41話:魔王の正体
まず、王城の王の間のあるベランダに降り立つと、俺は全員をモキュからおろした。
どうしてかは分からないが、ここに来る間に攻撃がいっさいこなかったのは良かった。
中へ向かって俺は叫んだ。
腕の中にはメアリスという女の子。
首筋に妖刀を添えて、人質に見せているのだ。
「おい! 魔王はいるか!? 今すぐ魔王軍の奴らは出てこい!」
そう怒鳴りつけると、スライドする大きな窓を開けてベランダへと数名の騎士たちが出てきた。
「お前が勇者たちから離脱したコウセイか?」
一人の騎士が代表してそう言った。
もし、他のクラスメートたちが魔王軍に加担しているのなら、そうなるかもな。
俺のことを知っているのは当然か。俺を召喚したのはこの国なのだから。
「この子の命が惜しければ上と話をさせろ! 中にいるんだろ!?」
「……わかった」
騎士たちの後について俺たち4人は王城の王の間へと入る。
ここへ戻ってくるとは思っていなかった。
ダンジョンを落としてやったはずなのだが、無傷だったのも少し驚いた点だ。
そして、中にいたのは数名の顔なじみと、以前に俺を殺そうとした騎士の二人だった。
「また……会うことになるとはな」
俺はため息をついた。
とりあえず、この二人が生きている理由はわかった。魔王の支配下ならこの二人も不死か。
さすがに切りかかってこないのは、やられて歯が立たなかったことを知っているからだろう。
「そうだな。久しぶりだ。前は悪かったな。それでその子を離してくれないか?」
まったくふてぶてしいな。殺そうとしといて悪かったで済むはずがないんだが、一度死んでもらったことでそこまで執着するつもりもない。
生きていたのが予想外ではあるが。
「そうだな。じゃあ、魔王を出せ? それともここにいる誰かか? どいつだ?」
俺は周囲を見回した。
そのセリフに騎士の二人は目を見開いた。
「何を言っている?」
「そうよ、あなたの傍にいるじゃない!」
「は?」
こいつら何を言っているんだ?
すると、モニカが騎士たちの視線から何かに気づいて、俺の手を握ってきた。
「あの……もしかして途中で拾ってきたその子……魔王だったんじゃないですか?」
俺はそんな馬鹿なと思ってメアリスを見る。
すると、申し訳なさそうに俺を見上げていた。
そして、なぜ魔王の代弁者みたいに話していたのか、ようやくつながっていく。
そうか……そういうことか。
「じゃあ、君……メアリスが魔王?」
「……はい」
じゃあ、魔法障壁も魔物を動きを止めたのもこの子ができた理由をようやく理解した。
「ということは、世界を滅ぼすつもりは……」
「ないです。行っても信じてもらえそうになかったので、証人のいる彼らの所まで連れてきてもらいました。それに、彼らの話も聞いてほしかったので」
「そうか……」
ちょっと驚いたが、想定の範囲内……とはいかなかったが納得だ。
「わかってもらえましたか? ここにいる騎士の方たちもマルファーリスの息のかかっていなかった騎士たちです」
「それじゃあ、なぜ帝国に戦争を仕掛けたんだ?」
それに答えたのは、騎士の男だった。
「それはな、皇帝家をこのタイミングで滅ぼしておきたかったんだ」
「……皇帝家を?」
「ああ、これは本当の話なんだが……。皇帝の血を持つ一族たちは、強力な魔法を所持していた。そいつらは、どこか頭のおかしいやつらでな。とにかく、支配できる世界をどこまでも拡大しようとするだけの狂人だった」
「まあ、それは少しだが知っている」
「そうか……、マルファーリスはこの混乱の中で自分の脅威になりそうな奴らを殺した。しかし、皇帝家にはもう一人息女がいると言うことが後でわかったんだ」
「それで、そいつを始末するために? 暗殺ではなく戦争で?」
俺は当然の疑問を呈した。
「暗殺はまず無理だ。俺たちはその息女の名前も顔も知らない。それに怖~い秘書が常に皇帝に張り付いているんだ」
その最後にぽつりと付け足した。あれは別の意味での化け物だ、と。
「そういうことか。皇帝は戦争時には前線へ指揮を取りに来る……」
「そうだ。最後の一人さえ消すことができれば、もう王になれるのは皇帝家以外の者しかいない。人格者で実績のある者はいくらでもいる。本当なら、戦争に勝って支配する人間の数を増やせれば、それだけ人類を守れるんだがな……」
「人類を守るって……おいおい、お前何言ってるんだ?」
「まあ、召喚されたばかりの勇者にはちょっと耳に入らないことだろうな。この世界の人類を守っていたのは王国と帝国の王だった。だが……もういない」
「そう言うことじゃなくてだな……滅ぼさないってのは、メアリスを見ればなんとなくわかる。だが、魔王軍が敵のはずの人類を守ろうとしているのか?」
「そうだ」
なぜ? わからん。
「人類を滅ぼそうとしているのは誰だ?」
「竜種の奴らだよ。この前、帝国で竜王の子どもが殺されただろ? いや、それ以前に竜を封印していたことがもう奴らの尾を踏んでいた。近いうちにこの人類のいる大陸の端っこを地図から消し去るつもりだろうな」
そうだったのか……。あれが竜王の息子か。
もしかして俺その化け物の竜王にこれから狙われるのか?
