやディビナみたいに美人要素と可愛い要素がバランス取れている子が自分としては可愛いと思うのだ。
モデルの美人を見てもあまりいいと思わないし、ただ幼い可愛さだけでも物足りない。
経験もないのに、美観だけは贅沢なのは自分でも不思議には思っていたりする。
いかんな。贅沢を言っていられる立場ではないのだが。
せっかくだから自分の美醜感覚についても伝えた。
「ちなみに、俺から見ると、フィーはかなり可愛い方だと思う……」
「……え、あ、そうっスか?」
言葉に詰まるフィーは珍しかった。
「ああ、そうだ。それで二つ目は?」
フィーはそれを聞いて慌てて少しだけ驚いた表情を元に戻した。
「そうだったっスね。もう一つのお願いは私のわがままなんス。その、これからしなくちゃいけない用事が済んだらでいいんスけど、コウセイさんに私と……」
しばらく間を空けたと思ったら、やさしく俺の握り拳を包み込む。
「――私と結婚してもらえないっスか?」
「……は?」
俺はそれを聞いて思考が固まってしまった。
いまなんて言った?
けっこん……血痕? なわけないよな。意味がわからんし。
じゃあ、結婚……て言ったのか??
誰と? そりゃ、いまここには俺しかいない。
「……どうっスか?」
少しだけ恥ずかしそうに顔が紅潮していた。
いや、さすがにぶっ飛び過ぎだろ。
いきなり結婚してくださいって言われて、はいそうですかって答えられる奴は稀だ。
「それはちょっと……」
やんわりとお断りをする方向へと持っていくことにした。
こちらからお願いを聞くとは言ったが、さすがに想定外だ。
『何でも』といった場合にもちゃんと暗黙の了解はあるものだ。
結婚はタブーの一つだと思う。
少しだけ残念そうにするもまだ諦められないのか、俺の右手首をフィーの左手が掴んで持ち上げた。
「じゃあ、こ、これでどう……っスか?」
ゆっくりと手が懐へと運ばれて……、
俺の右手の先がフィーの左胸の膨らみに触れた。
「あ……」
柔らかくて、意外と大きい……じゃなくてだ。
「ディビナって子よりも大きいっスよ?」
「そ、それは……」
ドレス姿ではあまり大きく見えなかったのだが、触って初めて分かる。
かなり大きい。
そう言うことじゃなくて、早く手をどけなければならないのだが……。
フィーの手を振り払うことは容易のはずなのに、俺はなぜか抵抗できなかった。
脳の奥からあふれてくる感情がこの状態を維持しようとするのだ。
確かに俺も男だからこういう感情があふれてくるのも仕方ない。
まるで自分の意思で触っているような感覚だった。
それに全く抵抗的ない? それはあり得ないことのはずだ。
これは……なるほど。そういうことか。
この胸の感触は名残惜しいが、茶番を終わらせなければ。
俺は電気パルスを操作して、自分の精神系統を支配・掌握した。
これによって、外から一切の魔法・能力による干渉はできなくなる。
俺はようやくフィーの手を振り払うことができた。
そして俺はカラクリがバレてまずそうな顔をするフィーを正面から見つめて問うた。
「これは魅了のスキルだな。どういうつもりだ?」
「あ~、やっぱバレちゃったみたいっスね」
そういってフィーはゆっくりと立ち上がった。