32話:白竜の復活
ダンジョンの階層を下りたことで、一段と雰囲気が濃くなった気がした。
モニカは気を紛らわすかのように、指導役のクリスティーナへと質問をしていた。
「それは?」
クリスティーナが持っている硝石に目をやったモニカ。
この硝石は魔物を倒した時に、何かを吸収していた。
冒険者ギルドでは、魔物を倒す依頼で倒したか否かを測るのだと言う。
「魔法硝石だ。これで魔物の生命力を吸収し記録する」
「そんなことが……騎士とは仕組みがいろいろと違うんですね」
「ああ、そうなるな」
「冒険者の人って普段、魔法は使っているんですか?」
「いや、魔法は緊急時だけだよ。使用しているのは、よほど使う事情がある時か、寿命を顧みない馬鹿くらいなものだ」
「そうなんですか……」
「それにしても君は冒険者の恰好ではないな」
「そうですよね……」
モニカは自分の黒いワンピースを見て苦笑いを浮かべた。
行きがかり上、普段着のまま冒険者になったため、きちんとした装備もない。
あと、手には何かを持っているらしく、固くこぶしを握っていた。
ああ、なるほどね。それで霧影が使えたのか……。
洞窟入る前に脱いでいたのかもしれない。
俺の恰好は王国側から支給された装備で固めているため、冒険者っぽいのだろう。
クリスティーナは心配する顔をモニカへと向けていた。
「なんというか、声をかけた私がここは指摘しておきたいと思ってな。命を預けるものだから、ある程度の耐久性を持ったものをつけるといい」
「そうですね……」
そういって、モニカは俺の方を見上げた。
「外に出たら先に買うつもりだから心配いらない」
俺はモニカとクリスティーナにそう言って、話を切り替えた。
「それにしても、魔法が至上主義の帝国と冒険者の関係はどうなっているんだ? 考え方が真逆に感じるんだが……」
モニカによれば、この国は人間を犠牲にして魔法を使うことで成立するタテ社会のはずなのだ。
「ああ、それは仕方がない。帝国の住人は帝国に生まれてから死ぬまでいる者たちだからな。それにひきかえ、冒険者は様々な国から集まってくるんだ。この国にも冒険者はたくさんいる」
モニカは首をかしげる。
「じゃあ、クリスティーナさんもですか?」
「ああ、そうだとも。連合小国から来たものだ。冒険者自体はどの国にもあるからな。依頼を受ける時にギルドによるだけで、基本的に所属は自由なんだ」
「そうなんですか……」
それで帝国の兵士とはどこか雰囲気が違うわけか。
あの狂気じみた感覚を感じない。
そんなたわいもない話をしながら、数度、魔物と交戦をして階層を下りていった。
5階くらい降りたころだろうか?
洞窟の通り道を歩いている時だ。
曲がり角の先でなにかが崩れ落ちる音がしたのだ。
ダンジョンが崩落でもしたのだろうか?
クリスティーナは、俺とモニカ、あと近くを歩いていた男女ペアにここで待つように指示し、先に行った5人を見てくると行ってしまった。
それを不安そうにモニカが聞いてくる。
「なにかあったのでしょうか……」
「さあ、だがダンジョン程度なら俺がいれば問題はない。大丈夫だ」
そういって肩に手を載せてやった。
「お兄ちゃん……えへへ。そうですよね。この目で見てきたものを信じます」
そういって、肩の上の俺の手に、モニカが手の平を重ねた。
その場に残ったのは4人。
珍しいが、冒険者で男女のペアだ。ふつうはあの3人組みたいに男だけで組むのに。
どちらも俺と同い年か、歳上といった感じだ。
どこか雰囲気が似ているけど兄妹かな?
男の方は短髪に日本で言うところの標準的な体型をした青年だった。
女の子の方は、肩まである髪に前髪をパッツンした標準的な子だ。顔もそこそこ可愛い。
その男女二人の会話が聞こえてくる。
「どうしたんだろう……」
「わからないが、心配するな。俺がいる」
「キモい。どっかいって」
「そういうなよマイラブリー妹。怖かったら俺の胸に抱きついてきてもいいんだぞ?」
「うざいっつてんだろ? あっちいけよ」
そういって兄を小さく蹴り飛ばす。
「ふふふ、ツンデレの妹を持って俺はつらいぜ。本当はお兄ちゃんのパンツクンカクンカしている変態妹のくせに」
「してねえっつてるだろうが!!」
さらに顔面にモロ拳を食らった兄が立ち上がって、何事もなかったように同じようなセリフを吐いていた。
俺は二人の会話を聞いてげんなりした。
どうか、モニカだけはあんな妹になりませんようにと。
兄にバイオレンスな感じもしそうだが、『お兄ちゃんキモい。あっちいって』とか言われるのは結構キツい。
どうやら、二人の会話を聞いていたのは俺だけではなく、モニカもだったらしい。
「あれくらい積極的でも私は……」
モニカは何かを呟いて、俺の方をちらっと見ると、溜息を吐いた。
やはりこの兄妹をみて、何か思うところがあったみたいだ。
女の子が俺たちが見ているのに気づいて、バツの悪そうな顔をした後、拳を握った手を背中に隠した。
いや、もう遅いよ……。
――そんなことを思っていた時のことだった。
曲がり角から数人の悲鳴が聞こえた。
一人は、クリスティーナだ。
「これはマズいぞ! 良く聞けお前たち、先に戻……」
声が聞こえなくなって、俺は急いで曲がり角を見に行く。
すると、地面には魔法陣が描かれていた。
これは……。
一度だけ見たことがある。帝国の騎士が使おうとした転移魔法の陣と同じだ。
6人ともどこかに転移させられたのか?
