その1 契約の場所
次の日。宿舎の一室で朝食を取った後、精霊との契約を行うべくリーフと街へ出る。マリナは元首としての仕事があるらしく、今は一緒ではない。
しかし精霊との契約……か。
昨日の話を聞く限り、精霊こそがマナを生み出せる唯一の存在であり、精霊との契約がなければ基本的に魔法は使えないルールのようである。
一体どんなところでどんな風に契約するのか、昨日から楽しみで仕方がなかった。
「着いたわよ」
宿舎から20分程歩いただろうか。大道路の脇でリーフが歩みを止める。
人通りが多く、五階建てほどの建物が幾つも連なり歩く人々はせわしない。というか日本で言うならオフィス街だ。
「え、ここ? こんな所で何すんだ?」
「は? 何訳の分からないことを何言ってるの。ここで契約するのよ」
リーフは呆れ顔でクイッと親指を向ける。
その先には緑色の大きな看板に黄色の文字。ゴシック体に似たフォントでこう書かれていた。
『精霊紹介所 アラント第四支部へようこそ』
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建物の中に入ると、大勢の人でざわついていた。
「あ、その受付ボックスに手をかざして」
言われたまま入り口付近にあった小さな箱に手をかざす。それは淡く光った後、145番と書かれた一枚の紙を吐き出した。
「その番号が呼ばれたら受付に行きなさい」
よく見ると同じように受け取った人は、ピンポーンと音がすると受付に歩いていく。
……市役所か、ここは。
「本当にこんなところで精霊と契約するのか?」
「何言ってるの。働く意思がある精霊はみんな精霊紹介所に登録してるのよ。契約するならここに決まってるじゃない」
決まってるじゃないって言われてもな! なんつーの? ファンタジーを期待した俺の夢と希望を返してくれ的な?
しかし郷に入っては郷に従え、列があれば並べ。ルールに従うのが日本人の嗜みである。順番待ちをするため、近くにあった長椅子に腰かける。
周囲を見回すと平民風の服装の者から煌びやかな服装の者、ザ・ファンタジーと言わんばかりの冒険者の服装の者まで貧富に関係なく人々(・・)が集まっている。
「はい、これ。契約用の資金ね。予算から秘密裏に出してるんだから大切に使いなさい」
袋を開けて中を見ると、金色で大きめのコインと銀色のコインが何枚か。それとカードのような物が入っていた。
「分った。しかしこっちの通貨基準が判らんぞ。これってどれくらいの価値なんだ?」
「それだけあれば冒険者が一ヶ月は暮らせるはず……あ、ちょっと待って」
リーフは何か言いかけ、少し慌てたように耳に手を当て、何かを聞くような仕草を取る。
何度か頷いた後、「分かりました」と言ってこちらを向く。
「ごめん。ちょっと仕事が入ったから私は戻るわ」
「な、ちょ、ま」
「あ、あとそれお昼の分も入ってるから! 自分で買って食べなさい! 4時までには宿舎に戻ること! いいわね!」
お前はお母さんか!
リーフはその性格さながら風の様に走り去っていったので、俺のツッコミは空しく空を切ったのだった。
『ピンポーン 145番でお待ちの方~三番の受付へどうぞ~』
取り残された俺を呼んだのは無機質な音と、少し甘ったるい声であった。