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その3 思惑

 魔法士とは各都市国家に認められた魔法使用ライセンスを持つ者の総称である。

 そして特別魔法士というのは、各都市国家の大使を出迎え接待したり、魔法の交流をしたりする……言わば外交官のような役職らしい。


「勿論、本来その任についている人物がいるし特別な能力も必要ないのだけど……今回に限り強力な魔法を使用できる者でなければならないの」


 強力な魔法……闇討ちでもしようってのか?


「ふふ、勿論違いますわ。近々、大陸中の魔法師たちが技を競う理に最も近き者(ワールドトーナメント)がある国で開催されます。4年に一度開催されるそれはとても栄誉ある大会で、優勝を持ち帰るために各国はこぞって優秀な人材の育成をしているのです」


 ワールドカップみたいなものか。俺は黙ってマリナの続きを促す。


「我が国でもそれに向けて模擬線を行うために、小さなトーナメントを開催する予定なのですが……問題はそれに隣国のゾーンハイムからも特使が参加するという表明があったということなのです」


 マリナは僅かに表情を曇らせた。

 アラントが加盟している魔法連邦(ユニオン)とゾーンハイムが加盟する魔道帝国(ライヒ)の国境沿いにあるアラントとゾーンハイムは、小競り合いを起こしていたという歴史があるからだ。


「つまり代理戦争をやってたって訳か」

「20年ほど前にお互い休戦協定を結んでからは、争いはなく比較的平穏な日常となっています。ですが戦争をしていたという時事は消えることなく、人々の心に傷痕として残されているのです」

「それで、今回そのゾーンハイムから大使として来るのは、前回の理に最も近き者(ワールドトーナメント)で優勝した稀代の天才魔法士。悔しいけど彼に勝ちうる魔法士は、我が都市はもちろん、魔法連邦(ユニオン)からの参加者にもいないわ。間違いなく優勝をかっさわれるでしょう」


 苦々しい表情のリーフが、グラスに残っていた水を一気に飲み干す。


「だけどさ。負けても別に戦争をおっぱじめる訳ではないんだろ? だったら誰が優勝しても構わんのでは」

「……戦争を経験している年寄たちにとってゾーンハイムは仇敵なの。そんな国の者が優勝すれば、まだ元首になって間もないお嬢様の立場が悪くなるわ」


 リーフが話し終えたところで、マリナが淡い若紫の目で俺を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私とリーフは、力ある者を探すため、未来視の瞳(フューチャーサイト)で感じたあそこへ赴いたのです。そしてそこにはミキト様がいました。きっとあの出会いは予知だったんだと思います。ミキト様、あなたの強力な魔法の力をお借りしたいのです。どうか我が国の特別魔法士として大会に出場して頂けませんでしょうか?」」


 その瞳はどこまでも透き通っていて。少し捻くれた俺の心すらまっすぐ叩き直すような真摯な瞳だった。


「お借りしたいって言われても、俺は魔法何てまともに使ったことはないんだぞ」

「まったくよ。私も反対したのだけど……。例えあなたが強大な魔法が使えたとしても、本当に継続して使用できるか不確定すぎるし、戦闘経験は無いに等しい」


 リーフの言う通りである。あの時使った――らしい――が、それは殆ど無意識な訳だったし、強力な魔法を使う条件の一つ『詠唱に使う言霊』の方は、一応解決の糸口を得てはいたが、如何せん不確定要素が多すぎる。

 俺が出たとしても勝てるとは限らない、いやそもそも負ける可能性の方が高いだろう。


「……引き受けては頂けませんか?」


 マリナは諦めず――自然とそうなった――上目使いでお願いしてくる。

 負ける公算が高いなら断るべきだったが、俺は即答せず、目の前のグラスを手に持って窓際へ歩く。宿舎四階のここからは、異世界の都市を見渡すことができた。


 夜も更け夕食の煙が上がっている。路地には露店が幾つも出店しており、歩く人々はカップルらしき組み合わせから威勢のいい歩き方をするアンちゃんまで多種多様だ。多分ここは繁華街の一角なのだろう。異世界とはいえ、人々の生活は俺たちとあまり変わらないように見える。

 それはつまり、考え方も大きくずれはしないという事に他ならない。

 ならば臨時大使とやらになって欲しいという依頼の裏も、クラスから疎まれ続けた俺には読み取れる。



 こいつは体のいいスケープゴートに間違いない、と。



 隣国から来る魔法士とやらが相当の実力者だというのは本当だろう。そして因縁のあるゾーンハムに優勝を持っていかれでもすれば、アラント側の不名誉となるのは疑いようがない。