でもなぜ? トラップがあるかどうかなんてわかるはずだし、この場所は安全な所のはず。
だとすると誰かが意図的に?
なんかキナ臭くなってきたな。
魔法陣、帝国、それにダンジョンの中……そこでピンときた。
俺は元の場所に戻ると、モニカに説明した。
「おそらく、転移魔法だ。6人ともどこかに消えた。おそらく外だろうな」
「うそ……」
モニカはかなり驚いている。
そこに割り込んできたのは、さっきまで兄をボコスカ殴っていた女の子だった。
「な、なんで外だってわかるの? ダンジョン内かもしれないじゃない……」
「ん? ああ、それなんだが、たぶん俺と他の奴を隔離する気だったんだろうな」
「え? どういうことよそれ……」
まあ、細かいことを説明する必要はない。
俺もはっきり分かっているわけではないからな。
一つわかっているのは、俺を消したい女皇様がなにかしてきているってところだな。
「まあ、俺を良く思わない奴が殺そうと画策しているのかもな」
少しだけ冗談ぽく言ってやった。
それを女の子は冗談だと思ったのだろう。
「とにかく、言われたとおりに外へ戻りましょ?」
もう一人の男(たぶん兄)も同意する。
「ああ、マイラブリーの言うとおりだ。君たち、また何かある前に早くここを出よう」
口調はふざけているわけではないようで、ここを離れるように声をかけてきた。
しかし、なんだ?
マイラブリーって、直に聞くと背筋がぷるってする。
俺がその呼び方をすることは永遠にないだろうなと思うのだった。
俺もこれからどうするか考えて見た。
皇女がからんでいるとすれば、俺の能力を織り込み済みのはずだ。
なら次は?
俺ならどうする?
俺だったら……生きてる剣が効かないとわかって……。
え、まさか?
すると、ダンジョン全体が大きな揺れに襲われた。
俺はモニカの手を取って、倒れないように姿勢を保つ。
数俊後、ダンジョンの中で何かが内側から爆発する音が響き渡った。
何かが地盤を突き破って上に登ってくるような振動もしている。
「ちょ、これなに?」
妹らしき女の子は、変態兄貴と一緒に俺たちのすぐそばまで来ると、背後を守るように周囲を見回した。
「下からだな……」
俺が冷静沈着にそう言ってやる。
まさかとは思うが、俺を殺すためだけに最強の生物の封印を解くとか、馬鹿なことしてないだろうな?
危険だから封印しているのだ。
そんなこと頭のネジが飛んでいないと出来ないことだ。
俺はその可能性を一応考えて、先にダンジョンを出ることにした。
手の先に巨大な岩石を召喚して、物質操作でダンジョンの壁に斜め上上方に大穴をあける。
一回、二回と、外へと貫通するまで続けると、そこから外の光が漏れだしていた。
そこに地面へと物質操作で石の階段を作りながら登っていく。
「は? なにこれ? ちょっとあなた……」
俺は後ろの声を無視して、モニカに声をかけた。
「よし、一度ダンジョンの外へ出るぞ」
「はい……」
そういって、俺の手を握ったモニカと一緒にダンジョンの外へと走った。
さすがに空を飛ぶと、モニカに崩落物が当たって危ないからな。
状況がわからないままやけくそに俺たちを追いかけてくるのは、男女二人の兄妹ペアだ。
「も~、後で説明してよね!」
とかいうが、そんな呑気な事を言っていられるのも今のうちだ。
下から明らかに巨大な存在が近づいてきている。
マップを展開して、位置を確認すると、確かに何かが浮上してきているのがわかった。
ダンジョンの外に出て振り返る、すると、地面を突き破って飛びだしたのは巨大な蛇のような格好をした生物だった。
やっぱり出たか。
赤い両目と雪のように白い鱗。
数十メートルはあると思われる長い胴体。
――白竜が復活したのだ。