その2 精霊の種類
「はぁ~い、おまたせぇ~。今日は~どんな精霊をお探しですかぁ?」
受付の椅子に座ると、目の前の姉ちゃんがケーキと甘い紅茶でティータイムでもしているかのような、甘ったるい声をかけてくる。
「あ、え、えっと精霊と契約したいんだけど……」
「うん~。それはぁ分かってるしぃ? 何系っていうの? どんな系の?」
ゆるふわウェーブの赤い髪をさらりと払いながら彼女が答える。つうかその髪型になるとビッチっぽくなるのは全世界共通なのかと、神様に問いたくなる。
「いや初めてなんで良く分かってなくて」
「あら、初級魔法士さんかしら。うふふ、ぼくけっこー優しく教えてあげられるかも?」
テーブルにおいていた俺の右手の甲を指でなぞってくる。ふわああ、背筋がゾッとした!
彼女は(頭は悪そうだが)見た目は悪くない。だた何か妙にぞわぞわくる。
「い、いえ! 間に合ってるんで!」
「もう~。まぁイイケド? で、どんな魔法が使いたいの?」
どんな魔法、か。
詳しくは精霊との契約が終わった後リーフに教えてもらう事になっているが、具体的にどんな魔法を使えればいいのかは、考えてもいなかった。
「そうですね……攻撃的な? ものとか」
「能動的魔法かぁ。だったら無形精霊ではなく人型を保てる有形精霊が必要ねぇ。どの系統がいい?」
「系統?」
「どの精霊王の所属かってこ・と。あなた本当に魔法免許ある?」
うーん。色んな単語で出てきて付いていけない。
「まあいいわぁ。あなた可愛いし。炎、水、風、土、それに虚。精霊さんはこの五系統のどれかに属してるの。使いたい魔法によって契約を変えるか、それとも複数の精霊さんと契約するかはお金と本人の資質次第ねぇ」
なるほど。幾つかの属性があって、それに適した精霊がいるということか。それなら馴染みがある設定だ。
「じゃ、そうですね。炎にします」
「炎の精霊ね。んーっと、今登録されてる精霊さんはっと」
お姉さんは横の棚をごそごそと漁ると、何冊かの本を取り出し机に置く。そのうちの一冊を開いて俺に見せる。
見開きには何もない、白紙だ。
「えっと……これ見るのに何か特別な魔法がいるんですか?」
「え? あ! ごめんなさぁい! ちょっとまってねぇ」
お姉さんは慌てて手首に付けている腕輪を何度か触る。すると小さな光が幾つか飛び出し、開かれた本の上を飛び回る。そして、白紙だったはずのそこに文字や絵が浮かび上がっていく。
「おおー」
思わず感嘆の声を出してしまう。
「ごめんねぇ。最近、区で契約してる無形精霊さん達が喧嘩しちゃって。たまーに通信が遅れる時があるのよぉ」
片目を瞑ってごめんねのポーズを取るお姉さんだったが、あまり悪いとは思って無さそうだ。
しかしこれは……インターネットに近いものだろうか?
仕組みは良く分からないが、この世界における情報伝達は魔法を使っており、その速度は今の俺たちの世界とあまり変わらないことを伺わせた。
俺は改めて文字が浮かび上がった本を見る。
ページごとに登録している精霊が書かれているようだ。えーっと、何々。
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【ルフェイン】 炎王に所属 精霊年齢127歳
得意な系統はもちろん炎。魔道帝国の準二級宮廷魔法師に10年仕えた後、フリーに転向。
好きな言霊は「質実剛健」。水中でも炎の魔法が使う事ができるのが特徴。
※ただしその際の消費マナは通常の3倍は必要となりますのでご了承ください。
※なお、契約料とは別に衣食住の提供が必須です。
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【キルル】 炎王に所属の精霊年齢19歳だし!
キルル得意な系統はね、広範囲系の滅却魔法! 威力は一級魔法師からのお墨付きだよ☆
あ、でもね。触媒からマナを取り出すのはちょーっとだけ苦手かも?
でもでも! その分は威力でカバーしちゃうから!
好きな言霊はもちろん「愛」系統! いーっぱい囁いてね?