いやそいつより強くなればいいだけの話だ。
「……だが、なぜそこまで人類に固執する? お前たち魔王軍は魔族だけ守るものじゃないのか?」
「簡単な話さ。魔王メアリスの願いは人間と仲良くすることにある。なぜなら彼女は……人間の転生者だからだ」
転生者と聞いて、俺はメアリスに振り返った。
「本当なのか?」
「はい……、見た目は小っこいですが、死んだのはコウセイさんと同じくらいの年齢の時です」
なるほど、これまでの魔王と180度違う考えになるのも当然だ。中身が人間となれば、そりゃ人類滅ぼすなんて言わないだろうな。
種族の影響で見た目が幼いままなのは、魔族の年齢の単位が違うかららしい。
「そうか。じゃあ、俺が言うことはない」
ちなみに、メアリスという魔王はあの場にいたことをこう説明していた。
『誰かを殺すのに、人任せにして責任を押しつけたくなかったんです。やるなら私の手で先頭に立ちました』
とのことらしい。どうも俺がきっかけだったという。
騎士二人が俺のような勇者を殺そうとしたことだ。それを知ったメアリスが、自分の目的で仲間が誰かを殺すことに耐えられなかったのだという。
俺は後ろの3人を連れて王の間を出ていこうとして、もう一つ大事なことを思い出し立ち止まった。
「そういえば……」
俺は王の間を見回してこう言った。
「お前たち元クラスメートに言っておきたいことがあるんだが……」
王の間の中にいる十数名のクラスメートたち。名前も特に覚えていない。
騎士の隣にいる端田令未果と見覚えのある数名くらいか。
「俺の自由を脅かさなければ、俺は特に何もしない。だが、そうじゃなければ……わかるよな? それだけだ」
俺の実力がすでに伝わっていたのだろう。
クラスの連中は沈黙で答えを返した。
わざと見下す感じで言ってやった。いまでずっとこうされていたのだから当然の意趣返しだ。この屈辱を胸に抱いてせいぜい苦しみながら生き続けてくれ。
心に少し余裕ができたことで、哀れな奴らだ……くらいにしか今は思わなくなったのもある。(あの一人を除いては……)
すると俺はあることに気づく。
「そういえば、竹岡はどうした? あいつだけは手足をぶった切って氷漬けにしたいところなんだが……」
それに答えたのは端田だった。
「彼は……死んじゃったの」
どこかすまなさそうな声だった。
死なせてしまったことではなく、何かもっと別のことだろう。
「そうか」
それ以上興味はなかった。あの俺をいじめていたカス野郎が死んだのであればそれでいい。俺の手で裁けなかったのは悔しいが。
あの赤い髪の騎士同様に生かしておいてはならない奴だったからな。
「悪いな。俺が殺した」
そう名乗りを上げたのはあの男の騎士だった。そのまま話を続ける。
「あいつはどこか皇帝家の人間に似ていたからな。それに一人で勝手なことばかりしようとするのにいい加減耐えきれなくなってな」
奴はどこまでも馬鹿だったらしい。
「ふ~ん」
そこにフィーがまだ何か話したいことがあるのか、言葉を挟む。
「メアリスさんに言いたいことがあるっス」
「……なんでしょうか?」
ここで何の話だろうと疑問の顔をするメアリス。
「皇帝家の第一息女は危険な人物じゃないっスよ。私はよく知っているっス」
「信じてもいいのですか?」
「そうっス。もし違ったら私が殺すから大丈夫っスよ~。けどそうはならないとわかっているんで安心して欲しいっス」
なんとも物騒なことを簡単に言うフィーだった。
声には迷いがなかった。その新皇帝のことをよく知っているということなのだろう。
「そうですか。でしたら信じます」
唖然とした顔をする騎士たちは半信半疑だったが、メアリスが信じていることに異を唱えることはしないようだ。
メアリスは、戦列を後退させるように騎士たちに指示を出す。戦うことなく戦争が終結することになった。
フィーのおかげだな。俺は新皇帝のことは知らないからな。
俺は踵を返して、3人と一緒に帝国へと戻ることにした。
帝国側にこの結果を教えてやるのだ。
そして、もうそろそろ逃げ出した新皇帝を見つけている頃だろう。
この成果と一緒に話をしてモニカの家の土地を返してもらうのだ。
もと来た道を飛んで帰る。まさにとんぼ返りだな。
とか思っていた時だ。
ちょうど国の境界線まであと少しといった地点のちょうど真上に異変が起きた。
空が割れるようにして空間が歪んでいく。
真っすぐ莫大な閃光の塊が地面へと落ちた。
俺たちは台地に衝突した時の余波で爆風にあおられる。
「クソっ! なんだあれは!?」
悲鳴を上げる後ろの3人を振り向くことなく、手をかざすと、風を操作して爆風をそらす。
「な、何事なのでしょうか?」
ディビナはその光の方角へと目を凝らしていた。
モニカは怯え、なぜかフィーはハイテンションだった。
「今度はなんスか、あれ!」
光の中でたっているものをよく見て見ると、一人の巨大な男だった。
『ふう、うまくいったぜ……』
そこに立っているのは、黒い皮膚をした巨大な男だった。
男は俺たちの視線に気づき、赤い目をこちらに向けた。
そう、俺が魔王として想像したのはあんな感じの男だった。
「まずいな……あいつ、雰囲気がやばそうだ」