26話:灼熱の男(村サイド)
気づいたら爺とロリババアが戦っている話になりました。
次からまた主人公視点に戻ります。
帝国の首都を二つに引き裂くように、赤白い閃光が街を駆け抜けた。
一直線上に全てがえぐり取られたその出来事が起こったその日、コウセイが救った村である事件が起きた……
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ゴルボ村の長老は、腰を曲げて体操をしていた。
毒を受けることもなく、イキイキと身体の隅々まで動かせた。
「うぬ、快調じゃ」
毒が抜けて体力が全回復したことで、長老が冒険者時代に獲得した力も戻ったのだ。
全盛期には灼熱の男と呼ばれるほど、化け物ぶりを発揮して勇者にも劣らない活躍をしていたことは年長者の誰もが知っていることだった。
昼になると、
「さて、ひさびさに村のみなに挨拶を」
と思いたち、そこでおかしな気配を村の外から感じたのだった。
長年の経験と、長老の持つ『危機察知』が発動したのだ。
「何か来たな……」
村の入り口となっている木の柵でできた門へと向かうと、一人の少女が村へと歩いてきていた。
この道は帝国へと続く一本道で、街道へと続いていた。
つまり、あの小さな少女がたった一人で、この村への長い道のりを歩いてきたことになる。
その少女はこう声をかけた。
「ひさしぶりじゃのう」
その口調と、忘れもしない少女の顔立ちを見て、長老はその人物の正体を看破した。
「お主、マルファーリス=アルカリスか!?」
長老は腰から剣を抜こうとするが、その手が空を切る。
なにも武器を持ってきていないことを思い出して後悔した。
「よっ、久しぶりじゃ。ちょっと話があったんじゃ」
「そうじゃったか。……その前にちといいか?」
「なんじゃ?」
「いや大した話ではないのじゃが…お主、しゃべり方がわしと被っておるからなんとかならんかのう?」
さっきからキャラかぶりが半端ないのだった。
「ふっ、お前も冗談が上手くなったのう。お互い歳だから仕方ないのじゃ」
一笑に伏したマルファリース。
「馬鹿をいうでない。30年前から容姿も口調も変わっておらんではないか。お主、いった今年で何歳になるのじゃ?」
「殺されたいか?」
睨みつけるマルファリースは、表情を途端に崩して、とぼけた顔でこういった。
「まあ、よいのじゃ。話というのは一つじゃ。帝国の現皇帝となったワシからのお願いを聞いてほしいのじゃ」
「……なんじゃと! お主は王国の王女じゃったはず……」
「ついこの前、王国を捨ててこちらへ鞍替えしたのじゃよ。それでお願いというのは簡単な話でのう。前皇帝のしようとしていたことをもう一度しに来たのじゃよ」
「前皇帝がこの辺境の村で何をしようとしていたというのじゃ……」
「……知らなかったというのか?」
その長老の真面目な反応にマルファリースは眉をひそめた。
「じゃあ、なぜ村を……そうか、あ奴が勝手に村を救ったのじゃな。とことんワシの計画を邪魔してくれる……。じゃが今回は感謝しなくてはのう……。この爺が毒から回復していたのもワシに毒を食らわせた訳も、やっとつながったのじゃ。やはりわしが来て正解じゃった。この爺に並大抵の人間が勝てるとは思えんからのう」
マルファリースは一人で呟くように何かを納得した。
「さっきから何を一人で言っているのじゃ……」
「老いぼれて頭も回らなくなった爺に教えてやるのじゃ。前皇帝は、この村を生贄の対象にしていたのじゃ。村を首都と隔離して、全員を餓死か病死させるつもりじゃった。対外的なことを考えてそうしたようじゃが、やり方が甘かったといわざるをえんのう」
「……この村を生贄にじゃと? じゃあ、あの偶然重なった災難は……」
マルファリースははっきりと真実を教えてやった。
「間違いなく皇帝の命令じゃったようじゃな。お前たちに生贄として死んでほしかったのじゃよ。そこで、もう一度言うのじゃが、ワシのお願いを聞いてもらえんか?」
「嫌じゃといったら……?」
ゴクリとのどを鳴らした長老は、予想通りの答えを聞くことになった。
「ワシが直接、いまから村人を殺して周るだけじゃ」
マルファリースがそう言った瞬間、手に王癪が現れた。
「そんなこと、させるわけないじゃろうが!」
それと同時に、目にもとまらぬ速さで長老は拳をマルファリースへと叩きこんだ。
長老の動きに合わせて空気が赤熱しているのは、長老が音速を遥かに超える速さで動いたためだ。
しかし、マルファリースを狙ったその拳を王癪の柄が阻む。
「爺、ワシに勝てると思っておるのか?」
すると、長老は地面から拾った石を真上に放った。
それを目で追いかけてしまったマルファリースは一瞬、長老から目を離してしまう。
視線を前に戻した時には、長老が剣を振りかぶって、切りかかってくるところだった。
「あの一瞬で家から取ってきたのか? 相変わらず化け物じみた『加速』じゃのう……」
「この速さについて来るだけで、わしは驚嘆しておるわっ」
つばぜり合いから、たがいに構え合う形で対峙した。
「そうじゃったのか?」
「マルファリースよ。わしは、お主が精神拘束や感情そのものの大魔法を使うことは知っておったが、それ抜きで柄物でこれだけ戦えるとは誰も思わんかったのじゃ」
「……だったら?」
挑戦的な物言いをするマルファリース。
「わしも命を削るしかあるまい……」
魔法は代償と必要とするのが当たり前で、それは剣術やスキルといったものとは全く異なる。
このマルファリースを倒すのに、魔法なしでは不可能だった。
「なんじゃ? あれを出すのか? いや……そもそも残り少ない寿命で、撃てるのか? この不意打ちで生贄も用意できない状況の中で……」
ほんのわずかに動揺したマルファリース。
「後世の憂いは立っておきたいのじゃ。避けられると思わん方がいい」
真っすぐ構えた長剣の先を頭の後ろまで一度引いた。
「奥義・灼熱の一閃!!!!!!!!!!!!!!」
光の速度で赤い剣閃がマルファリースを切り裂き、そのまま遥か後方へと突き抜けていった。
長老はゆっくりと地面へ倒れた。
全ての寿命を使いはたして、魔法を放ったのだ。
切られたマルファリースは左右に分かれた身体のまま、左右の目をそれぞれ長老へと向けた。
右手の王癪をコンコンと地面を叩くと、大きな魔法陣が現れた。
切られた身体はゆっくりと元の身体へと戻っていった。
そして ピタリとくっついた身体を確認しながら調子を確かめると、死んだ長老に声をかけた。
「残念じゃったな……。爺とは、生贄の数が違う。命の数が天と地ほど差があるのじゃ」
マルファリースはそのまま長老の屍をまたいで村の中へと入って行った。