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……なんつーか。想像以上に色々自由だ。
ページかめくってみたが、どれも特徴的というか、破天荒な紹介文が載せられていた。精霊のイメージが完全に崩れ去った瞬間である。
ちなみにどの紹介にも写真も一緒に載っているのだが、それら全てパッと見は人だ。角が生えていたり耳が少し尖がっていたりするので、よく見ると違うと分かるのだが。
「お気に召した有形精霊さんは居たぁ?」
お姉さんが両肘を机に付け、頬杖を突きながらニコニコ笑いかけてくる。
お気に召すも何も、そもそも分からないから返答のしようがない。やった事もないスポーツをするために用具を買いに来ても、何を買えばいいのか分からない理論だ。
「有形精霊さんとは相性が重要だしぃ? 契約してみないと分からない所はあるケドね~」
「なるほど……そういうのもあるんですね」
違うページを見てみるとファンタジーによく出てくるウィル・オー・ウィスプの様な写真や、ホビットの様な写真もある。たぶん彼らが無形精霊なのだろう。差し当たり今回は彼らと契約する必要なないようなので、更にページをめくっていく。
そして一通り見終わった後に、あるページの精霊を指さした。
「じゃ、この可愛い子でお願いします」
「え~。ちょっと大丈夫~? 分ってなくなくない~?」
いや大丈夫。かなり分かっている。ここで重要なのは癒しだ。
ムサい男を選ぶ必要性は何処にもありはしない!
可愛い子、それが最大にして最強の条件なのだ。
「ま、ぼくはイイケド~。えーっと、この精霊さんだと契約料が27000ディーナルで、紹介手数料が300ディーナルだよぉ」
俺はリーフから渡された革袋から全てのコインを取り出して机に並べる。まあとりあえず全部なら足りるだろう。
「えーっと……足りてないよ?」
「え」
「2000ディーナルしかないもの。全然足らないわよぉ」
まじか……想定外すぎる。
「だってこの子、一人で百人分の言霊を受け取れる広域有形精霊さんだもの。そりゃ高いわよぉ? このクラスにしては良心的な契約料を提示してる良い子だと思うけど……ちゃんと契約項目見てるぅ?」
「ええ、勿論です」
正確には可愛い写真だけ見てた、だけど。
「ん~その金額だと……ちょっと年季が入った精霊さんなら契約できるけど」
例えばぁ……と、甘ったるい声を出しながら、ゆるふわお姉さんはページをめくっていく。
「この精霊さんとか? ジルダールさん。精霊年齢273歳の……」
「申し訳ないですけど、おっさんとBBAは無理です。好みじゃないんで」
お勧めしてくれたところを悪いが、秒で却下である。可愛い子と契約できるなら、無理をしてでもそちらにするに決まってる。
他のページも改めて見てみたが、どうも若く優秀な女性精霊の方が高い傾向があるようだ。
「理由は分からないけど、精霊さんは女性型の方が少ないのよねぇ。それに女性型の方が広域に影響を与えられる優秀な人材が多いから高いのよ」
「なるほど。てっきり手元に愛玩として置いておくために高いかと思ったんですが、違うんですね」
「あははー。清々しい程の外道の思考だねぇ。君、中々いないタイプねぇ?」
お姉さんはふふふと笑いながら、
「ぼくは嫌いじゃないよぉ? 精霊じゃないけどぼくと個人契約しちゃう?」
「いや、好みじゃないんで間に合ってます」
「すっとれーとぉー。ま、いいけど」
とりあえず手持ちの金では、(理想の)精霊とは契約できないことは分かった。
「用事があったらまた来てね~」
俺は席を立って受付を後にした。
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受付を離れて、元いた長椅子に腰かける。契約は出来なかったが、登録済みのリストを見て幾つか分かった事がある。
一つは有形精霊と呼ばれる精霊は大量のマナを扱うのを得意とすること。
もう一つは、個体差があり女性の方がその力が強い傾向があること。
結論から言いうと、手持ちの資金であまり優秀な有形精霊とは契約は結べそうにない。
男性型ならいけなくは無さそうだが、能力の面と俺の精神的な面から見ても、契約するなら女性の精霊を是非とも選びたいところであった。
魔法特別区ゾーンハイムから来るという天才魔法士さんの実力がどの程度なのか、まだ魔法に関しては右も左もわからない状態の俺にはまったく分からない。
だからこそ、できるだけ優秀な精霊と契約すべきだと思っているからだ。
少なくともベストの状態で挑めるようにはしたい。美少女元首の頼みだし、それに――何より負けるのは一番嫌いなのだ。
膝の上で自然と拳ができるのに気付いて、大きく息を吐き肩の力を抜く。
とはいえ無い袖は振れない。資金がない以上、ここにこれ以上いてもどうしようもない。
最悪、資金に収まる範囲で契約するというのもアリだが……。
そんな事を考えながら周囲を見回してみると、壁に無数の張り紙がしてあるのに気が付いた。