 もしそうなれば責任を追及されるのは元首――つまりマリナだ。

 さっきリーフは「お嬢様は元首になりたてで」と言った。つまり今のマリナが権力を両握しているとは考えにくい。舐められないためにも下手を打つわけにはいかないのだろう。


 であればこの都市に対抗できうる最強の人間を出場させて勝てばいいのだが、相手の実力を考慮すればそ

れも薄い。


 そこでまったく関係のない俺の出番になる。

 俺が万が一勝てれば儲けもの。負けても『臨時』だったと言い訳が立つ。勝っても負けてもアラント側の威明が傷つくことはなく、マリナが非難されることもない。

 この青写真を描いたのは誰だろうか。リーフ……はバカっぽいからそこまで頭が回るとは考えにくい。じゃあマリナか?


 ……いや。

 そもそも、俺がそんなことを気にする必要があるのか?

 仮にマリナだったとして、俺はこの話を断るのか?


 そんなことをするはずがない! だってここは異世界でしかも「魔法を使える」のだ!

 どんな詠唱にしようか、どんな効果を生み出せるのか。不安や猜疑心などより、期待の方が遥かにデカいのだ。

 高揚する気持ちを抑えて、手に持ったグラスの水を一気に飲み干す。


「やろう。どうせ帰る宛てもないしな。やらせてくれ」

「ミキトさん……! ありがとうございます!」


 ぱぁっと表情が明るく輝くマリナ。駆け寄ると俺の手を握り淡い若紫(ライトパープル)の目をきらきらとさせる。か、可愛いっての。

 一方で憮然とした表情のリーフ。山吹色(ゴールデンイエロー)の目が手を繋いだ俺を暗く見据え……って怖いっての。言っておくが手を握ったのは俺じゃないぞ!

 だがそんな不満な態度も一瞬の事で、彼女はふーっとため息をつく。


「こうなった以上は仕方ないし。勝利の為に全力で協力してもらうからなっ」


 目を逸らしたまま手を差し伸べてくる。

 その手を握り返すと、女の子特有の柔らかさと温かさが、俺の手に伝わってきて少し気恥ずかしくなる。


「となると、あと必要なのは『触媒』と『精霊』ね。明日は正式な精霊との契約を取りにいくとして……」

「え、精霊はもうマリナがいるからいいんじゃないのか」

「お・ま・え・は、バカ? お嬢様は元首としての業務があるんだからねっ」


 いたって自然にバカ扱いされた。


「いえ、やりますわ。これもお仕事ですもの」

「ほらーばかはおまえー。リーフさーんリーフさーん? ほら息してますー? ッペプシ!」


 頬をはたかれてコーラみたいな声を出させられた! 二度もぶったな! 親父にもぶたれたことがないのに!

 ……ま、ねーちゃんには数えきれないほど殴られてるけどな。ねーちゃん恐い。


「わたくしは精霊堕ちしてから浅く、まだマナの生成がおぼつかないのです。リーフの言う通り他の精霊と契約をして頂いて、わたくしと一緒に修行する方法が良さそうですね」

「了解しました。では明日、彼と契約する精霊を探してまいります。お嬢様のお心を読めなくて申し訳ございません」


 リーフは席を立ってお辞儀する。


「ところで正式な精霊との契約って何するんだ?」


 マリナとは成り行きで契約(一体何をしたか覚えていないが)したからな。契約ってのがどいうものか気になる。そもそも本物の精霊も見たことがないし。


「明日行けば分る」

「あ、それってあれ? もしかして精霊の試験を受けて合格するとか。で、その試練ってのはどこかの洞窟に行ったりして一番奥にある証を持ってくるとか」

「ああもう、いちいちうるさい奴だな! 明日いけば分るから今日はおとなしく寝てなさい!」


 リーフがはしゃぐ俺を嗜めるが、この興奮はそんなものでは収まらないって。このワクワクする気持ちを抑えきれるはずもない。

 異世界で精霊と契約して魔法を使う。そんな非現実的な出来事がゴールデンウィークに起こったのだ。




 きっとそれは――少なくともゴールデンウィークにやる予定だったエロゲー以上に――俺を満足させてくれるに違いなかった。




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